坑夫

4話 坑夫(4)

8,730字 約17分 1999年4月13日 公開

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分は眠っていると、時間の経過だけは忘れているが、空間の運動には依然として反応を呈する能力があるようだ。だから本当に煩悶を忘れるためにはやはり本当に死ななくっては駄目だ。ただし煩悶がなくなった時分には、また生き返りたくなるにきまってるから、正直に理想を云うと、死んだり生きたり互違(たがいちがい)にするのが一番よろしい。――こんな事をかくと、何だか剽軽(ひょうきん)な冗談(じょうだん)を云ってるようだがけっしてそんな浮いた了見(りょうけん)じゃない。本気に真面目(まじめ)を話してるつもりである。その証拠にはこの理想はただ今過去を回想して、面白半分興に乗じて、好い加減につけ加えたんじゃない。実際汽車が留って、不意に眼が覚めた時、この通りに出て来たのである。馬鹿気(ばかげ)た感じだから滑稽(こっけい)のように思われるけれどもその時は正直にこんな馬鹿気た感じが起ったんだから仕方がない。この感じが滑稽に近ければ近いほど、自分は当時の自分を可愛想(かわいそう)に思うのである。こんな常識をはずれた希望を、真面目(まじめ)に抱(いだ)かねばならぬほど、その時の自分は情(なさけ)ない境遇におったんだと云う事が判然するからである。

 自分がふと眼を開けると、汽車はもう留っていた。汽車が留まったなと云う考えよりも、自分は汽車に乗っていたんだなと云う考えが第一に起った。起ったと思うが早いか、長蔵さんがいるんだ、坑夫になるんだ、汽車賃がなかったんだ、生家(うち)を出奔(しゅっぽん)したんだ、どうしたんだ、こうしたんだとまるで十二三のたんだがむらむらと塊(かた)まって、頭の底から一度に湧(わ)いて来た。その速い事と云ったら、言語(ごんご)に絶すると云おうか、電光石火と評しようか、実に恐ろしいくらいだった。ある人が、溺(おぼ)れかかったその刹那(せつな)に、自分の過去の一生を、細大(さいだい)漏らさずありありと、眼の前に見た事があると云う話をその後(のち)聞いたが、自分のこの時の経験に因(よ)って考えると、これはけっして嘘じゃなかろうと思う。要するにそのくらい早く、自分は自分の実世界における立場と境遇とを自覚したのである。自覚すると同時に、急に厭(いや)な心持になった。ただ厭では、とても形容が出来ないんだが、さればと云って、別に叙述しようもない心持ちだからただの厭でとめて置く。自分と同じような心持ちを経験した人ならば、ただこれだけで、なるほどあれだなと、直(すぐ)勘(かん)づくだろう。また経験した事がないならば、それこそ幸福だ、けっして知るに及ばない。

 その内同じ車室に乗っていたものが二三人立ち上がる。外からも二三人這入(はい)って来る。どこへ陣取ろうかと云う眼つきできょろきょろするのと、忘れものはないかと云う顔つきでうろうろするのと、それから何の用もないのに姿勢を更(か)えて窓へ首を出したり、欠伸(あくび)をしたりするのと、が一度に合併して、すべて動揺の状態に世の中を崩(くず)し始めて来た、自分は自分の周囲のものが、ことごとく活動しかけるのを自覚していた。自覚すると共に、自分は普通の人間と違って、みんなが活動する時分でさえ、他(ひと)に釣り込まれて気分が動いて来ないような仲間外(はず)れだと考えた。袖(そで)が触(す)れ違って、膝(ひざ)を突き合せていながらも、魂だけはまるで縁も由緒(ゆかり)もない、他界から迷い込んだ幽霊のような気持であった。今までは、どうか、こうか、人並に調子を取って来たのが汽車が留まるや否や、世間は急に陽気になって上へ騰(あが)る。自分は急に陰気になって下へ降(さが)る、とうてい交際(つきあい)はできないんだと思うと、背中と胸の厚さがしゅうと減って、臓腑(ぞうふ)が薄(うす)っ片(ぺら)な一枚の紙のように圧(お)しつけられる。途端に魂だけが地面の下へ抜け出しちまった。まことに申訳のない、御恥ずかしい心持ちをふらつかせて、凹(へこ)んでいた。

