「鏡花全集」目録開口

1話 「鏡花全集」目録開口

1,192字 約2分 1999年5月26日 公開

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 鏡花泉先生は古今に独歩する文宗なり。先生が俊爽(しゆんさう)の才、美人を写して化を奪ふや、太真(たいしん)閣前(かくぜん)牡丹(ぼたん)芬芬(ふんふん)の香を発し、先生が清超の思、神鬼を描いて妙に入るや、鄒湛(すうたん)宅外、楊柳に啾啾(しうしう)の声を生ずるは(すで)に天下の伝称する所、我等亦多言するを(もち)ひずと(いえど)も、其の明治大正の文芸に羅曼(ロマン)主義の大道を打開し、(えん)巫山(ふざん)の雨意よりも濃に、壮は易水の風色よりも烈なる鏡花世界を現出したるは(ただ)に一代の壮挙たるのみならず、又実に百世に炳焉(へいえん)たる東西芸苑(げいえん)の盛観と言ふ可し。

 先生作る所の小説戯曲随筆等、長短錯落(さくらく)として五百余編。(けい)には江戸三百年の風流を呑却(どんきやく)して、万変自ら寸心に溢れ、()には海東六十州の人情を曲尽して、一息忽ち千載に通ず。真に是れ無縫天上の錦衣。古は先生の胸中に(あつま)つて藍玉(らんぎよく)温潤(おんじゆん)に、新は先生の筆下より発して蚌珠(ぼうしゆ)粲然(さんぜん)たり。加之(しかのみならず)先生の識見、直ちに本来の性情より出で、(つと)に泰西輓近(ばんきん)の思想を道破せるもの(すくな)からず。其の邪を罵り、俗を(わら)ふや、一片氷雪の気天外より来り、我等の眉宇(びう)()たんとするの概あり。試みに先生等身の著作を以て仏蘭西羅曼(フランスロマン)主義の諸大家に比せんか、質は(けいてん)七宝の柱、メリメエの巧を凌駕す()く、量は抜地無憂の樹、バルザツクの大に肩随(けんずゐ)す可し。先生の業(また)(おほ)いなる哉。

 先生の業の偉いなるは(もと)より先生の天質に出づ。然りと(いへど)も、其一半は兀兀(こつこつ)三十余年の間、文学三昧(ざんまい)に精進したる先生の勇猛に帰せざる可からず。言ふを休めよ、騒人清閑多しと。痩容(そうよう)(あに)詩魔(しま)の為のみならんや。往昔自然主義新に興り、流俗の之に雷同するや、塵霧(じんむ)(しばしば)高鳥を悲しましめ、泥沙(でいさ)(しきり)に老龍を困しましむ。先生此逆境に立ちて、隻手羅曼(ロマン)主義の頽瀾(たいらん)を支へ、孤節(こせつ)紅葉(こうえふ)山人の衣鉢を守る。轗軻(かんか)不遇の情、独往大歩の意、(とも)に相見するに()へたりと言ふ可し。我等皆心織筆耕(しんしきひつかう)の徒、市に良驥(りやうき)の長鳴を聞いて知己を誇るものに非ずと(いへど)も、野に白鶴の廻飛(くわいひ)を望んで壮志を()せること幾回なるを知らず。一朝天風妖氛(えうふん)を払ひ海内の文章先生に落つ。(ああ)、嘘、先生の業、何ぞ千万の(うれひ)無くして成らんや。我等手を(ひたひ)に加へて鏡花楼上の慶雲を見る。欣懐(きんくわい)破願を禁ず可からずと(いへど)も、眼底又涙無き能はざるものあり。

 先生今「鏡花全集」十五巻を編し、巨霊(きよれい)神斧(しんふ)(あと)を残さんとするに当り我等知を先生に(かたじけな)うするもの敢て(せんれつ)の才を以て参丁校対(さんていかうつゐ)の事に従ふ。微力其任に堪へずと雖も、当代の人目を聳動(しようどう)したる雄篇鉅作(くさく)は問ふを待たず、(あまね)く江湖に散佚(さんいつ)せる万顆(ばんくわ)零玉(れいぎよく)細珠(さいしゆ)を集め、一も遺漏(ゐろう)無からんことを期せり。先生が独造の別乾坤(べつけんこん)、恐らくは是より(まつた)からん乎。古人曰「欲窮千里眼更上一層楼(きはまらんとほつすせんりのめさらにいつそうろうをのぼらん)」と。博雅の君子亦「鏡花全集」を得て後、先生が日光晶徹の文、哀歓双双(あいくわんさうさう)人生(じんせい)を照らして、春水欄前に虚碧(きよへき)(ただよ)はせ、春水雲外に乱青(らんせい)を畳める未曾有の壮観を(ほしいまま)にす可し。若し夫れ其大略を知らんと欲せば、「鏡花全集」十五巻の目録、(ことごとく)載せて此文後に在り。仰ぎ願くは瀏覧(りうらん)を賜へ。

(大正十四年三月)

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