神鷺之巻

1話 神鷺之巻(1)

7,676字 約15分 2006年5月4日 公開

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       一

 白鷺明神(しらさぎみょうじん)(ほこら)へ――一緑の森をその峰に仰いで、小県銑吉(おがたせんきち)がいざ詣でようとすると、案内に立ちそうな村の爺さんが少なからず難色を(あら)わした。

 この爺さんは、

「――おらが口で、(あらた)めていうではねえがなす、内の(ばばあ)は、へい一通りならねえ巫女(いちこ)でがすで。」……

 若い時は、渡り仲間の、のらもので、猟夫(かりゅうど)を片手間に、小賭博(こばくち)なども()るらしいが、そんな事より、古女房が巫女というので、聞くものに一種の威力があったのはいうまでもない。

 またその媼巫女(うばいちこ)の、巫術(ふじゅつ)修煉(しゅうれん)の一通りのものでない事は、読者にも、間もなく知れよう。

 一体、孫八が名だそうだ、この爺さんは、つい今しがた、この奥州、関屋の在、旧――街道わきの古寺、西明寺(さいみょうじ)の、見る影もなく荒涼(あれすさ)んだ乱塔場で偶然知己(ちかづき)になったので。それから――無住ではない、住職の和尚は、斎稼(ときかせ)ぎに出て留守だった――その寺へ伴われ、庫裡(くり)から、ここに准胝観世音(じゅんでいかんぜおん)御堂(みどう)に詣でた。

 いま、その御廚子(みずし)の前に、わずかに二三畳の破畳(やれだたみ)の上に居るのである。

 さながら野晒(のざらし)肋骨(あばらぼね)を組合わせたように、()れ古びた、正面の閉した格子を透いて、向う峰の明神の森は小さな堂の屋根を包んで、街道を中に、石段は高いが、あたかも、ついそこに掛けた、一面墨絵の額、いや、ざっと彩った絵馬のごとく望まるる。

 明神は女体におわす――爺さんがいうのであるが――それへ、詣ずるのは、石段の上の拝殿までだが、そこへ()くだけでさえ、清浄(しょうじょう)斎戒(さいかい)がなければならぬ。奥の大巌(おおいわ)の中腹に、祠が立って、(うやうや)しく(いつ)き祭った神像は、大深秘で、軽々しく拝まれない――だから、参った処で、その(かい)はあるまい……と()くのを留めたそうな口吻(くちぶり)であった。

「ごく内々の事でがすがなす、明神様のお姿というのはなす。」

 時に、勿体ないが、大破落壁した、この御堂の壇に、観音の緑髪、朱唇(しゅしん)白衣(びゃくえ)白木彫(しらきぼり)の、み姿の、片扉金具の抜けて、(おのず)から開いた廚子から拝されて、()が捧げたか、花瓶の雪の卯の花が、そのまま、御袖(みそで)(もすそ)(まが)いつつ、銑吉が参らせた蝋燭(ろうそく)の灯に、格天井(ごうてんじょう)を漏る昼の月影のごとく、ちらちらと薄青く、また金色(こんじき)の影がさす。

「なす、この観音様に、よう似てござらっしゃる、との事でなす。」……

 ただこの観世音の麗相を、やや細面にして、玉の(しろ)きがごとく、そして御髪(みぐし)が黒く、やっぱり唇は一点の紅である。

 その明神は、白鷺の月冠をめしている。白衣で、(はかま)は、白とも、()ともいうが、夜の花の(おぼろ)と思え。……

 どの道、(いわお)の奥殿の扉を開くわけには行かないのだから、(ひとえ)に観世音を念じて、彼処(かしこ)の面影を(しの)べばよかろう。

 爺さんは、とかく、手に取れそうな、峰の堂――絵馬の(なか)へ、銑吉を上らせまいとするのである。

 第一可恐(おそろし)いのは、明神の拝殿の(しとみ)うち、すぐの承塵(なげし)に、いつの昔に奉納したのか薙刀(なぎなた)一振(ひとふり)かかっている。勿論誰も手を触れず、いつ研いだ事もないのに、切味(きれあじ)の鋭さは、月の影に翔込(かけこ)(ふくろう)、小春日になく山鳩は構いない。いたずらものの野鼠は真二つになって落ち、ぬたくる蛇は寸断(ずたずた)になって(うごめ)くほどで、虫、(けだもの)も、今は恐れて、床、天井を損わない。

