3話 蠅男(3)
読み方を変える
――二十四時間以ないニ、ナんじの生命ヲ取ル。ユイ言状を用意シテ置け。――
それだけが、活字の上に赤鉛筆で丸が入れてある。
――蠅男――
この二字だけは、不器用なゴム印の文字であって、インキは赤とも黒とも見えぬ妙な色で捺してあった。
更に、奇怪な翅や脚を《むし》りとり、下腹部を半分に切ってある蠅の木乃伊。――
全く妙な通信文であるが、とにかく脅迫状に違いない。
「お父つぁん。きっと心当りがおますのやろ。隠さんと、うちに聞かせて――」
「阿呆いうな。蠅男――なんて一向知らへんし、第一、お父さんはナ、人様から恨みを受けるようなことはちょっともしたことないわ。ことに殺されるような、そんな仰山な恨みを、誰からも買うてえへんわ」
「本当やな。――本当ならええけれど」
「本当は本当やが、とにかくこれは脅迫状やから、警察へ届けとこう」
「ああ、それがよろしまんな。うち電話をかけまひょか」
「電話より、誰かに警察へ持たせてやろう。会社へ電話かけて、庶務の田辺に山ノ井に小松を、すぐ家へこい云うてんか」
娘の糸子が電話をかけに行っている間に、邸内の男たちが呼び集められた。玉屋総一郎は、ともかくも蠅男の襲撃を避けるため、自分の居間に引籠る決心を定めた。それだからまず外部から蠅男の侵入してくるのを防ぐために、四つの硝子窓を内側から厳重に羽根蒲団とトタン板とでサンドウィッチのように重ねたもので蓋をし、釘づけにした。それでもまだ心配になると見え、窓のところへ、大きな書棚や戸棚をピタリと据えた。
「どうです、旦那はん。これでよろしまっしゃろか」
「うん、まあその辺やな」
「あとは、明いとるところ云うたら、天井にある空気孔だすが、あれはどないしまひょうか」
「あああの空気孔か」と、総一郎は白い天井の隅に、一升桝ぐらいの四角な穴が明いている空気抜きを見上げた。そこには天井の方から、重い鋳物の格子蓋が嵌めてあった。「さあ、まさかあれから大の男が入ってこられへんと思うが、――」
「さようですナ、あの格子の隙から入ってくるものやったら、まあ鼠か蚊か――それから蠅ぐらいなものだっしゃろナ」
「なに、蠅が入ってくる。ブルブルブル。蠅は鬼門や。なんでもええ、あの空気孔に下から蓋をはめてくれ」
「下から蓋をはめますんで……」
「出来んちゅうのか」
「いえ、まだ出来んいうとりまへん。いま考えます。ええ、こうっと、――」
下僕たちが脳味噌を絞った挙句、その四角な空気孔を、下から厚い紙で三重に目張りをしてしまった。
「さあ、これでもう大丈夫です。こうして置いたら蠅や蚊どころか、空気やって通ることが出来しまへん」
総一郎は、それでも不安そうに天井を見上げた。
そのうちに、会社からは田辺課長をはじめ山ノ井、小松などという選りすぐりの用心棒が駈けつけた。総一郎はすこし生色をとりかえした。
警察への使者には、田辺課長が立った。
彼は新聞紙利用の脅迫状を、蠅の木乃伊とともに提出し、主人の懇願の筋をくりかえして伝えて、保護方を頼んだ。
署長の正木真之進は、そのとき丁度、鴨下ドクトル邸へ出かけていたので、留守居の警部補が電話で署長の指揮を仰いだ結果、悪戯にしても、とにかく物騒だというので、二名の警官が派遣されることになった。
すると田辺はペコンと頭を下げ、
「モシ、費用の方は、玉屋の方でなんぼでも出して差支えおまへんのだすが、警官の方をもう三人ほど増しておもらい出来まへんやろか」
というと、警部補はカッと目を剥き、
「阿呆かいな。お上を何と思うてるねン」
と、一発どやしつけた。
脅迫状は、一名の刑事が持って、これを鴨下ドクトルの留守宅に屯している署長の許へとどけることになった。
東京からの客
