大久保湖州

1話 大久保湖州(1)

400字 約1分 2008年12月21日 公開

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 或秋の夜、僕は本郷の大学前の或古本屋を覗いて見た。すると店先の陳列台に古い菊判の本が一冊、「大久保湖州著、家康と直弼(なほすけ)、引ナシ金五十銭」と云ふ貼り札の帯をかけたまま、雑書の上に抛り出してあつた。僕はこの本の挨を払ひ、ちよつと中をひろげて見た。中は本の名の示す通り、徳川家康と井伊直弼とに関する史論を集めたものらしかつた。が偶然開いた箇所は附録に添へてある雑文だつた。「人の一生」――僕はこの雑文の一つにかう云ふ名のあるのを発見した。

      人の一生

  徳川家康

 急ぐべからず。

 心に望おこらば困窮したる時を思ひ出すべし。

 (いかり)は敵と思へ。

 勝つ事ばかり知てまくる事をしらざれば害其身に至る。

 及ばざるは過ぎたるより勝れり。

  大久保余所五郎

 (おく)るべからず。

 心に望失なはば得意なりし時を思ひ出すべし。

 卑屈は敵と思へ。

 負くる事に安んじて勝つ事を知らざれば損其身に至る。

 成すは成さざるより勝れり。

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