二階から

1話 一 水仙

665字 約1分 2008年12月29日 公開

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 去年の十一月に支那水仙を一鉢買った。勿論相当に水も()る、日にも当てる。一通りの手当は尽していたのであるが、十二月になっても更に(つぼみ)を出さない。無暗(むやみ)に葉が伸びるばかりである。どうも望みがないらしいと思っているところへ、K君が来た。K君は園芸の心得ある人で、この水仙を見ると首を(かし)げた。

「君、これはどうもむずかしいよ。(おそら)く花は持つまい。」

 こういって、K君は笑った。私も頭を()いて笑った。その当時K君の(せがれ)は病床に(よこた)わっていたが、病院へ入ってから少しは()いということであった。ところが、その月の中旬に寒気が(にわか)(つの)ったためか、K君の忰は案外に(もろ)(たお)れてしまった。K君の忰は蕾ながらにして散ってしまったのである。私の家の水仙はその蕾さえも持たずして、空しく枯れてしまうであろうと思われた。

 年が明けた。ある暖い朝、私がふとかの水仙の鉢を(のぞ)くと、長く伸びた葉の間から、青白い袋のようなものが見えた。私は奇蹟を目撃したように驚いた。これは(たしか)に蕾である。それから毎日(かか)さずに注意していると、葉と葉との間からは総て蕾がめぐんで来た。それが次第に伸びて(ひろ)がって来た。もうこうなると、発育の力は実に目ざましいもので、茎はずんずん(のび)てゆく。蕾は日ましに(ふく)らんでゆく。今ではもう十数輪の白い花となって、私の書棚を(いろど)っている。

 殆ど絶望のように思われた水仙は、案外立派に発育して、花としての使命を十分果した。K君の忰は花とならずして終った。春の寒い(ゆうべ)、電灯の(さん)たる光に対して、白く匂いやかなるこの花を見るたびに、K君の忰の魂のゆくえを思わずにはいられない。

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