行人

14話 行人(14)

8,328字 約17分 1999年6月13日 公開

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「雨のようね」と嫂が聞いた。

「ええ」

 自分は半(なか)ば風に吹き寄せられた厚い窓掛の、じとじとに湿(しめ)ったのを片方へがらりと引いた。途端(とたん)に母の寝返りを打つ音が聞こえた。

「二郎、ここはどこだい」

「名古屋です」

 自分は吹き込む紗(しゃ)の窓を通して、ほとんど人影の射さない停車場(ステーション)の光景を、雨のうちに眺めた。名古屋名古屋と呼ぶ声がまだ遠くの方で聞こえた。それからこつりこつりという足音がたった一人で活きて来るように響いた。

「二郎ついでに妾(わたし)の足の方も締(し)めておくれな」

「御母さんの所も硝子(ガラス)が閉(た)っていないんですか。先刻(さっき)呼んだらよく寝ていらっしゃるようでしたから……」

 自分は嫂(あによめ)の方を片づけて、すぐ母の方に行った。厚い窓掛を片寄せて、手探(てさぐ)りに探って見ると、案外にも立派に硝子戸(ガラスど)が締(し)まっていた。

「御母さんこっちは雨なんか這入(はい)りゃしませんよ。大丈夫です、この通りだから」

 自分はこう云いながら、母の足の方に当る硝子を、とんとんと手で叩(たた)いて見せた。

「おや雨は這入らないのかい」

「這入るものですか」

 母は微笑した。

「いつ頃(ごろ)から雨が降り出したか御母さんはちっとも知らなかったよ」

 母はさも愛想(あいそ)らしくまた弁疏(いいわけ)らしく口を利(き)いて、「二郎、御苦労だったね、早く御休み。もうよっぽど遅いんだろう」と云った。

 時計は十二時過であった。自分はまたそっと上の寝台に登った。車室は元の通り静かになった。嫂は母が口を利き出してから、何も云わなくなった。母は自分が自分の寝台に上(のぼ)ってから、また何も云わなくなった。ただ兄だけは始めからしまいまで一言(ひとこと)も物を云わなかった。彼は聖者(しょうじゃ)のごとくただすやすやと眠っていた。この眠方(ねむりかた)が自分には今でも不審の一つになっている。

 彼は自分で時々公言するごとく多少の神経衰弱に陥っていた。そうして時々(じじ)不眠のために苦しめられた。また正直にそれを家族の誰彼に訴えた。けれども眠くて困ると云った事はいまだかつてなかった。

 富士が見え出して雨上りの雲が列車に逆(さか)らって飛ぶ景色を、みんなが起きて珍らしそうに眺める時すら、彼は前後に関係なく心持よさそうに寝ていた。

 食堂が開(あ)いて乗客の多数が朝飯(あさめし)を済ました後(のち)、自分は母を連れて昨夜以来の空腹を充(み)たすべく細い廊下を伝わって後部の方へ行った。その時母は嫂に向って、「もう好い加減に一郎を起して、いっしょにあっちへ御出(おい)で。妾達(わたしたち)は向(むこう)へ行って待っているから」と云った。嫂はいつもの通り淋(さむ)しい笑い方をして、「ええ直(じき)御後(おあと)から参ります」と答えた。

 自分達は室内の掃除に取りかかろうとする給仕(ボイ)を後(あと)にして食堂へ這入(はい)った。食堂はまだだいぶ込んでいた。出たり這入ったりするものが絶えず狭い通り路をざわつかせた。自分が母に紅茶と果物を勧めている時分に、兄と嫂の姿がようやく入口に現れた。不幸にして彼らの席は自分達の傍(そば)に見出せるほど、食卓は空(す)いていなかった。彼らは入口の所に差し向いで座を占めた。そうして普通の夫婦のように笑いながら話したり、窓の外を眺めたりした。自分を相手に茶を啜(すす)っていた母は、時々その様子を満足らしく見た。

 自分達はかくして東京へ帰ったのである。

        三

 繰返していうが、我々はこうして東京へ帰ったのである。

 東京の宅は平生の通り別にこれと云って変った様子もなかった。お貞(さだ)さんは襷(たすき)を掛けて別条なく働いていた。彼女が手拭(てぬぐい)を被(かぶ)って洗濯をしている後姿を見て、一段落置いた昔のお貞さんを思いだしたのは、帰って二日目の朝であった。

