6話 行人(6)
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二人は俥を雇って病院を出た。先へ梶棒を上げた三沢の車夫が余り威勢よく馳けるので、自分は大きな声でそれを留めようとした。三沢は後を振り向いて、手を振った。「大丈夫、大丈夫」と云うらしく聞こえたから、自分もそれなりにして注意はしなかった。宿へ着いたとき、彼は川縁の欄干に両手を置いて、眼の下の広い流をじっと眺めていた。
「どうした。心持でも悪いか」と自分は後から聞いた。彼は後を向かなかった。けれども「いいや」と答えた。「ここへ来てこの河を見るまでこの室の事をまるで忘れていた」
そういって、彼は依然として流れに向っていた。自分は彼をそのままにして、麻の座蒲団の上に胡坐をかいた。それでも待遠しいので、やがて袂から敷島の袋を出して、煙草を吸い始めた。その煙草が三分の一煙になった頃、三沢はようやく手摺を離れて自分の前へ来て坐った。
「病院で暮らしたのも、つい昨日今日のようだが、考えて見ると、もうだいぶんになるんだね」と云って指を折りながら、日数を勘定し出した。
「三階の光景が当分眼を離れないだろう」と自分は彼の顔を見た。
「思いも寄らない経験をした。これも何かの因縁だろう」と三沢も自分の顔を見た。
彼は手を叩いて、下女を呼んで今夜の急行列車の寝台を注文した。それから時計を出して、食事を済ました後、時間にどのくらい余裕があるかを見た。窮屈に馴れない二人はやがて転りと横になった。
「あの女は癒りそうなのか」
「そうさな。事によると癒るかも知れないが……」
下女が誂えた水菓子を鉢に盛って、梯子段を上って来たので、「あの女」の話はこれで切れてしまった。自分は寝転んだまま、水菓子を食った。その間彼はただ自分の口の辺を見るばかりで、何事も云わなかった。しまいにさも病人らしい調子で、「おれも食いたいな」と一言云った。先刻から浮かない様子を見ていた自分は、「構うものか、食うが好い。食え食え」と勧めた。三沢は幸いにして自分が氷菓子を食わせまいとしたあの日の出来事を忘れていた。彼はただ苦笑いをして横を向いた。
「いくら好だって、悪いと知りながら、無理に食わせられて、あの女のようになっちゃ大変だからな」
彼は先刻から「あの女」の事を考えているらしかった。彼は今でも「あの女」の事を考えているとしか思われなかった。
「あの女は君を覚えていたかい」
「覚えているさ。この間会って、僕から無理に酒を呑まされたばかりだもの」
「恨んでいたろう」
今まで横を向いてそっぽへ口を利いていた三沢は、この時急に顔を向け直してきっと正面から自分を見た。その変化に気のついた自分はすぐ真面目な顔をした。けれども彼があの女の室に入った時、二人の間にどんな談話が交換されたかについて、彼はついに何事をも語らなかった。
「あの女はことによると死ぬかも知れない。死ねばもう会う機会はない。万一癒るとしても、やっぱり会う機会はなかろう。妙なものだね。人間の離合というと大袈裟だが。それに僕から見れば実際離合の感があるんだからな。あの女は今夜僕の東京へ帰る事を知って、笑いながら御機嫌ようと云った。僕はその淋しい笑を、今夜何だか汽車の中で夢に見そうだ」
三十二
三沢はただこう云った。そうして夢に見ない先からすでに「あの女」の淋しい笑い顔を眼の前に浮べているように見えた。三沢に感傷的のところがあるのは自分もよく承知していたが、単にあれだけの関係で、これほどあの女に動かされるのは不審であった。自分は三沢と「あの女」が別れる時、どんな話をしたか、詳しく聞いて見ようと思って、少し水を向けかけたが、何の効果もなかった。しかも彼の態度が惜しいものを半分他に配けてやると、半分無くなるから厭だという風に見えたので、自分はますます変な気持がした。
「そろそろ出かけようか。夜の急行は込むから」ととうとう自分の方で三沢を促がすようになった。