 ところへ長蔵さんが、立って来て、

「御前さん、まだ眼が覚めないかね。ここから降りるんだよ」

と注意してくれた。それでようやくなるほどと気がついて立ち上った。魂が地の底へ抜け出して行く途中でも、手足に血が通(かよ)ってるうちは、呼ぶと返って来るからおかしなものだ。しかしこれがもう少し烈(はげ)しくなると、なかなか思うように魂が身体(からだ)に寄りついてくれない。その後(ご)台湾沖で難船した時などは、ほとんど魂に愛想(あいそ)を尽かされて、非常な難義をした事がある。何(なん)にでも上には上があるもんだ。これが行き留りだの、突き当りだのと思って、安心してかかると、とんだ目に逢う。しかしこの時はこの心持が自分に取ってもっとも新しくて、しかもはなはだ苦(にが)い経験であった。

 長蔵さんのどてらの尻を嗅(か)ぎながら改札場から表へ出ると、大きな宿(しゅく)の通りへ出た。一本筋の通りだが存外広い、ばかりではない、心持の判然(はっきり)するほど真直(まっすぐ)である。自分はこの広い往還(おうかん)の真中に立って遥(はる)か向うの宿外(しゅくはずれ)を見下(みおろ)した。その時一種妙な心持になった。この心持ちも自分の生涯(しょうがい)中にあって新らしいものであるから、ついでにここに書いて置く。自分は肺の底が抜けて魂が逃げ出しそうなところを、ようやく呼びとめて、多少人間らしい了簡(りょうけん)になって、宿の中へ顔を出したばかりであるから、魂が吸(ひ)く息につれて、やっと胎内に舞い戻っただけで、まだふわふわしている。少しも落ちついていない。だからこの世にいても、この汽車から降りても、この停車場(ステーション)から出ても、またこの宿の真中に立っても、云わば魂がいやいやながら、義理に働いてくれたようなもので、けっして本気の沙汰(さた)で、自分の仕事として引き受けた専門の職責とは心得られなかったくらい、鈍(にぶ)い意識の所有者であった。そこで、ふらついている、気の遠くなっている、すべてに興味を失った、かなつぼ眼(まなこ)を開いて見ると、今までは汽車の箱に詰め込まれて、上下四方とも四角に仕切られていた限界が、はっと云う間(ま)に、一本筋の往還を沿うて、十丁ばかり飛んで行った。しかもその突当りに滴(したた)るほどの山が、自分の眼を遮(さえぎ)りながらも、邪魔にならぬ距離を有(たも)って、どろんとしたわが眸(ひとみ)を翠(みどり)の裡(うち)に吸寄せている。――そこで何んとなく今云ったような心持になっちまったのである。

 第一には大道砥(だいどうと)のごとしと、成語にもなってるくらいで、平たい真直な道は蟠(わだか)まりのない爽(さわやか)なものである。もっと分り安く云うと、眼を迷(まご)つかせない。心配せずにこっちへ御出(おいで)と誘うようにでき上ってるから、少しも遠慮や気兼(きがね)をする必要がない。ばかりじゃない。御出と云うから一本筋の後(あと)を喰ッついて行くと、どこまでも行ける。奇体な事に眼が横町へ曲りたくない。道が真直に続いていればいるほど、眼も真直に行かなくっては、窮屈でかつ不愉快である。一本の大道は眼の自由行動と平行して成り上ったものと自分は堅く信じている。それから左右の家並(いえなみ)を見ると、――これは瓦葺(かわらぶき)も藁葺(わらぶき)もあるんだが――瓦葺だろうが、藁葺だろうが、そんな差別はない。遠くへ行けば行くほどしだいしだいに屋根が低くなって、何百軒とある家が、一本の針金で勾配(こうばい)を纏(まと)められるために向うのはずれからこっちまで突き通されてるように、行儀よく、斜(はす)に一筋を引っ張って、どこまでも進んでいる。そうして進めば進むほど、地面に近寄ってくる。自分の立っている左右の二階屋などは――宿屋のように覚えているが――見上げるほどの高さであるのに、宿外れの軒を透(すか)して見ると、指の股(また)に這入(はい)ると思われるくらい低い。その途中に暖簾(のれん)が風に動いていたり、腰障子(こししょうじ)に大きな蛤(はまぐり)がかいてあったりして、多少の変化は無論あるけれども、軒並(のきなみ)だけを遠くまで追っ掛けて行くと、一里が半秒(はんセコンド)で眼の中に飛び込んで来る。それほど明瞭(めいりょう)である。

