24話 不安の一夜
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「とうとう、辻川のやつをやっつけちまった。ざまア見ろいだ!」
と、武夫の父の河村氏は本快の微笑をもらしたが、不死身の彼も重傷を怺えてのこの奮闘に疲れ果てたのであるか、
「ああッ……」
と叫ぶなり、その場にドーンと倒れてしまった。
「オーイ、河村さアーン」
大隅学士は、河村を抱き起すなり、その耳許に口をつけて叫んだ。しかし彼は、かすかに呻ったまま、またグッタリと長く伸びてしまった。河村の手足は、みるみる冷くなってゆく。
「これはいけない。……誰か手を貸してくれないかア……。」
と、無駄と知りつつ、彼は無人境に等しい怪博士邸内の動力室で、悲鳴をあげた。
そのときだった。
「おお……」
誰か応えた者があった。何者かとふりかえって見ると、入口のところからオズオズと顔を出したのは、外でもない怪博士の下僕の岩蔵だった。彼はコトンコトンと義足をひきずりながら、室内へ入ってきた。
「おお、君は居たのか。……今まで何故引込んでいたんだ」
大隅学士は、岩蔵が博士に連れ立って、ロケットで飛び出したものと思っていた。だから、彼の出現は思いがけなかった。しかし岩蔵の話を聞いてみると、こうだ。――博士が自らロケットに乗り込んだときに、突如河村が姿を現して、まだ開いていた入口に飛びついた。そこで博士と物凄い格闘が始まった。岩蔵は博士に力を貸すべきだったかも知れないが、河村とは旧知の間柄であり、彼の強いことを知っていたので、これは面倒だと逃げだした。そして自室に帰って小さくなっていたが、もういい頃だと思って、様子を見るために、再び引返してきたのだという。その言葉は嘘ではないようだ。すると河村の負傷は、すべて博士の仕業だということになる……。
「それでは丁度幸いだ。河村さんのために、医者を呼んで来てやりたまえ」
ところが岩蔵はそれを肯んじなかった。なにしろこの怪博士邸内には、常規では到底考えられないような怪しい生物などが飼ってある。それを今、村人に知らせるのには反対だ。ことに武夫少年のためにも、たいへん不幸を懸けはしないか。なぜなら、銅像のように急に超巨人になった武夫を見て、村人はきっと化物あつかいをするに相違ない。それはまた武夫の母を苦しませることになり、引いては今ここに人事不省になっている彼の父親を更に昂奮させる種にもなるから、俺はいやだア……というのであった。そしてこういうことを附け加えて云った。
「……これ位の傷なら、あっしだって手当が出来ますよ。なにしろ、あっしは外科の方なら、ちょっと心得がないわけでもないのでネ。ごらんなせえ。この足を一本無くしたときにも、あっしゃ、人手なんか、ただの一つも借りなかったくらいですよ」
と、岩蔵は妙なことを自慢しだした。
大隅学士は、そこで肚を決めた。たしかに彼の云うのは尤もであると、今この怪事件を村人に知らせたとすると、それは徒に騒ぎを大きくするだけで、武夫少年一家の苦痛を増させることはともかくも、この怪事件の真相を知ることが困難に陥りはしないかと考えた。だから当分のうち、村人には知らせない方がよいのだ。そう決心した彼は、岩蔵に河村の看護を一任したのだった。
「……ナーニ大丈夫ですよ。傷の手当てさえして暫く安静にさせとけば、元気になるのにはそう掛りませんよ」
そういって岩蔵は、河村をソッと背負うと、自分の小屋の方へ搬びだしていった。
これで大隅学士の重荷は、すこしばかり軽くなった。――さあ、後には、数々の大変なことが控えているのだった。まず第一に、佐々砲弾のロケットの行方である。
「……佐々のロケットを探してやらなくちゃ……」
彼は、電子望遠鏡の前に立って、その操縦桿をいろいろと操りながら、天涯を隈なく捜査していった。ところがどの位探しても、ロケットの姿は入ってこなかった。電子望遠鏡もいいけれど、何しろ相手がどの位の距離にあるのか分らないと、動いている物体に焦点を合わせることは困難を極めるのだった。
「……ああ、この光り物が、そうじゃないかしら……」
大隅は突然チカチカと息をしているような光芒を認めた。それはボンヤリしていたが、それをレンズの中心に持って来て置いて、その上で焦点を合わせてゆくと、その姿はだんだん明瞭になっていった。
「おお、B18号。……これだッ、砲弾の乗っているのは……」
ところが佐々の乗ったロケットの距離を電子望遠鏡の目盛で読んでみて愕いた。地球からの距離は、丁度八百キロメートルの向うにあった。それではもう成層圏なんか、とうの昔に飛び越し、電離天井のE層やF層も突き抜け、その三倍も向うに居るのだ。しかも見ていると、佐々砲弾の乗ったロケットは、地球の方に舞いもどるどころか、なおも一層グングンと地球を離れてゆきつつあることが、望遠鏡の目盛の再調整で、それと分ったのである。一体その行方は何処であるか。佐々砲弾はどんな気持で乗っているのだろう。地球に拙劣な着陸をして一命を隕とすよりはいいけれど、行方も見当がつかないのでは仕方がない。
大隅学士は、電子望遠鏡の前に坐りきり、刻一刻と、佐々のロケットにピントを合わせては、際涯しらぬ天空にとびだしてゆく友の身の上を心配しつづけた。