17話 不思議なる電話
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「ウヌ……」
大隅学士は、やにわに跳ね起きようとしたが、身体は台にしっかり結びつけられて、ビクとも動かなかった。待ってくれ――と、叫ぼうとしたが、その声も出ない。口の中に、なにか綿のようなものが詰めこんであった。
「おお、気がついたナ。……」
博士は大隅の覚醒に、なんの愕きの色もあらわさなかった。そして躊躇するところもなく、オメガ光線を遮ぎってあるシャッターの釦に手をかけた。ああ、次の瞬間、その怪光線は、大隅学士の右半身の上に落ちかかろうとしている。そこに如何なる異変が発生することであろうか。博士の実験の材料に成りさがった大隅の運命は、風前の灯だった。丁度そのときだった。
ジリジリジリジリジリン。
と、けたたましいベルの音が、室の一隅から起った。博士がハッと振りかえってみると、隅のパネルの上に、赤いパイロットランプが、盛んに点滅している。……
「ああ、……丁度、通信の時刻がきたんだナ」
博士は呟くようにいうと、オメガ光線のところを離れて、パネルのところへ近づいた。博士はしばらくガチャガチャとやっていたが、やがて博士の話し声が聞えてきた。
「ああ、辻川博士です。そっちはどうかネ?」
と云った言語は、意外にも日本語ではなくそれは世界語の称あるエスペラント語だった。
「そうか。ちょっと待ってくれたまえ。SS五〇一が四ポイント六八か。……SS五〇二が四ポイント七九か。……」
博士は何か細かい数字を盛んに筆記した。
「よし、ありがとう。……こっちも今夜は可なり強勢なんだ。全体として、三倍ちかくになっているから愕くよ。つまりSS五〇一がやっぱり四ポイント九〇、五〇二が五ポイント一八、……」
しばらくは、博士が何かわからぬ沢山の数字を喋る声が聞えた。
「……この数字は、いよいよ僕の仮説の正しいことを証拠だてるものだと思う。ねえ、君も同感するだろう。とにかく近く地球を離れてみたいと思うんだが……。イヤその前に、一つ面白い実験をやりかかっている。今夜だよ。今なんだよ。君が来られると面白いのだが……ナニ今夜はオリオン星座から目が離せないって。そりゃ残念だ。とにかく僕は今夜この実験をやってしまわないと、研究のプログラムが……そうそう、その通り。じゃあ、この次は十六時に……。失敬!」
博士の奇怪なる電話はそこで切れた。対手は一体何者だろう。五〇一が四ポイントいくつだとかいうが、何を意味しているのだろうか。「近く地球を離れてみたい……」などといっているが、まるでおかしな会話に外ならない。しかしそんなところさえ深く問わないとすると、博士の電話における会話は、通常の人の会話に比べて、すこしも乱れているところがない。むしろ優れた学者なのではないかと思わせるような渋い会話だったともいえる。博士の精神状態は不健全なのか、それとも健全すぎるのであろうか。また博士は悪人であろうか。それともそれは思い違いであろうか。大隅学士は前にエスペラント語をすこし勉強したことがあったので、博士の会話内容がわかっただけに、正邪曲直いずれを博士の上にスタンプすべきかに悩むところが甚だしかった。
博士はパネルのところから戻ってきた。
「さあ……。と、これでよかった筈じゃが……」
といって、また丁寧に、装置を調べはじめた。
大隅学士は、無言で博士の眼を睨みつけた。彼はこの際、口に蓋をされていることが、とても残念だった。
――疑問に思っていることを、一つでもよいから、博士が明かにしてくれればよいと思った。しかし博士は、大隅学士などに用はないといった様子で、光線器械の横にすこし前屈みになって、しきりと調整に取りかかったのだった。器械になんだか調子の悪くなったところがあるらしく、博士はなかなか立つ様子がなかった。
このとき手術台の上に寝ていた大隅学士は、苦心の末、ようやく口の中に詰められていた綿のようなものを、舌でもって外に押しだすことができたのであった。彼はたいへん呼吸が楽になったので元気を盛りかえした。手術台の上の彼は、更に第二段の工作にうつった。まず何とかして手を外したい。身体をソッと曲げて渾身の力を籠めよう……としたときに、彼は室内に思いがけない新しい人の気配を感じてギクリとした、
「呀ッ、あいつだッ」
いつ入って来たのか、佐々砲弾が忍び足でこっちへ向ってくる。覘っているのは博士だった。佐々の右手にはブローニングらしい拳銃が握られていた。博士が動けば、撃とうというのらしい。
「射つな。――」
大隅はベッドの上から目顔で知らせた。佐々は不平だったらしいけれど、博士が全く後向きに仕事に熱中している様子に安心をして、これなら組打ちをしても大丈夫だと悟ったらしい。そこで彼は、拳銃をポケットに収いかけた。彼の手が内懐のポケットの中に消えたので、いよいよ収ったなと感じた途端、ゴトーンと大きな音がして、服の間から拳銃が床の上に落ちた。