 前に云った通り自分の魂は二日酔(ふつかえい)の体(てい)たらくで、どこまでもとろんとしていた。ところへ停車場(ステーション)を出るや否や断りなしにこの明瞭な――盲目(めくら)にさえ明瞭なこの景色(けしき)にばったりぶつかったのである。魂の方では驚かなくっちゃならない。また実際驚いた。驚いたには違いないが、今まであやふやに不精不精(ふしょうぶしょう)に徘徊(はいかい)していた惰性を一変して屹(きっ)となるには、多少の時間がかかる。自分の前(さき)に云った一種妙な心持ちと云うのは、魂が寝返りを打たないさき、景色がいかにも明瞭であるなと心づいたあと、――その際(きわ)どい中間(ちゅうかん)に起った心持ちである。この景色はかように暢達(のびのび)して、かように明白で、今までの自分の情緒(じょうしょ)とは、まるで似つかない、景気のいいものであったが、自身の魂がおやと思って、本気にこの外界(げかい)に対(むか)い出したが最後、いくら明かでも、いくら暢(のん)びりしていても、全く実世界の事実となってしまう。実世界の事実となるといかな御光(ごこう)でもありがた味が薄くなる。仕合せな事に、自分は自分の魂が、ある特殊の状態にいたため――明かな外界を明かなりと感受するほどの能力は持ちながら、これは実感であると自覚するほど作用が鋭くなかったため――この真直な道、この真直な軒を、事実に等しい明かな夢と見たのである。この世でなければ見る事の出来ない明瞭な程度と、これに伴う爽涼(はっきり)した快感をもって、他界の幻影(まぼろし)に接したと同様の心持になったのである。自分は大きな往来の真中に立っている。その往来はあくまでも長くって、あくまでも一本筋に通っている。歩いて行けばその外(はずれ)まで行かれる。たしかにこの宿(しゅく)を通り抜ける事はできる。左右の家は触(さわ)れば触る事が出来る。二階へ上(のぼ)れば上る事が出来る。できると云う事はちゃんと心得ていながらも、できると云う観念を全く遺失して、単に切実なる感能の印象だけを眸(ひとみ)のなかに受けながら立っていた。

 自分は学者でないから、こう云う心持ちは何と云うんだか分らない。残念な事に名前を知らないのでついこう長くかいてしまった。学問のある人から見たら、そんな事をと笑われるかも知れないが仕方がない。その後(のち)これに似た心持は時々経験した事がある。しかしこの時ほど強く起った事はかつてない。だから、ひょっとすると何かの参考になりはすまいかと思って、わざわざここに書いたのである。ただしこの心持ちは起るとたちまち消えてしまった。

 見ると日はもう傾(かたぶ)きかけている。初夏(しょか)の日永(ひなが)の頃だから、日差(ひざし)から判断して見ると、まだ四時過ぎ、おそらく五時にはなるまい。山に近いせいか、天気は思ったほどよくないが、現に日が出ているくらいだから悪いとは云われない。自分は斜(はす)かけに、長い一筋の町を照らす太陽を眺(なが)めた時、あれが西の方だと思った。東京を出て北へ北へと走ったつもりだが、汽車から降りて見ると、まるで方角がわからなくなっていた。この町を真直に町の通ってるなりに、下(くだ)ると、突き当りが山で、その山は方角から推(お)すと、やはり北であるから、自分と長蔵さんは相変らず、北の方へ行くんだと思った。