そのころ鴨下ドクトルの留守宅では、屯していた警官隊が、不意に降って湧いたように玄関から訪れた若き男女を上にあげて、保護とは名ばかりの、辛辣なる不審訊問を開始していた。
「お前は鴨下ドクトルの娘やいうが、名はなんというのか」
「カオルと申します」
洋装の女は、年齢のころ、二十二、三であろうか。断髪をして、ドレスの上には、贅沢な貂の毛皮のコートを着ていた。すこぶる歯切れのいい東京弁だった。
「それから連れの男。お前は何者や」
「僕は上原山治といいます」
「上原山治か。そしてこの女との関係はどういう具合になっとるねん」
「フィアンセです」
「ええッ、フィなんとやらいったな。それァ何のこっちゃ」
「フィアンセ――これはフランス語ですが、つまり婚約者です」
「婚約者やいうのんか。なんや、つまり情夫のことやな」
「まあ、失礼な。――」と、女は蒼くなって叫んだ。
「まあ、そう怒らんかて、ええやないか。のう娘さん」
「警官だといっても、あまりに失礼だわ。それよか早く父に会わせて下さい。一体何事です。父のうちを、こんなに警官で固めて、なにかあったんですか。それなら早く云って下さい」
署長は金ぶち眼鏡ごしに、ニヤニヤしながらカオルの様子を眺めていた。部下の一人が近づいてソッと署長に耳うちをしていった。村松検事が間もなく到着するという電話があったことを返事したのであった。
「――娘さん。鴨下ドクトルから、二、三日うちに当地へ来いという手紙が来たという話やが、それは何日の日附やったか、覚えているか」
「覚えていますとも。それは十一月二十九日の日附です」
「へえ、二十九日か」署長は首をかしげ「そらおかしい。ドクトルは三十日に、当分旅行をするという札を玄関にかけて、この邸を留守にしたんや。旅行の前日の手紙で、二、三日うちに大阪へ来いといって置いて、その翌日に旅行に出るちゅうのは、怪ったいなことやないか。そんな手紙貰うたなどと、お前はさっきから嘘をついているのやろう」
「まあひどい方。わたしが嘘を云ったなどと――」
「そんなら、なんで手紙を持って来なんだんや。この邸へ入りこもうと思うて、警官に見つかり、ドクトルの娘でございますなどと嘘をついて本官等をたぶらかそうと思うたのやろが、どうや、図星やろ、恐れいったか。――」
女は身を慄わせて、署長に打ってかかろうとした。青年上原は慌ててそれを止め、
「――警官たちも、取調べるのが役目なんだろうが、もっと素直に物を云ったらどうです」
「なにをッ――」
そういっているところに、村松検事の到着が表から知らされた。
正木署長は席を立って、検事を玄関に迎えに出た。一伍一什を報告したあとで、
「――どうも怪しい女ですなア。あの変り者の鴨下ドクトルに娘があるというのも、ちと妙な話ですし、それに娘のところへ二、三日うちに出てこい云うて、二十九日附で手紙を出しておきながら、翌三十日から旅行するちゅうて出かけ、そして今日になってもドクトルは帰ってきよらしまへん。ドクトルが娘に手紙出したちゅうのは、ありゃ嘘ですな」
と、自信あり気な口調で、検事に説明をした。検事はそうかそうかと肯いた。
二階に設けた仮調室に現われた検事は、カオルと名のる女をさしまねき、
「貴女は鴨下ドクトルの娘さんだそうだが、たびたびこの家へ来るのかネ」
と尋ねた。
カオルは、新しく現われた調べ手に、やや顔を硬ばらせながら、
「いいえ、物心ついて、今夜が初めてなんですのよ」
「ふうむ。それは又どういうわけです」
「父はあたくしの幼いときに、東京へ預けたのです。はじめは音信も不通でしたが、この二、三年来、手紙を呉れるようになり、そしてこんどはいよいよ会いたいから大阪へ来るようにと申してまいりました。父はどうしたのでしょう。あたくし気がかりでなりませんわ」