 芳江(よしえ)というのは兄夫婦の間にできた一人っ子であった。留守(るす)のうちはお重(しげ)が引受けて万事世話をしていた。芳江は元来母や嫂(あによめ)に馴(な)ついていたが、いざとなると、お重だけでも不自由を感じないほど世話の焼けない子であった。自分はそれを嫂の気性(きしょう)を受けて生れたためか、そうでなければお重の愛嬌(あいきょう)のあるためだと解釈していた。

「お重お前のようなものがよくあの芳江を預かる事ができるね。さすがにやっぱり女だなあ」と父が云ったら、お重は膨(ふく)れた顔をして、「御父さんもずいぶんな方(かた)ね」と母にわざわざ訴えに来た話を、汽車の中で聞いた。

 自分は帰ってから一両日して、彼女に、「お重お前を御父さんがやっぱり女だなとおっしゃったって怒ってるそうだね」と聞いた。彼女は「怒ったわ」と答えたなり、父の書斎の花瓶(はないけ)の水を易(か)えながら、乾いた布巾(ふきん)で水を切っていた。

「まだ怒ってるのかい」

「まだってもう忘れちまったわ。――綺麗(きれい)ねこの花は何というんでしょう」

「お重しかし、女だなあというのは、そりゃ賞(ほ)めた言葉だよ。女らしい親切な子だというんだ。怒る奴(やつ)があるもんか」

「どうでもよくってよ」

 お重は帯で隠した尻の辺(あたり)を左右に振って、両手で花瓶を持ちながら父の居間の方へ行った。それが自分にはあたかも彼女が尻で怒(いかり)を見せているようでおかしかった。

 芳江は我々が帰るや否や、すぐお重の手から母と嫂に引渡された。二人は彼女を奪い合うように抱いたり下(おろ)したりした。自分の平生から不思議に思っていたのは、この外見上冷静な嫂に、頑是(がんぜ)ない芳江がよくあれほどに馴つきえたものだという眼前の事実であった。この眸(ひとみ)の黒い髪のたくさんある、そうして母の血を受けて人並よりも蒼白(あおじろ)い頬をした少女は、馴れやすからざる彼女の母の後(あと)を、奇蹟(きせき)のごとく追って歩いた。それを嫂は日本一の誇として、宅中(うちじゅう)の誰彼に見せびらかした。ことに己(おのれ)の夫に対しては見せびらかすという意味を通り越して、むしろ残酷な敵打(かたきうち)をする風にも取れた。兄は思索に遠ざかる事のできない読書家として、たいていは書斎裡(しょさいり)の人であったので、いくら腹のうちでこの少女を鍾愛(しょうあい)しても、鍾愛の報酬たる親しみの程度ははなはだ稀薄(きはく)なものであった。感情的な兄がそれを物足らず思うのも無理はなかった。食卓の上などでそれが色に出る時さえ兄の性質としてはたまにはあった。そうなるとほかのものよりお重が承知しなかった。

「芳江さんは御母さん子ね。なぜ御父さんの側(そば)に行かないの」などと故意(わざ)とらしく聞いた。

「だって……」と芳江は云った。

「だってどうしたの」とお重がまた聞いた。

「だって怖(こわ)いから」と芳江はわざと小さな声で答えた。それがお重にはなおさら忌々(いまいま)しく聞こえるのであった。

「なに? 怖いって? 誰が怖いの?」

 こんな問答がよく繰り返えされて、時には五分も十分も続いた。嫂(あによめ)はこう云う場合に、けっして眉目(びもく)を動さなかった。いつでも蒼(あお)い頬に微笑を見せながらどこまでも尋常な応対をした。しまいには父や母が双方を宥(なだ)めるために、兄から果物を貰わしたり、菓子を受け取らしたりさせて、「さあそれで好い。御父さんから旨(うま)いものをちょうだいして」とやっと御茶を濁す事もあった。お重はそれでも腹が癒(い)えなそうに膨(ふく)れた頬をみんなに見せた。兄は黙って独(ひと)り書斎へ退(しりぞ)くのが常であった。

