63話 十 不一致の要求 3
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思想界の偉人と偉人との間に相互の理解を缺くこと多きは、人生の痛ましき事實の一つである。此の如き現象は如何にして生ずるか。其處には固より多くの理由がなければならない。彼等の世界が餘りに明瞭に構成されてゐるために、他との異同があまりに明白に感ぜられることも一つの理由であらう。その感受性が一方に異常に發展する間に、他方面に對する感受性が不知不識萎縮してしまつてゐるやうなことも亦ないとは限るまい。併し自分は時として、彼等の間に、トルストイの藝術論に於けるが如き不一致の要求――更に甚しきは理解せざらむとする意志を發見することを悲しむ。自分は人間の我執の根の深さを此處に發見して、一種の悲愴なる感情を覺えざるを得ない。
併し彼等はこの我執の外に、彼等自身の中に猶極めて多くのよきものを持つてゐた。さうして彼等のこの我執にさへ――この不一致の要求にさへ、彼等を人生の深處に導く力があつた。故にこれは固より彼等にとつて致命的の缺點ではない。我等は彼等がこの我執の外に持つ――若しくはこの我執によつて到達する長所の故に、深く彼等を尊重する。併しこれは彼等に許すべきことであつて、彼等に學ぶ可きことではない。又學び得可きことでもない。我等は偉人の研究に當つては、特にこの不一致の要求を模倣することを愼まなければならない。
我等は時として、この不一致の要求の外に何物をも所持せざる――さうしてこの不一致の要求から何物をも産出することを知らざる、一種不思議なる動物を發見する。彼等の不一致の要求は自己を信ずることの篤さから來たのではなくて、他人の美を成すことを好まざる狹量から來てゐるが故に、其處には矜持すること高き者に特有なる品位がない。力の溢れてゐる者に特有なる一種無邪氣なる寛容がない。傲語と群集本能と、嘲罵と嫉妬と、僞惡と卑劣とが手を繋いで輪舞してゐるところに彼等の不思議なる特質がある。我等は偉人の不一致の要求を學ぶことによつて、この淤泥の中に轉落することを戒めなければならない。
如何なる偉人に在つても不一致を求むる意志は罪惡である。多くの優れたる人はその一生の慘苦によつてこの罪の贖ひをしなければならなかつた。さうして彼等の思想はこの贖罪によつてその深さを増した。而も猶彼等と聖者とを隔てるものがこの傲慢の罪に在るのではないと、誰が保證することが出來るか。