行人

5話 行人(5)

7,872字 約16分 1999年6月13日 公開

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 こんな悲酸(ひさん)な退院を余儀なくされる患者があるかと思うと、毎日子供を負ぶって、廊下だの物見台だの他人(ひと)の室(へや)だのを、ぶらぶら廻って歩く呑気(のんき)な男もあった。

「まるで病院を娯楽場のように思ってるんだね」

「第一(だいち)どっちが病人なんだろう」

 自分達はおかしくもありまた不思議でもあった。看護婦に聞くと、負ぶっているのは叔父で、負ぶさっているのは甥(おい)であった。この甥が入院当時骨と皮ばかりに瘠(や)せていたのを叔父の丹精(たんせい)一つでこのくらい肥(ふと)ったのだそうである。叔父の商売はめりやす屋だとか云った。いずれにしても金に困らない人なのだろう。

 三沢の一軒おいて隣にはまた変な患者がいた。手提鞄(てさげかばん)などを提(さ)げて、普通の人間の如く平気で出歩いた。時には病院を空(あ)ける事さえあった。帰って来ると素(す)っ裸体(ぱだか)になって、病院の飯を旨(うま)そうに食った。そうして昨日(きのう)はちょっと神戸まで行って来ましたなどと澄ましていた。

 岐阜からわざわざ本願寺参りに京都まで出て来たついでに、夫婦共この病院に這入(はい)ったなり動かないのもいた。その夫婦ものの室の床(とこ)には後光(ごこう)の射した阿弥陀様(あみださま)の軸がかけてあった。二人差向いで気楽そうに碁(ご)を打っている事もあった。それでも細君に聞くと、この春餅(もち)を食った時、血を猪口(ちょく)に一杯半ほど吐いたから伴(つ)れて来たのだともったいらしく云って聞かせた。

「あの女」の看護婦は依然として入口の柱に靠(もた)れて、わが膝(ひざ)を両手で抱いている事が多かった。こっちの看護婦はそれをまた器量を鼻へかけて、わざわざあんな人の眼に着く所へ出るのだと評していた。自分は「まさか」と云って弁護する事もあった。けれども「あの女」とその美しい看護婦との関係は、冷淡さ加減の程度において、当初もその時もあまり変りがないように見えた。自分は器量好しが二人寄って、我知らず互に嫉(にく)み合うのだろうと説明した。三沢は、そうじゃない、大阪の看護婦は気位が高いから、芸者などを眼下(がんか)に見て、始めから相手にならないんだ、それが冷淡の原因に違ないと主張した。こう主張しながらも彼は別にこの看護婦を悪(にく)む様子はなかった。自分もこの女に対してさほど厭な感じはもっていなかった。醜い三沢の付添いは「本間(ほんま)に器量の好(え)いものは徳やな」と云った風の、自分達には変に響く言葉を使って、二人を笑わせた。

 こんな周囲に取り囲まれた三沢は、身体の回復するに従って、「あの女」に対する興味を日に増し加えて行くように見えた。自分がやむをえず興味という妙な熟字をここに用いるのは、彼の態度が恋愛でもなければ、また全くの親切でもなく、興味の二字で現すよりほかに、適切な文字がちょっと見当らないからである。

 始めて「あの女」を控室で見たときは、自分の興味も三沢に譲らないくらい鋭かった。けれども彼から「あの女」の話を聞かされるや否や、主客(しゅかく)の別はすでについてしまった。それからと云うもの、「あの女」の噂(うわさ)が出るたびに、彼はいつでも先輩の態度を取って自分に向った。自分も一時は彼に釣り込まれて、当初の興味がだんだん研(と)ぎ澄(す)まされて行くような気分になった。けれども客の位置に据(す)えられた自分はそれほど長く興味の高潮(こうちょう)を保ち得なかった。

        二十六

 自分の興味が強くなった頃、彼の興味は自分より一層強くなった。自分の興味がやや衰えかけると、彼の興味はますます強くなって来た。彼は元来がぶっきらぼうの男だけれども、胸の奥には人一倍優(やさ)しい感情をもっていた。そうして何か事があると急に熱する癖があった。

 自分はすでに院内をぶらぶらするほどに回復した彼が、なぜ「あの女」の室(へや)へ入り込まないかを不審に思った。彼はけっして自分のような羞恥家(はにかみや)ではなかった。同情の言葉をかけに、一遍会った「あの女」の病室へ見舞に行くぐらいの事は、彼の性質から見て何でもなかった。自分は「そんなにあの女が気になるなら、直(じか)に行って、会って慰めてやれば好いじゃないか」とまで云った。彼は「うん、実は行きたいのだが……」と渋(しぶ)っていた。実際これは彼の平生にも似合わない挨拶(あいさつ)であった。そうしてその意味は解らなかった。解らなかったけれども、本当は彼の行かない方が、自分の希望であった。

