妖人ゴング

19話 生か死か

3,527字 約7分 2017年12月15日 公開

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 ブイの中では、小林少年が、声をかぎりに叫んでいました。鉄のかんおけと思ったのは鉄のブイだったのです。

「助けてくれええ……、息がつまりそうだ。はやく、ここから出してくれええ……。」

 もう声がでません。目がくらんで、気をうしないそうになってきました。大きな声をだし、手足を動かしたので、いっそう、息ぐるしくなったのです。心臓は、おそろしいはやさで、おどっています。

 たらたらと、口の中へ汗が流れこみました。なんだか、ぬるぬるした汗です。いや、へんなにおいがします。血のにおいです。手でふいてみると、べっとりと、ねばっこいものがつきました。汗がこんなに流れるはずはありません。鼻血が出たのです。いつまでもとまりません。気味のわるいほど流れだしてくるのです。

 耳の中で、セミでも鳴いているようなやかましい音がして、頭のしんが、ジーンとしびれてきました。

        ×    ×    ×

「おい、やっぱりそうだぜ。あのブイの中から、みょうな音が聞こえてくる。荷あげ場までおりて、ようすを見ようじゃないか。」

「うん、それじゃ、そばへいって、よくしらべてみよう。」

 ふたりの労働者は、坂になった荷あげ場の水ぎわへ、おりていきました。ブイは、ちょうど、その水ぎわに流れついていたのです。

 岸から手をのばせば、ブイにとどくので、労働者のひとりが、ブイの外がわを、コンコンと、たたいてみました。

 すると、中から、おなじように、たたきかえす音が聞こえたではありませんか?

「おうい、ブイの中に、人間がはいっているのかあ?」

 もうひとりが、大きな声でどなりました。

 すると、ブイの中から、なにか、子どもの泣いているような、かすかな声が聞こえてくるような気がしました。

「やっぱりそうらしい。鉄板でかこまれているので、よく聞こえないが、たしかに人間がはいっている。どうすればいいだろう?」

「道具がなくちゃあ、どうにもできない、工場までいって、だれか、よんでこようか。」

「うん、それがいいな。じゃあ、おまえ、いってくれるか。」

「よし、ひとっぱしり、いってくる。ここに待っててくれよ。」

 ひとりが、そういって、うしろに見える工場のほうに、かけだしていきました。

        ×    ×    ×

 ブイの中では、小林君は、もう息もたえだえに、ぐったりとなっていました。

 外からコンコンと、たたいているようです。こちらもコンコンと、たたきかえしました。

 かすかに、人の声がしたようです。とうとうだれかが、ブイをみつけてくれたのでしょうか。

「助けてくれえええ……、ブイをこわして、出してくれえええ……。」

 さいごの力をふりしぼって、どなりました。

 すると、また、鼻から、おびただしい血が、たらたらと流れだすのです。

 もうだめだと思いました。このがんじょうなブイが、急にこわせるものではありません。それまで生きていられそうもないのです。もう、頭が、ボーッとかすんで、なにがなんだか、わからなくなってきました。

 恐ろしい夢を見ているような気持です。妖人ゴングの、牙をむきだした恐ろしい顔が、やみの中から、グーッと近づいてきて、目の前いっぱいにひろがり、ゲラゲラと笑うのです。

 そうかとおもうと、なつかしい明智先生が、にこにこしながら、助けにきてくれる姿が見えます。

「先生!」と叫んで、とびつこうとすると、明智探偵の姿は、スーッと、むこうへ、とおざかっていくのです。

        ×    ×    ×

 そのとき、川岸へ、さっきの労働者が、もうひとりの男をつれて、かけつけてきました。

「この人が、ブイのひらきかたを知っているというんだ。」

「そうか、それはよかった。すぐにあけてみてください。どうも、中に人間がはいっているらしいんです。」

 男は、まるく巻いた縄を持っていました。そのはしを輪にしてブイに巻きつけると、ふたりの労働者に、岸の方へ、力いっぱい、ひっぱっているようにたのんで、じぶんは、大きなスパナを手にして、ブイのそばによると、鉄板をしめつけてあるびょうを、はずしにかかりました。

