青蛙神

4話 第三幕(1)

1.2万字 約25分 2009年1月15日 公開

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 おなじく李中行の家。

 第二幕より更に十五日の後。小雨ふる宵。

(李中行と高田圭吉が卓の前に向い合っている。卓の上には小さいランプが置いてある。薄く雨の音、虫の声さびしく(きこ)ゆ。)

高田 (立ちかかる。)相変らずお邪魔をしました。

李中行 (あわてて引留めるように。)まあ、もう少し話して行ってください。お前さんが帰ってしまうと、急にさびしくなっていけない。中二が来るまで待っていて下さいよ、お願いですから……。

高田 (躊躇して。)中二君は今夜も来るんですか。

李中行 来ます、来ます。ゆうべは店の都合で出られなかったが、今夜はきっと来ると云っていました。今夜は泊るでしょう。

高田 泊るんですか。

李中行 なにしろ、娘がああ云うことになってしまって、わたし達ふたりでは寂しくって仕様がないので、主人にも訳を話して、当分は一晩置きぐらいに泊りに来て貰うことにしているのです。それだから、今夜は(きっ)と泊りに来ますよ。(寝室をみかえる。)あの一件以来、女房は半病人のような姿でぼんやりしている。私ひとりでは()うにもなりませんからね。

高田 (嘆息して。)察していますよ。

李中行 察してください。今度のことに就いて、誰でも皆んな気の毒だと云っては呉れるが、そのなかでも本当にわたし達の心を察してくれるのは、高田さん、お前さんばかりだ。ねえ、そうでしょう。お前さんが毎日墓参りに行ってくれるので、娘もどんなに喜んでいるか知れませんよ。(声を陰らせる。)あんなことさえ無ければ、ねえ、お前さん。近いうちに、おたがいに親類になれるのだったが……。

高田 あれ以来、僕も何だか大連にいるのが(いや)になったので、いっそ内地へ帰って仕舞おうかとも思ったんですが、帰ったところで仕様もないので、まあ当分はやっぱりここで働くことにしたんです。なんの為に働くのか、自分でも判らないんですが……、(又もや嘆息して。)まあ、我慢して働けるだけは働く積りです。

李中行 おたがいに寂しいのは仕方がない、張合のないのも仕方がない。まあ、まあ、我慢して働くより外はありませんよ。

(柳はやつれたる姿にて、小さい蝋燭に灯をとぼして出づ。)

柳 高田さん、いらっしゃい。

高田 どうですか、気分は……。

柳 なに、どこが悪いと云うわけでもないんですが、なんだか力が抜けたようで……。

高田 御もっともです。それに葬式や何かの疲れもありますからね。まあ、なるたけ体を楽にして、休んでおいでなさい。

柳 じゃあ、御免なさい。(行きかけて耳を傾ける。)雨が又降り出したのか。ああ、さびしい晩だねえ。(力なげに寝室に入る。)

李中行 (小声で。)あの通りですからな。

高田 困りますね。阿母(おっか)さんも不断はなかなか元気が好かったんだが……。

李中行 二口目には亭主に食ってかかって、始末に負えない奴でしたが、あの一件からまるで気抜けがしたようになって仕舞って……。もう少ししっかりして呉れないと困ります。

高田 そうですねえ。(云いかけて、これも耳を傾ける。)さっきから話にまぎれて気が()かなかったが、阿母さんのいう通り、いつの間にか雨が降り出して来ましたね。

李中行 成程、又ふり出して来たようだ。此頃の秋のくせで仕方がない。

(雨の音。虫の声。それを聴くとも無しに耳を傾けて、二人はしばらく無言。下のかたより第一の男、三十余歳、笠をかぶりて出て、入口の扉を叩く。)

李中行 (みかえる。)中二かな。

(外にては又叩く。)

高田 (立って扉をあける。)中二君ですか。

第一の男 (入り来る。)今晩は……。

李中行 (立上りて、不審そうに。)お前さんはどこの人だな。

第一の男 わたしは旅の者で、奉天の方から大連の町へ来たのですが、……何分初めてのことですから、土地の方角はわからず、日は暮れる、雨は降る、まことに困っているのですが、今晩一晩だけ泊めて下さるわけには参りますまいか。

