縁結び

4話

1,514字 約3分 2001年10月19日 公開

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「トそこに高髷に結った、瓜核顔(うりざねがお)で品のいい、何とも云えないほど口許(くちもと)(やさし)い、目の(すずし)い、眉の美しい、十八九の振袖(ふりそで)が、(すそ)()いて、嫋娜(すらり)と中腰に立って、左の手を膝の処へ置いて、右の手で、筆を持った小児(こども)の手を持添えて、その小児(こども)の顔を、上から俯目(ふしめ)覗込(のぞきこ)むようにして、莞爾(にっこり)していると、小児(こども)は行儀よく(つくえ)に向って、草紙に手習のところなんだがね。

 今でも、その絵が目に着いている。衣服(きもの)縞柄(しまがら)(まこと)にしなやかに、よくその膚合(はだあい)(かな)ったという工合で。小児(こども)の背中に、その膝についた手の仕切がなかったら、膚へさぞ移香(うつりが)もするだろうと思うように、ふっくりとなだらかに(つま)(さば)いて、こう引廻(ひきまわ)した裾が、小児(こども)(かば)ったように、しんせつに(じょう)(こも)っていたんだよ。

 大袈裟(おおげさ)に聞えようけれども。

 私は、その絵が大好きで、開けちゃ、見い見いしたもんだから、百人一首を持出して、さっと(あけ)ると、またいつでもそこが出る。

 この《ねえ》さんは誰だい?と聞くと阿母(おふくろ)が、それはお向うの《ねえ》さんだよ、と言い言いしたんだ。

 そのお向うの《ねえ》さんというのに、……お前さんが()ているんだがね――まあ、お聞きよ。」

「はあ、」

 と《みは》った目がうつくしく、その(おもかげ)が映りそう。

「お向うというのは、前に土蔵(どぞう)二戸前(ふたとまえ)格子戸(こうしど)(なら)んでいた大家(たいけ)でね。私の家なんぞとは、すっかり暮向きが(ちが)う上に、金貸だそうだったよ。何となく近所との(へだ)てがあったし、余り人づきあいをしないといった風で。出入も余計なし、なおさら奥行が深くって、裏はどこの国まで続いているんだか、小児心(こどもごころ)には知れないほどだったから、ついぞ遊びに行った事もなければ、時々、門口じゃ、その《ねえ》さんというのの母親に口を利かれる事があっても、こっちは含羞(はにかん)()げ出したように覚えている。

 だから、そのお(じょう)さんなんざ、年紀(とし)も違うし、一所に遊んだ事はもちろんなし、また内気な人だったとみえて、余り戸外(そと)へなんか出た事のない人でね、(かた)く言えば深閨(しんけい)に何とかだ。秘蔵娘(ひぞっこ)さね。

 そこで、軽々しく顔が見られないだけに、二度なり、三度なり見た事のあるのが、余計に心に残っているんで。その女用文章の中の挿画(さしえ)真物(ほんもの)だか、真物が絵なんだか分らないくらいだった。

 しかしどっちにしろ、顔容(かおかたち)判然(はっきり)今も覚えている。一日(あるひ)、その母親の手から、(むすめ)が、お前さんに、と云って、縮緬(ちりめん)寄切(よせぎれ)(こしら)えた、迷子札(まいごふだ)につける腰巾着(こしぎんちゃく)一個(ひとつ)くれたんです。そのとき格子戸の(わき)の、出窓の(すだれ)の中に、ほの白いものが見えたよ。(べに)の色も。

 蝙蝠(こうもり)引払(ひっぱた)いていた(さお)(ほう)り出して、(うち)へ飛込んだ、その(うれ)しさッたらなかった。夜も抱いて寝て、あけるとその百人一首の絵の机の上へのっけたり、立っている娘の胸の処へ置いたり、胸へのせると裾までかくれたよ。

 (おし)い事をした。その巾着は、私が東京へ行っていた時分に、故郷(こきょう)の家が近火(きんか)に焼けた時、その百人一首も一所に焼けたよ。」

「まあ……」

 とはかなそうに、お君の顔色が(さび)しかった。

「迷子札は、(かね)だから残ったがね、その火事で、向うの(うち)も焼けたんだ。今度通ってみたが、町はもう昔の俤もない。煉瓦造(れんがづく)りなんぞ建って開けたようだけれど、大きな樹がなくなって、山がすぐ露出(むきだ)しに見えるから、かえって田舎(いなか)になった気がする、富士の裾野(すその)煙突(えんとつ)があるように。

 向うの家も、どこへ行きなすったかね、」

 と調子が沈んで、少し、しめやかになって、

「もちろんその娘さんは、私がまだ()ウにならない内に()くなったんだ。――

 産後だと言います……」

「お産をなすって?」

 と俯目でいた目を《みひら》いたが、それがどうやらうるんでいたので。

 謙造はじっと見て、(かたむ)きながら、

一人娘(ひとりむすめ)で養子をしたんだね、いや、その時は(にぎや)かだッけ。」

 と陽気な声。

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