 人間なりとて、心柄によっては無事では済まない。かねて禁断であるものを、色に(めし)いて血気な徒が、分別を取はずし、夜中、御堂へ、村の娘を連込んだものがあった。隔ての(とばり)も、(すだれ)もないのに――

 ――それが、何と、(あかる)い月夜よ。明神様もけなりがッつろと、二十三夜の月待の夜話(よばなし)に、森へ下弦の月がかかるのを見て饒舌(しゃべ)った。不埒(ふらち)を働いてから十五年。四十を越えて、それまでは内々恐れて、黙っていたのだが、――(たた)るものか、この通り、と鼻をさして、何の罰が当るかい。――舌も引かぬに、天井から、青い光がさし、その百姓屋の壁を抜いて、散りかかる柳の刃がキラリと座のものの目に輝いた時、色男の顔から血しぶきが立って、そぎ落された低い鼻が、守宮(やもり)のように、畳でピチピチと()ねた事さえある。

 いま現に、町や村で、ふなあ、ふなあ、と鼻くたで、因果と、(ふな)(どじょう)を売っている、老ぼれがそれである。

 村若衆(わかいしゅ)の堂の出合は、ありそうな事だけれど、こんな話はどこかに類がないでもなかろう。

 しかし、なお押重ねて、爺さんが言った、……次の事実は、少からず銑吉を驚かして、胸さきをヒヤリとさせた。

 余り里近なせいであろう。近頃では場所が移った。が、以前は、あの明神の森が、すぐ、いつも雪の降ったような白鷺の巣であった。近く大正の末である。一夜に二件、人間二人、もの(すご)い異状が起った。

 その一人は、近国の門閥家(もんばつか)で、地方的に名望権威があって、我が(まま)の出来る旦那(だんな)方。人に、鳥博士と(とな)えられる、聞こえた鳥類の研究家で。家には、鳥屋というより、小さな博物館ぐらいの標本を備えもし、飼ってもいる。近県近郷の学校の教師、無論学生たち、志あるものは、都会、遠国からも見学に(きた)()うこと、須賀川の牡丹(ぼたん)の観賞に相斉(あいひと)しい。で、いずれの方面からも許されて、その旦那の紳士ばかりは、猟期、禁制の、時と、場所を問わず、学問のためとして、任意に、得意の猟銃の打金をカチンと打ち、生きた的に向って、ピタリと照準する事が出来る。

 時に、その年は、獲ものでなしに、巣の白鷺の産卵と、生育状態の実験を思立たれたという。……(ひよ)ッ子はどんなだろう。鶏や、雀と違って、ただ聞いても、鴛鴦(おしどり)だの、白鷺のあかんぼには、博物にほとんど無関心な銑吉も、聞きつつ、早くまず耳を傾けた。

 在所には、旦那方の泊るような旅館がない。片原の町へ宿を取って、鳥博士は、夏から秋へかけて、その時々。足繁くなると、ほとんど毎日のように、明神の森へ通ったが、思う壺の巣が見出せない。

 ――村に猟夫(かりゅうど)が居る。猟夫(りょうし)といっても、南部の(いのしし)や、信州の熊に対するような、本職の、またぎ、おやじの(おす)ではない。のらくらものの隙稼(ひまかせ)ぎに鑑札だけは受けているのが、いよいよ獲ものに(こう)ずると、極めて内証に、森の白鷺を盗み(うち)する。人目を(はばか)るのだから、忍びに忍んで潜入するのだが、いや、どうも、我折(がお)れた根気のいい事は、朝早くでも、晩方でも、日が暮れたりといえどもで、夏の末のある()などは、ままよ宿鳥(ねどり)なりと、占めようと、右の猟夫(りょうし)が夜中真暗(まっくら)な森を《さまよ》ううちに、青白い光りものが、目一つの山の神のように動いて来るのに出撞(でっくわ)した。けだし光は旦那方の持つ懐中電燈であった。が、その時の鳥旦那の(よそおい)は、杉の葉を、頭や、腰のまわりに結びつけた、(つら)まで青い、森の悪魔のように見えて、猟夫を息を引いて驚倒せしめた。旦那の智恵によると、鳥に近づくには、季節によって、樹木と同化するのと、また鳥とほぼ服装の(いろどり)を同じゅうするのが妙術だという。

