薄紅梅

9話 薄紅梅(9)

3,405字 約7分 2008年11月22日 公開

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「…………」

「私……しばらくお別れに来たんです。」

「……旅行――遠方へ。」

「いいえ。」

 糸七は釈然として、胸で解けた。

「ああ、極りましたか、矢野とお約束。」

 眉が一文字に、(きっ)()て、

「あの方、お断りしてしまいました、他所(よそ)へ嫁に参ります。」

「他所へ。……おきき申すのも変ですが。」

 お京は引結んだ口元をやっと解いたように見えて、

「野土青麟の(とこ)へです。」

 糸七は聞くより思わず(わなな)いた。あの青大将が、横笛を、(いき)を浴びても頬が腐る、黒い舌に――この帯を、背負揚(しょいあげ)を、襟を、島田を、()張襦袢(ながじゅばん)を、肌を。

「あなたが、あなたが、私を――矢野さんにお媒妁(なこうど)なすった事を聞きました口惜(くや)しさに――女は、何をするか私にも分りません――あなたが世の中で一番お嫌いだという青麟に、結納を済ませたんです。」

「…………」

「辻町さん、よく存じております、知っていたんです。お嫌いなさいますのも、お憎しみも分っています。いますけれど、思う方、慕う方が、その女を余所(よそ)へ媒妁なさると聞いた時の、その女の心は、気が違うよりほかありません。」

 と(あお)い顔で、また(じっ)と視て、はっと泣きつつ、背けた背を、そのまま、土間へ早や片褄。その褄を(おさ)えても、帯をひしと(つか)んでも、(から)まる緋が炎でも、その中の雪の手首を()と取っても、世にげに一度は許されよう、引戻そうと、我を忘れて衝と進んだ。

「危え、危え、ええ危えというに、やい、小阿魔女(こあまっちょ)め。」

「何を小癪(こしゃく)な……チンツン」

 と、目をぱっちり、ちょっと、一見得。

 黒鴨(くろがも)俥夫(しゃふ)が、(うしろ)から、横から、飛廻って、(わめ)くを構わず、

「チンツン、さすがの勇者もたじたじたじ、チチレ、トツツル、ツンツ、ツンツ、こずえ木の葉のさらさらさら、チャン、チャン、チャンチャンラン、チャンラン、魔風とともに光邦が、襟がみつかんで……おほほ、ははは、ちゃっちゃっ、ちゃっ。」

 お京の姿を、框に覗くと、帰る、と見た、おしゃまの、お先走りのお茶っぴいが、木戸(わき)で待った俥の楫棒(かじぼう)を自分で上げて右左へ振りながら駆込んで来たのである。

「わかれに、……その気でいたかも知れない。」

 小杯は朱塗のちょっと受口で、香炉形とも言いそうな、内側に銀の梅の蒔絵(まきえ)が薫る。……薫るのなんぞ何のその、酒の(ひや)の気を浴びて、正宗を、(びん)の口の切味(きれあじ)や、(にえ)も匂も金色(こんじき)に、梅を、(おぼろ)(たた)えつつ、ぐいと飲み、ぐいと(あお)った――立続けた。

 (ほっ)と吹く酒の香を、横(ざま)()らしたのは、目前(めさき)歴々(ありあり)とするお京の向合(むきあ)った面影に、心遣いをしたのである。

 杯を持直して、

「別れだといいました。糸七も潔く受けました。あなたも、一つ。」

 弱い酒を、一時に、頭上(のぼ)った酔に、何をいうやら。しかもひたりと坐直(いなお)って、杯を、目ざすお京の姿に()そうとして置くのが、畳も(へり)も、炉縁も外れて、ずか、と灰の中へ突込もうとして、()と手を引いて、ぎょっとしたように四辺(あたり)を視た。

「どうかしている。」

 第一に南瓜畠が暗かった。数千の葉が庭ぐるみ皆(そよ)いだ。颶風(はやて)落来(おちく)と目がくらみ、頭髪(ずはつ)が乱れた。

 その時、遣場(やりば)に失した杯は思わず頭の真中(まんなか)へ載せたそうである。

 一よろけ、ひょろりとして、

「――一段と烏帽子が似合いて候――」

 とすっくり立った。

 が、これは雪の朝、吉原を落武者の困惑を繰返したものではない。一人の友達の、かつて、深山越(みやまごし)の峠の茶屋で、(すさま)じき迅雷(じんらい)猛雨に逢って、()げも、引きも、ほとんど詮術(せんすべ)のなさに、飲みかけていた硝子盃(コップ)を電力遮断の悲哀なる焦慮で、天窓(あたま)(かぶ)ったというのを、改めて思出すともなく、無意識か、はた、意識してか、知らず、しかくあらしめたものである。

 青麟に()一言(ひとこと)や、直ちに霹靂(へきれき)であった。あたかもこの時の糸七に、屋の内八方、耳も目も、さながら大雷大風であった。

       四十一

 と、突立(つッた)ったまま、(にが)い顔、渋い顔、切ない顔、甘い顔、酔って()けた青い顔をしていた。が、頬へたらたらと垂れかかった酒の(しずく)を、横舐(よこな)めに、舌打して、

