3話 二 理想と實現 1
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或種の思想は、その本來の性質上、主觀内に於いて、若しくは客觀の世界に於いて、或種の状態を實現するの要求として現はれる。吾人は普通此の如き特殊なる思想を呼んで理想と云つてゐる。理想は常に現實の上に臨む力として其實現を求めてゐる。現實に對して實現を迫るの力なき理想は咏嘆に過ぎない、空語に過ぎない、饒舌に過ぎない。故に實行とならざる思想は無價値だと云ふ言葉は、その意味を限定して、實現せられざる理想は無價値だと云ふ意味とすれば、その内容は遙に鮮明にして妥當なるものとなる。
併し人のよく云ふやうに――さうしてトルストイも嘗て云つたやうに――實現せられたるものは理想ではない。理想は實現さるゝと共に理想ではなくなる。理想の理想たる所以は、それが常に現實の上に懸る力として、現實を高め淨むる力として、現實を指導して行く處にある。故に理想が理想たる限りはそれは現實と矛盾する。理想は現實を歩一歩に淨化して之を己に近接せしめながら、而も常に現實と一歩の間隔を保つて行く。實現の要求を伴はぬものは理想ではない。實現されて了つたものも亦理想ではない。實現の要求に驅られながら未だ實現せられぬ處に理想は存在するのである。
故に實現せられざる理想は無價値だと云ふ言葉は再び改鑄するの必要がある。既に實現せられたるものは理想ではない。實現を求むる切なる要求を伴はぬ理想こそ――實現に向ふ内的必然性を含まざる理想こそ、無價値なのである。實現せられざる理想が無價値ならば、凡ての理想はその本來の性質上無價値なものにならなければならない。
實現の結果を重視するものと、實現の意志を重視するものと――此二つの相違は人生の見方に非常な逕庭を生ずる。前者より見れば未だ結果に到達せざる思想は凡て無價値である。未だ實現せざる理想を主張する者は僞善者である。併し後者の立脚地より見れば、未だ實現せられず、未だ結果に到達せざる思想と雖も、猶ほ理想として特殊の價値を有する。此價値を證しするは、未來を洞察する豫感の力である。實現の要求を煽る現在の心熱である。刹那刹那に新生面を開展し行く現實の進歩である。
大なる理想を孕める者は、その理想が自分の内面に作用する力を刻々に感ずるであらう。此理想を實現するの困苦を泌々と身に覺えるであらう。さうして征服し盡されず、淨化し盡くされず、高揚し盡くされざる自分の現實に就いて堪へ難い羞恥を感ずるであらう。而も彼には直接内面の心證あるが故に、此屈辱と羞恥の感情を以つてするも、猶ほ此理想を抛擲することが出來ない。理想を負ふ者の矛盾と苦痛と自責と屈辱とを耐へ忍ぶ事は避く可からざる彼の運命である。
併し理想を負ふ者の苦しみを嘗め知らざる者は、此間の悲痛に就いて同情を寄せる事が出來ない。彼等は輕易に理想家の内に行はるゝ理想と生活との矛盾を指摘して、直に理想そのものと理想家その人とを否定する。故に理想家は内面的矛盾の苦しみの外に、又社會の罵詈と嘲笑とをも忍ばなければならない。トルストイのやうな一生は實に理想を負ふ者の代表的運命である。多かれ少かれ、理想を内に孕めるものはトルストイの運命を分たなければならないのである。
逃げむと欲する者は逃げよ。逃げむと欲するも逃げ得ぬ者は勇ましく此悲痛なる運命を負ふのみである。