サーカスの怪人

28話 大曲芸

2,574字 約5分 2017年10月13日 公開

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 怪老人が消えてから十分もたったころ、見物席に、恐ろしいざわめきがおこりました。見物たちは、さきをあらそって、大テントのそとへ逃げだそうとしています。そのこんざつは、ひととおりではありません。

 ころんで、泣きさけぶ子ども、ひめいをあげる若い女の人、おしつぶされそうになって、入口をめざす人のむれ、わきかえるようなさわぎです。

 そんななかにも、見物席にふみとどまっている勇敢な人たちもありました。その人たちの目は、いっせいに、大テントの天井を見つめています。

 高い高い天井の空中曲芸のぶらんこ台に、ポックリと異様なもののすがたが見えました。あいつです。あのいまわしい骸骨男です。ぴったりと身についた黒いシャツとズボン、顔は骸骨そっくりの、あの怪物です。二十面相は背中のまがった老人から、とくいの骸骨男にはやがわりをしたのです。骸骨の仮面と黒シャツは、いくつも用意してあって、サーカスの中の秘密のかくし場所にも、ひとくみ、かくしてあったのでしょう。

 空中では、骸骨男がぶらんこに乗って、いきおいよくふりはじめました。だんだん高く、しまいには、テントの天井につくほどもはげしく、そして、それが、いちばん高くあがったとき、パッとぶらんこをはなれて、空中におどりだしました。下には(あみ)がはってありません。そのまま落ちれば命はないのです。

 残っていた見物たちは、アッと声をたてて、手に汗をにぎりました。

 しかし、骸骨男は落ちなかったのです。天井に横たわっている丸太にとびついていました。そして、丸太から丸太へと、まるでサルのように身がるにとびうつっていきます。

 とうとう、むこうがわのぶらんこ台までたどりつきました。そのぶらんこ台からは、曲芸師が下におりるための長い(つな)がさがっています。骸骨男は、その綱にとびついたかと思うと、スウッと、地面の近くまですべりおりてきました。それから、その長い綱を、ぶらんこのようにふりはじめたのです。

 だんだん、いきおいがついてきました。長い綱のふりこですから、サアッ、サアッと、円形の馬場を横ぎって、見物の頭の上までとんできます。そして、むこうへふったときには、正面の楽屋の入口までとどくのです。

 サアッ、サアッ、……巨大な時計のふりこです。さきに骸骨のぶらさがったふりこです。じつにみごとな光景でした。こわいけれども、美しい光景でした。

 その大ふりこが、むこうの楽屋口に近づいたとき、骸骨男は、またしても、パッと手をはなしたではありませんか。

 骸骨男の黒いからだは、綱をはなれて、矢のようにとびました。なにかにぶっつかったら、おしまいです。

 しかし骸骨男はよほど曲芸の名人とみえて、宙をくるくるとまわりながら、楽屋の入口の白いカーテンの前に、ひょいと立ちました。そして、パッとカーテンをまくると、そのまま、楽屋の中へ消えてしまったのです。

 サーカス団員たちは、みんなまんなかの砂場に出て、骸骨の空中曲芸を見あげ、口々になにかわめいていましたが、怪人が、楽屋に消えたのを見ると、「ワアッ。」と叫んで、そのあとを追いました。

 しかし、カーテンのむこうには、もうだれもいません。出没自在の怪人は、またしても、どこかへ消えてしまったのです。

 みんなが、そのへんをうろうろしながらさわいでいますと、楽屋の奥から、でっかいものがあらわれました。ゾウです。ゾウが歩いてくるのです。

 見ると、ゾウの頭の上に、骸骨男がまたがっているではありませんか。手には猛獣をならす、長いムチを持っています。

 あいにく、ゾウ使いの男が、そのへんにいないので、どうすることもできません。みな、ワアワアとさわぐばかりです。

 ピシッ、ムチがなりました。その音にゾウがかけだしたのです。楽屋口のカーテンをくぐって、円形の馬場へ走りだしたのです。

 見物席に、ワアッという声があがります。勇敢な見物たちも、これを見ては逃げださずにはいられません。そう立ちになり、入口のほうへ、なだれをうってかけだすのでした。

 骸骨男はゾウの頭の上に、すっくと立ちあがっていました。そして、ピシッ、ピシッと、ムチをならしています。ゾウは円形の馬場を、ぐるぐるまわりはじめました。

「ワハハハハ……。」

 恐ろしい笑い声が大テントいっぱいにひびきわたりました。骸骨が、おかしくてたまらないというように、笑っているのです。

「ワハハハハハ……。」

 ゾウの頭の上に立ったまま、ムチをふりながら、いつまでも笑いつづけているのです。

 骸骨男は、とうとう、気がちがったのでしょうか。それとも、二十面相をつかまえることのできない、サーカスの人たちや警官を、あざ笑っているのでしょうか。

 小林、井上、野呂の三少年が、楽屋口にむらがっているサーカス団員のうしろから、このふしぎな光景をながめていました。骸骨男が、なぜこんな曲芸をやっているのか、その気もちがわかりません。

 ぐるぐるまわっているゾウが、楽屋口の前をとおりました。そのとき、頭の上に立っている骸骨男の顔に、おどろきの色があらわれました。骸骨男の目と小林少年の目とが、ぶっつかったのです。骸骨男は、そのときはじめて、テントの中に小林君のいることをしりました。

 骸骨男の笑いがとまりました。そして、恐ろしい声がひびいてきました。

「そこにいるのは、明智の弟子の小林だなッ。」

 走っていたゾウが立ちどまりました。骸骨男がとめたのです。怪人の目は、じっと小林君をにらみつけています。

 小林君は、サーカス団の人たちをかきわけて前に出ました。そして、相手の目をにらみかえしながら叫びました。

「そうだよ、明智先生の弟子だよ。きみが警官に化けて、あの地下道からぬけだしたことは、もうすっかりわかっているんだ。いまに明智先生が、ここへこられるよ。……アッ、サイレンだ。おいきみ、あの音が聞こえるかい、警察自動車のサイレンだよ。警官隊が到着したのだ。きみはもう、逃げられないよ。」

 ウー、ウー、というサイレンの音が、テントのそとへ近づいていました。ピシッ、ムチがなったかと思うと、やにわにゾウが、テントの入口へむかってかけだしました。骸骨男は、ゾウの頭の上でおどるように、ちょうしをとっています。まだ残っていた見物たちのあいだに、「ワアッ。」というどよめきがおこりました。

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