 その山は距離から云うとだいぶんあるように思われた。高さもけっして低くはない。色は真蒼(まっさお)で、横から日の差す所だけが光るせいか、陰の方は蒼(あお)い底が黒ずんで見えた。もっともこれは日の加減と云うよりも杉檜(すぎひのき)の多いためかも知れない。ともかくも蓊欝(こんもり)として、奥深い様子であった。自分は傾(かたぶ)きかけた太陽から、眼を移してこの蒼い山を眺めた時、あの山は一本立だろうか、または続きが奥の方にあるんだろうかと考えた。長蔵さんと並んで、だんだん山の方へ歩いて行くと、どうあっても、向うに見える山の奥のまたその奥が果しもなく続いていて、そうしてその山々はことごとく北へ北へと連なっているとしか思われなかった。これは自分達が山の方へ歩いて行くけれど、ただ行くだけでなかなか麓(ふもと)へ足が届かないから、山の方で奥へ奥へと引き込んでいくような気がする結果とも云われるし。日がだんだん傾(かたぶ)いて陰の方は蒼い山の上皮(うわかわ)と、蒼い空の下層(したがわ)とが、双方で本分を忘れて、好い加減に他(ひと)の領分を犯(おか)し合ってるんで、眺める自分の眼にも、山と空の区劃(くかく)が判然しないものだから、山から空へ眼が移る時、つい山を離れたと云う意識を忘却して、やはり山の続きとして空を見るからだとも云われる。そうしてその空は大変広い。そうして際限なく北へ延びている。そうして自分と長蔵さんは北へ行くんである。

 自分は昨夕(ゆうべ)東京を出て、千住(せんじゅ)の大橋まで来て、袷(あわせ)の尻を端折(はしょ)ったなり、松原へかかっても、茶店へ腰を掛けても、汽車へ乗っても、空脛(からすね)のままで押し通して来た。それでも暑いくらいであった。ところがこの町へ這入(はい)ってから何だか空脛では寒い気持がする。寒いと云うよりも淋しいんだろう。長蔵さんと黙って足だけを動かしていると、まるで秋の中を通り抜けてるようである。そこで自分はまた空腹になった。たびたび空腹になった事ばかりを書くのはいかがわしい事で、かつこの際空腹になっては、どうも詩的でないが、致し方がない。実際自分は空腹になった。家(うち)を出てから、ただ歩くだけで、人間の食うものを食わないから、たちまち空腹になっちまう。どんなに気分がわるくっても、煩悶(はんもん)があっても、魂が逃げ出しそうでも、腹だけは十分減るものである。いや、そう云うよりも、魂を落つけるためには飯を供えなくっちゃいけないと云い換えるのが適当かも知れない。品(ひん)の悪い話だが、自分は長蔵さんと並んで往来の真中を歩きながら、左右に眼をくばって、両側の飲食店を覗(のぞ)き込むようにして長い町を下(くだ)って行った。ところがこの町には飲食店がだいぶんある。旅屋(はたごや)とか料理屋とか云う上等なものは駄目としても、自分と長蔵さんが這入ってしかるべきやたいち流(りゅう)のがあすこにもここにも見える。しかし長蔵さんは毫(ごう)も支度(したく)をしそうにない。最前の我多馬車(がたばしゃ)の時のように「御前さん夕食(ゆうめし)を食うかね」とも聞いてくれない。その癖自分と同じように、きょろきょろ両側に眼を配って何だか発見したいような気色(けしき)がありありと見える。自分は今に長蔵さんが恰好(かっこう)な所を見つけて、晩食(ばんめし)をしたために自分を連れ込む事と自信して、気を永く辛抱しながら、長い町を北へ北へと下って行った。