 それだから一夜に事の起った時は、冬で雪が降っていたために、鳥博士は、帽子も、服も、靴まで真白(まっしろ)にしていた、と話すのであった。

      (……?……)

 ところで、鳥博士も、猟夫(りょうし)も、相互の仕事が、両方とも邪魔にはなるが、幾度(いくたび)も顔を合わせるから、逢えば自然と口を利く。「ここのおつかい姫は、何だな、馬鹿に恥かしがり屋で居るんだな。なかなか産む処を見せないが。」「旦那、とんでもねえ罰が当る。」「撃つやつとどうかな。」段々秋が深くなると、「これまでのは渡りものの、やす女だ、侍女(こしもと)も上等のになると、段々勿体(もったい)をつけて奥の方へ引込むな。」従って森の奥になる。「今度見つけた巣は一番上等だ。鷺の中でも貴婦人となると、産は雪の中らしい。人目を忍ぶんだな。産屋(うぶや)も奥御殿という処だ。」「やれ、罰が当るてば。旦那。」「撃つやつとどうかな。」――雪の中に産育する、そんな鷺があるかどうかは知らない。爺さんの話のまま――猟夫(りょうし)がこの爺さんである事は言うまでもなかろうと思う。さて猟夫が、雪の降頻(ふりしき)る中を、朝の()に森へ()くと、幹と根と一面の白い上に、既に縦横に靴で踏込んだあとがあった。――畜生、こんなに(はや)くから旦那が来ている。博士の、静粛な白銀(しろがね)の林の中なる白鷺の貴婦人の臨月の観察に、ズトン! は大禁物であるから、(にら)まれては事こわしだ。一旦(いったん)破寺(やれでら)――西明寺はその一頃は無住であった――その庫裡(くり)に引取って、炉に焚火(たきび)をして、弁当を使ったあとで、出直して、降積った雪の森に襲い入ると、段々に奥深く、やがて向うに青い水が(あら)われた、土地で、大沼というのである。

 今はよく晴れて、沼を囲んだ、樹の袖、樹の(すそ)が、(おおい)なる紺青(こんじょう)の姿見を(いだ)いて、化粧するようにも見え、立囲った幾千の白い(じょうろう)が、瑠璃(るり)皎殿(こうでん)(めぐ)り、碧橋(へききょう)を渡って、風に舞うようにも(なが)められた。

 この時、煩悩(ぼんのう)も、菩提(ぼだい)もない。ちょうど(なぎさ)の銀の(あし)を、一むら肩でさらりと分けて、雪に(まが)う鷺が一羽、人を払う言伝(ことづて)がありそうに、すらりと立って歩む出端(でばな)を、ああ、ああ、ああ、こんな日に限って、ふと仰がるる、那須嶽連山の(みね)に、たちまち一朶(いちだ)の黒雲の()いたのも気にしないで、折敷(おりしき)にカンと打った。キャッ! と若い女の声。(たま)ぎる声。

 ()ったか、飛んだか、(すべ)ったか。猟夫(りょうし)が目くるめいて駆付けると、()てざまの白雪に、ぽた、ぽた、ぽたと(あけ)が染まって、どこを撃ったか、黒髪の乱れた、うつくしい女が、仰向(あおむ)けに倒れ、もがいた手足をそのままに乱れ敷いていたのである。

 いやが上の恐怖と驚駭(きょうがい)は、わずかに四五間離れた処に、鳥の旦那が真白(まっしろ)なヘルメット帽、警官の白い夏服で、腹這(はらばい)になっている。「お助けだ――旦那、薬はねえか。」と自分が救われたそうに手を合せた。が、鳥旦那は――鷺が若い女になる――そんな魔法は、俺が使ったぞ、というように知らん顔して、遠めがねを、それも白布で巻いたので、(じっ)とどこかの樹を枝を凝視(みつ)めていて、ものも言わない。

