坑夫

16話 坑夫(16)

9,129字 約18分 1999年4月13日 公開

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云った。自分が案内につけられながら、他(ひと)を置き去りにして、何とかして何とか、てててててと云う唄(うた)をうたって、大いに焦(じら)して置いて、他が大迷(おおまご)つきに、迷(まご)ついて、穴の角(かど)へ頭をぶっつけて割って見ようとまで思ったあげく、やっとの事で安さんの御情(おなさけ)で出て来れば、「よく路が分ったな」と空とぼけている。その癖親方が怖(こわ)いものだから、途中で待ち合せて、いっしょに連れて帰ろうと云う目算(もくろみ)である。自分は石へ腰を掛けて薄笑いをしているこの案内の頭の上へ唾液(つばき)を吐きかけてやろうかと思った。しかし自分は死ぬのを断念したばかりである。当分はここに留(とど)まらなくっちゃならない身体(からだ)である。唾液を吐きかければ、喧嘩(けんか)になるだけである。喧嘩をすれば負けるだけである。負けた上にスノコの中へぶちこまれてはせっかく死ぬのを断念した甲斐(かい)がない。そこで、こう云う答をした。

「どうか、こうか出て来ました」

 すると初さんはなおさら不思議な顔をして、

「へえ。感心だね。一人で出て来たのか」

と聞いた。その時自分は年の割にはうまくやった。旨(うま)くやったと云うくらいだから、ただ自分の損にならないようにと云うだけで、それより以外に賞(ほ)める価値(ねうち)のある所作(しょさ)じゃないが、とにかく十九にしては、なかなか複雑な曲者(くせもの)だと思う。と云うのは、こう聞かれた時に、安さんの名前がつい咽喉(のど)の先まで出たんである。ところをとうとう云わずにしまったのが自慢なのだ。随分くだらない自慢だが訳を話せば、こんな料簡(りょうけん)であった。山中組の安さんは勢力のある坑夫に違ない。この安さんがわざわざ第一見張所の傍(そば)まで見ず知らずの自分を親切に連れて来てくれたと云う事が知れ渡れば、この案内者は面目を失うにきまっている。責任のある自分が、責任を抛(ほう)り出して、先へ坑(あな)を飛び出してしまったと分る以上は――しかもそれが悪意から出たと明瞭(めいりょう)に証拠(しょうこ)だてられる以上は、こいつは親方に対して済ましちゃいられない。となると後できっと敵(かたき)を打つだろう。無責任が露見(ばれ)るのは痛快だが――自分はけっして寛大の念に制せられたなんて耶蘇教流(ヤソきょうりゅう)の嘘(うそ)はつかない。――そこまでは痛快だが、敵打(かたきうち)は大(おおい)に迷惑する。実のところ自分はこの迷惑の念に制せられた。それで、

「ええ、いろいろ路を聞いて出て来ました」

とおとなしい返事をして置いた。

 初さんは半分失望したような、半分安心したような顔つきをしたが、やがて石から腰を上げて、

「親方の所へ行こう」

とまた歩き出した。自分は黙って尾(つ)いて行った。昨日(きのう)親方に逢(あ)ったのは飯場(はんば)だが、親方の住んでる所は別にある。長屋の横を半丁ほど上(のぼ)ると、石垣で二方の角(かど)を取って平(なら)した地面の上に二階建がある。家はさほど見苦しくもないが、家のほかには木も庭もない。相変らず二階の窓から悪魔が首を出している。入口まで来て、初さんが外から声を掛けると、窓をがらりと開けて、飯場頭(はんばがしら)が顔を出した。米利安(めりやす)の襯衣(シャツ)の上へどてらを着たままである。

