26話 怪しい閃光
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大隅学士は、幽霊事件にも興味を引かれたが、それよりも辻川博士邸がその後どうなっているか心配だったので、お内儀には、ちょっと港の方に出かけるが、或いは今夜はかえらないかもしれないと云い置いて、家を出かけた。
彼は懐中電灯の灯をたよりに、暗い野道を一文字に、怪博士邸の方にのぼっていった。岩蔵と謀し合わせて置いたように正門脇の隠し釦を押すと、重い脇戸はスーッと内に開いた。
「どうだネ。河村さんの容態は?」
「どうもまだ分りませんな。気が一向ハッキリして来ねえのです。傷の方は、いい塩梅に化膿しないで済みそうですよ。明日一杯が勝負というところでしょうな」
「そうか。君の手で合わなきゃ、土地の事情を知らぬ東京から医者を呼んでもいいが……」
「いえ、とんでもない……」と岩蔵は強くかぶりを振りながら、「このわしで大丈夫でさア。わしに手当が出来ないものなら、どんな大博士だって、やっぱり出来やしませんよ」
大隅学士は、そこで河村を岩蔵の小屋に見舞いに行った。
「オイ、岩蔵君。どうして河村さんを、こんな押入れの中に入れちまったんだ。座敷に寝かして置くのがいやなのかい」
「いえナニ、そういう訳じゃないんですが、……いつまた誰がこのお邸に来て、あの人を見つけるかしれませんからねえ。そうなるとあの人の為めになりませんよ」
「ほほう、それはまた何故だ。村人が来ても入れないから大丈夫じゃないか。また辻川博士は墜落してロケットと共に運命を共にしたので、もうこの邸へは帰って来ないし……」と云ったとき大隅の脳裏に突然チラリと掠めたものがあった。「それとも君は、博士がまたこの邸へ帰ってくると思っているのかネ」
「…………」
岩蔵はそれに応えようともしなかったけれど、そのソワソワした態度は、大隅学士に少からぬ不安の念を植えつけた。
「真逆君は……」
といったとき、突然本館の方角に当って、何かガーンという金属板を力一杯殴りつけたような音響がした。
「呀ッ……」
大隅はハッと愕いて、外へ飛び出した。すると本館の五階の窓が四つほどアーク灯のような真青な閃光でピカピカと明滅しているのであった。
「おう、あれは何者の仕業だ」
この邸の中には、例の檻は別として、残っている人間は、岩蔵と、傷つける河村とそして、今入って来た大隅との二名しかない筈だった。その三人はいずれも門脇の小屋にこうして集まっている。それだのに本館の方で、突然金属板を叩くような物音がしたり、アーク灯のようなものがピカピカ輝きだしたりするとは、どうしたわけであろうか。何者かが本館の中に居るとしか考えられない。しかしそんなことはあり得べきことであろうか。
「わしは……わしは何も知らねえんで……」
と、岩蔵はオドオドした様子で、下を向いていった。
「知らない? 本当か。……とにかく僕は見て来る……」
大隅学士は勇敢にも、挺身して本館に向った。岩蔵は愕いて、学士を呼びかえすために両手をさしのばしたが、何と思ったものか、そのまま手を引込めてしまった。
大隅学士は、植込みの中を注意ぶかく縫っていった。そして勝手知った裏口から、ソッと本館内に忍び入った。
それから、五階までの階段を、コトリとも跫音を立てぬように登って行った。五階までのぼりきると、何だかしらぬが、シュウシュウシュウシュウという物音を耳にした。それは器械の音というのではなく、むしろ呻き声か鳴き声かに類していた。強いて相似なものを求めると中米の砂漠に住んでいるガラガラ蛇の尻尾から出る怪音に似ていた。
大隅は、なおも跫音を忍んで、廊下の上を歩いていった。
「どの部屋だろう?」
尋ねてゆくと、やがてそれは分った。それは、かつて彼が辻川博士のために実験台の上に乗せられ、博士の独言によれば、オメガ線と疑問線という二つの怪光線を身に浴せかけられようとしたその部屋――つまり「第一実験室」であった。
そこで彼は、思い切り勇気を出して、廊下に積んであった空函を戸口に重ねると、扉の上の廻転窓の中を透して、ソッと室内を窺ってみた。
「……ああッ……」
学士は愕きのあまり、函の上から転げ落ちそうになって、やっと怺えることができた。何ものとも知れぬ青白い光線に照らされた広い実験室内には、何だかモヤモヤした霧のようなものが動いているだけで、人間の姿は何処にも見当らなかったけれど、暫く見ているうちに、その室内にモヤモヤと立ちこめている霧のようなものが、半透明な身体を持った異様な生き物の集団であることに気がついたのであった。その数は十五、六体もあろうか。互いに犇きあいながら、そのたびにあの異様なシュウシュウシュウシュウという怪音を立てるのであった。下宿で見た白い怪物と同じものだ。
一体この怪物は何者であろうか。どこからやって来た生き物なのであろうか。