        四

 父はその年始めて誰かから朝貌(あさがお)を作る事を教わって、しきりに変った花や葉を愛玩(あいがん)していた。変ったと云っても普通のものがただ縮れて見立(みだて)がなくなるだけだから、宅中(うちじゅう)でそれを顧みるものは一人もなかった。ただ父の熱心と彼の早起と、いくつも並んでいる鉢(はち)と、綺麗(きれい)な砂と、それから最後に、厭(いや)に拗(す)ねた花の様(さま)や葉の形に感心するだけに過ぎなかった。

 父はそれらを縁側(えんがわ)へ並べて誰を捉(つら)まえても説明を怠(おこた)らなかった。

「なるほど面白いですなあ」と正直な兄までさも感心したらしく御世辞(おせじ)を余儀なくされていた。

 父は常に我々とはかけ隔(へだた)った奥の二間(ふたま)を専領(せんりょう)していた。簀垂(すだれ)のかかったその縁側に、朝貌はいつでも並べられた。したがって我々は「おい一郎」とか「おいお重」とか云って、わざわざそこへ呼び出されたものであった。自分は兄よりも遥(はるか)に父の気に入るような賛辞を呈して引き退(さ)がった。そうして父の聞えない所で、「どうもあんな朝貌を賞(ほ)めなけりゃならないなんて、実際恐れ入るね。親父(おやじ)の酔興にも困っちまう」などと悪口を云った。

 いったい父は講釈好(こうしゃくずき)の説明好であった。その上時間に暇があるから、誰でも構わず、号鈴(ベル)を鳴らして呼寄せてはいろいろな話をした。お重などは呼ばれるたびに、「兄さん今日は御願だから代りに行ってちょうだい」と云う事がよくあった。そのお重に父はまた解り悪(にく)い事を話すのが大好だった。

 自分達が大阪から帰ったとき朝貌(あさがお)はまだ咲いていた。しかし父の興味はもう朝貌を離れていた。

「どうしました。例の変り種は」と自分が聞いて見ると、父は苦笑いをして「実は朝貌もあまり思わしくないから、来年からはもう止(や)めだ」と答えた。自分はおおかた父の誇りとして我々に見せた妙な花や葉が、おそらくその道の人から鑑定すると、成っていなかったんだろうと判断して、茶の間で大きな声を立てて笑った。すると例のお重とお貞さんが父を弁護した。

「そうじゃ無いのよ。あんまり手数(てすう)がかかるんで、御父さんも根気が尽きちまったのよ。それでも御父さんだからあれだけにできたんですって、皆(みん)な賞(ほ)めていらしったわ」

 母と嫂(あによめ)は自分の顔を見て、さも自分の無識を嘲(あざ)けるように笑い出した。すると傍(そば)にいた小さな芳江までが嫂と同じように意味のある笑い方をした。

 こんな瑣事(さじ)で日を暮しているうちに兄と嫂の間柄は自然自分達の胸を離れるようになった。自分はかねて約束した通り、兄の前へ出て嫂の事を説明する必要がなくなったような気がした。母が東京へ帰ってからゆっくり話そうと云ったむずかしそうな事件も母の口から容易に出ようとも思えなかった。最後にあれほど嫂について智識を得たがっていた兄が、だんだん冷静に傾いて来た。その代り父母や自分に対しても前ほどは口を利(き)かなくなった。暑い時でもたいていは書斎へ引籠(ひきこも)って何か熱心にやっていた。自分は時々嫂に向って、「兄さんは勉強ですか」と聞いた。嫂は「ええおおかた来学年の講義でも作ってるんでしょう」と答えた。自分はなるほどと思って、その忙しさが永く続くため、彼の心を全然そっちの方へ転換させる事ができはしまいかと念じた。嫂は平生の通り淋(さび)しい秋草のようにそこらを動いていた。そうして時々片靨(かたえくぼ)を見せて笑った。