「帰(けえ)ったか。御苦労だった。まああっちへ行って休みねえ」

と云うが早いか初さんは消えてなくなった。後(あと)は二人になる。親方は窓の中から、自分は表に立ったまま、談話(はなし)をした。

「どうです」

「大概見て来ました」

「どこまで降りました」

「八番坑まで降りました」

「八番坑まで。そりゃ大変だ。随分ひどかったでしょう。それで……」

と心持首を前の方へ出した。

「それで――やっぱりいるつもりです」

「やっぱり」

と繰り返したなり、飯場頭はじっと自分の顔を見ていた。自分も黙って立っていた。二階からは依然として首が出ている。おまけに二つばかり殖(ふ)えた。この顔を見ると、厭(いや)で厭でたまらない。飯場へ帰ってから、この顔に取り巻かれる事を思い出すと、ぞっとする。それでもいる気である。どんな辛抱をしてもいる気である。しかし「やっぱりいるつもりです」と断然答えて置いて、二階の顔を不意に見上げた時には、さすがに情なかった。こんな奴といっしょに置いてくれと、手を合せて拝まなければ始末がつかないようになり下がったのかと思うと、身体(からだ)も魂も塩を懸(か)けた海鼠(なまこ)のようにたわいなくなった。その時飯場頭はようやく口を利(き)いた。奇麗(きれい)さっぱりと利いた。

「じゃ置く事にしよう。だが規則だから、医者に一遍見て貰ってね。健康の証明書を持って来なくっちゃいけない。――今日と――今日は、もう遅いから、明日(あした)の朝、行って見て貰ったらよかろう。――診察場かい。診察場はこれから南の方だ。上がって来る時、見えたろう。あの青いペンキ塗りの家(うち)だ。じゃ今日は疲れたろうから、飯場へ帰って緩(ゆっ)くり御休み」

と云って窓を閉(た)てた。窓を閉てる前に自分はちょっと頭を下げて、飯場へ引返した。緩(ゆっ)くり御休と云ってくれた飯場頭(はんばがしら)の親切はありがたいが、緩くり寝られるくらいなら、こんなに苦しみはしない。起きていれば獰猛組(どうもうぐみ)、寝れば南京虫(ナンキンむし)に責められるばかりだ。たまたま飯の蓋(ふた)を取れば咽喉(のど)へ通らない壁土が出て来る。――しかしいる。いるときめた以上は、どうしてもいて見せる。少くとも安さんが生きてるうちはいる。シキの人間がみんな南京虫になっても、安さんさえ生きて働いてるうちは、自分も生きて働く考えである。こう考えながら半丁ほどの路を降りて飯場(はんば)へ帰って、二階へ上がった。上がると案のじょう大勢囲炉裏(いろり)の傍(そば)に待ち構えている。自分はくさくさしたが、できるだけ何喰わぬ顔をして、邪魔にならないような所へ坐った。すると始まった。皮肉だか、冷評だか、罵詈(ばり)だか、滑稽(こっけい)だか、のべつに始まった。

 一々覚えている。生涯(しょうがい)忘れられないほどに、自分の柔らかい頭を刺激したから、よく覚えている。しかし一々繰返す必要はない。まず大体昨日(きのう)と同じ事と思えば好い。自分は急に安さんに逢(あ)いたくなった。例の夕食(ゆうめし)を我慢して二杯食って、みんなの眼につかないようにそっと飯場を抜け出した。

 山中組はジャンボーの通った石垣の間を抜けて、だらだら坂の降り際(ぎわ)を、右へ上(のぼ)ると斜(はす)に頭の上に被(かぶ)さっている大きな槐(えんじゅ)の奥にある。夕暮の門口(かどぐち)を覗(のぞ)いたら、一人の掘子(ほりこ)がカンテラの灯(ひ)で筒服(つつっぽう)の掃除をしていた。中は存外静かである。

「安さんは、もうお帰りになりましたか」

と叮嚀(ていねい)に聞くと、掘子は顔を上げてちょいと自分を見たまま、奥を向いて、

「おい、安さん、誰か尋ねて来たよ」

と呼び出しにかかるや否や、安さんは待ってたと云わんばかりに足音をさせて出て来た。

「やあ来たな。さあ上(あが)れ」

 見ると安さんは唐桟(とうざん)の着物に豆絞(まめしぼり)か何(な)にかの三尺を締めて立っている。まるで東京の馬丁(べっとう)のような服装(なり)である。これには少し驚いた。安さんも自分の様子を眺(なが)めて首を傾(かし)げて、

