地球発狂事件

4話 登山準備

1,357字 約3分 2000年2月2日 公開

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 ドレゴが再び雄々しく立上ったのは、それから五分も経たない後のことだった。彼が若し自分が新聞記者であることを忘れていたとしたら、いつまでも窓の下で狂おしく泣いていたかもしれない。

「……これは特種(とくだね)だ。すばらしい、特種だぞ。いや、恐るべき大事件だ。前代未聞の怪事件だ……」

 ドレゴは、そういいながら、再び立上って窓から首を突出した。

 今度は気が落ちついているので、あえて望遠鏡の力を借りずとも、霊峰ヘルナー山頂の白雪を噛んで巨船が横たわっているのが、はっきりと肉眼で確められた。一体どうしたというわけだろうか、海を渡るべきはずの汽船が山を登ったというのは……。

 この解答は、ドレゴの一切の智力をもってしても出てこなかった。彼はいまいましくてならなかった。でも、かかる奇怪極まる謎を即座に解き得る者は、この世の中に誰一人としていないであろうと思い、彼は自己嫌悪の気持を(やや)取戻した。

 「答える術のない怪事件だ。だがその事実だけは誰の目にも正しくうつっているのだ。そうだ、もっと多く観察しなければならない、これから直ぐ、ヘルナー山へ登ってみることだ」

 ドレゴはガロ爺やを呼んだ。そして急いで二日分の糧食と飲物の用意を命じた。何もしらないガロは(おどろ)いて、

「若旦那さま、どこかへお出ましでございますか。一体いずれへ……」

 と尋ねたが、ドレゴはそれには応えず、命じたものを急いでここへ持って来るように命じた。それはサンドウィッチ、ビスケット、チーズ、塩肉、野菜スープの缶詰、それから数種の飲物だった。ガロはいいつけられたものを地下物置から取出すと、大きな盆の上に山盛にして、ドレゴの部屋へ持って来た。

「若旦那さま。持参いたしました。これでよろしゅうございますか」

「うん、待てよ、忘れものがあってはたいへんだ」

 登山の身支度半ばのドレゴは、ガロの持っている盆のまわりをまわって必要品を調べる。ガロはドレゴの登山服に目を留め、

「若旦那さま、ヘルナー山にお登りかと存じますが、御承知のとおり只今の気候は登山によろしくございませんで……」

「爺や、危険を顧みている(ひま)はないのだよ。切迫した事情があるんだ。そしてそれは僕を一躍世界の寵児にしてくれるかもしれないのだ。お前が僕だったら、こんな千載一遇の機会をのがすかね」

「はい。それは……しかし一体あの雪崩(なだれ)の峰に如何たる幸運が隠されているのでございますか。爺やは合点が参りませぬ」

「お前だって、一目見れば分るよ。窓のところへ行ってヘルナーの峰を見てごらん。疑問はたちどころに氷解するだろう」

「何と(おお)せられます」

 爺やは窓のところへ歩みよったがそのときドレゴは、爺やに盆を下に置いてからそうするよう注意すべきだった。気のついたときは遅かった。霊峰へ目をやった爺やは、ああああっと長い叫び声を発すると、その場に卒倒してしまった。糧食の盆は大きな音と共に彼の手を放れて床の上に落ち、あたりへ大事なものを撒きちらし、転がせてしまった。

 ドレゴは漸くにして身支度を整えて、家の前に待っている自動車に乗込んだ。彼はハンドルを山とは反対の方へ切って、町の中を降り出した。こういうときには絶対に協力者が必要だ。一人では成功することが覚束(おぼつか)ない。ドレゴは、最も信用している有能な通信員の水戸を誘うことを忘れなかった。

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