 ある時自分は「あの女」の看護婦から――自分とこの美しい看護婦とはいつの間にか口を利(き)くようになっていた。もっともそれは彼女が例の柱に倚(よ)りかかって、その前を通る自分の顔を見上げるときに、時候の挨拶を取換(とりか)わすぐらいな程度に過ぎなかったけれども、――とにかくこの美しい看護婦から自分は運勢早見(うんせいはやみ)なんとかいう、玩具(おもちゃ)の占(うらな)いの本みたようなものを借りて、三沢の室でそれをやって遊んだ。

 これは赤と黒と両面に塗り分けた碁石(ごいし)のような丸く平たいものをいくつか持って、それを眼を眠(ねむ)ったまま畳の上へ並べて置いて、赤がいくつ黒がいくつと後から勘定(かんじょう)するのである。それからその数字を一つは横へ、一つは竪(たて)に繰って、両方が一点に会(かい)したところを本で引いて見ると、辻占(つじうら)のような文句が出る事になっていた。

 自分が眼を閉じて、石を一つ一つ畳の上に置いたとき、看護婦は赤がいくつ黒がいくつと云いながら占(うらな)いの文句を繰ってくれた。すると、「この恋もし成就(じょうじゅ)する時は、大いに恥を掻(か)く事あるべし」とあったので、彼女は読みながら吹き出した。三沢も笑った。

「おい気をつけなくっちゃいけないぜ」と云った。三沢はその前から「あの女」の看護婦に自分が御辞儀(おじぎ)をするところが変だと云って、始終(しじゅう)自分に調戯(からか)っていたのである。

「君こそ少し気をつけるが好い」と自分は三沢に竹箆返(しっぺいがえ)しを喰わしてやった。すると三沢は真面目(まじめ)な顔をして「なぜ」と反問して来た。この場合この強情な男にこれ以上いうと、事が面倒になるから自分は黙っていた。

 実際自分は三沢が「あの女」の室(へや)へ出入(でいり)する気色(けしき)のないのを不審に思っていたが一方ではまた彼の熱しやすい性質を考えて、今まではとにかく、これから先彼がいつどう変返(へんがえ)るかも知れないと心配した。彼はすでに下の洗面所まで行って、朝ごとに顔を洗うぐらいの気力を回復していた。

「どうだもう好い加減に退院したら」

 自分はこう勧めて見た。そうして万一金銭上の関係で退院を躊躇(ちゅうちょ)するようすが見えたら、彼が自宅から取り寄せる手間(てま)と時間を省(はぶ)くため、自分が思い切って一つ岡田に相談して見ようとまで思った。三沢は自分の云う事には何の返事も与えなかった。かえって反対に「いったい君はいつ大阪を立つつもりだ」と聞いた。

        二十七

 自分は二日前に天下茶屋(てんがちゃや)のお兼さんから不意の訪問を受けた。その結果としてこの間岡田が電話口で自分に話しかけた言葉の意味をようやく知った。だから自分はこの時すでに一週間内に自分を驚かして見せるといった彼の予言のために縛(しば)られていた。三沢の病気、美しい看護婦の顔、声も姿も見えない若い芸者と、その人の一時折合っている蒲団(ふとん)の上の狭い生活、――自分は単にそれらばかりで大阪にぐずついているのではなかった。詩人の好きな言語を借りて云えば、ある予言の実現を期待しつつ暑い宿屋に泊っていたのである。

「僕にはそういう事情があるんだから、もう少しここに待っていなければならないのだ」と自分はおとなしく三沢に答えた。すると三沢は多少残念そうな顔をした。

「じゃいっしょに海辺(かいへん)へ行って静養する訳にも行かないな」

 三沢は変な男であった。こっちが大事がってやる間は、向うでいつでも跳(は)ね返すし、こっちが退(の)こうとすると、急にまた他(ひと)の袂(たもと)を捕(つら)まえて放さないし、と云った風に気分の出入(でいり)が著(いちじ)るしく眼に立った。彼と自分との交際は従来いつでもこういう消長を繰返しつつ今日(こんにち)に至ったのである。