李中行 ((ひやや)かに。)いけない。お断りだ。

第一の男 寝床などは無くても構いません、この土間の隅にでも寝かして下されば宜しいのです。たった一晩だけですから……。

李中行 (声(あら)く。)いや、なんと云ってもお断りだ。見識らない人間を泊めることは真平だ。早く出て行ってくれ。

第一の男 どうしてもいけませんか。

李中行 いけない、いけない。

高田 (やや気の毒そうに。)ここは一軒家じゃあない、ほかにも百姓家(ひゃくしょうや)は沢山あるのだから、ほかの(うち)へ行って頼んで御覧なさい。

第一の男 はあ。(躊躇している。)

李中行 まあ出て行ってくれ。今もいう通り、旅の人間を泊めるのは真平御免だ。すぐに出て行ってくれ。ええ、おまえも強情な男だな。

(李は無理に男を表へ押出せば、男は井戸端へ出て跡をみかえり、やがて笠をかたむけて下のかたへ立去る。)

高田 なんだか変な男だ、ほんとうに奉天から来たのかな。

李中行 奉天から来ようが、遼陽から来ようが、旅の男なぞを泊めることは出来ない。あの青い蝦蟆を持っていた男も、丁度今夜のような雨のふる晩に、無理に泊めてくれと云って押込んで来たのだが、あの時にあの男を泊めて遣らなかったら……。ああ、わたしが悪かったのだ。

(李は悔むように嘆息する。寝室より柳出づ。)

柳 今、だれか来たようでしたね。

高田 知らない人が泊めてくれと云って来たんです。

柳 (李に。)おまえさん、断ったろうね。

李中行 勿論のことだ。今も云っている所だが、知りもしない旅の人間なぞを()うして迂闊(うかつ)に泊められるものか。無理に断って、逐い出してしまったのだ。

柳 なんでも逐い出してしまうに限るよ。又どんな魔ものが舞い込んで来るかも知れないからね。(云い捨てて、再び寝室に入る。)

高田 (見送る。)やっぱり落付いていられないんですね。

(李は困ったと云うような顔をして、無言にうなずく。高田も気の毒そうに黙っている。雨の音、下のかたより第二の男、やはり第一と同じくらいの年配にて、笠をかぶりて出で、入口の扉をたたく。二人は一旦見返ったが、李はわざと素知らぬ顔をしている。高田は立って扉をあける。)

高田 どなた……。

第二の男 (入り来る。)旅の者ですが、一晩泊めて頂きたいので……。

高田 え、お前さんも泊めてくれと云うのか。

李中行 (ぎょっとしたように、飛び上って呶鳴(どな)る。)いけない、いけない。お断りだ。

第二の男 初めてこっちへ来ましたので、土地の方角はわからず、日は暮れる、雨は降る……。

李中行 (いよいよ呶鳴る。)ええ、同じようなことを云うな。日が暮れようが、雨が降ろうが、それをおれが知ったことか。ここの家は宿屋ではないのだ。

第二の男 宿屋でないのは知っていますが……。

高田 いや、そればかりでなく、ここの(うち)は忌中だから他人を泊めることは出来ないのだ。ほかへ行ってくれ給え。

第二の男 ははあ、忌中ですか。一体だれが死んだのです。

高田 そんな詮議をするには及ばないから、早く行って呉れたまえ。

第二の男 わたしは疲れ切っているので、もう一足も歩かれないのです。

(男はそこらにある高粱(コーリャン)の束の上に腰をおろす。寝室より柳が窺い出づ。)

柳 おまえさん。又だれか来たようだが、早く断っておしまいなさいよ。

李中行 断っても動かないのだ。(高田に眼配せしながら。)さあ、出て行ってくれ。早く出て行かないと、引摺り出すぞ。

高田 夜の更けないうちに、ほかへ行って頼むが好い。ここの家は忌中だというのに……。

李中行 さあ、出ろ、出ろ。

(二人は立ちかかる。)