「まだ早い」と三沢は時計を見せた。なるほど汽車の出るまでにはまだ二時間ばかり余っていた。もう「あの女」の事は聞くまいと決心した自分は、なるべく病院の名前を口へ出さずに、寝転びながら彼と通り一遍の世間話を始めた。彼はその時人並の受け答をした。けれどもどこか調子に乗らないところがあるので、何となく不愉快そうに見えた。それでも席は動かなかった。そうしてしまいには黙って河の流ればかり眺めていた。
「まだ考えている」と自分は大きな声を出してわざと叫んだ。三沢は驚いて自分を見た。彼はこういう場合にきっと、御前はヴァルガーだと云う眼つきをして、一瞥の侮辱を自分に与えなければ承知しなかったが、この時に限ってそんな様子はちっとも見せなかった。
「うん考えている」と軽く云った。「君に打ち明けようか、打ち明けまいかと迷っていたところだ」と云った。
自分はその時彼から妙な話を聞いた。そうしてその話が直接「あの女」と何の関係もなかったのでなおさら意外の感に打たれた。
今から五六年前彼の父がある知人の娘を同じくある知人の家に嫁らした事があった。不幸にもその娘さんはある纏綿した事情のために、一年経つか経たないうちに、夫の家を出る事になった。けれどもそこにもまた複雑な事情があって、すぐわが家に引取られて行く訳に行かなかった。それで三沢の父が仲人という義理合から当分この娘さんを預かる事になった。――三沢はいったん嫁いで出て来た女を娘さん娘さんと云った。
「その娘さんは余り心配したためだろう、少し精神に異状を呈していた。それは宅へ来る前か、あるいは来てからかよく分らないが、とにかく宅のものが気がついたのは来てから少し経ってからだ。固より精神に異状を呈しているには相違なかろうが、ちょっと見たって少しも分らない。ただ黙って欝ぎ込んでいるだけなんだから。ところがその娘さんが……」
三沢はここまで来て少し躊躇した。
「その娘さんがおかしな話をするようだけれども、僕が外出するときっと玄関まで送って出る。いくら隠れて出ようとしてもきっと送って出る。そうして必ず、早く帰って来てちょうだいねと云う。僕がええ早く帰りますからおとなしくして待っていらっしゃいと返事をすれば合点合点をする。もし黙っていると、早く帰って来てちょうだいね、ね、と何度でも繰返す。僕は宅のものに対してきまりが悪くってしようがなかった。けれどもまたこの娘さんが不憫でたまらなかった。だから外出してもなるべく早く帰るように心がけていた。帰るとその人の傍へ行って、立ったままただいまと一言必ず云う事にしていた」
三沢はそこへ来てまた時計を見た。
「まだ時間はあるね」と云った。
三十三
その時自分はこれぎりでその娘さんの話を止められてはと思った。幸いに時間がまだだいぶあったので、自分の方から何とも云わない先に彼はまた語り続けた。
「宅のものがその娘さんの精神に異状があるという事を明かに認め出してからはまだよかったが、知らないうちは今云った通り僕もその娘さんの露骨なのにずいぶん弱らせられた。父や母は苦い顔をする。台所のものはないしょでくすくす笑う。僕は仕方がないから、その娘さんが僕を送って玄関まで来た時、烈しく怒りつけてやろうかと思って、二三度後を振り返って見たが、顔を合せるや否や、怒るどころか、邪慳な言葉などは可哀そうでとても口から出せなくなってしまった。その娘さんは蒼い色の美人だった。そうして黒い眉毛と黒い大きな眸をもっていた。その黒い眸は始終遠くの方の夢を眺ているように恍惚と潤って、そこに何だか便のなさそうな憐を漂よわせていた。僕が怒ろうと思ってふり向くと、その娘さんは玄関に膝を突いたなりあたかも自分の孤独を訴えるように、その黒い眸を僕に向けた。僕はそのたびに娘さんから、こうして活きていてもたった一人で淋しくってたまらないから、どうぞ助けて下さいと袖に縋られるように感じた。――その眼がだよ。その黒い大きな眸が僕にそう訴えるのだよ」
「君に惚れたのかな」と自分は三沢に聞きたくなった。
「それがさ。病人の事だから恋愛なんだか病気なんだか、誰にも解るはずがないさ」と三沢は答えた。
