29話 武夫の父親
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怪物ウラゴーゴル!
それはシュワルツコッフ博士に訊け!
大隅学士は只一人室内に取り残されたまま、暫くは物に憑かれたように、ウラゴーゴルとシュワルツコッフ博士の名をくりかえして叫んでいた。
よくは分らないけれど、あのウラゴーゴルは人間の幽霊ではなさそうに思える。第一、眼玉が人間の眼の数よりも多く、そしてその附いている場所が違っている。だから人間と同じ種族のものではないであろう。どうも別の種族らしい。人間以外のものというと……一体何であろう。
恐らく辻川博士は、ウラゴーゴルが何者であるかを知って居り、彼等と交際をしていたと思われる。シュワルツコッフ博士もまたウラゴーゴルと交際っているのであろう。辻川博士亡き後は、シュワルツコッフ博士に訊くより外致し方がないのであろう。シュワルツコッフ博士は、一体どこにいる?
このとき大隅学士は、気がついて、この第一実験室の中をグルッと見渡した。それは辻川博士のウラゴーゴルについての手記が必ずどこかにある筈である。その手記というか研究ノートというか、その書き物を見れば、ウラゴーゴルの秘密は、幾分わかるであろう。そう思ったので、彼は実験室内を探しまわり、書棚や机の抽出に手をかけてみたが、意地悪くも、どの棚も抽出も、悉くキチンと錠が懸っていて、いくら彼が力を出したとて開けられそうにもなかった。彼は戸棚探しを断念しなければならなかった。
そこで彼は、実験室を出た。
彼は幅の広い階段をトコトコと下りていった。そしてやがて真暗な館外に出ると、門番岩蔵の小屋の方へと歩いていった。
「大隅さん。何かおりましたか」
と、岩蔵は彼の顔を見るなり、訊いた。
「ウン……別に大したものではない」
大隅はそう返事をした。彼は岩蔵の言葉の調子から、彼が既にウラゴーゴルを知っているらしいのを感じたのだった。
彼は小屋の奥に静養している武夫の父親河村のところへ行った。彼が入ってゆくと、河村は水を呑ませてくれといった。彼は漸く生気を取り戻したようであった。
「ねえ、河村さん」
と大隅は病人の枕頭に腰を下して、話しかけた。
「ええッ――」
「僕は、貴方にぜひ教えて貰いたいんだが……去年の夏のこと、この沖合に外国船が一艘やって来て辻川博士と連絡したでしょう。あのとき、どんな用事があったんだか、話してくれませんか」
「ウン、あれかネ……」
といったが、河村は意地が悪そうに唇をゆがめて、ニヤッと笑った。
「……あのことばかりは云えないよ。第一云わないという約束だったしネ。それに……それに俺はあのことで自分でやりたいと思っていることがあるんだ。だから誰が何といっても喋らないぞ!」
河村はなぜか興奮して、形相ものすごく、大隅の申出を断った。
大隅は落胆した。折角聞けると思ったことが、今や余命いくばくもないこの重傷者の唇から聞けないと分ると、彼は掌中の珠を奪われたように、残念に感じたのだった。
といって、あの外国船について知っている者は僅かに四人、そのうち辻川博士と喜太郎とは既に死に、残る二人のうち、助役古花甚平は、現在の位置もあり思慮もあって、なかなか軽々しく喋ろうとはしないし、この上彼を監禁などしては、村中の輿論を悪く刺戟する結果、大隅のこの事件探索はもちろんのこと、この村に滞在することも許されなくなるので、それはなるべく避けたかった。そうなると、この際、気息奄々としている河村から聞きだすのが一番いいことだと思われたのに、彼がなおも頑固に喋らぬとあっては、悲観せざるを得なかった。なにか彼に口を開かせるよい方法はないものであろうか。
そのとき彼は、一策を思いついた。
「ねえ、河村さん。……僕はぜひ、貴方に見せたいものがあるんだが、見てくれませぬか」
「見せたいものって……」
と河村は床の中から、大隅の真意を探るような眼付でもって見上げた。
「そうです。ぜひ見せたいものです。……実は貴方の息子さんの武夫君が、この辻川博士邸内にいるのです。しかも気の毒なことに、博士のために監禁せられているのです。どうです、見たくはありませんか」
「ナニ、あの武夫がこの邸に監禁せられているって?……ああ、それは一体どういう訳だ。なぜ辻川は、俺の伜を監禁したのだ。さあ聞こう、その訳を……」
「その訳を話せといっても、それは辻川博士に聞いてみなくちゃ分りませんよ」
「だって、お前さんも知っているのだろう。さあ、教えてくれ。……監禁されていることを知っていながら、お前さんはなぜ伜を救おうとはしないのだ。可笑しな真似をすると、俺は許さんぞ……」
といって、彼は病床から身を起そうとしたが、傷の痛みに襲われたものか、あッというと、顔をしかめてまた床の中にドスンと倒れた。