第二の男 ああ、なさけを知らない人達だな。

(男は渋々立ちあがりて表へ出づれば、李は扉を手あらく閉める。男は下のかたへ立去る。)

柳 さびしいような、騒々しいような。なんだか忌な晩だねえ。(寝室に入る。)

李中行 入り代り、立ち代り、おかしな奴が押掛けて来て、まったく忌な晩だ。高田さんに居て貰って好かった。私ひとりだったら、あんな奴等はなかなかおとなしく立去ることではない。それに付けても、中二は遅いな。

高田 (腕時計をみる。)もう七時過ぎですから、やがて来るでしょう。あいにくに雨がだんだん強くなったようですね。

李中行 なに、あいつはまだ若いから、(ちっ)とぐらいの雨には困りもしますまいよ。(云いかけて思い出したように。)いや、あの中二の奴めは早くから日本人の店へ奉公に行って、夜学に通わせて貰ったりして、些っとばかり西洋の本なぞを読むようになったものだから、此頃はだんだん生意気になって、親の云うことなぞは頭から馬鹿にして取合わないのですが、今度のことは全く私が悪かったのです。飛んでもない慾に迷って、青蛙神に願掛けをしたものだから、四千両の金の代りに娘の命を取られるような事にもなったのですよ。誰がなんと云っても、それに相違ないのです。

高田 (まじめに。)そんなことが無いとも云えませんね。

李中行 ところで、お前さん。(あたりを見廻しながら声を低める。)実はね、その三本足の青い蝦蟆がゆうべもここへ出て来たのですよ。

高田 本当にここへ出て来ましたか。あなたの眼のせいじゃあ無いんですか。

李中行 (頭を()る。)いいえ、確に出て来て……。(卓の下を指さす。)この卓の下にうずくまっているのを見付けたので、私は直ぐに(つか)まえて……。

高田 (熱心に。)つかまえて……。それからどうしました。

李中行 娘のかたきだから、いっそ踏み殺してでも遣ろうかと思ったのですが……。そんなことをして、又どんな祟りをされるかも知れないと思うと、わたしも何だか怖くなったので、そのまま紙の袋へ入れて、遠い野原へ捨てて来たのです。ねえ、おまえさん。現在わたしがこの手で捉まえたのが、確な証拠ではありませんか。

高田 むむ。(うなずく。)そうして、その蝦蟆はそれぎり姿を見せませんか。

李中行 それはお前さん。わざわざ遠いところへ捨てて来たのだから、二度と帰って来る筈はありません。みんな眼のせいだ、眼のせいだと云っていたが、あの蝦蟆はやっぱり本当にここの(うち)に忍んでいたのですよ。(高田の顔を覗いて。)お前さんはまだ疑いますか。

高田 疑うと云うわけではありませんが……。不思議ですよ。

李中行 まったく不思議ですよ。

高田 ふむう。(考えている。)

(二人は暫く無言。下のかたより李中二、洋服に雨外套を着て、洋傘をさして出で、入口の扉を叩く。高田はみかえりて立とうとするを、李は制す。)

李中行 およしなさい、およしなさい。今夜のような晩には、又どんな奴が押掛けて来ないとも限らない。迂闊に戸を開けない方が無事ですよ。

高田 いや、今度こそは中二君でしょう。(立って扉をあける。)ああ、やっぱり中二君だ。降り出して困ったでしょう。

中二 雨は仕方もないが、ここらは路が悪いのと暗いのでね。(外套をぬぎながら。)町から来ると、まったく閉口ですよ。

李中行 町に住み馴れたと思って、そんな生意気なことを云うなよ。お前もここで生れて、ここで育った人間ではないか。

中二 阿母さんは……。奥ですか。

(李はうなずく。中二は(とう)に腰をかけて、巻煙草を()いはじめる。)

高田 今夜もお泊まりだそうですね。

中二 ええ。親父やおふくろが頻りに寂しがるので、主人にも訳を話して、まあ当分は一晩置きぐらいに泊まりに来ることにしているんです。(思い出したように。)ああ、丁度好い。高田さん、あなたからも親父に云い聞かせて頂きたい事があるんですがね。

