恐怖王

4話 鳥井青年

2,004字 約4分 2020年7月28日 公開

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 だが、不思議はそれで終らなかった。四五日たったある朝のこと、照子の()つての許嫁(いいなずけ)鳥井純一が、顔色を変えてやって来た。銀行へ出勤の途中、態々(わざわざ)寄道をして、頭取の(やしき)を訪れたのだ。

 丁度その時庄兵衛氏は習慣の朝湯に入っていたが、急用と聞いて、いそいで湯殿を出て、応接間へ出て来た。

「実に不思議なことが起ったのです。僕は何だか気が変になった様で、じっとしていられなかったものですから、早朝からお騒がせしてしまった訳です」

 鳥井は、頭取の顔を見ると、いきなり妙なことを云い出した。日頃沈着な青年にも似合わぬことだ。

「どうしたのだ、まあかけ給え」

 庄兵衛氏は、自分も椅子(いす)にかけて、卓上の紙巻煙草を取った。

「失礼なことを伺いますが、照子さんは、生前誰かと結婚なすったことがありましょうか」

 鳥井は青ざめた顔に(かす)かな怒気(どき)を含んでなじる様に云った。

 庄兵衛氏は、びっくりして相手の顔を眺めた。この男は可哀相に、照子を失った悲しさに、気でもふれたのかと疑わないではいられなかった。

「馬鹿なことを云い給え、君がよく知っている通り、照子は少しも汚れのない処女であった。あとにも先にも君がたった一人の許嫁なのだ、なぜそんなことを聞くんだね」

「これをごらん下さい。知らぬ人から、今朝これを郵送して来たのです」

 鳥井はセカセカと風呂敷(ふろしき)をといて、一枚の四つ切りの大型写真を取出して頭取の目の前につきつけながら、

「こいつは、一体どこの何奴(どいつ)です、こうして写真にまで写っているからには、あなたも無論(むろん)ご存じの人物でしょう」

 彼は目の色を変えて、(つっ)かかる様に云うのだ。

 布引氏は、その写真を受取って、一目見ると、流石にハッと顔色を変えないではいられなかった。

 そこには、高島田に、振袖美々(びび)しく着飾った、我娘照子が、見も知らぬ(みにく)い若者と並んで写っているではないか。明かに結婚の記念写真だ。

 大銀行家は、それを見つめたまま、(しばら)くはただうめくばかりであったが、やがて、

「これは一体誰が送って来たのだね」

 と尋ねた。

「誰だか分りません。差出人の名がないのです」

「フム、わしにもさっぱり訳が分らん、こんな男は見たこともない。又、わしの娘が、いくら酔狂(すいきょう)でも、こんなゴリラみたいな醜い奴と結婚などする訳がないじゃないか。いたずらだ。誰かのいたずらに極まっている」

 布引氏は怒気を含んで云い放った。

(しか)し、写真のトリックがこんなにうまく行く筈はありません。盛装した女の胴体に、お嬢さんの顔丈けを貼りつけたのかと思って、よく調べて見ましたが、そんな細工(さいく)のあとは少しもないのです。確かに本物です。それに、この台紙には写真館の名が印刷してあります。電話番号まで書いてあります。この写真屋を呼んで聞けばすぐ分ります」

「ハハハ……。写真屋を呼ぶまでもない。わしが断言する。娘は決してこんな男と婚礼なんかした事はない」

「でも、念のためです。()しいたずらだとしたら、そいつを見つけだして、こらしめてやらねばなりません。それにつけても、一応写真屋に問い(ただ)す必要があると思います」

 云われて見れば、如何にもその通りだ。仮令(たとえ)死者とは云え、娘がこの様な侮辱(ぶじょく)を受けたのを、捨てて置く訳には行かぬ。

 そこで台紙に(しる)してある写真館に電話をかけて、主人を呼び寄せることになった。

 間もなく、読者には(すで)に顔なじみの写真師が鞠躬如(きっきゅうじょ)として大銀行家の応接間に現われた。

「この写真を撮った覚えがあるか」と差出された例の写真を一目見ると、彼は直様(すぐさま)思い出して答えた。

「記憶しております。つい四五日前に出張撮影したものでございます。非常なお急ぎでございまして、殆ど修整抜きで焼きつけました様な次第で、エエと、お名前はたしか、荒目田(あらめだ)さんとおっしゃいました。変ったお名前だったものですからよく記憶して居ります」

 写真師は愛想よく、ペラペラと喋った。

「何だって? 四五日前だって? そんな馬鹿な、どうして写真なぞとれるものか。だが、一体どこで写したのだね」

「牛込区S(まち)の古いお屋敷でございました。エエと、あれは……そうそう、思い出しました。この前の日曜日でございます。子供達の学校が休みであったのを、よく覚えて居ります」

「エ、日曜日だって?」

 布引氏と鳥井青年が、(ほとん)ど同時に叫んだ。

「それは君、本当かね」

「ハア決して間違いはございません。午後になって小雨がふり出しました、あの日でございます」

 確かに最近午後に小雨が降った日と云えば、日曜の(ほか)にはないのだ。

「君、冗談を云っているのじゃあるまいね。この写真の女はわしの娘なのだ。急病でなくなって、今日が八日目だ。分ったかね。ここに写っている花嫁は、先週の木曜日になくなって、土曜日に火葬にしたのだ。その死人が、火葬になった翌日の日曜日に、こんな盛装をして、お嫁入りをするということが、あり得るだろうか」

「エ、エ、何でございますって?」

 今度は写真師の方がたまげてしまった。

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