三太郎の日記 第二

4話 二 理想と實現 2

717字 約1分 2011年9月17日 公開

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 理想はその現實の上に――事實現在の生活の上に、百歩を進めても關はない。理想が溌剌たる要求の性質を失はぬ限り、理想は高ければ高い程、その現實に作用する力は峻烈となり痛切となるであらう。從つて現實は益根本的に高められ淨められるであらう。

 併し大なる理想に堪へる心は又現實の卑さを端視するに堪へる心でなければならない。大なる理想はしつかりとその生活の上に根を卸して丹念に誠に現實の卑さを淨化する努力を指導するものでなければならない。大なる理想は先づ現實の眞相を看破して、其處に第一の礎を築かなければならない。それは生活の進歩を一足先に見越して、まだ空な處にその基礎を据ゑようとしてはいけない。理想と現實との距離に對する鋭敏なる感覺は、理想の淨化作用を溌剌の儘に保つ爲の第一要件である。此距離の感覺を失ふ時、吾人は自分の生活に嚴峻なる鞭撻を加へるに疲れて、漸くその現實に媚び、之に慢心の理由を與へようとする。併し大なる理想に堪へると云ふ事はその人格の潛在性の大きさを證しする事にはなつても、決してその人格の現實性の大きさを證しする事にはならないのである。

 優れたる人は曰ふ、「飛躍せよ飛躍せよ」と。茲に所謂飛躍とは本質の飛躍であつて、自意識の飛躍ではない。躁急なる飛躍者に在りては、自意識が飛躍して本質が取殘される。さうして飛躍せる自意識と取り殘されたる本質とは、中に横たはる罅隙を隔てて呆然として相對する。自意識の飛躍は餘りに輕易にして、餘りに人に親しい。眞正の飛躍を望む者は本質に飛躍す可き力の充ち溢れる迄押こらへて待つてゐなければならない。

 基督は曰ふ、「終りまで待つ者は救はる可し」と。

 惡魔は曰ふ、「終りまで待つ者は腐る可し」と。

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