高田 どんなことです。

中二 御承知の通り、妹が今度の災難について、あなたの工場から三千二百円の弔慰金をとどけて呉れたでしょう。勿論、葬式や何かで幾らかは使いましたけれど、三千円余りの金はまだ残っているんです。その金を差当りどうすると云うことも無いんですから、町へ持って行ってどこかの銀行へ預けて置けと云うんですが、親父がどうしても承知しないんです。

高田 銀行は不安心だとでも云うんでしょうか。

李中行 そうです、そうです。お前さんもよく知っていなさるだろうが、この三四年のあいだに銀行は幾つも潰れている。去年もあの取付け騒ぎで、日本の銀行と支那の銀行が二つも一度に潰れてしまったではありませんか。

高田 それは近年怪しげな銀行がむやみに殖えたからで……。一口に銀行と云っても、そのなかには確な銀行もありますよ。現に僕の工場で取引をしている二三の銀行などは、相当に信用もあり、確実だと聞いていますが……。

李中行 いや、誰だって確でないと思う銀行にあずける者はない。確だと思えばこそ預けるのだが、それが案外にばたばたと潰れてしまうのだから、めったに油断はできない。なんでも自分の金は自分がしっかりと預かっているに限りますよ。五分の利が付くとか、六分の利が付くとか、そんな慾張ったことを考えるから、元も子もなくして仕舞うことになる。現にわたしの知っている者でも、あの銀行騒ぎのために大損(おおぞん)をした者が幾人もあります。娘の命と掛け換えの大事の金を、どうしてそんな危ないところへ預けて置かれるものですか。たとい忰がなんと云っても、お前さんが何と勧めても、こればかりは私がどうしても不承知ですよ。(寝室をみかえる。)女房だって不承知に決まっています。(中二に。)あの金は高田さんの工場からおれ達夫婦に呉れたのだ。おまえに呉れたのでは無いのだぞ。おれ達の金を()うしようと、おれ達の勝手ではないか。おまえが余計な世話を焼くには及ばないのだ。(卓を叩く。)

中二 お(とっ)さんは相変らず頑固だなあ。(高田と顔をみあわせて苦笑いする。)

李中行 はは、安心していろ。おれだって迂闊なことをするものか。あの金はみんな金貨や銀貨に引きかえて、大きい瓶のなかに入れて埋めてあるのだ。そうして置けば、誰も気の付く筈がない。だれにも取られる筈がない。はは、どんなものだ。はははははは。

高田 そうして置いたら大丈夫かも知れませんが、その代りに利子が取れませんね。

李中行 又それを云いなさるか。若い人達はそれだから困るな。利息などを取ろうとするから、却って大きい損をするのだ。

(高田は笑いながら中二と再び顔を見合わせ、とても云っても無駄だという思入れ。中二もあきらめたように首肯(うなず)く。李はやがて立上る。)

李中行 いつも云うことだが、年寄りと若い者とはどうも話が合わない。高田さん。せがれが帰って来ましたから、若い同士でまあゆっくりお話しなさい。私は御免を蒙ってお先へ休みますからな。

高田 相変らず早寝ですね。

李中行 早寝は昔からの癖ですよ。

(李は笑いながら寝室に入る。二人も笑いながら後を見送る。)

中二 あれだから話にならない。はははははは。

高田 いや、日本でも田舎へ行くと、やっぱりあんな年寄りがありますよ。

中二 そうですかなあ。いや、それがおかしいんですよ。あなたの工場から妹の弔慰金を送って来ると、親父はしきりに気味を悪がって、そんな金を貰うと跡がおそろしいと云って、容易に受取ろうとしなかったのを、私たちが無理に勧めて受取らせたんです。ところで、さあ其金を自分の手に受取っていると、又むやみにそれが惜しくなって、銀行へも預けないで自分がしっかり握っていると云うんだから、可笑(おか)しいじゃありませんか。一体、どこへ埋めたのかな。(立って土間をみまわす。)それとも畑のなかへでも埋めたかな。