「海岸へいっしょに行くつもりででもあったのか」と自分は念を押して見た。

「無いでもなかった」と彼は遠くの海岸を眼の中に思い浮かべるような風をして答えた。この時の彼の眼には、実際「あの女」も「あの女」の看護婦もなく、ただ自分という友達があるだけのように見えた。

 自分はその日快よく三沢に別れて宿へ帰った。しかし帰り路に、その快よく別れる前の不愉快さも考えた。自分は彼に病院を出ろと勧めた、彼は自分にいつまで大阪にいるのだと尋ねた。上部(うわべ)にあらわれた言葉のやりとりはただこれだけに過ぎなかった。しかし三沢も自分もそこに変な苦(にが)い意味を味わった。

 自分の「あの女」に対する興味は衰えたけれども自分はどうしても三沢と「あの女」とをそう懇意にしたくなかった。三沢もまた、あの美しい看護婦をどうする了簡(りょうけん)もない癖に、自分だけがだんだん彼女(かのじょ)に近づいて行くのを見て、平気でいる訳には行かなかった。そこに自分達の心づかない暗闘があった。そこに持って生れた人間のわがままと嫉妬(しっと)があった。そこに調和にも衝突にも発展し得ない、中心を欠いた興味があった。要するにそこには性(せい)の争いがあったのである。そうして両方共それを露骨に云う事ができなかったのである。

 自分は歩きながら自分の卑怯(ひきょう)を恥じた。同時に三沢の卑怯を悪(にく)んだ。けれどもあさましい人間である以上、これから先何年交際(まじわり)を重ねても、この卑怯を抜く事はとうていできないんだという自覚があった。自分はその時非常に心細くなった。かつ悲しくなった。

 自分はその明日(あした)病院へ行って三沢の顔を見るや否や、「もう退院は勧めない」と断った。自分は手を突いて彼の前に自分の罪を詫(わ)びる心持でこう云ったのである。すると三沢は「いや僕もそうぐずぐずしてはいられない。君の忠告に従っていよいよ出る事にした」と答えた。彼は今朝院長から退院の許可を得た旨(むね)を話して、「あまり動くと悪いそうだから寝台で東京まで直行する事にした」と告げた。自分はその突然なのに驚いた。

        二十八

「どうしてまたそう急に退院する気になったのか」

 自分はこう聞いて見ないではいられなかった。三沢は自分の問に答える前にじっと自分の顔を見た。自分はわが顔を通して、わが心を読まれるような気がした。

「別段これという訳もないが、もう出る方が好かろうと思って……」

 三沢はこれぎり何にも云わなかった。自分も黙っているよりほかに仕方がなかった。二人はいつもより沈んで相対していた。看護婦はすでに帰った後(あと)なので、室(へや)の中はことに淋(さみ)しかった。今まで蒲団(ふとん)の上に胡坐(あぐら)をかいていた彼は急に倒れるように仰向(あおむき)に寝た。そうして上眼(うわめ)を使って窓の外を見た。外にはいつものように色の強い青空が、ぎらぎらする太陽の熱を一面に漲(みなぎ)らしていた。

「おい君」と彼はやがて云った。「よく君の話す例の男ね。あの男は金を持っていないかね」

 自分は固(もと)より岡田の経済事情を知ろうはずがなかった。あの始末屋(しまつや)の御兼さんの事を考えると、金という言葉を口から出すのも厭(いや)だった。けれどもいざ三沢の出院となれば、そのくらいな手数(てかず)は厭(いと)うまいと、昨日(きのう)すでに覚悟をきめたところであった。

「節倹家だから少しは持ってるだろう」

「少しで好いから借りて来てくれ」

 自分は彼が退院するについて会計へ払う入院料に困るのだと思った。それでどのくらい不足なのかを確めた。ところが事実は案外であった。

「ここの払と東京へ帰る旅費ぐらいはどうかこうか持っているんだ。それだけなら何も君を煩(わずら)わす必要はない」

 彼は大した物持(ものもち)の家に生れた果報者でもなかったけれども、自分が一人息子だけに、こういう点にかけると、自分達よりよほど自由が利(き)いた。その上母や親類のものから京都で買物を頼まれたのを、新しい道伴(みちづれ)ができたためつい大阪まで乗り越して、いまだに手を着けない金が余っていたのである。

「じゃただ用心のために持って行こうと云うんだね」

「いや」と彼は急に云った。

「じゃどうするんだ」と自分は問いつめた。

「どうしても僕の勝手だ。ただ借りてくれさえすれば好いんだ」

 自分はまた腹が立った。彼は自分をまるで他人扱いにしているのである。自分は憤(むっ)として黙っていた。

「怒っちゃいけない」と彼が云った。「隠すんじゃない、君に関係のない事を、わざと吹聴(ふいちょう)するように見えるのが厭だから、知らせずにおこうと思っただけだから」