        五

 そのうち夏もしだいに過ぎた。宵々(よいよい)に見る星の光が夜ごとに深くなって来た。梧桐(あおぎり)の葉の朝夕風に揺ぐのが、肌に応(こた)えるように眼をひやひやと揺振(ゆすぶ)った。自分は秋に入ると生れ変ったように愉快な気分を時々感じ得た。自分より詩的な兄はかつて透(す)き通る秋の空を眺めてああ生き甲斐(がい)のある天だと云って嬉(うれ)しそうに真蒼(まっさお)な頭の上を眺めた事があった。

「兄さんいよいよ生き甲斐のある時候が来ましたね」と自分は兄の書斎のヴェランダに立って彼を顧みた。彼はそこにある籐椅子(といす)の上に寝ていた。

「まだ本当の秋の気分にゃなれない。もう少し経(た)たなくっちゃ駄目だね」と答えて彼は膝(ひざ)の上に伏せた厚い書物を取り上げた。時は食事前の夕方であった。自分はそれなり書斎を出て下へ行こうとした。すると兄が急に自分を呼び止めた。

「芳江は下にいるかい」

「いるでしょう。先刻(さっき)裏庭で見たようでした」

 自分は北の方の窓を開けて下を覗(のぞ)いて見た。下には特に彼女のために植木屋が拵(こしら)えたブランコがあった。しかし先刻いた芳江の姿は見えなかった。「おやどこへか行ったかな」と自分が独言(ひとりごと)を云ってると、彼女の鋭い笑い声が風呂場の中で聞えた。

「ああ湯に這入(はい)っています」

「直(なお)といっしょかい。御母さんとかい」

 芳江の笑い声の間にはたしかに、女として深さのあり過ぎる嫂(あによめ)の声が聞えた。

「姉さんです」と自分は答えた。

「だいぶ機嫌(きげん)が好さそうじゃないか」

 自分は思わずこう云った兄の顔を見た。彼は手に持っていた大きな書物で頭まで隠していたからこの言葉を発した時の表情は少しも見る事ができなかった。けれども、彼の意味はその調子で自分によく呑(の)み込めた。自分は少し逡巡(しゅんじゅん)した後(あと)で、「兄さんは子供をあやす事を知らないから」と云った。兄の顔はそれでも書物の後(うしろ)に隠れていた。それを急に取るや否や彼は「おれの綾成(あや)す事のできないのは子供ばかりじゃないよ」と云った。自分は黙って彼の顔を打ち守った。

「おれは自分の子供を綾成す事ができないばかりじゃない。自分の父や母でさえ綾成す技巧を持っていない。それどころか肝心(かんじん)のわが妻(さい)さえどうしたら綾成せるかいまだに分別がつかないんだ。この年になるまで学問をした御蔭(おかげ)で、そんな技巧は覚える余暇(ひま)がなかった。二郎、ある技巧は、人生を幸福にするために、どうしても必要と見えるね」

「でも立派な講義さえできりゃ、それですべてを償(つぐな)って余(あまり)あるから好いでさあ」

 自分はこう云って、様子次第、退却しようとした。ところが兄は中止する気色(けしき)を見せなかった。

「おれは講義を作るためばかりに生れた人間じゃない。しかし講義を作ったり書物を読んだりする必要があるために肝心(かんじん)の人間らしい心持を人間らしく満足させる事ができなくなってしまったのだ。でなければ先方(さき)で満足させてくれる事ができなくなったのだ」

 自分は兄の言葉の裏に、彼の周囲を呪(のろ)うように苦々(にがにが)しいある物を発見した。自分は何とか答えなければならなかった。しかし何と答えて好いか見当(けんとう)がつかなかった。ただ問題が例の嫂事件を再発(さいほつ)させては大変だと考えた。それで卑怯(ひきょう)のようではあるが、問答がそこへ流れ入る事を故意に防いだ。