高田 お(とっ)さんは工場から届けて来た弔慰金をどうしても受取らないと云うのを、私達が色々に説得して受取らせることにしたんですが……。青蛙神に八千(テール)の金を祈って、(さて)その半額の四千両が手に入るようになると、その代りに娘が命を取られた。してみると、残りの四千両が手に入るときには、更に第二の犠牲を払わなければならない。こう思うと、お父さんの怖ろしがるのも無理はないかも知れませんね。

中二 私もこのあいだ親父の話を聴いたときには、一旦はなんだか変な心持にもなりましたが、つまり偶然の暗合で、別にどうと云うことも無いんですよ。(笑いながら。)あなたは青蛙神とか云うものを信じますか。

高田 さあ、信じると云うわけでもありませんが……。今もいう通り、八千(テール)の金を祈って、それから五日目に丁度その半額の金が手に入るというのは……(すこし考えて。)勿論、偶然の暗合ではありましょうが……。私はこのごろ好んで怪談の書物を読んでいるせいか、こういう場合には兎角その方へ引き付けて、ミステリアスに考える傾きがあるようです。

中二 そうすると、あなたも親父とおなじように、第二の犠牲を恐れているんですか。

高田 いや、そうまではっきりとも考えていないんですが……。お父さんは余程それを気にしているようですね。

中二 親父は勿論、おふくろも頻りにそれを気に病んでいるようですから、私は努めてその迷いを打ち破ろうとしているんですが……。(又笑う。)今のお話の様子じゃあ、あなたも私の味方にはなって呉れそうもありませんね。

高田 いや、味方になりますよ。

中二 でも、あなたは今度の出来事を偶然の暗合とばかりは認めていないんでしょう。

高田 そこが自分にもよく判らない、いわゆる半信半疑なんですが……。まあ、いずれにしても、この際お父さんや阿母さんに余計な心配をかけるのは好くありませんから、私も努めて打ち消すように注意しますよ。

中二 どうぞそう願います。なにしろ、親父もおふくろも非常な迷信家ですから……。

高田 (自分を(あざ)けられたような軽い不快を感じながら。)私もその迷信のお仲間かも知れませんよ。はははははは。(無理に笑いながら、立って歩きまわる。やがて立停まって。)ゆうべも又ここへ蝦蟆が出たそうですね。

中二 ゆうべは忙がしいので、わたしは泊りに来ませんでしたが……。親父が又そんなことを云いましたか。

高田 つかまえて、何処へか捨てて来たそうです。

中二 はあ、そうですか。(笑う。)親父もよく色々のことを云いますね。

高田 眼で見たばかりでなく、その蝦蟆を(つか)まえたと云うのだから、嘘じゃ無いでしょう。

中二 嘘じゃ無いかも知れません。ここらには蛙のたぐいは沢山棲んでいますからね。

高田 併し三本足の青い蝦蟆なんぞは滅多に棲んでいないでしょう。

中二 ((ひやや)かに。)今のおやじの眼には、どんなひきがえるを見ても青く見えるでしょう。三本足にも見えるでしょうよ。

高田 (いよいよ不快を感じて。)そう云えばそうかも知れませんね。やっぱりあなたの方が現代人らしい。(又もや歩きまわりながら、思い出したように腕時計をみる。)ああ、いつまでもお饒舌(しゃべり)をしてしまった。じゃあ、今夜はもうこれでお(いとま)しましょう。

中二 まだなかなか降っているようだが、傘を持っていますか。

高田 なに、近い所ですから……。

中二 まあ、これを持っておいでなさい。(自分の洋傘を取って渡す。)

高田 じゃあ、ちょいと拝借して行きます。お休みなさい。

中二 おやすみなさい。

(高田は洋傘をさして表へ出で、下のかたへ去る。雨の音。)

中二 よく降るな。起きていても仕様がない。私も今夜は早寝をするかな。

(中二はランプを持ちて寝室に入る。舞台は暗くなる。)

 舞台は再び薄明るくなる。雨の音。

(先刻の男二人は下のかたの窓を破りて忍び入りと覚しく、第一の男は手に火縄を振り、第二の男はマッチを持っている。)

第一の男 戸締りがなかなか厳重なので、手間が取れた。

第二の男 泊り込んで仕事をしようと思ったのだが、おやじめ、油断をしないので困った。

第一の男 (小声で。)ここらか。(火縄を振る。)

