25話 行人(25)
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我々は二三日前からこの紅が谷の奥に来て、疲れた身体を谷と谷の間に放り出しました。いる所は私の親戚のもっている小さい別荘です。所有主は八月にならないと東京を離れる事がむずかしいので、その前ならいつでも君方に用立てて宜しいと云った言葉を、はからず旅行中に利用する訳になったのであります。
別荘というと大変人聞が好いようですが、その実ははなはだ見苦しい手狭なもので、構えからいうと、ちょうど東京の場末にある四五十円の安官吏の住居です。しかし田舎だけに邸内の地面には多少の余裕があります。庭だか菜園だか分らないものが、軒から爪下りに向うの垣根まで続いています。その垣には珊瑚樹の実が一面に結っていて、葉越に隣の藁屋根が四半分ほど見えます。
同じ軒の下から谷を隔てて向うの山も手に取るように見えます。この山全体がある伯爵の別荘地で、時には浴衣の色が樹の間から見えたり、女の声が崖の上で響いたりします。その崖の頂には高い松が空を突くように聳えています。我々は低い軒の下から朝夕この松を見上るのを、高尚な課業のように心得て暮しています。
今まで通って来たうちで、君の兄さんにはここが一番気に入ったようです。それにはいろいろな意味があるかも知れませんが、二人ぎりで独立した一軒の家の主人になりすまされたという気分が、人慣れない兄さんの胸に一種の落ちつきを与えるのが、その大原因だろうと思います。今までどこへ泊ってもよく寝られなかった兄さんは、ここへ来た晩からよく寝ます。現に今私がこうやって万年筆を走らしている間も、ぐうぐう寝ています。
もう一つここへ来てから偶然の恩恵に浴したと思うのは、普通の宿屋のように二人が始終膝を突き合わして、一つの部屋にごろごろしていないですむ事です。家は今申した通り手狭至極なものであります。門を出て右の坂上にある或る長者の拵えた西洋館などに比べると全くの燐寸箱に過ぎません。それでも垣を囲らして四方から切り離した独立の一軒家です。窮屈ではあるが間数は五つほどあります。兄さんと私は一つ座敷に吊った一つ蚊帳の中に寝ます。しかし宿屋と違って同じ時間に起きる必要はありません。片方が起きても、片方は寝たいだけ寝ていられます。私は兄さんをそっとしておいて、次の座敷に据えてある一閑張の机に向う事ができます。昼もその通りです。二人差向いでいるのが苦痛になれば、どっちかが勝手に姿を隠して、自分に都合のいい事を、好な時間だけやります。それから適当な頃にまた出て来て顔を見せます。
私はこういう偶然を利用してこの手紙を書くのであります。そうしてこの偶然を思いがけなく利用する事のできた自分を、あなたのために仕合せと考えます。同時に、それを利用する必要を認め出した自分を、自分のために遺憾だと思います。
私のいう事は順序からいうと日記体に纏まっておりません。分類からいうと科学的に区別が立たないかも知れません。しかしそれは汽車、俥、宿、すべて規則的な仕事を妨げる旅行というものの障害と、平気で取りかかりにくいというその仕事の性質とが、破壊的に働いた結果と思っていただくより仕方がありません。断片的にせよ下に述べるだけの事をあなたに報道し得るのがすでに私には意外なのであります。全く偶然の御蔭なのであります。
三十
我々は二人とも大した旅行癖のない男です。したがって我々の編み上げた旅程もまた経験相応に平凡でした。近くて便利な所を人並に廻って歩けば、それで目的の大半は達せられるくらいな考えで、まず相模伊豆辺をぼんやり心がけました。