 猟夫は最期(いまわ)と覚悟をした。……

 そこで、急いで我が屋へ帰って、不断、常住、無益な殺生を、するな、なせそと戒める、古女房の老巫女(いちこ)に、しおしおと、青くなって次第を話して、……その筋へなのって出るのに、すぐに(はり)へ掛けたそうに(ふんどし)をしめなおすと、(あずさ)の弓を看板に掛けて家業にはしないで、茅屋(あばらや)に隠れてはいるが、うらないも祈祷(きとう)も、その道の博士だ――と言う。どういうものか、正式に学校から授けない、ものの巧者は、学士を飛越えて博士になる。博士神巫(いちこ)が、亭主が人殺しをして、唇の色まで変って震えているものを、そんな事ぐらいで()めはしない……冬の日の暗い納戸で、糸車をじい……じい……村も浮世も寒さに喘息(ぜんそく)を病んだように響かせながら、猟夫に真裸(まっぱだか)になれ、と歯茎を()めて(おごそか)に言った。経帷子(きょうかたびら)にでも着換えるのか、そんな用意はねえすべい。……井戸川で凍死(こごえじに)でもさせる気だろう。しかしその(ことば)の通りにすると、(みの)を着よ、そのようなその羅紗(らしゃ)の、毛くさい(やぶれ)帽子などは脱いで、菅笠(すげがさ)(かぶ)れという。そんで、へい、苧殻(おがら)か、青竹の(つえ)でもつくか、と聞くと、それは、ついてもつかいでも、のう、もう一度、明神様の森へ走って、旦那が(そば)に居ようと、居まいと、その若い婦女(おんな)死骸(しがい)を、蓑の下へ、(はだ)づけに負いまして、また早や急いで帰れ、と少し早めに糸車を廻わしている。

 いや、もう、肝魂(きもたま)を消して、さきに死骸の傍を離れる時から、那須颪(なすおろし)真黒(まっくろ)になって、再び、日の暮方の雪が降出したのが、今度行向う時は、向風の吹雪になった。が、寒さも冷たさも猟夫は覚えぬ。ただ(つら)を打って巴卍(ともえまんじ)に打ち乱れる紛泪(ふんぱく)の中に、かの薙刀(なぎなた)の刃がギラリと光って、鼻耳をそがれはしまいか。幾度立ちすくみになったやら。……

 我が手で、鉄砲でうった女の死骸を、雪を()いて膚におぶった、そ、その心持というものは、紅蓮(ぐれん)大紅蓮の土壇(どたん)とも、八寒地獄の磔柱(はりつけばしら)とも、(たと)えように口も利けぬ。ただ吹雪に怪飛(けしと)んで、亡者のごとく、ふらふらと内へ戻ると、媼巫女(うばみこ)は、台所の筵敷(むしろじき)居敷(いしか)り、出刃庖丁をドギドギと研いでいて、納戸の炉に火が燃えて、破鍋(われなべ)のかかったのが、阿鼻とも焦熱とも(すさま)じい。……「さ、さ、帯を解け、しての、死骸を(まないた)の上へ、」というが、石でも(あかがね)でもない。台所の俎で。……(うば)の形相は、絵に描いた安達(あだち)ヶ原と思うのに、(くび)には、狼の(きば)やら、狐の目やら、(いたち)の足やら、つなぎ合せた長数珠(ながじゅず)三重(みえ)()きながらの指図でござった。

 ……不思議というは、青い腰も血の胸も、死骸はすっくり俎の上へ納って、首だけが土間へがっくりと垂れる。めったに使ったことのない、大俵の炭をぶちまけたように(もとどり)が砕けて、黒髪が散りかかる雪に敷いた。媼が伸上り、じろりと()て、「天人のような(おんな)やな、羽衣を()け、剥け。」と言う。襟も袖も引き《むし》る、と白い優しい肩から脇の下まで仰向(あおむ)けに(あら)われ、乳へ膝を折上げて、くくられたように、(かかと)を空へ(かが)めた姿で、(やわらか)にすくんでいる。「さ、その(しら)ッこい、(あぶら)ののった双ももを放さっしゃれ。(けだもの)は背中に、鳥は腹に肉があるという事いの。腹から()かっしゃるか、それとも背から(ひら)くかの、」と何と、ひたわななきに(わなな)く、猟夫の手に庖丁を渡して、「えい、それ。」媼が、女の両脚を餅のように下へ引くとな、腹が、ふわりと動いて胴がしんなりと伸び申したなす。

