62話 十 不一致の要求 2
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我等は時として、餘りに深く一つの事を感ずるために、却つて評價のバランスを誤ることがある。多くの偉人が往々凡庸人にさへ極めて明白な誤謬に陷ることがあるのは、此處にその一つの理由を持つてゐるのである。從つて評價の不均衡は必ずしも感受性の鈍さを證明するものではないと同時に、極めて均衡を得た評價と雖も、常に感受性の鋭さを證明することは出來ない。ローマン・ローランはトルストイの音樂の評價に就いて、明瞭にこのことを證據立てた。
トルストイが、その感受性の激しさのために、却つて評價の轉倒に導かれたことは、他の場合にも亦少なくないやうに思ふ。如何なる場合にも誤謬は固より誤謬である。併し自分は自分の感受性の鈍さに對する羞恥と、トルストイの激しさに對する尊敬とを感ずることなしに、これを難詰する氣にはなれない。自分はこの點に於いて何處までもトルストイを尊敬する。その誤謬をさへも尊敬する。
併し彼には別に、その感受性の鈍さの故に、貫穿の力の乏しさの故に、誤謬に陷つた點はないであらうか。自分は彼の哲學的思辨に於いて、特に他の哲學者に對する彼の批評に於いて、屡この疑ひに逢着する。我等がトルストイから學ぶ可きは恐らくはこの方面ではないであらう。この點に於いても、眞正にこの人の長所を學ぶために、我等はこの人から獨立した地歩を占めて置かなければならない。