「いや尤もです。実はネ――」と検事はカオルの顔を注意深く見つめ「実は――愕いてはいけません――お父さんは三十日に旅行をされ、未だに帰って来ないのです。そしておまけに、この家のうちに何者とも知れぬ焼屍体があるのです」
「まあ、父が留守中に、そんなことが出来ていたんですか。ああそれで解りましたわ。警官の方が集っていらっしゃるのが……」
「貴女はお父さんがこの家に帰ってくると思いますか」
「ええ勿論、そう思いますわ。――なぜそんなことをお聞きになるの」
「いや、私はそうは思わない。お父さんはもう帰って来ないでしょうネ」
「あら、どうしてそんな――」
「だって解るでしょう。お父さんには、貴女との固い約束を破って旅に出るような特殊事情があったのです。そして留守の屋内の暖炉の中に一個の焼屍体が残っていた」
村松検事はそう云って、女の顔を凝視した。
二つの殺人宣告書
「あッ」とカオルは愕きの声をあげた。「するともしや、父が殺人をして逃亡したとでも仰有るのですか」
「まだそうは云いきっていません。――一体お父さんは、この家でどんな仕事をしていたか御存じですか」
「わたくしもよくは存じません。ただ手紙のなかには、(自分の研究もやっと一段落つきそうだ)という簡単な文句がありました」
「研究というと、どういう風な研究ですか」
「さあ、それは存じませんわ」
「この家を調べてみると、医書だの、手術の道具などが多いのですよ」
「ああそれで皆さんは父のことをドクトルと仰有るのですね」
女はすこし誇らしげに、わずかに笑った。
そのとき正木署長が、検事の傍へすりよった。
「ええ、……緊急の事件で、ちょっとお耳に入れて置きたいことがありますんですが、いま先方から電話がありましたんで……」
「なんだい、それは――」
廊下へ出ると署長は低声で、富豪玉屋総一郎氏が今夜「蠅男」に生命を狙われていることを報告し、只今それについて玉屋から、どうも警察の護衛が親切でないから、司法大臣に上申するといってきた顛末を伝えた。
村松検事は署長に、その脅迫状を持っているなら見せるように云った。
署長は、お安い御用といいながら、ポケットを探ったが、どうしたものか先刻預って確かにポケットに入れたはずの封筒が、何処へ落としたか見当らないのであった。
「どうしたんやろなア、確かにポケットに入れとったのじゃが――ひょっとすると階下の大広間へ忘れてきたのかしらん。検事さん、ちょっとみてきます」
署長があたふたと階下へ下りていく後を、村松検事は追いかけるようにして、大広間の方へついていった。焼屍体のあった大広間は、監視の警官が一人ついたまま、気味のわるいほどガランとしていた。
警官の挙手の礼をうけて、室内に入った署長は、そのとき室内に、異様の風体の人間が、火の消えた暖炉の傍にすりよって、後向きでなにかしているのを発見して、呀ッと愕いた。全く異様な風体の人間だった。和服を着て素足の男なんだが、上には警官のオーバーを羽織り、頸のところには手拭を捲きつけているのだった。頭髪は蓬のようにぼうぼうだ。
「コラッ誰やッ」署長は背後から飛びつきざま、その男の肩をギュッと掴んだ。
「うわッ、アイテテテ……」
異様な風体の男は、顔をしかめて、三尺も上に飛びあがったように思われた。
「何者や、貴様は――」
と、獣のように大きな悲鳴をあげた怪人に、却って愕かされた署長は、興奮して居丈高に呶鳴った。
「いや正木署長、その男なら分っているよ」いつの間に入ってきたか、村松検事がおかしそうに署長を制した。「それは私の知合いで帆村という探偵だ」
「ああ帆村さん。この怪ったいな人物が――」
「うむ怪しむのも無理はない。彼は病院から脱走するのが得意な男でネ」
