二階から

2話 二 団五郎

924字 約2分 2008年12月29日 公開

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 新聞を見ると、市川団五郎が静岡で客死(かくし)したとある。団五郎という一俳優の死は、劇界に何らの反響もない。少数の親戚や知己は格別、多数の人々は恐らく何の注意も払わずにこの記事を読み過したであろう。しかも私はこの記事を読んで、涙をこぼした一人(いちにん)である。

 団五郎と私とは知己でも何でもない。今日まで一度も交際したことはなかった。が、私の方ではこの人を記憶している。歌舞伎座の舞台開きの当時、私は父と一所(いっしょ)に団十郎の部屋へ遊びにゆくと、丁度わたしと同年配ぐらいの美少年が団十郎の(そば)に控えていて、私たちに茶を出したり、団十郎の手廻りの用などを足していた。いうまでもなく団十郎の弟子である。

「綺麗な()だが、何といいます。」

 父が()くと、団十郎は笑って答えた。

「団五郎というのです。いたずら者で――。」

 答はこれだけの極めて簡短なものであったが、その笑みを含んだ口吻(くちぶり)にも、弟子を見遣(みや)った眼の色にも、一種の慈愛が籠っていた。この児は師匠に可愛(かあい)がられているのであろうと、私も子供心に推量した。

「今に好い役者になるでしょう。」

 父が重ねていうと、団十郎はまた笑った。

「どうですかねえ。しかしまあ、どうにかこうにかものにはなりましょうよ。」

 若い弟子に就ての問答はこれだけであった。やがて幕が明くと、団十郎は水戸黄門で舞台に現れた。その太刀持を勤めている小姓は、かの団五郎であった。彼は楽屋で見たよりも更に美しく見えた。私は団五郎が好きになった。

 けれども、彼はその後いつも眼に付くほどの役を勤めていなかった。番附をよく調べて見なければ、出勤しているのかいないのか判らない位であった。その(うち)に私もだんだんに年を取った。団五郎に対する記憶も段々に薄らいで来た。近年の芝居番附には団五郎という名は見えなくなってしまった。二十何年ぶりで今日(こんにち)突然にその()を聞いたのである。何でも旅廻りの新俳優一座に加わって、各地方を興行していたのだという。それ以上のことは詳しく判らないが、その晩年の有様も大抵は想像が付く。

 日本一の名優の予言は外れた。団五郎は遂にものにならずに終った。師匠の眼識違(めがねちが)いか、弟子の心得違いか。その当時の美しい少年俳優がこういう運命の人であろうとは、私も思い付かなかった。

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