第二の男 むむ。おれは確に見て置いた。(マッチを擦る。)おやじはこの土間のまん中に埋めていたのだ。

第一の男 音のしないように邪魔な物を片付けろ。だが、こんな家に大金が仕舞ってあろうとは思いも付かないことだな。

第二の男 それも娘の死んだお蔭だ。

(二人はそっと(とう)を片寄せ、更に卓を片寄せる。それから壁の隅にある鋤と鍬のたぐいを持ち来りて、卓の下と思われるあたりを掘り始める。)

第二の男 どうも暗いな。

第一の男 おれが火縄を振っているから、お前ひとりで掘れ。

(第一の男は火縄をふり第二の男は土を掘る。)

第二の男 占めた。鍬の先にがちり(あた)った。

第一の男 これ、(しずか)にしろ。

第二の男 おまえも手をかして呉れ。

(二人は土の中より一つの瓶を重そうに引き上げる。寝室の扉をあけて、中二は窺っている。)

第一の男 なかなか重いな。

第二の男 なにしろ三千(テール)以上の金が這入(はい)っているのだからな。

第一の男 さあ、めいめいに担ぎ出そう。

(二人は瓶の中の金貨と銀貨をつかみ出して、用意の麻袋に詰めている。それを見すまして中二は跳り出づ。)

中二 この泥坊……。

(中二は第一の男の襟髪をつかんで引き倒せば、第二の男は袋をかついで逃げようとするを、中二は探りながら追いかけて引き戻す。その間に第一の男も袋をかついで逃げようとするを、中二は又ひき戻す、三人暗闇。そのはずみに、足を踏みはずして瓶の穴に落ちるもあり、片寄せたる卓や榻につまずいてがらがらと倒すもある。この物音に、李も寝まき姿にて寝室より出づ。)

李中行 これ、どうした、どうした。

中二 お父さん。賊です……。泥坊です……。

李中行 なに、泥坊だ……。(引返して寝室より銅鑼(どら)を持ち来りて、叫ぶ。)泥坊だ……。泥坊だ……。(銅鑼を打つ。)

(この声を聞きつけて、柳も寝室より窺い出で、おなじく声を揃えて叫ぶ。)

柳 どろぼうだ……。泥坊だ……。みんな来てください。

李中行 どろぼうだ……。泥坊だ……。(むやみに銅鑼を打ちつづける。)

(形勢非なりと見て、第二の男は袋を投げ捨て、窓より表へ飛び出して、下のかたへ逃げ去る。第一の男は逃げ場をうしない、隠し持ったるピストルを取り出して、つづけて二発撃つ。その一発は中二の脇腹に中りて倒れる。男は落ちたる金袋を拾いて逃げようとする時、あやまって瓶の穴に落ちて転ぶ。李は銅鑼を柳に渡し、探り寄って男を押えつける。)

李中行 さあ、泥坊をおさえたぞ。

(中二も這い寄って男をおさえる。男は跳ね起きようとするを二人は必死となって捻じ付ける。柳もむやみに銅鑼を打つ。)

李中行 (叫ぶ。)泥坊だ、泥坊だ……。誰か来てくれ。

柳 (叫ぶ。)どろぼうだ……。泥坊だ……。

(下のかたより高田圭吉、シャツ一枚にてズボンの裾をまくり上げ、跣足(せんそく)にて走り出づ。雨の音。銅鑼の音。夫婦の叫ぶ声。)

高田 泥坊はこっちですか。銅鑼やピストルの音が聞えたようだが……。

李中行 ここですよ、ここですよ。

(高田は窓の破れたるを見て、そこより内へ飛び込む。このとき男はようよう跳ねかえして逃げかかり、出逢いがしらに高田に突きあたる。二人は無言にて格闘。高田は遂に男を組み伏せる。)

高田 早く燈火(あかり)をみせて下さい。

(李はすぐに寝室へ引返してゆく。柳もつづいて入る。男は跳ね返そうとするを、高田はおさえている。中二は倒れたままで唸っている。やがて李は蝋燭をとぼして出づ。)

