地球盗難

27話 白幽霊

2,045字 約4分 2010年10月30日 公開

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 大隅学士の生涯を通じて、辻川博士邸の第一実験室のうちに、この訳のわからない異様な生物を発見した(おどろ)きに勝る愕きは、外になかった。青白い光線に照らされた室内には、半透明な白っぽい身体をもった凡そ十五、六体の生き物が霧のようにフワフワと泳ぐような恰好をして、互いにシュウシュウ鳴き合っているのだった。彼は、こんな生き物のことを、どんな動物学の文献からも読んだことがない。いや、このような怪生物は、人間の想像に絶するものだ。

「幽霊ではなかろうか?」

 大隅学士は、廻転窓の(わく)につかまって、なおも室内を窺いながら、不図(ふと)そんなことを思った。学者のくせに、幽霊だと思うなんて、全く恥かしいことだったけれど、殊更(ことさら)そんな恥かしい思いつきをするのも、その怪物があまりにも人間の常識を外れたものだったからであった。

(こいつ等が、もし幽霊だとしたら……そうだ、幽霊は日本語がわかる筈だ。一つ、勇敢に話をしてみようかしら?)大隅がそう考えているとき、室内の白い半透明の怪物は、何かに愕いたものと見え、急に一ヶ所に頭を寄せ集めると、なんだか盛んに頭をふりながら協議をしている様子だった。なにを始めるのかなアと思っているうちに、突然そのうちの二匹が集団をスーッと離れると、いきなり大隅の(のぞ)いている戸口の方へ向け、まるで人魂のように飛んできた。

()ッ!」

 と、大隅が声をあげたときは、もう既に遅かった。半透明の白幽霊は、廻転窓にぶら下っている彼を左右から(はさ)んでしまった。

 大隅は、その白幽霊が、ドアを開けもしないのに、それを突き抜いて、廊下へ飛び出してきた奇怪さに、ゾーッとした。幽霊は物理学に反抗する! いよいよこれは幽霊だ。

“君、そこを下りて、室内(なか)へ入って下さい。私たちは、君に質問をしたいのだ!”

「えッ!」

 大隅は、息が停るほど愕いた。白幽霊どもは、たしかに彼に対して、「室内へ来て、質問に答えよ」と云ったように感じたのだ。しかも彼の耳は、遂に一言も白幽霊の声を聞いたのではなかった。白幽霊は、声を出して喋らなかった。それにも(かかわ)らず、白幽霊が質問をしたいと彼に申込んだと、ちゃんと分るのであった。声なき会話! なんという不思議な現象だろう。

「ぼ、僕のことですか。……この部屋に入れって云うのですか」

 と、大隅は慄える声でもって、彼の身近かに迫っている二匹の白幽霊に(たず)ねた。

“そうです”

「ああ……」

 白幽霊は、またもや声を出さないのに、大隅に白幽霊の意志を伝えた。なんと驚くべき怪現象ではないか。

 大隅はもう観念した。こう(ねら)われては、もう逃げる余裕はない。この上は胆力(たんりょく)()えて、白幽霊の前に出、そして彼等の質問に答えると共に、逆に彼等の正体を偵察してやろうと決心した。そこで彼はドンと廊下に飛び下りた。そして扉に手をかけて、それを開いた。その開いた戸口から、彼は室内へ入っていった。()れの白幽霊はと見ると二匹とも人間では到底(とうてい)通れそうもない壁のところを、まるで壁が無いかのようにスーッと通った。そして大隅の方を見て、さも可笑しそうに笑った――というと、これも説明しなければ分らぬが、そのときその得態の知れない白幽霊の笑った顔が見えたというのではないが、なんとなく笑ったように感じたのであった。(あたか)

“なんという、不便な身体をもった男だろう。あッはッはッ”

 という風に……。

 大隅学士は、額から脂汗(あぶらあせ)を流しながら、(へや)の中央に蝟集(いしゅう)している白幽霊の一団の前に進みいでた。彼はこわごわ彼等の様子を観察した。彼等はまるで白寒天(しろかんてん)のように半透明であった。身体の大きさは人間より一まわりほど大きかった。一言(いちごん)でいうと、彼等は西洋の幽霊そっくりだった。つまり人間が頭からスッポリと白布を被った恰好に等しかった。しかし身体はまるでアミーバーのように、自由に形をかえられるものと見え、決して一定の形をしていなかったがそれでも大隅の顔とほぼ同じ高さのところに首らしいものがあり、そしてその中にはどう見ても眼玉と覚しきダイヤモンドのように光る丸いものが()めこまれていた。しかしその眼玉は人間のように二個ではなくて、三個であった。その三個の眼玉の間隔(かんかく)はたいへん離れていて脊柱(せきちゅう)(もし有るならば)を中心として約百二十度ずつ開いた角度のところに嵌まっていた。それから見ると、この白幽霊は、人間の眼のように正面だけが見えるばかりではなく常に前後左右いずれの方向も見えるだろうと思われた。実は、これは後になって発見したことだったが、この白幽霊は、もう一つの眼を頭の真上にもっていた。それは上方を見るに都合のよいものであった。しかしこの時は、そんな思いがけないところに眼があろうとは思わなかったので見遁(みのが)してしまった。

 シュウシュウシュウシュウと、彼等はひとしきり激しく鳴き合っていたが、この鳴き声は何の意味だか分らない。そのうちに、一団の中から、一匹の白幽霊が大隅の前に進み出た。すると俄かに彼は、白幽霊の音なき声を了解したのだった。

“辻川博士は何処へ行ったのか?”

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