「観音様の前だ、旦那、許さっせえ。」

 御廚子の菩薩(ぼさつ)は、ちらちらと蝋燭の灯に瞬きたまう。

 ――茫然(ぼうぜん)として、銑吉は聞いていた――

 血は、とろとろと流れた、が、氷ったように、大腸小腸(おおわたこわた)赤肝(あかぎも)碧胆(あおぎも)、五臓は見る見る解き(あば)かれ、続いて、首を切れと云う。その、しなりと俎の下へ伸びた皓々(しろじろ)とした咽喉首(のどくび)に、触ると震えそうな細い筋よ、(わらび)、ぜんまいが、山賤(やましず)には口相応、といって、猟夫だとて、若い時、宿場女郎の、《まいらせそろ》もかしくも見たれど、そんなものがたとえになろうか。……若菜の二葉の青いような脈筋が透いて見えて、庖丁の当てようがござらない。容顔が美麗なで、気後(きおく)れをするげな、この痴気(たわけ)おやじと、媼はニヤリ、「鼻をそげそげ、思切って。ええ、それでのうては、こな(じじ)い、人殺しの解死人(げしにん)(のが)れぬぞ、」と()(おど)す。――命ばかりは(ほし)いと思い、ここで我が鼻も薙刀(なぎなた)(ひき)そがりょう、恐ろしさ。古手拭(ふるてぬぐい)で、我が鼻を、頸窪(ぼんのくぼ)(ゆわ)えたが、美しい女の冷い鼻をつるりと(つま)み、じょきりと庖丁で()ねると、ああ、あ(つつ)焼火箸(やけひばし)(てのひら)を貫かれたような、その疼痛(いたさ)に、くらんだ目が、はあ、でんぐり返って気がつけば、鼻のかわりに、細長い鳥の(くちばし)を握っていて、俎の上には、ただ腹を解いた白鷺が一羽。蓑毛も、胸毛も、散りぢりに、血は俎の上と、鷺の首と、おのが掌にたらたらと(まみ)れていた。

 媼が世帯ぶって、口軽に、「大ごなしが済んだあとは、わしが手でぶつぶつと切っておましょ。鷺の料理は知らぬなれど、清汁(すまし)か、味噌か、焼こうかの。」と(ほだ)をほだて、鍋を(ゆす)ぶって見せつけて、「人間の娘も、鷺の(おんな)も、いのち惜しさにかわりはないぞの。」といわれた時は、俎につくばい、鳥に(かが)み、媼に()って、手をついた。断つ、断つ、ふッつりと猟を断つ、慰みの無益の殺生は、断つわいやい。

 (はたけ)二三枚、つい近い、前畷(まえなわて)の夜の雪路(ゆきみち)を、狸が葬式を真似(まね)るように、陰々と火がともれて、人影のざわざわと通り過ぎたのは――真中(まんなか)に戸板を()いていた。――鳥旦那の、凍えて人事不省(ひとごこちなく)なったのを助け出した、行列であった。

 町の病院で、二月以上煩ったが、凍傷のために、足の指二本、鼻の(さき)が少々、とれた、そげた、欠けた、はて何といおう、もげたと言おう、もげた。

 どうも()せぬ。さて、合点のゆかない。現におつかい姫を、鉄砲で撃った猟夫は、肝を(つぶ)しただけで、無事に助かった。旦那はまず不具(かたわ)だ。巣を見るばかりで、その(たた)りは、と内証(ないしょ)で声をひそめて、老巫女(おいみこ)(うかがい)を立てた。されば、明神様の思召(おぼしめ)しは、鉄砲は()けもされる。また眷属(けんぞく)怪我(けが)に打たれまいものではない。――御殿の(ねや)(のぞ)かれ、あまつさえ、(とばり)の奥のその奥の産屋を――おみずからではあるまいが――お(うるさ)い……との事である。