帆村は肩が痛むので左腕を釣っていた。大きな痛みがやっと鎮まるのを待って、怺えかねたように口を利いた。
「――まあ怒るのは後にして頂いて、これをごらんなさい、重大な発見だ」
そういってさし伸べた彼の右手には、同じ色と形とを持った二枚の黄色い封筒があった。
「あッ、これは玉屋氏に出した蠅男の脅迫状や。あんた、どこでそれを――」
「まあ待ってください。こっちが玉屋氏宛のもので、そこの絨毯の上で拾った。もう一通こっちの黄色い封筒は、この暖炉の上の、マントルピースの上にあった。その天馬の飾りがついている大きな置時計の下に隠してあったのです」
「ほう、それはお手柄だ」
「もっと愕くことがある。封筒の中には、ほらこのとおり同じように新聞紙の脅迫状が入っている」といって中から新聞紙を出してひろげ、「同じように赤鉛筆の丸のついた文字を辿って読んでみると、――きさまが血まつりだ。乃公は思ったことをするのだ。蠅男――どうです。玉屋家の脅迫状と全く同じ者が出したのです」
「フーム、蠅男? 何だい、その蠅男てえのは」
「さあ誰のことだか分りませんが――ホラこのとおり、蠅の死骸が貼りつけてあるのですよ」
署長が帆村の手の掌のなかを覗きこむと、なるほど蠅の死骸だった。やはり翅や脚を《も》がれ、そして下腹部は斜めにちょん切られていた。全く同じ、恐怖の印だ。
ああ蠅男! 今夜玉屋総一郎に死の宣告を与えた蠅男は、それより数日前に、ドクトル鴨下の屋敷に忍びこんでいたのだ。あの半焼屍体は、蠅男の仕業ではなかろうか。いやそれに違いない。
では蠅男は、玉屋総一郎を間違いなく襲撃するつもりに違いない。悪戯の脅迫ではなかったのだ。
「蠅男」とは何者であろう?
疑問の屍体
その奇怪なる蠅男の署名入りの脅迫状が、こうして二通も揃ってみると、これはもはや冗談ごとではなかった。
鴨下ドクトル邸の広間に集った捜査陣の面々も、さすがに息づまるような緊張を感じないではいられなかった。
中でも、責任のある住吉警察署の正木署長は佩剣を握る手もガタガタと慄え、まるで熱病患者のように興奮に青ざめていた。
「もし、検事さん。本官はこれからすぐに玉屋総一郎の邸に行ってみますわ。そやないと、あの玉屋の大将は、ほんまに蠅男に殺されてしまいますがな。手おくれになったら、これは後から言訳がたちまへんさかいな」
署長は、ドクトル邸の燃える白骨事件で、黒星一点を頂戴したのに、この上みすみすまたたどんを頂戴したのでは、折角これまで順調にいった出世を躓かせることになるし、住吉警察署はなにをしとるのやと非難されるだろう辛さが、もう目に見えていた。彼は全力を挙げて、この正体の知れぬ殺人魔と闘う決心をしたのであった。しかし事実、彼はいくぶん焦りすぎているようであった。
「ああ、そうかね」村松検事はそういってジロリと眼玉を動かした。「じゃ、そうし給え。――」
「じゃあ、そうします。――オイ、二、三人、一緒に行くのやぜ」
村松検事は、正木署長たちがドヤドヤと出てゆく後姿を見送りながら、帆村探偵の方に声をかけた。
「オイ君。君は、ああいうチャンバラを見物にゆく趣味はないのかネ」と、正木署長の一行についてゆかないのかを暗に尋ねた。
帆村は、寝衣の上に警官のオーバーという例の異様な風体で、さっきから二枚の脅迫文をしきりと見較べていた。
「チャンバラはぜひ見たいと思うのですが、僕は頭脳が悪いので、そういうときにまず映画台本をよく読んでおくことにしているんでしてネ」
「ほう、君の手に持っているのは、映画台本なのかネ」検事はパイプを口に咥えたまま、帆村の方に近よった。
「ええ、こいつは、暗号で書いてある映画台本ですよ」と帆村は二枚の脅迫文を指し、「どうです。第二の脅迫状には、宛名が玉屋総一郎へと書いてあって、第一の脅迫状には宛名無しというのは、これはどういう訳だと思いますか」
