三太郎の日記 第一

8話 三太郎の日記 4

680字 約1分 2011年8月12日 公開

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 薄明(〔Da:mmerung〕)が事物を美化することは屡云はれた。此事は其自身に美しい事物に關しては適用することが出來ない。印象派の畫家は強烈なる光の戲れを愛するが故に白日を擇ぶ。自然の風光は白日も美しく薄明も亦美しい。薄明は唯其自身に醜いものを美化する。薄明の美化は自然よりも寧ろ人生のことである。

 自分の世界は呪はれたる世界である。我が意識の外に切り捨て、忘れ去り、葬り終るに非ざれば心の平安を保持し難き事柄が少からず眼前にウヨ/\してゐる。從つて我が心には抽象(Abstotraktion)の願切ならざるを得ぬ。抽象の願切なる限り、醜き物、厭はしき物、煩しき物に弱き光を與へて、之を意識の微かなる邊に移して呉れる朦ろは嬉しい光である。

 更に薄明は我が想像に活動の餘地、添補の餘地を與へる。余は朦ろなる事物を余自身に價値あるものとして創造する。此創造によりて事物の本質(Wesen)が浮んで來るか否かは明白でない。唯余自身の本質が薄明に乘じて對象に乘り移るの事實丈は疑はれぬ。從つて如何なる事物にも一定の光の下には美しく見ゆべき條件が潛んでゐることも亦爭はれぬ。抽象の意義は唯本質の榮えむが爲に雜草を刈り去る處にある。本質を逸したる抽象は無意義である。

 闇中に見る女の眼は凡て大きく潤を帶びて見える。此大きく潤のある眼を通じて想像の手を女の肌に觸れる時、女の肉體は凡て美しい。後姿の美しい女は其後姿が自分にとつては女の本質である。

 嗚呼併し明るみの中に見むと欲するやみ難き要求よ。明るみの光に消え行く幻の悲哀よ。此悲哀に促されて更に辿り行く人生の薄明よ。

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