「鳴るは滝の水、と来るか、来たと……何だ、日は照るとも絶えずとうたりか、絶えずとうたりと、絶えずとうたり、とくとく立てや手束弓(たつかゆみ)の。」

 真似を動いて、くるくる舞ったが、打傾いて耳を(そばだ)て、

「や、囃子(はやし)が聞える。ええ、横笛が。笛は止せ、笛は止せ、止せ、止さないか、畜生。」

 と、いうとともに、胆略も武勇もない、判官(ほうがん)ならぬ足弱の下強力(したごうりき)の、ただその金剛杖(こんごうづえ)の一棒をくらったごとく、ぐたりとなって、畳にのめった。

 がんがんがんと、胸は早鐘、(かすか)にチチと耳が鳴る。

 仏間にては、祖母が、さっきの(こと)()に受けて、りんなど打っていられはしないか。この秋の取ッつきに、雷雨おびただしかりし中に、ピシャン、と物凄く響いたのを、昼寝の目を柔かに孫を視て、「軒近に桶屋が来ているかの、竹の(たが)(はじ)いたようじゃ。」と、またうとうとと(ねむ)ったほど、仏になってござるから、お京が今し帰った時の俥の音など、沙汰なしで、ご存じないが。

祖母(おばあ)さん……」

 なき父、なき母。

「私は決してお京さんに。……ただただ、青大将の女房にはしたくないんです。」

 と、きちんと両手をついたかと思えば、すぐに(ひきむし)りそうな手を、そのまま宙に振って、また飛上って、河童(かっぱ)(かぶ)った杯をたたいた。

「でんでん虫、虫。雨も風も吹かンのんに、でんでん虫、虫……」

 と、狂言舞に、無性矢鱈(やたら)刎歩行(はねある)く。

 のそのそ、のそのそ、一面の南瓜の蔭から這出(はいだ)したものは蝦蟇(がま)である。とにかく、地借(ちがり)(やから)だし、妻なしが、友だち附合の義理もあり、かたがた、埴生(はにゅう)の小屋の貧旦那(ひんだんな)が、今の若さに気が違ったのじゃあるまいか。狂い方も、蛞蝓(なめくじ)だとペロリと呑みたくなって危いが、蝸牛(でんでんむし)なら仔細(しさい)あるまい、見舞おうと、おのおの鹿爪らしく憂慮気(きづかわしげ)に、中には――時々の事――縁へ這上ったのもあって、まじまじと見て(つら)を並べている。

 ここに不思議な事は、結びも、留めもしない、朱塗の梅の杯が気狂舞(きちがいまい)に跳ねても飛んでも、(すべ)らず、転らず、頭から落ちようとしないので。……ふと心附いて、(ひき)のごとく(しゃが)んで、手もて取って引く、女の黒髪が一筋、糸底を巻いて、耳から額へ(ほっそ)りと、頬にさえ(かか)っている。

 猛然として、藍染川、忍川、不忍の池の雪を思出すと、思わず震える指で、毛筋を引けば、手繰れば、(しご)けば、するすると伸び、伸びつつ、長く美しく、黒く艶やかに、(ぷん)と薫って、手繰り集めた杯の(うち)が、光るばかりに漆を()く。と見ると、毛先がおのずから動いて、杯の縁を()ね、灰に染めじ、と思う糸七の袖に(ゆる)(かか)りながら、すらすらと濡縁へ(なび)いたのである。

 この瞬間、誰が、その藍染川、忍川、不忍の池を眺めた雪の糸桜を憶起(おもいおこ)さずにいられよう。

 見る見る、黒髪に散る雪が、輝く(はだ)露呈(あらわ)して、再び、あの淡紅色(ときいろ)紗綾形(さやがた)の、品よく和やかに、情ありげな背負揚が解け、襟が開け緋が乱れて、石鹸(シャボン)の香を聞いてさえ、身に()みた雪を(あざむ)く肩を、胸を、(かいな)を……青大将の黒い歯が、黒い唾が、黒い舌が。――

 糸七は(こぶし)を固めて宙を打った――「この狂人(きちがい)」――「悪魔が()いたか、狂わすか、しまったり」……と叫びつつ、蝦蟇を驚かしつつ、敷きわがね、伸び靡いた、一条(ひとすじ)の黒髪の上を、光琳の錦を敷いた()の葉ぢらしの帯の上のごとく、転々として転げ倒れた。

「光邦様、光邦様。」

 ぎょっとすると、お滝夜叉。

「あい、お手紙。ほら、さっき来たんだけれどね、ね、花嫁が()くと悪いから預っといたのよ、えらいでしょう。……女の人の手紙なんですもの。」

 ――お伽堂、時より――で、都合で帰郷する事になり、それにつけ、いつぞや、『たそがれ』など、あなたを大のご贔屓(ひいき)の、中坂下のお娘ごのお達引で、金子(きんす)珊瑚(さんご)(かんざし)の、ご心配はもうなくなりましたと申したのは、実は中洲、月村様のお厚情(こころざし)。京子様、その事堅くお口どめゆえ、(かく)してはおりましたが、このたび帰国の上は、かれこれ、打明けます折もつい伸々(のびのび)と心苦しく、お京様とは幾久しきおつきあい、何かにつけ、お胸にそのお含み、なによりと存じ…………

 ――もう()い。――(完)

作者自から評して云う、この(結び)には拵えた作意がある。誰方にもよく解る。……お滝が手紙を渡す(すじ)である。(まとま)りがいいようにと思ったが、見えすいた筋立らしい、こんな事はしないが()い。――実は、お伽堂の女房の手紙が糸七に届いたのは、過ぐること二月ばかり、お京さんと、野土青鱗(あおだいしょうめ)画伯と、結婚式の済んだ後だったのだそうである。

昭和十四(一九三九)年三月

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