「兄さんが考え過ぎるから、自分でそう思うんですよ。それよりかこの好天気を利用して、今度の日曜ぐらいに、どこかへ遠足でもしようじゃありませんか」

 兄はかすかに「うん」と云って慵(ものう)げに承諾の意を示した。

        六

 兄の顔には孤独の淋(さみ)しみが広い額を伝わって瘠(こ)けた頬に漲(みなぎ)っていた。

「二郎おれは昔から自然が好きだが、つまり人間と合わないので、やむをえず自然の方に心を移す訳になるんだろうかな」

 自分は兄が気の毒になった。「そんな事はないでしょう」と一口に打ち消して見た。けれどもそれで兄の満足を買う訳には行かなかった。自分はすかさずまたこう云った。

「やっぱり家(うち)の血統にそう云う傾きがあるんですよ。御父さんは無論、僕でも兄さんの知っていらっしゃる通りですし、それにね、あのお重がまた不思議と、花や木が好きで、今じゃ山水画などを見ると感に堪(た)えたような顔をして時々眺めている事がありますよ」

 自分はなるべく兄を慰めようとして、いろいろな話をしていた。そこへお貞さんが下から夕食の報知(しらせ)に来た。自分は彼女に、「お貞さんは近頃嬉(うれ)しいと見えて妙ににこにこしていますね」と云った。自分が大阪から帰るや否や、お貞さんは暑い下女室(げじょべや)の隅(すみ)に引込んで容易に顔を出さなかった。それが大阪から出したみんなの合併(がっぺい)絵葉書(えはがき)の中(うち)へ、自分がお貞さん宛(あて)に「おめでとう」と書いた五字から起ったのだと知れて家内中大笑いをした。そのためか一つ家にいながらお貞さんは変に自分を回避した。したがって顔を合わせると自分はことさらに何か云いたくなった。

「お貞さん何が嬉(うれ)しいんですか」と自分は面白半分追窮するように聞いた。お貞さんは手を突いたなり耳まで赤くなった。兄は籐椅子(といす)の上からお貞さんを見て、「お貞さん、結婚の話で顔を赤くするうちが女の花だよ。行って見るとね、結婚は顔を赤くするほど嬉しいものでもなければ、恥ずかしいものでもないよ。それどころか、結婚をして一人の人間が二人になると、一人でいた時よりも人間の品格が堕落する場合が多い。恐ろしい目に会う事さえある。まあ用心が肝心(かんじん)だ」と云った。

 お貞さんには兄の意味が全く通じなかったらしい。何と答えて好いか解らないので、むしろ途方(とほう)に暮れた顔をしながら涙を眼にいっぱい溜(た)めていた。兄はそれを見て、「お貞さん余計な事を話して御気の毒だったね。今のは冗談だよ。二郎のような向う見ずに云って聞かせる事を、ついお貞さん見たいな優(やさ)しい娘さんに云っちまったんだ。全くの間違だ。勘弁(かんべん)してくれたまえ。今夜は御馳走(ごちそう)があるかね。二郎それじゃ御膳(ごぜん)を食べに行こう」と云った。

 お貞さんは兄が籐椅子から立ち上るのを見るや否や、すぐ腰を立てて一足先へ階子段(はしごだん)をとんとんと下りて行った。自分は兄と肩を比(なら)べて室(へや)を出にかかった。その時兄は自分を顧みて「二郎、この間の問題もそれぎりになっていたね。つい書物や講義の事が忙(いそが)しいものだから、聞こう聞こうと思いながら、ついそのままにしておいてすまない。そのうちゆっくり聴(き)くつもりだから、どうか話してくれ」と云った。自分は「この間の問題とは何ですか」と空惚(そらとぼ)けたかった。けれどもそんな勇気はこの際出る余裕がなかったから、まず体裁の好い挨拶(あいさつ)だけをしておいた。

「こう時間が経(た)つと、何だか気の抜けた麦酒(ビール)見たようで、僕には話し悪(にく)くなってしまいましたよ。しかしせっかくのお約束だから聴(き)くとおっしゃればやらん事もありませんがね。しかし兄さんのいわゆる生き甲斐(がい)のある秋にもなったものだから、そんなつまらない事より、まず第一に遠足でもしようじゃありませんか」

「うん遠足も好かろうが……」

 二人はこんな話を交換しながら、食卓の据(す)えてある下の室(へや)に入った。そうしてそこに芳江を傍(そば)に引きつけている嫂(あによめ)を見出した。

        七

 食卓の上で父と母は偶然またお貞さんの結婚問題を話頭に上(のぼ)せた。母は兼(かね)て白縮緬(しろちりめん)を織屋から買っておいたから、それを紋付(もんつき)に染めようと思っているなどと云った。お貞さんはその時みんなの後(うしろ)に坐(すわ)って給仕をしていたが、急に黒塗の盆をおはちの上へ置いたなり席を立ってしまった。

