縁結び

3話

1,456字 約3分 2001年10月19日 公開

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「その事で。ああ、なるほど言いましたよ。」

 と火鉢の(ふち)に軽く(ひじ)()たせて、謙造は微笑(ほほえ)みながら、

「本来なら、こりゃお前さんがたが、客へお世辞(せじ)に云う事だったね。誰かに()ていらっしゃるなぞと思わせぶりを……ちと反対(あちこち)だったね。言いました。ああ、肖ている、肖ているッて。

 そうです、(たしか)にそう云った事を覚えているよ。」

 お君は()けと云って差出された座蒲団(ざぶとん)より膝薄(ひざうす)う、その(かたわら)へ片手をついたなりでいたのである。が、薄化粧(うすげしょう)に、口紅(くちべに)()く、目のぱっちりした顔を上げて、

「よその方が、誰かに肖ているとお尋ねなさいましたから、あなたがどうお返事を遊ばすかと存じまして、私は(きまり)が悪うございましたけれども、そっと気をつけましたんですが、こういう処で話をする事ではない。まあまあ、とおっしゃって、それ切りになりましたのでございます。」

 謙造は親しげに打頷(うちうなず)き、

「そうそうそう云いました。それが耳に入って気になったかね、そうかい。」

「いいえ、」とまた俯向いて、清らかな手巾(ハンケチ)を、袂の中で引靡(ひきなび)けて、

「気にいたしますの、なんのって、そういうわけではございません。あの……(うかが)いました上で、それにつきまして少々お(たず)ねしたいと存じまして。」と俯目(ふしめ)になった、睫毛(まつげ)が濃い。

「聞きましょうとも。その肖たという事の次第(わけ)を話すがね、まあ、もっとお寄んなさい。大分(だいぶ)(まぶ)しそうだ。どうも、まともに日が射すからね。さあ、遠慮をしないで、お敷きなさい。こうして尋ねて来なすった時はお客様じゃないか。威張(いば)って、威張って。」

「いいえ、どういたしまして、それでは……」

 しかし(まば)ゆかったろう、下掻(したがい)を引いて()をずらした、(かべ)中央(なかば)に柱が(もと)、肩に()びた日を()けて、朝顔はらりと咲きかわりぬ。

「実はもうちっと()があると、お前さんが望みとあれば、今夜にもまた昨夜(ゆうべ)の家へ出向いて行って、陽気に一つ話をするんだがね、もう東京へ発程(たつ)んだからそうしてはいられない。」

「はい、あの、私もそれを承りましたので、お帰りになりません(さき)と存じまして、お宿へ、(とん)だお邪魔(じゃま)をいたしましてございますの。」

「宿へお(いで)は構わんが、こんな処で話してはちと真面目になるから、事が面倒になりはしないかと思うんだが。

 そうかと云って昨夜(ゆうべ)のような、杯盤狼藉(はいばんろうぜき)という場所も困るんだよ。

 実は墓参詣(はかまいり)の事だから、」

 と云いかけて、だんだん火鉢を手許(てもと)へ引いたのに心着いて、一膝下って向うへ()して、

「お前さん、煙草(たばこ)は?」

 (だま)って莞爾(にっこり)する。

()むだろう。」

生意気(なまいき)でございますわ。」

「遠慮なしにお(あが)り、お喫り。上げようか、巻いたんでよけりゃ。」

「いいえ、持っておりますよ。」

 と帯の処へ手を当てる。

「そこでと、湯も()いてるから、茶を飲みたければ飲むと……羊羹(ようかん)がある。一本五銭ぐらいなんだが、よければお(つま)みと……今に何ぞご馳走(ちそう)しようが、まあ、お(たずね)の件を済ましてからの事にしよう、それがいい。」

 (ひと)りで云って、独りで()めて、

「さて、その事だが、」

「はあ、」

 とまた片手をついた。胸へ気が(こも)ったか、乳のあたりがふっくりとなる。

「余り気を入れると他愛(たわい)がないよ。ちっとこう(あらたま)っては取留めのない事なんだから。いいかい、」

 ともの優しく念を入れて、

「私は小児(こども)の時だったから、(つばき)をつけて、こう引返すと、台なしに(よご)すと云って(いや)がったっけ。死んだ阿母(おふくろ)が大事にしていた、絵も、歌の文字も、(つい)歌留多(かるた)が別にあってね、極彩色(ごくさいしき)の口絵の八九枚入った、綺麗(きれい)な本の小倉百人一首(おぐらひゃくにんいっしゅ)というのが一冊あった。

 その中のね、女用文章の処を開けると……」と畳の上で、謙造は何にもないのを折返した。

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