「なるほど東京を走ったまんまの服装(なり)だね。おれも昔はそう云う着物を着たこともあったっけ。今じゃこれだ」

と両袖(りょうそで)の裄(ゆき)を引っ張って見せる。

「何と見える。車引かな」

と云うから、自分は遠慮してにやにや笑っていた。安さんは、

「ハハハハ根性(こんじょう)はこれよりまだ堕落しているんだ。驚いちゃいけない」

 自分は何と答えていいか分らないから、やはりにやにや笑って立っていた。この時分は手持無沙汰(てもちぶさた)でさえあればにやにやして済ましたもんだ。そこへ行くと安さんは自分より遥(はる)か世馴(よな)れている。この体(てい)を見て、

「さっきから来るだろうと思って待っていた。さあ上(あが)れ」

と向うから始末をつけてくれた。この人は世馴れた知識を応用して、世馴れない人を救(たす)ける方の側(がわ)だと感心した。こいつを逆にして馬鹿にされつけていたから特別に感心したんだろう。そこで安さんの云う通り長屋へ上って見た。部屋はやっぱり広いが、自分の泊った所ほどでもない。電気灯は点(つ)いている。囲炉裏(いろり)もある。ただ人数(にんず)が少い、しめて五六人しかいない。しかも、それが向うに塊(かたま)ってるから、こっちはたった二人である。そこでまた話を始めた。

「いつ帰る」

「帰らない事にしました」

 安さんは馬鹿だなあと云わないばかりの顔をして呆(あき)れている。

「あなたのおっしゃった事は、よく分っています。しかし僕だって、酔興(すいきょう)にここまで来た訳じゃないんですから、帰るったって帰る所はありません」

「じゃやっぱり世の中へ顔が出せないような事でもしたのか」

と安さんは鋭い口調で聞いた。何だか向うの方がぎょっとしたらしい。

「そうでもないんですが――世の中へ顔が出したくないんです」

と答えると、自分の態度と、自分の顔つきと、自分の語勢を注意していた安さんが急に噴(ふ)き出した。

「冗談云っちゃいけねえ。そんな酔狂があるもんか。世の中へ顔が出したくないた何の事だ。贅沢(ぜいたく)じゃねえか。そんな身分に一日でも好いからなって見てえくらいだ」

「代れれば代って上げたいと思います」

と至極(しごく)真面目に云うと、安さんは、また噴き出した。

「どうも手のつけようがないね。考えて御覧な。世の中へ顔が出したくないものがさ、このシキへ顔が出したくなれるかい」

「ちっとも出したくはありません。仕方がないから――仕方がないんです。昨夕(ゆうべ)も今日も散々苛責(いじめ)られました」

 安さんはまた笑い出した。

「太(ふて)え野郎だ。誰が苛責た。年の若いものつらまえて。よしよしおれが今に敵(かたき)を打ってやるから。その代り帰るんだぜ」

 自分はこの時大変心丈夫になった。なおなお留(とど)まる気になった。あんな獰猛(どうもう)もこっちさえ強くなりゃちっとも恐ろしかないんだ、十把一束(じっぱひとからげ)に罵倒するくらいの勇気がだんだん出てくるんだと思った。そこで安さんに敵は取ってくれないでも好いから、どうか帰さずに当分置いて貰えまいかと頼んだ。安さんは、あまりの馬鹿らしさに、気の毒そうな顔をして、呆(あき)れ返っていたが、