それでも私の方が兄さんよりはまだましでした。私は主要な場所と、そこへ行くべき交通機関とをほぼ承知していましたが、兄さんに至ってはほとんど地理や方角を超越していました。兄さんは国府津が小田原の手前か先か知りませんでした。知らないというよりむしろ構わないのでしょう。これほど一方に無頓着な兄さんが、なぜ人事上のあらゆる方面に、同じ平然たる態度を見せる事ができないのかと思うと、私は実際不思議な感に打たれざるを得ません。しかしそれは余事です。話が逸れると戻り悪くなりますから、なるべく本流を伝って、筋を離れないように進む事にしましょう。
我々は始め逗子を基点として出発する事に相談をきめていました。ところがその朝新橋へ駆けつける俥の上で、ふと私の考えが変りました。いかに平凡な旅行にしても、真先に逗子へ行くのは、あまりに平凡過ぎて気が進まなくなったのです。私は停車場で兄さんに相談の仕直しをやりました。私は行程を逆にして、まず沼津から修善寺へ出て、それから山越に伊東の方へ下りようと云いました。小田原と国府津の後先さえ知らない兄さんに異存のあるはずがないので、我々はすぐ沼津までの切符を買って、そのまま東海道行の汽車に乗り込みました。
汽車中では報知に値するような事が別に起りませんでした。先方へ着いても、風呂へ入ったり、飯を食ったり、茶を飲んだりする間は、これといって目に着く点もなかったのです。私は兄さんについて、これはことによると家族の人の参考のために、知らせておく必要があるかも知れないと思い出したのは、その日の晩になってからであります。
寝るには早過ぎました。話にはもう飽きました。私は旅行中に誰でも経験する一種の徒然に襲われました。ふと床の間の脇を見ると、そこに重そうな碁盤が一面あったので、私はすぐそれを室の真中へ持ち出しました。無論兄さんを相手に黒白を争うつもりでした。あなたは御存じだかどうだか知りませんが、私は学校にいた時分、これでよく兄さんと碁を打ったものです。その後二人とも申し合せたように、ぴたりとやめてしまいましたが、この場合、二人が持て余している時間を、面白く過ごすには碁盤が屈強の道具に違なかったのです。
兄さんはしばらく碁盤を眺めていました。そうしておいて「まあ止そう」と云いました。私は思い込んだ勢いで、「そう云わずにやろうじゃないか」と押し返しました。それでも兄さんは「いやいやまあ止そう」と云います。兄さんの顔を見ると、眼と眉の間に変な表情がありました。それが何の碁なんぞと云った風の軽蔑または無頓着を示していないのですから、私はちょっと異な心持がしました。しかし無理に強いるのも厭ですから、私はとうとう一人で碁石を取り上げて、黒と白を打手違に、盤の上に並べ始めました。兄さんは少しの間それを見ていました。私がなお黙って打ち続けて行きますと、兄さんは不意に座を立って廊下へ出ました。おおかた便所へでも行ったのだろうと思った私は、いっこう兄さんの挙動には注意を払いませんでした。
三十一
案の通り兄さんは時を移さず戻って来ました。そうして突然「やろう」というや否や、自分の手から、碁石を《も》ぎ取るように引っ手繰りました。私は何の気もつかずに、「よろしい」と答えて、すぐ打ち始めました。我々のは申すまでもなくヘボ碁ですから、石を下すのも早いし、勝負の片づくのも雑作はありません。一時間のうちに悠に二番ぐらいは始末ができるくらいだから、見ていても局に対っていても、間怠い思いはけっしてないのです。ところを兄さんは、その手早く運んで行く碁面を、しまいまで辛抱して眺めているのは苦痛だと云って、とうとう中途でやめてしまいました。私は心持でも悪くなったのかと思って心配しましたが、兄さんはただ微笑していました。
床に入る前になって、私は始めて兄さんからその時の心理状態の説明を聞きました。兄さんは碁を打つのは固より、何をするのも厭だったのだそうです。同時に、何かしなくってはいられなかったのだそうです。この矛盾がすでに兄さんには苦痛なのでした。兄さんは碁を打ち出せば、きっと碁なんぞ打っていられないという気分に襲われると予知していたのです。けれどもまた打たずにはいられなくなったのです。それでやむをえず盤に向ったのです。盤に向うや否や自烈たくなったのです。しまいには盤面に散点する黒と白が、自分の頭を悩ますために、わざと続いたり離れたり、切れたり合ったりして見せる、怪物のように思われたのだそうです。兄さんはもうちっとで、盤面をめちゃめちゃに掻き乱して、この魔物を追払うところだったと云いました。何事も知らなかった私は、少し驚きながらも悪い事をしたと思いました。