 自分はまだ黙っていた。彼は寝ながら自分の顔を見上げていた。

「そんなら話すがね」と彼が云い出した。

「僕はまだあの女を見舞ってやらない。向(むこう)でもそんな事は待ち受けてやしないだろうし、僕も必ず見舞に行かなければならないほどの義理はない。が、僕は何だかあの女の病気を危険にした本人だという自覚がどうしても退(の)かない。それでどっちが先へ退院するにしても、その間際(まぎわ)に一度会っておきたいと始終(しじゅう)思っていた。見舞じゃない、詫(あや)まるためにだよ。気の毒な事をしたと一口詫まればそれで好いんだ。けれどもただ詫まる訳にも行かないから、それで君に頼んで見たのだ。しかし君の方の都合が悪ければ強いてそうして貰わないでもどうかなるだろう。宅(うち)へ電報でもかけたら」

        二十九

 自分は行(ゆき)がかり上(じょう)一応岡田に当って見る必要があった。宅(うち)へ電報を打つという三沢をちょっと待たして、ふらりと病院の門を出た。岡田の勤めている会社は、三沢の室(へや)とは反対の方向にあるので、彼の窓から眺(なが)める訳には行かないけれども、道程(みちのり)からいうといくらもなかった。それでも暑いので歩いて行くうちに汗が背中を濡(ぬ)らすほど出た。

 彼は自分の顔を見るや否や、さも久しぶりに会った人らしく「やっしばらく」と叫ぶように云った。そうしてこれまでたびたび電話で繰り返した挨拶(あいさつ)をまた新しくまのあたり述べた。

 自分と岡田とは今でこそ少し改まった言葉使もするが、昔を云えば、何の遠慮もない間柄であった。その頃は金も少しは彼のために融通してやった覚(おぼえ)がある。自分は勇気を鼓舞(こぶ)するために、わざとその当時の記憶を呼起してかかった。何にも知らない彼は、立ちながら元気な声を出して、「どうです二郎さん、僕の予言は」と云った。「どうかこうか一週間うちにあなたを驚かす事ができそうじゃありませんか」

 自分は思い切って、まず肝心(かんじん)の用事を話した。彼は案外な顔をして聞いていたが、聞いてしまうとすぐ、「ようがす、そのくらいならどうでもします」と容易に引き受けてくれた。

 彼は固(もと)よりその隠袋(ポッケット)の中(うち)に入用(いりよう)の金を持っていなかった。「明日(あした)でも好いんでしょう」と聞いた。自分はまた思い切って、「できるなら今日中(きょうじゅう)に欲しいんだ」と強いた。彼はちょっと当惑したように見えた。

「じゃ仕方がない迷惑でしょうけれども、手紙を書きますから、宅(うち)へ持って行ってお兼に渡して下さいませんか」

 自分はこの事件についてお兼さんと直接の交渉はなるべく避けたかったけれども、この場合やむをえなかったので、岡田の手紙を懐(ふところ)へ入れて、天下茶屋へ行った。お兼さんは自分の声を聞くや否や上り口まで馳(か)け出して来て、「この御暑いのによくまあ」と驚いてくれた。そうして、「さあどうぞ」を二三返繰返したが、自分は立ったまま「少し急ぎますから」と断って、岡田の手紙を渡した。お兼さんは上り口に両膝(りょうひざ)を突いたなり封を切った。

「どうもわざわざ恐れ入りましたね。それではすぐ御伴をして参りますから」とすぐ奥へ入った。奥では用箪笥(ようだんす)の環(かん)の鳴る音がした。

 自分はお兼さんと電車の終点までいっしょに乗って来てそこで別れた。「では後(のち)ほど」と云いながらお兼さんは洋傘(こうもり)を開いた。自分はまた俥(くるま)を急がして病院へ帰った。顔を洗ったり、身体(からだ)を拭いたり、しばらく三沢と話しているうちに、自分は待ち設けた通りお兼さんから病院の玄関まで呼び出された。お兼さんは帯の間にある銀行の帳面を抜いて、そこに挟(はさ)んであった札(さつ)を自分の手の上に乗せた。