検事はパイプから太い煙をプカプカとふかし、
「――それは極めて明瞭だから、書く必要がなかったんだろう」
「極めて明瞭とは?」
「それを説明するのは、ここではちょっと困るが――」と、室の隅に立たされている鴨下ドクトルの令嬢カオルと情人上原山治の方をチラリと見てから、帆村の耳許にソッと口を寄せ、「――いいかネ。この邸にはドクトルが一人で暮しているのに、宛名は書かんでも、誰に宛てたか分るじゃないか」
「ほう、すると貴下は――」といって帆村は村松検事の顔を見上げながら、「――この脅迫状がドクトルに与えられたもので、そしてアノ――ドクトルが殺されたとお考えなんですネ」
「なんだ、君はそれくらいのことを知らなかったのか。あの燃える白骨はドクトルの身体だったぐらい、すぐに分っているよ」
「では、あれはどうします。三十日から旅行するぞというドクトルの掲示は?」
当分旅行ニツキ訪問ヲ謝絶ス。十一月三十日、鴨下――という掲示が奇人館の表戸にかけてありながら、家の中でドクトルの屍体がプスプス燃えているというのは、どうも変なことではないか。ドクトルが若し旅行を早くうち切って家に帰ったところ、邸内に忍びこんでいた蠅男のために殺されたのであったとしたら、家に入る前に、まず旅行中の掲示を外すのが当り前だ。ところがあのとおり掲示はチャンとしていたのであるから、それから考えるとドクトルが殺されたのだと考えるのは変ではないか。
このとき村松検事はパイプを咥えたまま、ニヤリニヤリと人の悪そうな笑いをうかべ、
「ウフ、名探偵帆村荘六さえ、そう思っていてくれると知ったら、蠅男は後から灘の生一本かなんかを贈ってくるだろうよ」
「灘の生一本? 僕は甘党なんですがねえ」
「ホイそうだったネ。それじゃ話にもならない。――いいかね、旅行中の看板を出したのは、訪問客を邸内に入れない計略なのだ。邸内に入られて御覧。そこにドクトルの屍体があって、火炙りになろうとしていらあネ。それでは犯人のために都合が悪かろうじゃないか。アメリカでは、よくこんな手を用いる犯罪者がある」そんなことを知らなかったのか、とにかく帆村は苦笑をした。「じゃ、ドクトルはもうこの世に姿を現わさないと仰有るのですね」
「それは現わすことがあるかも知れない。君、幽霊というやつはネ、今でも――」
帆村は愕いて、もうよく分りましたと云わんばかりに人を喰った検事の方へ両手を拡げて降参降参をした。
「じゃ検事さん。ドクトルを殺したのは誰です」
「きまっているじゃないか。蠅男が『殺すぞ』と説明書を置いていった」
「じゃあ、あの機関銃を射った奴は何者です」
「うん、どうも彼奴の素性がよく解せないんで、憂鬱なんだ。彼奴が蠅男であってくれれば、ことは簡単にきまるんだが」
「さすがの検事さんも、悲鳴をあげましたね。あの機関銃の射手と蠅男とは別ものですよ。蠅男が機関銃を持っていれば、パラパラと相手の胸もとを蜂の巣のようにして抛って逃げます。なにも痴情の果ではあるまいし、屍体を素裸にして、ストーブの中に逆さ釣りにして燃やすなんて手数のかかることをするものですか」
「オヤ、君は、あの犯人を痴情の果だというのかい。するとドクトルの情婦かなんかが殺ったと云うんだネ。そうなると、話は俄然おもしろいが、まさか君も、流行のお定宗でもあるまいネ」
帆村はそれを聞くと、胸をちょっと張っていささか得意な顔つきで、
「だが検事さん。あのドクトル邸は、ドクトル一人しかいなかったと仰有っていますが、事件前後に、若い女があの邸内にいたことを御存じですか」
「ナニ若い女が居た――若い女が居たというのかネ。それは君、本当か。――」
村松検事は、冗談でない顔付になって、帆村の顔を穴の明くほど見つめた。
探偵眼