 要するに、御堂の女神は、鉄砲より、研究がおきらいなのである。――

「――万事、その気でござらっしゃれよ。」

「勿論です――」

 が、まだその上にも、銑吉を一人で御堂へ()かせるのは、気づかいらしくもあり、好もしくない様子が見えた。すなわち明神の(ほこら)へは、孫八爺さんが一所に行こうという。銑吉とても、ただ(おど)かしばかりでもなさそうな、秘密と、奇異と、第一、人気のまるでないその祠に、入口に(かか)った薙刀(なぎなた)を思うと、掛釘が錆朽(さびく)ちていまいものでもなし、控えの綱など断切れていないと限らない。同行はむしろ便宜であったが。

 さて、旧街道を――庫裡(くり)を一廻り、寺の前から――路を(うず)めた浅茅(あさじ)を踏んで、横切って、石段下のたらたら(ざか)を昇りかかった時であった。明神の森とは、山波をつづけて、なだらかに(もと)来た片原の町はずれへ続く、それを(ななめ)に見上げる、山の()高き青芒(あおすすき)(わらび)の広葉の茂った中へ、ちらりと出た……さあ、いくつぐらいだろう、女の子の(あか)い帯が、ふと(もみ)(はかま)のように見えたのも稀有(けう)であった、が、その下ななめに、草堤(くさどて)を、田螺(たにし)が二つ並んで、日中(ひなか)(あぜ)うつりをしているような人影を見おろすと、

「おん()いええ。」

 と野へ響く、広く(とお)った声で呼んだ。

 貝の(さき)白髪(しらが)の田螺が、

「おお。」

()()いよう。」

「……爺ン爺い、とこくわ――おおよ。」

()()が、なあえ、すぐに帰って、ござれとよう。」

「酒でも餅でもあんめえが、……やあ。」

「知らねえよう。」

「客人と、やい、明神様詣るだと、言うだあよう。」

(あん)でも帰れ、とよう。媼ン媼が言うだがええ。」

 なぜか、その女の子、その声に、いや、その言托(ことづけ)をするものに、銑吉さえ一種の威のあるのを感じた。

「そんでは、旦那。」

 白髪の田螺は、麦稈帽(むぎわらぼう)の田螺に、ぼつりと分れる。

       二

「――何だ、薙刀(なぎなた)というのは、――絵馬の()――これか。」

 あの、爺い。口さきで人を薙刀に掛けたな。銑吉は御堂の格子を入って、床の右横の破欄間(やれらんま)にかかった、絵馬を()て、(ほっ)と息を()きつつ微笑(ほほえ)んだ。

 しかし、一口に絵馬とはいうが、入念(じゅねん)彩色(さいしき)、塗柄の蒔絵(まきえ)に唐草さえある。もっとも年数のほども分らず、(おさめ)ぬしの文字などは見分けがつかない。けれども、塗柄を受けた服紗(ふくさ)のようなものは、紗綾(さや)か、緞子(どんす)か、濃い紫をその細工ものに縫込んだ。

 武器は武器でも、念流、一刀流などの猛者(もさ)の手を経たものではない。流儀の名の、(しずか)も優しい、婦人の奉納に違いない。

 眉も胸も(なごやか)になった。が、ここへ来て(たたず)むまで、銑吉は実は瞳を据え、唇を()めて、驚破(すわ)といわばの気構(きがまえ)をしたのである。何より聞怯(ききお)じをした事は、いささかたりとも神慮に背くと、静流(しずかりゅう)がひらめくとともに、鼻を()がるる、というのである。

 これは、生命(いのち)より可恐(おそろし)い。むかし、悪性(あくしょう)唐瘡(とうがさ)を煩ったものが、(かわや)から出て、(くしゃみ)をした拍子に、鼻が飛んで、鉢前をちょろちょろと這った、二十三夜講の、(さき)の話を思出す。――その鼻の飛んだ時、キャッと叫ぶと、顔の真中(まんなか)へ舌が出て、もげた鼻を追掛(おっか)けたというのである。鳥博士のは凍傷と聞いたが、結果はおなじい。

 鼻をそがれて、顔の真中へ舌が出たのでは、二度と東京が見られない。第一汽車に乗せなかろう。

 草生(くさおい)の坂を上る時は、日中(ひなか)三時さがり、やや暑さを覚えながら、幾度も単衣(ひとえ)の襟を正した。

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