 自分は彼女の後姿(うしろすがた)を見て笑い出した。兄は反対に苦(にが)い顔をした。

「二郎お前がむやみに調戯(からか)うからいけない。ああ云う乙女(おぼこ)にはもう少しデリカシーの籠(こも)った言葉を使ってやらなくっては」

「二郎はまるで堂摺連(どうするれん)と同じ事だ」と父が笑うようなまた窘(たし)なめるような句調で云った。母だけは一人不思議な顔をしていた。

「なに二郎がね。お貞さんの顔さえ見ればおめでとうだの嬉しい事がありそうだのって、いろいろの事を云うから、向うでも恥かしがるんです。今も二階で顔を赤くさせたばかりのところだもんだから、すぐ逃げ出したんです。お貞さんは生れつきからして直(なお)とはまるで違ってるんだから、こっちでもそのつもりで注意して取り扱ってやらないといけません……」

 兄の説明を聞いた母は始めてなるほどと云ったように苦笑した。もう食事を済ましていた嫂は、わざと自分の顔を見て変な眼遣(めづかい)をした。それが自分には一種の相図のごとく見えた。自分は父から評された通りだいぶ堂摺連の傾きを持っていたが、この時は父や母に憚(はばか)って、嫂の相図を返す気は毫(ごう)も起らなかった。

 嫂は無言のまますっと立った、室(へや)の出口でちょっと振り返って芳江を手招きした。芳江もすぐ立った。

「おや今日はお菓子を頂かないで行くの」とお重が聞いた。芳江はそこに立ったまま、どうしたものだろうかと思案する様子に見えた。嫂は「おや芳江さん来ないの」とさもおとなしやかに云って廊下の外へ出た。今まで躊躇(ちゅうちょ)していた芳江は、嫂の姿が見えなくなるや否や急に意を決したもののごとく、ばたばたとその後(あと)を追駈(おいか)けた。

 お重は彼女の後姿(うしろすがた)をさも忌々(いまいま)しそうに見送った。父と母は厳格な顔をして己(おの)れの皿の中を見つめていた。お重は兄を筋違(すじか)いに見た。けれども兄は遠くの方をぼんやり眺めていた。もっとも彼の眉根(まゆね)には薄く八の字が描かれていた。

「兄さん、そのプッジングを妾(あたし)にちょうだい。ね、好いでしょう」とお重が兄に云った。兄は無言のまま皿をお重の方に押(おし)やった。お重も無言のままそれを匙(スプーン)で突(つっ)ついたが、自分から見ると、食べたくない物を業腹(ごうはら)で食べているとしか思われなかった。

 兄が席を立って書斎に入(い)ったのはそれからしてしばらく後(のち)の事であった。自分は耳を峙(そばだ)てて彼の上靴(スリッパ)が静(しずか)に階段を上(のぼ)って行く音を聞いた。やがて上の方で書斎の戸(ドア)がどたんと閉まる声がして、後は静になった。

 東京へ帰ってから自分はこんな光景をしばしば目撃した。父もそこには気がついているらしかった。けれども一番心配そうなのは母であった。彼女は嫂(あによめ)の態度を見破って、かつ容赦の色を見せないお重を、一日も早く片づけて若い女同士の葛藤(かっとう)を避けたい気色(けしき)を色にも顔にも挙動にも現した。次にはなるべく早く嫁を持たして、兄夫婦の間から自分という厄介(やっかい)ものを抜き去りたかった。けれども複雑な世の中は、そう母の思うように旨(うま)く回転してくれなかった。自分は相変らず、のらくらしていた。お重はますます嫂を敵(かたき)のように振舞った。不思議に彼女は芳江を愛した。けれどもそれは嫂のいない留守に限られていた。芳江も嫂のいない時ばかりお重に縋(すが)りついた。兄の額には学者らしい皺(しわ)がだんだん深く刻(きざ)まれて来た。彼はますます書物と思索の中に沈んで行った。

        八

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