縁結び

7話

1,445字 約3分 2001年10月19日 公開

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「さっきの、さっきの、」

 と微笑(ほほえ)みながら、謙造は四辺(あたり)を《みまわ》し、

「さっきのが……声だよ。お前さん、そう(こわ)がっちゃいかん。一生懸命(いっしょうけんめい)のところじゃないか。」

「あの、梟が鳴くんですかねえ。私はまた何でしょうと吃驚(びっくり)しましたわ。」

 と、寄添(よりそ)いながら、お君も莞爾(にっこり)

 二人は(ふもと)から坂を一ツ、曲ってもう一ツ、それからここの天神の宮を、(こずえ)(あお)ぐ、石段を三段、次第に上って来て、これから隧道(トンネル)のように薄暗い、山の狭間(はざま)の森の中なる、額堂(がくどう)を抜けて、見晴しへ出て、もう一坂越して、草原を通ると頂上の広場になる。かしこの回向堂を志して、ここまで来ると、あんなに日当りで、車は母衣(ほろ)さえおろすほどだったのが、梅雨期(つゆどき)のならい、石段の下の、太鼓橋(たいこばし)(かか)った、(かわ)いた池の、葉ばかりの菖蒲(あやめ)がざっと鳴ると、上の森へ、雲がかかったと見るや、こらえずさっと降出したのに、ざっと一濡(ひとぬ)れ。石段を()けて(のぼ)って、境内(けいだい)にちらほらとある、青梅(あおうめ)の中を、(もすそ)はらはらでお君が(くぐ)って。

 さてこの額堂へ入って、一息ついたのである。

「暮れるには()があるだろうが、暗くなったもんだから、ここを一番と(おど)すんだ。悪い梟さ。この森にゃ昔からたくさん居る。()い月夜なんぞに来ると、身体(からだ)(あお)い後光がさすように薄ぼんやりした(なり)で、樹の間にむらむら居る。

 それをまた、腕白(わんぱく)の強がりが、よく賭博(かけ)なんぞして、わざとここまで来たもんだからね。梟は仔細(しさい)ないが、弱るのはこの額堂にゃ、(ふるく)から評判の、(おに)、」

「ええ、」

 とまた擦寄(すりよ)った。謙造は昔懐(むかしなつか)しさと、お伽話(とぎばなし)でもする気とで、うっかり言ったが、なるほどこれは、と心着いて、急いで言い続けて、

「鬼の額だよ、額が(あが)っているんだよ。」

「どこにでございます。」

 と(なん)にか押向(おしむ)けられたように顔を向ける。

「何、何でもない、ただ絵なんだけれど、小児(こども)の時は恐かったよ、見ない方がよかろう。はははは、そうか、見ないとなお(おそろ)しい、気が済まない、とあとへ残るか、それその額さ。」

 と(ゆびさ)したのは、蜘蛛(くも)()の間にかかって、一面(うるし)を塗ったように古い額の、胡粉(ごふん)が白くくっきりと残った、目隈(めぐま)の蒼ずんだ中に、一双虎(いっそうとら)のごとき(まなこ)の光、(なかだか)爛々(らんらん)たる、一体の般若(はんにゃ)(かずき)の外へ躍出(おどりい)でて、虚空(こくう)へさっと撞木(しゅもく)(かじ)(うずま)いた風に乗って、()(はかま)(くる)いが火焔(ほのお)のように(ひるがえ)ったのを、よくも見ないで、

「ああ。」と云うと、ひしと謙造の胸につけた、遠慮(えんりょ)の眉は(あわい)をおいたが、前髪は衣紋(えもん)について、(えり)の雪がほんのり(かお)ると、袖に縋った手にばかり、言い知らず力が(こも)った。

 謙造は、その時はまださまでにも思わずに、

母様(おっかさん)記念(かたみ)を見に行くんじゃないか、そんなに弱くっては仕方がない。」

 と半ば(はげ)ます気で云った。

「いいえ、母様(おっかさん)()きていて下されば、なおこんな時は(あま)えますわ。」

 と取縋(とりすが)っているだけに、思い切って、おさないものいい。

 何となく身に染みて、

「私が()るから恐くはないよ。」

「ですから、こうやって、こうやって居れば恐くはないのでございます。」

 思わず(せな)に手をかけながら、謙造は仰いで額を見た。

 雨の滴々(したたり)しとしとと屋根を打って、森の暗さが(ひさし)を通し、(みどり)が黒く染込(しみこ)む絵の、鬼女(きじょ)が投げたる(かずき)()にかけ、わずかに烏帽子(えぼし)(かしら)(はら)って、太刀(たち)に手をかけ、腹巻したる(たい)(なな)めに、ハタと(にら)んだ勇士の(おもて)

 と顔を合わせて、フトその(かいな)を解いた時。

 小松に(さわ)る雨の音、ざらざらと騒がしく、番傘(ばんがさ)を低く(かざ)し、高下駄(たかげた)に、濡地(ぬれつち)をしゃきしゃきと()んで、からずね二本、痩せたのを裾端折(すそはしょり)で、大股(おおまた)歩行(ある)いて来て額堂へ、(いただき)の方の入口から、のさりと入ったものがある。

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