「それじゃ、いるさ。――何も頼むの頼まないのって、そりゃ君の勝手だあね。相談するがものはないや」

「でも、あなたが承知して下さらないと、いにくいですから」

「せっかくそう云うんなら、当分にするがいい。長くいちゃいけない」

 自分は謹(つつし)んで安さんの旨(むね)を領(りょう)した。実際自分もその考えでいたんだから、これはけっして御交際(おつきあい)の挨拶(あいさつ)ではなかった。それからいろいろな話をしたがシキの中の述懐と大した変りはなかった。ただ安さんの兄(あに)さんが高等官になって長崎にいると云う事を聞いて、大いに感動した。安さんの身になっても、兄さんの身になっても、定めし苦しいだろうと思うにつけ、自分と自分の親と結びつけて考え出したら何となく悲しくなった。帰る時に安さんが出口まで送って来て、相談でもあるならいつでも来るが好いと云ってくれた。

 表へ出ると、いつの間(ま)にか曇った空が晴れて、細い月が出ている。路は存外明るい、その代り大変寒い。袷(あわせ)を通して、襯衣(シャツ)を通して、蒲鉾形(かまぼこなり)の月の光が肌まで浸(し)み込んで来るようだ。両袖を胸の前へ合せて、その中へ鼻から下を突込んで肩をできるだけ聳(そび)やかして歩行(ある)き出した。身体(からだ)はいじけているが腹の中はさっきよりだいぶん豊かになった。何の当分のうちだ。馴(な)れればそう苦にする事はない。何しろ一万余人もかたまって、毎日毎日いっしょに働いて、いっしょに飯を食って、いっしょに寝ているんだから、自分だって七日も練習すれば、一人前(いちにんまえ)に堕落する事はできるに違ない。――この時自分の頭の中には、堕落の二字がこの通りに出て来た。しかしただこの場合に都合のいい文字として湧(わ)いて出たまでで、堕落の内容を明かに代表していなかったから、別に恐ろしいとも思わなかった。それで、比較的元気づいて飯場(はんば)へ帰って来た。五六間手前まで来ると、何だかわいわい云っている。外は淋(さび)しい月である。自分は家(うち)の騒ぎを聞いて、淋しい月を見上げて、しばらく立っていた。そうしたら、どうも這入(はい)るのが厭(いや)になった。月を浴びて外に立っているのも、つらくなった。安さんの所へ行って泊めてもらいたくなった。一歩引き返して見たが、あんまりだと気を取り直して、のそのそ長屋へ這入った。横手に広い間(ま)があって、上り口からは障子(しょうじ)で立て切ってある。電気灯が頭の上にあるから影は一つも差さないが、騒ぎはまさにこの中(うち)から出る。自分は下駄(げた)を脱いで、足音のしないように、障子の傍(そば)を通って、二階へ上がった。段々を登り切って、大きな部屋を見渡した時、ほっと一息ついた。部屋には誰もいない。

 ただ金(きん)さんが平たく煎餅(せんべい)のようになって寝ている。それから例の帆木綿(ほもめん)にくるまって、ぶら下がってる男もいる。しかし両方とも極(きわ)めて静かだ。いてもいないと同じく、部屋は漠然(ばくぜん)としてただ広いものだ。自分は部屋の真中まで来て立ちながら考えた。床を敷いて寝たものだろうか、ただしは着のみ着のままで、ごろりと横になるか、または昨夕(ゆうべ)の通り柱へ倚(もた)れて夜を明そうか。ごろ寝は寒い、柱へ倚(よ)り懸(かか)るのは苦しい。どうかして布団(ふとん)を敷きたい。ことによれば今日は疲れ果てているから、南京虫(ナンキンむし)がいても寝られるかも知れない。それに蒲団(ふとん)の奇麗(きれい)なのを選(よ)ったらよかろう。ことさら日によって、南京虫の数が違わないとも限るまい。といろいろな理窟(りくつ)をつけて布団を出して、そうっと潜(もぐ)り込んだ。