「ではどうぞちょっと御改ためなすって」

 自分は形式的にそれを勘定した上、「確(たしか)に。――どうもとんだ御手数(おてかず)をかけました。御暑いところを」と礼を述べた。実際急いだと見えてお兼さんは富士額の両脇を、細かい汗の玉でじっとりと濡(ぬ)らしていた。

「どうです、ちっと上って涼んでいらしったら」

「いいえ今日(こんにち)は急ぎますから、これで御免(ごめん)を蒙(こうむ)ります。御病人へどうぞよろしく。――でも結構でございましたね、早く御退院になれて。一時は宅でも大層心配致しまして、よく電話で御様子を伺ったとか申しておりましたが」

 お兼さんはこんな愛想(あいそ)を云いながら、また例のクリーム色の洋傘(こうもり)を開いて帰って行った。

        三十

 自分は少し急(せ)き込んでいた。紙幣(しへい)を握ったまま段々を馳(か)け上るように三階まで来た。三沢は平生よりは落ちついていなかった。今火を点(つ)けたばかりの巻煙草(まきたばこ)をいきなり灰吹(はいふき)の中に放り込んで、ありがとうともいわずに、自分の手から金を受取った。自分は渡した金の高を注意して、「好いか」と聞いた。それでも彼はただうんと云っただけである。

 彼はじっと「あの女」の室(へや)の方を見つめた。時間の具合で、見舞に来たものの草履(ぞうり)は一足も廊下の端(はじ)に脱ぎ棄(す)ててなかった。平生から静過ぎる室の中は、ことに寂寞としていた。例の美くしい看護婦は相変らず角の柱に倚(よ)りかかって、産婆学の本か何か読んでいた。

「あの女は寝ているのかしら」

 彼は「あの女」の室(へや)へ入るべき好機会を見出しながら、かえってその眠を妨(さまた)げるのを恐れるように見えた。

「寝ているかも知れない」と自分も思った。

 しばらくして三沢は小さな声で「あの看護婦に都合を聞いて貰おうか」と云い出した。彼はまだこの看護婦に口を利(き)いた事がないというので、自分がその役を引受けなければならなかった。

 看護婦は驚いたようなまたおかしいような顔をして自分を見た。けれどもすぐ自分の真面目な態度を認めて、室の中へ入って行った。かと思うと、二分と経(た)たないうちに笑いながらまた出て来た。そうして今ちょうど気分の好いところだからお目にかかれるという患者の承諾をもたらした。三沢は黙って立ち上った。

 彼は自分の顔も見ず、また看護婦の顔も見ず、黙って立ったなり、すっと「あの女」の室の中へ姿を隠した。自分は元の座に坐(すわ)って、ぼんやりその後影(うしろかげ)を見送った。彼の姿が見えなくなってもやはり空(くう)に同じ所を見つめていた。冷淡なのは看護婦であった。ちょっと侮蔑(あなどり)の微笑(びしょう)を唇(くちびる)の上に漂(ただよ)わせて自分を見たが、それなり元の通り柱に背を倚(よ)せて、黙って読みかけた書物をまた膝(ひざ)の上にひろげ始めた。

 室の中は三沢の入った後も彼の入らない前も同じように静(しずか)であった。話し声などは無論聞こえなかった。看護婦は時々不意に眼を上げて室の奥の方を見た。けれども自分には何の相図(あいず)もせずに、すぐその眼を頁(ページ)の上に落した。

 自分はこの三階の宵(よい)の間(ま)に虫の音らしい涼しさを聴(き)いた例(ためし)はあるが、昼のうちにやかましい蝉(せみ)の声はついぞ自分の耳に届いた事がない。自分のたった一人で坐っている病室はその時明かな太陽の光を受けながら、真夜中よりもなお静かであった。自分はこの死んだような静かさのために、かえって神経を焦(い)らつかせて、「あの女」の室から三沢の出るのを待ちかねた。

 やがて三沢はのっそりと出て来た。室の敷居を跨(また)ぐ時、微笑しながら「御邪魔さま。大勉強だね」と看護婦に挨拶(あいさつ)する言葉だけが自分の耳に入った。

 彼は上草履(うわぞうり)の音をわざとらしく高く鳴らして、自分の室に入るや否や、「やっと済んだ」と云った。自分は「どうだった」と聞いた。

「やっと済んだ。これでもう出ても好い」

 三沢は同じ言葉を繰返すだけで、その他には何にも云わなかった。自分もそれ以上は聞き得なかった。ともかくも退院の手続を早くする方が便利だと思って、そこらに散らばっているものを片づけ始めた。三沢も固(もと)よりじっとしてはいなかった。

        三十一

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