「色情狂っていうのは、そんなもんじゃないのかな」と自分はまた三沢に聞いた。
三沢は厭な顔をした。
「色情狂と云うのは、誰にでもしなだれかかるんじゃないか。その娘さんはただ僕を玄関まで送って出て来て、早く帰って来てちょうだいねと云うだけなんだから違うよ」
「そうか」
自分のこの時の返事は全く光沢がなさ過ぎた。
「僕は病気でも何でも構わないから、その娘さんに思われたいのだ。少くとも僕の方ではそう解釈していたいのだ」と三沢は自分を見つめて云った。彼の顔面の筋肉はむしろ緊張していた。「ところが事実はどうもそうでないらしい。その娘さんの片づいた先の旦那というのが放蕩家なのか交際家なのか知らないが、何でも新婚早々たびたび家を空けたり、夜遅く帰ったりして、その娘さんの心をさんざん苛めぬいたらしい。けれどもその娘さんは一口も夫に対して自分の苦みを言わずに我慢していたのだね。その時の事が頭に祟っているから、離婚になった後でも旦那に云いたかった事を病気のせいで僕に云ったのだそうだ。――けれども僕はそう信じたくない。強いてもそうでないと信じていたい」
「それほど君はその娘さんが気に入ってたのか」と自分はまた三沢に聞いた。
「気に入るようになったのさ。病気が悪くなればなるほど」
「それから。――その娘さんは」
「死んだ。病院へ入って」
自分は黙然とした。
「君から退院を勧められた晩、僕はその娘さんの三回忌を勘定して見て、単にそのためだけでも帰りたくなった」と三沢は退院の動機を説明して聞かせた。自分はまだ黙っていた。
「ああ肝心の事を忘れた」とその時三沢が叫んだ。自分は思わず「何だ」と聞き返した。
「あの女の顔がね、実はその娘さんに好く似ているんだよ」
三沢の口元には解ったろうと云う一種の微笑が見えた。二人はそれからじきに梅田の停車場へ俥を急がした。場内は急行を待つ乗客ですでにいっぱいになっていた。二人は橋を向へ渡って上り列車を待ち合わせた。列車は十分と立たないうちに地を動かして来た。
「また会おう」
自分は「あの女」のために、また「その娘さん」のために三沢の手を固く握った。彼の姿は列車の音と共にたちまち暗中に消えた。
兄
一
自分は三沢を送った翌日また母と兄夫婦とを迎えるため同じ停車場に出かけなければならなかった。
自分から見るとほとんど想像さえつかなかったこの出来事を、始めから工夫して、とうとうそれを物にするまで漕ぎつけたものは例の岡田であった。彼は平生からよくこんな技巧を弄してその成効に誇るのが好であった。自分をわざわざ電話口へ呼び出して、そのうちきっと自分を驚かして見せると断ったのは彼である。それからほどなく、お兼さんが宿屋へ尋ねて来て、その訳を話した時には、自分も実際驚かされた。
「どうして来るんです」と自分は聞いた。
自分が東京を立つ前に、母の持っていた、ある場末の地面が、新たに電車の布設される通り路に当るとかでその前側を幾坪か買い上げられると聞いたとき、自分は母に「じゃその金でこの夏みんなを連て旅行なさい」と勧めて、「また二郎さんのお株が始まった」と笑われた事がある。母はかねてから、もし機会があったら京大阪を見たいと云っていたが、あるいはその金が手に入ったところへ、岡田からの勧誘があったため、こう大袈裟な計画になったのではなかろうか。それにしても岡田がまた何でそんな勧誘をしたものだろう。
「何という大した考えもないんでございましょう。ただ昔しお世話になった御礼に御案内でもする気なんでしょう。それにあの事もございますから」
お兼さんの「あの事」というのは例の結婚事件である。自分はいくらお貞さんが母のお気に入りだって、そのために彼女がわざわざ大阪三界まで出て来るはずがないと思った。
自分はその時すでに懐が危しくなっていた。その上後から三沢のために岡田に若干の金額を借りた。ほかの意味は別として、母と兄夫婦の来るのはこの不足填補の方便として自分には好都合であった。岡田もそれを知って快よくこちらの要るだけすぐ用立ててくれたに違いなかろうと思った。