 この晩の、経験を記憶のまま、ここに書きつけては、自分がお話しにならない馬鹿だと吹聴(ふいちょう)する事になるばかりで、ほかに何の利益も興味もないからやめる。一口(ひとくち)に云うと、昨夜(ゆうべ)と同じような苦しみを、昨夜以上に受けて、寝るが早いか、すぐ飛び起きちまった。起きた後で、あれほど南京虫に螫(さ)されながら、なぜ性懲(しょうこり)もなくまた布団(ふとん)を引っ張り出して寝たもんだろうと後悔した。考えると、全くの自業自得(じごうじとく)で、しかも常識のあるものなら誰でも避(よ)けられる、また避けなければならない自業自得だから、我れながら浅ましい馬鹿だと、つくづく自分が厭(いや)になって、布団の上へ胡坐(あぐら)をかいたまま、考え込んでいると、また猛烈にちくりと螫された。臀(しり)と股(もも)と膝頭(ひざがしら)が一時に飛び上がった。自分は五位鷺(ごいさぎ)のように布団の上に立った。そうして、四囲(あたり)を見廻した。そうして泣き出した。仕方がないから、紺(こん)の兵児帯(へこおび)を解いて、四つに折って、裸の身体中所嫌わず、ぴしゃぴしゃ敲(たた)き始めた。それから着物を着た。そうして昨夜の柱の所へ行った。柱に倚(よ)りかかった。家(うち)が恋しくなった。父よりも母よりも、艶子さんよりも澄江さんよりも、家の六畳の間が恋しくなった。戸棚に這入(はい)ってる更紗(さらさ)の布団と、黒天鵞絨(くろびろうど)の半襟(はんえり)の掛かった中形の掻捲(かいまき)が恋しくなった。三十分でも好いから、あの布団を敷いて、あの掻捲を懸(か)けて、暖(あっ)たかにして楽々寝て見たい、今頃は誰があの部屋へ寝ているだろうか。それとも自分がいなくなってから後(のち)は、机を据(す)えたまんま、空(がら)ん胴(どう)にしてあるかしらん。そうすると、あの布団も掻捲も、畳んだなり戸棚にしまってあるに違ない。もったいないもんだ。父も母も澄江さんも艶子さんも南京虫に食われないで仕合せだ。今頃は熟睡しているだろう。羨(うらや)ましい。――それとも寝られないで、のつそつしているかしらん。父は寝られないと疳癪(かんしゃく)を起して、夜中に灰吹をぽんぽん敲(たた)くのが癖だ。煙草(たばこ)を呑(の)むんだと云うが、煙草は仮託(かこつけ)で、実は、腹立紛れに敲きつけるんじゃないかと思う。今頃はしきりに敲いてるかも知れない。苦々(にがにが)しい倅(せがれ)だと思って敲いてるか、どうなったろうと心配の余り眼を覚まして敲いてるか。どっちにしても気の毒だ。しかしこっちじゃそれほどにも思っていないから、先方(さき)でもそう苦にしちゃいまい。母は寝られないと手水(ちょうず)に起きる。中庭の小窓を明けて、手を洗って、桟(さん)をおろすのを忘れて、翌朝(あくるあさ)よく父に叱られている。昨夜も今夜もきっと叱られるに違ない。澄江さんはぐうぐう寝ている――どうしても寝ている。自分のいる前では、丸くなったり、四角になったりいろいろな芸をして、人を釣ってるが、いなくなれば、すぐに忘れて、平生(へいぜい)の通り御膳(ごぜん)をたべて、よく寝る女だから、是非に及ばない。あんな女は、今まで見た新聞小説にはけっして出て来ないから、始めは不思議に思ったが、ちゃんと証拠があるんだから確かである。こう云う女に恋着しなければならないのは、よッぽどの因果(いんが)だ。随分憎らしいと思うが、憎らしいと思いながらもやッぱり惚(ほ)れ込んでいるらしい。不都合な事だ。今でも、あの色の白い顔が眼前(めさき)にちらちらする。怪(け)しからない顔だ。艶子さんは起きてる。そうして泣いてるだろう。はなはだ気の毒だ。しかしこっちで惚れた覚(おぼえ)もなければ、また惚れられるような悪戯(いたずら)をした事がないんだから、いくら起きていても、泣いてくれても仕方がない。気の毒がる事は、いくらでも気の毒がるが仕方がない。構わない事にする。――そこで最後には、ほかの事はどうともするから、ただ安々と楽寝がさせて貰いたい。不断の白い飯も虫唾(むしず)が走るように食いたいが、それよりか南京虫(ナンキンむし)のいない床(とこ)へ這入(はい)りたい。三十分でも好いからぐっすり寝て見たい。その後(あと)でなら腹でも切る。……