 自分は空腹を自白したが、倒れるほどひもじくは無かった。胃の中にはまだ先刻(さっき)の饅頭(まんじゅう)が多少残ってるようにも感ぜられた。だから歩けば歩かれる。ただ汽車を下りるや否や滅(め)り込(こ)みそうな精神が、真直(まっすぐ)な往来の真中に抛(ほう)り出されて、おやと眼を覚したら、山里の空気がひやりと、夕日の間から皮膚を冒(おか)して来たんで、心機一転の結果としてここに何か食って見たくなったんである。したがって食わなければ食わないでも済む。長蔵さん何か食わしてくれませんかと云うほど苦しくもなかった。しかし何だか口が淋(さび)しいと見えて、しきりに縄暖簾(なわのれん)や、お煮〆(にしめ)や、御中食所(おちゅうじきどころ)が気にかかる。相手の長蔵さんがまた申し合せたように右左と覗(のぞ)き込むので、こっちはますます食意地(くいいじ)が張ってくる。自分はこの長い町を通りながら、自分らに適当と思う程度の一膳(いちぜん)めし屋をついに九軒まで勘定した。数えて九軒目に至ったら、さしもに長い宿(しゅく)はとうとうおしまいになり掛けて、もう一町も行けば宿外(しゅくはず)れへ出抜(ずぬ)けそうである。はなはだ心細かった。時にふと右側を見ると、また酒めしと云う看板に逢着(ほうちゃく)した。すると自分の心のうちにこれが最後だなと云う感じが起った。それがためか煤(すす)けた軒の腰障子(こししょうじ)に、肉太に認(したた)めた酒めし、御肴と云う文字がもっとも劇烈な印象をもって自分の頭に映じて来た。その映じた文字がいまだに消えない。酒の字でも、めしの字でも、御肴(おんさかな)の字でもありあり見える。この様子では、いくら耄碌(もうろく)してもこの五字だけは、そっくりそのまま、紙の上に書く事が出来るだろう。

 自分が最後の酒、めし、御肴をしみじみ見ていると、不思議な事に長蔵さんも一生懸命に腰障子の方に眼をつけている。自分はさすが頑強(がんきょう)の長蔵さんも今度こそ食いに這入(はい)るに違なかろうと思った。ところが這入らない。その代りぴたりと留った。見ると腰障子の奥の方では何だか赤いものが動いている。長蔵さんの顔色を窺(うかが)うと、何でもこの赤いものを見詰めているらしい。この赤いものは無論人間である。が長蔵さんがなぜ立ち留ってこの赤い人間を覗(のぞ)き込むのか、とんと自分には分らなかった。人間には違ないが、ただ薄暗く赤いばかりで、顔つきなどは無論判然しやしない。がと思って、自分も不審かたがた立ち留っていると、やがて障子の奥から赤毛布(あかげっと)が飛び出した。いくら山里でも五月の空に毛布は無用だろうと云う人があるかも知れないが、実際この男は赤毛布で身を堅めていた。その代り下には手織の単衣(ひとえもの)一枚だけしきゃ着ていないんだから、つまり〆(しめ)て見ると自分と大した相違はない事になる。もっとも単衣一枚で凌(しの)いでると云う事は、あとからの発見で、障子の影から飛び出した時にはただ赤いばかりであった。