「いや碁に限った訳じゃない」と云って兄さんは、自分の過失を許してくれました。私はその時兄さんから、兄さんの平生を聞きました。兄さんの態度は碁を中途でやめた時ですら落ちついていました。上部から見ると何の異状もない兄さんの心持は、おそらくあなた方には理解されていないかも知れません。少くともこういう私には一つの発見でした。
兄さんは書物を読んでも、理窟を考えても、飯を食っても、散歩をしても、二六時中何をしても、そこに安住する事ができないのだそうです。何をしても、こんな事をしてはいられないという気分に追いかけられるのだそうです。
「自分のしている事が、自分の目的になっていないほど苦しい事はない」と兄さんは云います。
「目的でなくっても方便になれば好いじゃないか」と私が云います。
「それは結構である。ある目的があればこそ、方便が定められるのだから」と兄さんが答えます。
兄さんの苦しむのは、兄さんが何をどうしても、それが目的にならないばかりでなく、方便にもならないと思うからです。ただ不安なのです。したがってじっとしていられないのです。兄さんは落ちついて寝ていられないから起きると云います。起きると、ただ起きていられないから歩くと云います。歩くとただ歩いていられないから走けると云います。すでに走け出した以上、どこまで行っても止まれないと云います。止まれないばかりなら好いが刻一刻と速力を増して行かなければならないと云います。その極端を想像すると恐ろしいと云います。冷汗が出るように恐ろしいと云います。怖くて怖くてたまらないと云います。
三十二
私は兄さんの説明を聞いて、驚きました。しかしそういう種類の不安を、生れてからまだ一度も経験した事のない私には、理解があっても同情は伴いませんでした。私は頭痛を知らない人が、割れるような痛みを訴えられた時の気分で、兄さんの話に耳を傾けていました。私はしばらく考えました。考えているうちに、人間の運命というものが朧気ながら眼の前に浮かんで来ました。私は兄さんのために好い慰藉を見出したと思いました。
「君のいうような不安は、人間全体の不安で、何も君一人だけが苦しんでいるのじゃないと覚ればそれまでじゃないか。つまりそう流転して行くのが我々の運命なんだから」
私のこの言葉はぼんやりしているばかりでなく、すこぶる不快に生温るいものでありました。鋭い兄さんの眼から出る軽侮の一瞥と共に葬られなければなりませんでした。兄さんはこう云うのです。
「人間の不安は科学の発展から来る。進んで止まる事を知らない科学は、かつて我々に止まる事を許してくれた事がない。徒歩から俥、俥から馬車、馬車から汽車、汽車から自動車、それから航空船、それから飛行機と、どこまで行っても休ませてくれない。どこまで伴れて行かれるか分らない。実に恐ろしい」
「そりゃ恐ろしい」と私も云いました。
兄さんは笑いました。
「君の恐ろしいというのは、恐ろしいという言葉を使っても差支えないという意味だろう。実際恐ろしいんじゃないだろう。つまり頭の恐ろしさに過ぎないんだろう。僕のは違う。僕のは心臓の恐ろしさだ。脈を打つ活きた恐ろしさだ」
私は兄さんの言葉に一毫も虚偽の分子の交っていない事を保証します。しかし兄さんの恐ろしさを自分の舌で甞めて見る事はとてもできません。
「すべての人の運命なら、君一人そう恐ろしがる必要がない」と私は云いました。
「必要がなくても事実がある」と兄さんは答えました。その上下のような事も云いました。