 こう考えているとまた夜が明けた。考えている途中でいつか寝たものと見えて、眼が覚(さ)めた時は、何にも考えていなかった。それからあとは、のそのそ下へ降りて行って、顔を洗って、南京米(ナンキンまい)を食う。万事昨日(きのう)の通りだから、省(はぶ)いてしまう。九時の例刻を待ちかねて病院へ出掛ける。病院は一昨日(おととい)山を登って来る時に見た、青いペンキ塗の建物と聞いているから道も家(うち)も間違えようがない。飯場(はんば)を出て二丁ばかり行くと、すぐ道端(みちばた)にある。木造ではあるがなかなか立派な建築で、広さもかなりだけに、獰猛組(どうもうぐみ)とはまるで不釣合である。野蛮人が病気をするんでさえすでに不思議なくらいだのに、病気に罹(かか)ったものを治療してやるための器械と薬品と医者と建物を具(そな)えつけたんだから、世の中は妙だと云う感じがすぐに起る。まるで泥棒が金を出し合って、小学校を建てて子弟を通学させてるようなもんだ。文明と蒙昧(もうまい)の両極端がこのペンキ塗の青い家の中で出逢(であ)って、一方が一方へ影響を及ぼすと、蒙昧がますますぴんぴん蒙昧になってくる。下手(へた)に食い違った結果が起るもんだ。と考えながら歩いて来ると、また鬼共が窓から首を出して眺(なが)めている。せっかくの考えもこの気味のわるい顔を見上げるとたちまち崩(くず)れてしまう。あの顔のなかに安さんのようなのが、たった一つでもあれば、生き返るほど嬉しいだろうに、どれもこれも申し合せたように獰猛の極致を尽している。あれじゃ、どうしたって病院の必要があるはずがないとまで思った。

 天気だけは好都合にすっかり晴れた。赤土を劈(さ)いたような山の壁へ日が当る。昨日、一昨日の雨を吸込んだ土は、東から差す日を受けて、まだ乾かない。その上照る日をいくらでも吸い込んで行く。景色(けしき)は晴れがましいうちに湿(しっ)とりと調子づいて、長屋と長屋の間から、下の方の山を見ると、真蒼(まっさお)な色が笑(え)み割れそうに濃く重なっている。風は全く落ちた。昨夕(ゆうべ)と今朝とではほとんど十五度以上も違うようである。道傍(みちばた)に、たった一つ蒲公英(たんぽぽ)が咲いている。もったいないほど奇麗な色だ。これも獰猛とはまるで釣り合ない。

 病院へ着いた。和土(たたき)の廊下が地面と擦(す)れ擦れに五六間続いている突き当りに、診察室と云う札が懸(かか)って、手前の右手に控所と書いてある。今云った一間幅の廊下を横切って、控所へ這入(はい)ると、下はやはり和土で、ベンチが二脚ほど並べてある。小さい硝子窓(ガラスまど)には受附と楷書で貼(は)りつけてある。自分はこの窓口へ行って、自分の姓名を書いた紙片(かみきれ)を出すと、窓の中に腰を掛けていた二十二三の若い男が、その紙片を受取って、ありもしない眉(まみえ)へ八の字を寄せて、むずかしそうにとくと眺(なが)めた上、