李中行 つかまえましたか。

高田 つかまえました。早く縄を下さい。

(李は土間の隅から縄を持ち来り、高田に手伝いて男を縛りあげる。下のかたより會徳を先に、近所の男三人出づ。)

會徳 (窓から覗く。)もし、泥坊が這入ったかな。

李中行 むむ、この通りだ。

(會徳等も窓から飛び込む。柳もランプをとぼして出で、室内は明るくなる。)

會徳 どろばうは這奴ひとりか。

李中行 もう一人いたらしいが、先へ逃げてしまったのだ。

高田 此頃はここらへも馬賊が入り込んで来たというから、こいつ等もその同類かも知れませんよ。

柳 (中二をみつけて叫ぶ。)もし、おまえさん。中二が倒れていますよ。

李中行 なに、中二が……。

(人々も中二に眼をあつめる。)

男甲 なるほど、中二さんが倒れている。

男乙 もしや怪我でもしたのではないか。

男丙 なんだか苦しそうに唸っているようだぞ。

李中行 (中二をかかえ起す。)これ、どうした、どうした。

中二 (唸る。)むむ、ピストルで……。

高田 え、ピストルで……。(これも進みよって抱えあげる。)して、どこを撃たれたんです。

中二 脇腹を……。

高田 それはいけない。(會徳等に。)誰か早く町へ行って、医者を呼んで来てくれませんか。僕の工場のすぐ傍に病院がありますから……。いや、君達じゃあ判らないかも知れない。僕が行って来よう。

(高田は立ちかかれば、中二はズボンをつかむ。)

中二 まあ、待ってくれ給え……。待ってください。僕は……私はもう助からないかも知れない。

高田 なに、ピストルの(たま)の一つぐらい……気の弱いことを云っちゃいけない。大丈夫……大丈夫だ。

中二 それにしても……ちょっと待って……。実は私は……傷害保険を付けています。三千円……。

高田 傷害保険……三千円……。

中二 親父はまだ知りますまいが、その保険の受取人は親父の名前になっているのです。万一わたしがこのまま死んでしまった暁には……あなたが万事の手続きをして……その三千円をうけ取って……おやじの手へ渡して遣ってください。お願いです。

高田 判りました、判りました。承知しました。

中二 それから貯蓄銀行に……わたしは二百円ほどの金を預けてあります。それも一緒に受取って遣って下さい。(云いかけて弱る。)

高田 (耳に口をよせて。)承知しました。保険が三千円、貯蓄銀行の預金が二百円……。もうそれぎりですか。

中二 それぎりです、それぎりです。……どうぞ宜しく願います。願います……。(云いかけていよいよ弱る。)

高田 これ、しっかりして、しっかりして……。

李中行 これ、中二……中二……。

柳 (泣く。)しっかりしてお呉れよ。

(この隙をみて、第一の男は縛られたるままに突然立上って逃げようとするを、會徳等が走りかかって押え付ける。)

會徳 こいつ、油断のならない奴だ。

男甲 早く警察へ引渡して仕舞おうではないか。

男乙丙 それがいい、それが好い。

高田 途中で逃がさないように気をつけて下さいよ。

會徳 なに、こっちは四人だから大丈夫だ。さあ、行け、行け。

(會徳は男の縄を取り、甲乙丙も付き添いて、入口の扉をあけて下の方へ去る。中二は父と母とに抱かれながら瞑目する。)

高田 (のぞく。)もういけませんか。

柳 いけないようですよ。

高田 (呼ぶ。)中二君……中二君……。(嘆息しながら頭を()る。)ああ、もういけない。残念だなあ。

李中行 娘が死んで、まだ半月経つか経たないのに、せがれが又こんなことになるとは……。私はよっぽど祟られているのだ。(気がついたように。)もし、高田さん。中二は保険を付けていたそうですね。