「人間全体が幾世紀かの後に到着すべき運命を、僕は僕一人で僕一代のうちに経過しなければならないから恐ろしい。一代のうちならまだしもだが、十年間でも、一年間でも、縮めて云えば一カ月間乃至一週間でも、依然として同じ運命を経過しなければならないから恐ろしい。君は嘘かと思うかも知れないが、僕の生活のどこをどんな断片に切って見ても、たといその断片の長さが一時間だろうと三十分だろうと、それがきっと同じ運命を経過しつつあるから恐ろしい。要するに僕は人間全体の不安を、自分一人に集めて、そのまた不安を、一刻一分の短時間に煮つめた恐ろしさを経験している」
「それはいけない。もっと気を楽にしなくっちゃ」
「いけないぐらいは自分にも好く解っている」
私は兄さんの前で黙って煙草を吹かしていました。私は心のうちで、どうかして兄さんをこの苦痛から救い出して上げたいと念じました。私はすべてその他の事を忘れました。今までじっと私の顔を見守っていた兄さんは、その時突然「君の方が僕より偉い」と云いました。私は思想の上において、兄さんこそ私に優れていると感じている際でしたから、この賛辞に対して嬉しいともありがたいとも思う気は起りませんでした。私はやはり黙って煙草を吹かしていました。兄さんはだんだん落ちついて来ました。それから二人とも一つ蚊帳に這入って寝ました。
三十三
翌日も我々は同じ所に泊っていました。朝起き抜けに浜辺を歩いた時、兄さんは眠っているような深い海を眺めて、「海もこう静かだと好いね」と喜びました。近頃の兄さんは何でも動かないものが懐かしいのだそうです。その意味で水よりも山が気に入るのでした。気に入ると云っても、普通の人間が自然を楽しむ時の心持とは少し違うようです。それは下に挙げる兄さんの言葉で御解りになるでしょう。
「こうして髭を生やしたり、洋服を着たり、シガーを銜えたりするところは上部から見ると、いかにも一人前の紳士らしいが、実際僕の心は宿なしの乞食みたように朝から晩までうろうろしている。二六時中不安に追いかけられている。情ないほど落ちつけない。しまいには世の中で自分ほど修養のできていない気の毒な人間はあるまいと思う。そういう時に、電車の中やなにかで、ふと眼を上げて向う側を見ると、いかにも苦のなさそうな顔に出っ食わす事がある。自分の眼が、ひとたびその邪念の萌さないぽかんとした顔に注ぐ瞬間に、僕はしみじみ嬉しいという刺戟を総身に受ける。僕の心は旱魃に枯れかかった稲の穂が膏雨を得たように蘇える。同時にその顔――何も考えていない、全く落ちつき払ったその顔が、大変気高く見える。眼が下っていても、鼻が低くっても、雑作はどうあろうとも、非常に気高く見える。僕はほとんど宗教心に近い敬虔の念をもって、その顔の前に跪ずいて感謝の意を表したくなる。自然に対する僕の態度も全く同じ事だ。昔のようにただうつくしいから玩ぶという心持は、今の僕には起る余裕がない」
兄さんはその時電車のなかで偶然見当る尊い顔の部類の中へ、私を加えました。私は思いも寄らん事だと云って辞退しました。すると兄さんは真面目な態度でこう云いました。
「君でも一日のうちに、損も得も要らない、善も悪も考えない、ただ天然のままの心を天然のまま顔に出している事が、一度や二度はあるだろう。僕の尊いというのは、その時の君の事を云うんだ。その時に限るのだ」
兄さんはこう云われても覚束なく見える私のために、具体的な証拠を示してやるというつもりか、昨夜二人が床に入る前の私を取って来てその例に引きました。兄さんはあの折談話の機でつい興奮し過ぎたと自白しました。しかし私の顔を見たときに、その激した心の調子がしだいに収まったと云うのです。私が肯おうと肯うまいと、それには頓着する必要がない、ただその時の私から好い影響を受けて、一時的にせよ苦しい不安を免かれたのだと、兄さんは断言するのです。