「こりゃ御前か」

と、さも横風(おうふう)に云った。あまり好い心持ではなかった。何の必要があって、こう自分を軽蔑(けいべつ)するんだか不平に堪(た)えない。それで単に、

「ええ」

と出来るだけ愛嬌(あいきょう)のない返事をした。受附は、それじゃ、まだ挨拶(あいさつ)が足りないと云わんばかりに、しばらくは自分を睨(にら)めていたが、こっちもそれっ切り口を結んで立っていたもんだから、

「少し待っていろ」

と、ぴしゃりと硝子戸(ガラスど)を締めて出て行った。草履(ぞうり)の音がする。あんなにばたばた云わせなくっても好さそうなもんだと思った。

 自分はベンチへ腰を掛けた。受附はなかなか帰って来ない。ぼんやりしていると、眼の前にジャンボーが出て来た。金(きん)さんがよっしょいよっしょいと担(かつ)がれて来るところが見える。あれでも病院が必要なのかと思った。何のために薬を盛って、患者を施療(せりょう)するのか、ほとんど意義をなさない。こんな体裁(ていさい)のいい偽善はない。病人はいじめるだけいじめる。ジャンボーは囃(はや)したいだけ囃す。その代り医者にかけてやると云うのか。鄭重(ていちょう)の至りである。

「おいあっちへ廻れ」

と突然受附の声がした。見ると受附は硝子窓の中に威丈高(いたけだか)に突立って、自分を眼下に睥睨(へいげい)している。自分は控所を出た。右へ折れて、廊下伝いに診察場へ上がったら、薬の臭(におい)がぷんとした。この臭を嗅(か)ぐと等(ひと)しく、自分も、もうやがて死ぬんだなと思い出した。死んでここの土になったら不思議なものだ。こう云うのを運命というんだろう。運命の二字は昔から知ってたが、ただ字を知ってるだけで意味は分らなかった。意味は分っても、納得(なっとく)がむずかしかった。西洋人が筍(たけのこ)を想像するように定義だけを心得て満足していた。けれども人間の一大事たる死と云う実際と、人間の獣類たる坑夫の住んでいるシキとを結びつけて、二三日前まで不足なく生い立った坊っちゃんを突然宙に釣るして、この二つの間に置いたとすると、坊っちゃんは始めてなるほどと首肯する。運命は不可思議な魔力で可憐な青年を弄(もてあそ)ぶもんだと云う事が分る。すると今までただの山であったものが、ただの山でなくなる。ただの土であったものがただの土でなくなる。青いばかりと思った空が、青いだけでは済まなくなる。この病院の、この診察場の、この薬品の、この臭いまでが夢のような不思議になる。元来この椅子(いす)に腰を掛けている本人からしてが、何物だかほとんど要領を得ない。本人以外の世界は明瞭(めいりょう)に見えるだけで、どんな意味のある世界かさっぱり見当(けんとう)がつかない。自分は、診察場と薬局とをかねたこの一室の椅子に倚(よ)って、敷物と、洋卓(テエーブル)と、薬瓶(くすりびん)と、窓と、窓の外の山とを見廻した。もっとも明瞭な視覚で見廻したが、すべてがただ一幅の画(え)と見えるだけで、その他(ほか)には何物をも認める事ができなかった。

 そこへ戸を開けて、医者があらわれた。その顔を見ると、やっぱり坑夫の類型(タイプ)である。黒のモーニングに縞(しま)の洋袴(ズボン)を着て、襟(えり)の外へ顎(あご)を突き出して、

「御前か、健康診断をして貰うのは」

と云った。この語勢には、馬に対しても、犬に対しても、是非腹の内(なか)で云うべきほどの敬意が籠(こも)っていた。

「ええ」

と自分は椅子を離れた。

「職業は何だ」

「職業って別に何にもないんです」

「職業がない。じゃ、今まで何をして生きていたのか」

「ただ親の厄介(やっかい)になっていました」

「親の厄介になっていた。親の厄介になって、ごろごろしていたのか」

「まあ、そうです」

「じゃ、ごろつきだな」

 自分は答をしなかった。

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