4話 藁人形
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「殿村君、これで一先ずおしまいだ。小説と違って大して面白いものではないだろう」
手すきになった国枝予審判事が、昔の学友探偵小説家を廊下へ誘い出して云った。
「おしまいだって? そんなことを云って、僕を追払おうというのかい。おしまいどころか、これからじゃないか」
「ハハハ……、イヤ、そういう訳じゃないが、今日はもう調べることもあるまい。あす解剖の結果が分る筈だから、何もかもそれからだよ。僕はN市に宿を取っているから、二三日はそこから村へ通うつもりだよ」
「仲々熱心だね。誰でもそんな風にするのかい。署長に任せて置いてもいいのだろう」
「ウン、だが、この事件はちょっと面白そうなのでね。少しおせっかいをして見る積りだ」
「君は大宅君を疑っている様だが……」
殿村は友達の為に、判事の気を惹いて見た。
「イヤ、疑っている訳じゃない。そういうことを極めてかかるのは、君がいつも小説に書いている通り、非常に危険なんだ。疑うといえば凡ての人を疑っている。君だって疑っているかも知れない」
判事は冗談の様に云って、殿村の肩を叩いた。
「君、今手がすいているのだったら、見せたいものがあるんだ。トンネルの側の番小屋まで一緒に散歩しないか」
殿村は相手の冗談を黙殺して、さい前から云おうとしていたことを云った。
「仁兵衛爺さんの番小屋かい。一体あすこに何があるの」
「藁人形があるんだ」
「エ、何だって」
国枝氏はびっくりして、殿村の生真面目な顔を眺めた。
「現場を検べている時、君にそのことを云ったのだけれど、耳にも入れて呉れなかった。藁人形なんぞあとでいいと云った」
「そうだったかい。僕はちっとも記憶しないが、で、その藁人形がどうかしたのかい」
「マア、何でもいいから、一度見て置き給え。ひょっとしたら、今度の事件を解決する鍵になるかも知れない」
国枝氏は突飛千万なこの申出でを、真面目に受取る気にはならなかったけれど、殿村の熱心な勧めを退ける理由もなかった。彼は「小説家はこれだから困る」と呟きながら、殿村のあとについて小学校の門を出た。
番小屋に着くと、今小学校へ呼ばれて帰ったばかりの仁兵衛親子は、又取調べを受けるのかと、オドオドしながら二人を迎え入れた。
「小父さん、さっきのホラ、藁人形を見せてほしいのだよ」
殿村が云うと、仁兵衛爺さんは妙な顔をして「アア、あれですかい」と裏の物置小屋へ案内して呉れた。
ガタピシと板戸を開けると、薪や炭を積んだ小暗い物置の隅っ子に、人間程の大きさの藁人形が、いかめしく突立っていた。
「ナアンだ、案山子じゃないか」
国枝氏があきれた様に云う。
「イヤ、案山子じゃない。こんな立派な案山子があるもんか。仲々重いのだよ、呪いの人型だよ」
殿村はあくまで生真面目だ。
「で、この藁人形が、今度の殺人事件にどんな関係があるというの?」
「どんな関係だか、僕にも分らない。併し無関係でないこと丈けは確だよ。……小父さん、この人形を見つけた時のことを、もう一度、この人に話して上げてくれないだろうか」
すると仁兵衛爺さんは、予審判事に小腰をかがめて、話し始めた。
「丁度五日前の朝でございました。村へ用達しがあって、あの大曲り……ホラ、鶴子さんの死骸が倒れていた線路のカーヴのところを、わしら『大曲り』と申しますだが、そこを通りかかりますと、線路わきの原っぱに、この藁人形がころがっていましただ」
「丁度鶴子さんの倒れていた辺だね」
殿村が口をはさむ。
「ヘエ、だが、鶴子さんの死骸は線路の土手のすぐ下でしたが、この人形は、線路から十間も離れた、原っぱの中にころがっていました」
「胸を刺されてね」
「ヘエ、これでございますよ。藁人形の胸の辺に、こんな小刀が突きささって居りましただ」
爺さんは、小屋へ這入って、藁人形を抱え出して来た。見ると、なる程、胸の辺の藁がズタズタに斬りきざまれて、そこに小型の白鞘の短刀が、心臓をえぐった形で、突き立ててあった。
「呪いの人型だ。……しかもそれが、丁度殺人事件の四日前、殺人現場の附近に捨ててあったというのは、何か意味があり相じゃないか」
「フーム、なる程」
国枝氏もこの二つの殺人事件の(人形と人間との)不思議な一致を無視する訳には行かぬ。いやそれよりも、胸をえぐられた藁人形の死骸が、何とも云えぬ妙な、ゾーッと寒気のする様な感じを与えたのだ。
「それで、君はどうしたの?」
「ヘエ、わしは、村の子供達がいたずらをしたのだろうと、別に気にもとめないで、たきつけにする積りで、この小屋へ放り込んで置きましただ。短刀も抜くのを忘れて、ついそのままになっていたのでございます」
「で、この藁人形のことは、誰にも話さなかったのだね」
「ヘエ、まさかこれが今度の事件の前兆になろうとは思わなかったもんでね。アア、そうそう、一人丈けこれを見た人がありますよ。外でもねえ山北の鶴子さんだ。あの方が丁度藁人形を拾った翌日、ひょっくり番小屋へ遊びにござらっしてね、わしの娘がそれを話したもんだから、じゃア見せてくれってね、この小屋を開けて中を覗いて見なすったですよ。因縁ごとだね。お嬢さんも、まさかこの人形と同じ目に会おうとは知らなかったでございますべえ」
「ホウ、鶴子さんがね、君の家へ。……よく遊びに来たのかね」
「イイエ、滅多にないことでございます。あの日は、娘のお花に何か呉れるものがあると云って、それを持って、久しぶりでお出でなさったのですよ」
さて、一応聞取りをすませると、国枝氏は藁人形はのち程警官に取りに来させるから、大切に保管してくれる様頼んで置いて、番小屋を引上げることにした。
「偶然の一致だよ。恐らく爺さんの云った様に、村の子供達のいたずらに違いない。犯人が、実際の人殺しをやる前に、藁人形で試験をしたというのもおかしいし、又、その人形を同じ場所へ捨てて置くなんて、実に愚な仕業だからね」
実際家の予審判事は、探偵小説家の神秘好みに同意出来なかった。
「そんな風に考えれば、犯罪事件とは無関係の様に見えるかも知れない。併し、もっと別な考え方がないとは云い切れまい。僕は何かしら分りかけて来た様な気がする。殊に、鶴子さんが藁人形を見に来たという点が非常に面白い」
「見に来た訳じゃないだろう」
「イヤ、見に来たのかも知れない。爺さんの口ぶりから考えても、これという用事があったのではないらしいから、鶴子さんがお花を訪ねた本当の目的は、案外藁人形を見る為だったかも知れない」
「何か突飛な空想をやっているんだね。併し、実際問題は、そんな手品みたいなもんじゃないよ」
予審判事は殿村の妄想を一笑に附し去ったが、それが果して妄想に過ぎなかったかどうか、やがて分る時が来るだろう。