自分は岡田夫婦といっしょに停車場に行った。三人で汽車を待ち合わしている間に岡田は、「どうです。二郎さん喫驚したでしょう」といった。自分はこれと類似の言葉を、彼から何遍も聞いているので、何とも答えなかった。お兼さんは岡田に向って、「あなたこの間から独で御得意なのね。二郎さんだって聞き飽きていらっしゃるわ。そんな事」と云いながら自分を見て「ねえあなた」と詫まるようにつけ加えた。自分はお兼さんの愛嬌のうちに、どことなく黒人らしい媚を認めて、急に返事の調子を狂わせた。お兼さんは素知らぬ風をして岡田に話しかけた。――
「奥さまもだいぶ御目にかからないから、ずいぶんお変りになったでしょうね」
「この前会った時はやっぱり元の叔母さんさ」
岡田は自分の母の事を叔母さんと云い、お兼さんは奥様というのが、自分には変に聞こえた。
「始終傍にいると、変るんだか変らないんだか分りませんよ」と自分は答えて笑っているうちに汽車が着いた。岡田は彼ら三人のために特別に宿を取っておいたとかいって、直に俥を南へ走らした。自分は空に乗った俥の上で、彼のよく人を驚かせるのに驚いた。そう云えば彼が突然上京してお兼さんを奪うように伴れて行ったのも自分を驚かした目覚ましい手柄の一つに相違なかった。
二
母の宿はさほど大きくはなかったけれども、自分の泊っている所よりはよほど上品な構であった。室には扇風器だの、唐机だの、特別にその唐机の傍に備えつけた電灯などがあった。兄はすぐそこにある電報紙へ大阪着の旨を書いて下女に渡していた。岡田はいつの間にか用意して来た三四枚の絵端書を袂の中から出して、これは叔父さん、これはお重さん、これはお貞さんと一々名宛を書いて、「さあ一口ずつ皆などうぞ」と方々へ配っていた。
自分はお貞さんの絵端書へ「おめでとう」と書いた。すると母がその後へ「病気を大事になさい」と書いたので吃驚した。
「お貞さんは病気なんですか」
「実はあの事があるので、ちょうど好い折だから、今度伴れて来ようと思って仕度までさせたところが、あいにくお腹が悪くなってね。残念な事をしましたよ」
「でも大した事じゃないのよ。もうお粥がそろそろ食べられるんだから」と嫂が傍から説明した。その嫂は父に出す絵端書を持ったまま何か考えていた。「叔父さんは風流人だから歌が好いでしょう」と岡田に勧められて、「歌なんぞできるもんですか」と断った。岡田はまたお重へ宛てたのに、「あなたの口の悪いところを聞けないのが残念だ」と細かく謹んで書いたので、兄から「将棋の駒がまだ祟ってると見えるね」と笑われていた。
絵端書が済んで、しばらく世間話をした後で、岡田とお兼さんはまた来ると云って、母や兄が止めるのも聞かずに帰って行った。
「お兼さんは本当に奥さんらしくなったね」
「宅へ仕立物を持って来た時分を考えると、まるで見違えるようだよ」
母が兄とお兼さんを評し合った言葉の裏には、己れがそれだけ年を取ったという淡い哀愁を含んでいた。
「お貞さんだって、もう直ですよお母さん」と自分は横合から口を出した。
「本当にね」と母は答えた。母は腹の中で、まだ片づく当のないお重の事でも考えているらしかった。兄は自分を顧みて、「三沢が病気だったので、どこへも行かなかったそうだね」と聞いた。自分は「ええ。とんだところへ引っかかってどこへも行かずじまいでした」と答えた。自分と兄とは常にこのくらい懸隔のある言葉で応対するのが例になっていた。これは年が少し違うのと、父が昔堅気で、長男に最上の権力を塗りつけるようにして育て上げた結果である。母もたまには自分をさんづけにして二郎さんと呼んでくれる事もあるが、これは単に兄の一郎さんのお余りに過ぎないと自分は信じていた。
みんなは話に気を取られて浴衣を着換えるのを忘れていた。兄は立って、糊の強いのを肩へ掛けながら、「どうだい」と自分を促がした。嫂は浴衣を自分に渡して、「全体あなたのお部屋はどこにあるの」と聞いた。手摺の所へ出て、鼻の先にある高い塗塀を欝陶しそうに眺めていた母は、「いい室だが少し陰気だね。二郎お前のお室もこんなかい」と聞いた。自分は母のいる傍へ行って、下を見た。下には張物板のような細長い庭に、細い竹が疎に生えて錆びた鉄灯籠が石の上に置いてあった。その石も竹も打水で皆しっとり濡れていた。