 そして、一つびょうがとれたかとおもうと、つぎのびょうです。二分、三分、五分……時間は、みるみるすぎさっていきます。

 ああ、小林君は、どうしているのでしょう。もう、息がたえてしまったのではないでしょうか。

 やっと、八つのびょうがとれました。あとはハンマーで、ブイのふたをはずせばよいのです。

 ガーン、ガーンと恐ろしい音がしました。ブイのふたに、すきまができました。

「しっかり、縄をひっぱっているんだよ。いいかい。」

 男はそういっておいて、両手をふたのすきまにかけると、力まかせに、むこうへはねのけました。そして、ブイの中をのぞいたかと思うと、

「あっ、人間だっ。男か女かわからない、へんなやつが、ぐったりしている。死んでいるのかもしれない。」

 そう叫んで小林君のからだを、ブイの中から、荷あげ場にひきだしました。ふたりの労働者も縄をはなして、そこへ近よってきます。

「あっ、顔が血だらけだ。殺されたんだろうか。」

「こりゃおかしいぞ。女の服をきているが、頭は男のようだ。それに、これは、まだ子どもらしいぜ。むごたらしいことをしたもんだな。」

「いや、まて、まだ死んじゃいない。(みゃく)がある。この血も、どうやら鼻血らしいぜ。」

 ブイのふたをひらいた男が、小林君の上にしゃがみこんで、持っていたタオルで、顔の血をふきとりました。

「ただ、気をうしなっているばかりだ。こうすれば、いまに、息をふきかえすよ。」

 男はこんなことになれているとみえて、小林君の両手をつかむと、一、二、一、二、と、あげたり、さげたりして、人工呼吸をほどこすのでした。

 そのあいだに、労働者のひとりが近くの交番へ、このことをしらせましたので、まもなく警官がかけつけてきました。

「あっ、目をひらいたぞ。しっかりしろ。もうだいじょうぶだ。」

 人工呼吸をやっていた男が、叫びました。

 小林君は、荷あげ場のコンクリートの上に、あおむけに寝かされたまま、ぼんやりと、あたりを見まわしています。

「おい、気がついたか。きみは、いったい、どこのだれだ。どうして、ブイの中にはいっていたのだ。だれかに、とじこめられたのか。」

 警官が、小林君の顔の上にしゃがんで、大声でどなりました。

 小林君は、しばらくは口をもぐもぐやるばかりで、ものをいう力もないようにみえましたが、やっと、かすかな声をだしました。

「ぼく、明智探偵の助手の小林です。」

「えっ、明智探偵の? それじゃあ、きみは、あの小林少年か?」

 警官はびっくりしたように、聞きかえしました。小林少年のことは、よく知っていたのです。

「それじゃあ、だれかにブイの中へ、とじこめられたんだね。あいてはだれだ?」

「妖人ゴングです。」

「えっ、妖人ゴングだって?」

 警官の顔色が、さっとかわりました。そして、おもわず立ちあがると、怪物がそのへんに、かくれてでもいるように、キョロキョロと、あたりを見まわすのでした。

 もうそのころは、七時にちかくなっていましたので、川岸の人どおりが多くなり、荷あげ場は、みるみる黒山の人だかりになってきました。

「くわしいことは、あとで話します。ぼくを明智探偵事務所へ送ってください。」

 小林君は起きあがりながら、警官にたのむのでした。

 警官は交番に帰って、本署にこのことをしらせ、明智探偵にも連絡したうえ、小林君をタクシーにのせて、麹町アパートの探偵事務所へ送りとどけました。

 事務所についたころには、小林君はすっかり元気をとりもどしていました。そして、出むかえた明智探偵をみると、

「先生っ!」と叫んで、いきなりとびついていって、その胸にだきつくのでした。

「よかった、よかった。きみがぶじに帰ったのは、なによりうれしいよ。とんだめにあったそうだね。」

 明智探偵はそういって、しずかに小林少年の背中を、なでてやりました。

「ぼく、もう死ぬかと思いました。先生におめにかかれないかと思いました。」

 小林君は、なつかしそうに明智探偵の顔を見あげて、涙ぐむのでした。

 こうして、小林少年は、あやうい命を助かりました。花崎マユミさんは、小林君が身がわりをつとめたのですからぶじですし、弟の俊一君も、野上少年とチンピラ隊によって助けだされ、妖人ゴングのたくらみは、すべてむだにおわってしまいました。

 しかし、こんなことで、あきらめるような怪物ではありません。やがて第二の攻撃が、はじまるのです。妖人ゴングとは、そもそも何者でしょう? かれは、いったい、なんのために、マユミさんや俊一君をねらうのでしょう?

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