その時の私は前云った通りです。ただ煙草を吹かして黙っていただけです。私はその時すべての事を忘れました。独り兄さんをどうにかしてこの不安の裡から救って上げたいと念じました。けれども私の心が兄さんに通じようとは思いませんでした。また通じさせようという気は無論ありませんでした。だから何にも云わずに黙って煙草を吹かしていたのです。しかしそこに純粋な誠があったのかも知れません。兄さんはその誠を私の顔に読んだのでしょうか。
私は兄さんと砂浜の上をのそりのそりと歩きました。歩きながら考えました。兄さんは早晩宗教の門を潜って始めて落ちつける人間ではなかろうか。もっと強い言葉で同じ意味を繰り返すと、兄さんは宗教家になるために、今は苦痛を受けつつあるのではなかろうか。
三十四
「君近頃神というものについて考えた事はないか」
私はしまいにこういう質問を兄さんにかけました。私がここでとくに「近頃」と断ったのは、書生時代の古い回想から来たものであります。その時分は二人共まだ考えの纏まらない青二才でしたが、それでも私は思索に耽り勝な兄さんと、よく神の存在について云々したものであります。ついでだから申しますが、兄さんの頭はその時分から少しほかの人とは変っていました。兄さんは浮々と散歩をしていて、ふと自分が今歩いていたなという事実に気がつくと、さあそれが解すべからざる問題になって、考えずにはいられなくなるのでした。歩こうと思えば歩くのが自分に違ないが、その歩こうと思う心と、歩く力とは、はたしてどこから不意に湧いて出るか、それが兄さんには大いなる疑問になるのでした。
二人はそんな事から神とか第一原因とかいう言葉をよく使いました。今から考えると解らずに使ったのでした。しかし口の先で使い慣れた結果、しまいには神もいつか陳腐になりました。それから二人とも申し合せたように黙りました。黙ってから何年目になるでしょう。私は静かな夏の朝の、海という深い色を沈める大きな器の前に立って、兄さんと相対しつつ、再び神という言葉を口にしたのであります。
しかし兄さんはその言葉を全く忘れていました。思い出す気色さえありませんでした。私の質問に対する返事としては、ただ微かな苦笑があの皮肉な唇の端を横切っただけでした。
私は兄さんのこの態度で辟易するほどに臆病ではありませんでした。また思う事を云い終せずに引込むほど疎い間柄でもありませんでした。私は一歩前へ進みました。
「どこの馬の骨だか分らない人間の顔を見てさえ、時々ありがたいという気が起るなら、円満な神の姿を束の間も離れずに拝んでいられる場合には、何百倍幸福になるか知れないじゃないか」
「そんな意味のない口先だけの論理が何の役に立つものかね。そんなら神を僕の前に連れて来て見せてくれるが好い」
兄さんの調子にも兄さんの眉間にも自烈たそうなものが顫動していました。兄さんは突然足下にある小石を取って二三間波打際の方に馳け出しました。そうしてそれを遥の海の中へ投げ込みました。海は静かにその小石を受け取りました。兄さんは手応のない努力に、憤りを起す人のように、二度も三度も同じ所作を繰返しました。兄さんは磯へ打ち上げられた昆布だか若布だか、名も知れない海藻の間を構わず駈け廻りました。それからまた私の立って見ている所へ帰って来ました。
「僕は死んだ神より生きた人間の方が好きだ」
兄さんはこう云うのです。そうして苦しそうに呼息をはずませていました。私は兄さんを連れて、またそろそろ宿の方へ引き返しました。
「車夫でも、立ん坊でも、泥棒でも、僕がありがたいと思う刹那の顔、すなわち神じゃないか。山でも川でも海でも、僕が崇高だと感ずる瞬間の自然、取りも直さず神じゃないか。そのほかにどんな神がある」
兄さんからこう論じかけられた私は、ただ「なるほど」と答えるだけでした。兄さんはその時は物足りない顔をします。しかし後になるとやっぱり私に感心したような素振を見せます。実を云うと、私の方が兄さんにやり込められて感心するだけなのですが。
三十五