高田 こういう事になるのを予期していたわけでも無いでしょうが、中二君はなぜか傷害保険を付けていたそうで、その保険額は三千円だと云うことです。

李中行 三千円……。

高田 ほかに二百円の貯蓄があるそうです。

李中行 そうすると、両方あわせて三千二百円か。

柳 娘が死んだときに貰ったのも三千二百円だったね。

李中行 (叫ぶ。)そうだ、そうだ。今度もやっぱり四千両だ、四千両だ……。

高田 (唸るように。)むむ、四千両……。第二の犠牲だ。

李中行 妹が四千両……。兄が四千両……。八千両でとうとう子供ふたりの命を売ってしまったのだ。ああ、何ということだ。

(李は自分のあたまを掻きむしりながら、狂うように室内をあるき廻ると土間に落ちたるピストルにつまずき、拾い取ってランプの灯に照らして見る。)

高田 (のぞく。)ピストルですね。今の馬賊が落して行ったんでしょう。(李の手より受取って見る。)連発銃で、まだ(たま)が篭めてあるらしい。これは証拠物だから保管して置かなければなりません。(卓の上に置く。)

(柳は中二の死骸をかかえて泣いている。ランプのひかり薄暗くなる。土間の隅に三足の青蛙あらわれて、青き光を放つ。李はそれを見つけて又もや狂うように叫ぶ。)

李中行 (指さしながら。)あ、又来た、又来た……。

高田 え。(みかえる。)おお、蝦蟆だ、蝦蟆だ。

李中行 ゆうべ捨てて来たのに、又いつの間にか帰って来て、今度は中二の命を取ったのか。(罵る。)畜生……畜生……。貴様のおかげで、大事の息子も娘もみんな殺されてしまったのだ。金なんぞは要らないから返してやるぞ。(そこらに落ちたる金貨や銀貨をつかんで、青蛙に叩き付ける。)さあ、息子をかえせ、娘を返せ。

(李は(たけ)り狂って、手あたり次第に金貨や銀貨をなげ付け、更に卓の上のピストルを把れば、高田は見かねて支える。)

高田 まあ、お待ちなさい。

柳 (おなじく支える。)そんなことをして、又どんな祟りがあるかも知れないから、およしなさいよ。

李中行 ええ、祟るならどんなにでも祟ってみろ、もう()うなったら息子のかたきだ、娘のかたきだ。畜生、唯は置くものか。

(李はピストルを把って進もうとするを、高田と柳は支える。李は振放そうと争うはずみに、ピストルの曳金は外れて、我手でわが胸を撃ちて倒れかかる。)

高田 (李をかかえながら。)もし、どうしました……。どうしました。

柳 お前さん……。どうしたのよ。

(李は二人に介抱されながら土間に倒れて、持っているピストルを取落す。ランプは明るくなりて、青蛙は光の消えたるままに残っている。薄く雨の音。入口の扉を叩く音。高田は気がついて見返る。)

高田 あ、誰か又来たようだ。

(高田は行きかかれば、柳は恐るるように引き留めて、行くなというに、高田はすこしく躊躇する。再び扉をたたく音。高田は又行きかかるを、柳は又ひき留める。暫時の沈黙。三たび扉を叩く音。)

高田 だれか村の人が来たんでしょう。それとも警察の人か。(柳を押退けて。)なに、大丈夫。怖いことはありませんよ。

(高田は思い切って行きかかれば、柳は土間に落ちたるピストルを拾い取って渡す。高田はピストルを手に持ちて扉をあけると、第一幕の旅の男、小さい革の箱をかかえ、片手に竹笠を持ちて入り来る。)

柳 (すかし見て。)あ、おまえさんは……。あの人だ、あの人だ……。

旅の男 はい、十五夜の晩に来た旅の者です。

高田 では、青蛙神の蝦蟆を持ち歩いている人か。

旅の男 そうです。(土間の青蛙に眼をつける。)おお、やっぱりここにいましたか。私はこれを探しに来たのです。(男は土間にひざまずいて呪文を唱え、やがて箱の蓋を開けば、青蛙は跳って箱に入る。男は箱をかかえて立つ。)

旅の男 これで私も安心しました。どなたも御免ください。(男は瓢然として表へ出てゆく。高田と柳は魅せられたように無言にて見送る。)

李中行 青蛙神……青蛙神……。

(李は唸りながら起きようとして又倒れる。高田と柳は心づいて介抱する。雨の音。)

――完結――

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