「狭いが凝ってますね。その代り僕の所のように河がありませんよ、お母さん」
「おやどこに河があるの」と母がいう後から、兄も嫂もその河の見える座敷と取換えて貰おうと云い出した。自分は自分の宿のある方角やら地理やらを説明して聞かした。そうしてひとまず帰って荷物を纏めた上またここへ来る約束をして宿を出た。
三
自分はその夕方宿の払を済まして母や兄といっしょになった。三人は少し夕飯が後れたと見えて、膳を控えたまま楊枝を使っていた。自分は彼らを散歩に連れ出そうと試みた。母は疲れたと云って応じなかった。兄は面倒らしかった。嫂だけには行きたい様子が見えた。
「今夜は御止しよ」と母が留めた。
兄は寝転びながら話をした。そうして口では大阪を知ってるような事を云った。けれどもよく聞いて見ると、知っているのは天王寺だの中の島だの千日前だのという名前ばかりで地理上の知識になると、まるで夢のように散漫極まるものであった。
もっとも「大坂城の石垣の石は実に大きかった」とか、「天王寺の塔の上へ登って下を見たら眼が眩んだ」とか断片的の光景は実際覚えているらしかった。そのうちで一番面白く自分の耳に響いたのは彼の昔泊ったという宿屋の夜の景色であった。
「細い通りの角で、欄干の所へ出ると柳が見えた。家が隙間なく並んでいる割には閑静で、窓から眺められる長い橋も画のように趣があった。その上を通る車の音も愉快に響いた。もっとも宿そのものは不親切で汚なくって困ったが……」
「いったいそれは大阪のどこなの」と嫂が聞いたが、兄は全く知らなかった。方角さえ分らないと答えた。これが兄の特色であった。彼は事件の断面を驚くばかり鮮かに覚えている代りに、場所の名や年月を全く忘れてしまう癖があった。それで彼は平気でいた。
「どこだか解らなくっちゃつまらないわね」と嫂がまた云った。兄と嫂とはこんなところでよく喰い違った。兄の機嫌の悪くない時はそれでも済むが、少しの具合で事が面倒になる例も稀ではなかった。こういう消息に通じた母は、「どこでも構わないが、それだけじゃないはずだったのにね。後を御話しよ」と云った。兄は「御母さんにも直にもつまらない事ですよ」と断って、「二郎そこの二階に泊ったとき面白いと思ったのはね」と自分に話し掛けた。自分は固より兄の話を一人で聞くべき責任を引受けた。
「どうしました」
「夜になって一寝入して眼が醒めると、明かるい月が出て、その月が青い柳を照していた。それを寝ながら見ているとね、下の方で、急にやっという掛声が聞こえた。あたりは案外静まり返っているので、その掛声がことさら強く聞こえたんだろう、おれはすぐ起きて欄干の傍まで出て下を覗いた。すると向に見える柳の下で、真裸な男が三人代る代る大な沢庵石の持ち上げ競をしていた。やっと云うのは両手へ力を入れて差し上げる時の声なんだよ。それを三人とも夢中になって熱心にやっていたが、熱心なせいか、誰も一口も物を云わない。おれは明らかな月影に黙って動く裸体の人影を見て、妙に不思議な心持がした。するとそのうちの一人が細長い天秤棒のようなものをぐるりぐるりと廻し始めた……」
「何だか水滸伝のような趣じゃありませんか」
「その時からしてがすでに縹緲たるものさ。今日になって回顧するとまるで夢のようだ」
兄はこんな事を回想するのが好であった。そうしてそれは母にも嫂にも通じない、ただ父と自分だけに解る趣であった。
「その時大阪で面白いと思ったのはただそれぎりだが、何だかそんな連想を持って来て見ると、いっこう大阪らしい気がしないね」
自分は三沢のいた病院の三階から見下される狭い綺麗な通を思い出した。そうして兄の見た棒使や力持はあんな町内にいる若い衆じゃなかろうかと想像した。
岡田夫婦は約のごとくその晩また尋ねて来た。
四