 すると長蔵さんは、いきなり、この赤い男の側(そば)へつかつかやって行って、

「お前さん、働く気はないかね」

と云った。自分が長蔵さんに捕(つか)まった時に聞かされた、第一の質問はやはり「働く気はないかね」であったから、自分はおやまた働かせる気かなと思って、少からぬ興味の念に駆(か)られながら二人を見物していた。その時この長蔵さんは、誰を見ても手頃な若い衆(しゅ)とさえ鑑定すれば、働く気はないかねと持ち掛ける男だと云う事を判然(はんぜん)と覚(さと)った。つまり長蔵さんは働かせる事を商売にするんで、けっして自分一人を非常な適任者と認めて、それで坑夫に推挙した訳ではなかった。おおかたどこで、どんな人に、幾人(いくたり)逢(あ)おうとも、版行(はんこう)で押したような口調で御前さん働く気はないかねを根気よく繰返し得る男なんだろう。考えると、よくこんな商売を厭(あ)きもせず、長の歳月(としつき)やられたものだ。長蔵さんだって、天性御前さん働く気はないかねに適した訳でもあるまい。やっぱり何かの事情やむを得ず御前さんを復習しているんだろう。こう思えば、まことに罪のない男である。要するに芸がないからほかの事は出来ないんだが、ほかの事が出来ないんだと意識して煩悶(はんもん)する気色(けしき)もなく、自分でなくっちゃ御前さんをやり得る人間は天下広しといえども二人と有るまいと云うほどの平気な顔で、やっている。

 その当時自分にこれだけの長蔵観(ちょうぞうかん)があったらだいぶ面白かったろうが、何しろ魂に逃げだされ損なっている最中だったから、なかなかそんな余裕は出て来なかった。この長蔵観は当時の自分を他人と見做(みな)して、若い時の回想を紙の上に写すただ今、始めて序(じょ)の節(せつ)に浮かんだのである。だからやッぱり紙の上だけで消えてなくなるんだろう。しかしその時その砌(みぎ)りの長蔵観と比較して見るとだいぶ違ってるようだ。――

 自分は長蔵さんと赤毛布(あかげっと)の立談(たちばなし)を聞きながら、自分は長蔵さんから毫(ごう)も人格を認められていなかったと云う事を見出した。――もっとも人格はこの際少しおかしい。いやしくも東京を出奔(しゅっぽん)して坑夫にまでなり下がるものが人格を云々(うんぬん)するのは変挺(へんてこ)な矛盾である。それは自分も承知している。現に今筆を執(と)って人格と書き出したら、何となく馬鹿気(ばかげ)ていて、思わず噴(ふ)き出しそうになったくらいである。自分の過去を顧(かえり)みて噴き出しそうになる今の身分を、昔と比(くら)べて見ると実に結構の至りであるが、その時はなかなか噴き出すどころの騒ぎではなかった。――長蔵さんは明かに自分の人格を認めていなかった。

 と云うのは、彼れはこの酒、めし、御肴(おんさかな)の裏(うち)から飛び出した若い男を捕(つら)まえて、第二世の自分であるごとく、全く同じ調子と、同じ態度と、同じ言語と、もっと立ち入って云えば、同じ熱心の程度をもって、同じく坑夫になれと勧誘している。それを自分はなぜだか少々怪(け)しからんように考えた。その意味を今から説明して見ると、ざっとこんな訳なんだろう。――

 坑夫は長蔵さんの云うごとくすこぶる結構な家業(かぎょう)だとは、常識を質に入れた当時の自分にももっともと思いようがなかった。まず牛から馬、馬から坑夫という位の順だから、坑夫になるのは不名誉だと心得ていた。自慢にゃならないと覚(さと)っていた。だから坑夫の候補者が自分ばかりと思(おもい)のほか突然居酒屋の入口から赤毛布になって、あらわれようとも別段神経を悩ますほどの大事件じゃないくらいは分りきってる。しかしこの赤毛布の取扱方が全然自分と同様であると、同様であると云う点に不平があるよりも、自分は全然赤毛布と一般な人間であると云う気になっちまう。取扱方の同様なのを延(ひ)き伸ばして行くと、つまり取り扱われるものが同様だからと云う妙な結論に到着してくる。自分はふらふらとそこへ到着していたと見える。長蔵さんが働かないかと談判しているのは赤毛布で、赤毛布はすなわち自分である。何だか他人(ひと)が赤毛布を着て立ってるようには思われない。自分の魂が、自分を置き去りにして、赤毛布の中に飛び込んで、そうして長蔵さんから坑夫になれと談じつけられている。そこで、どうも情(なさけ)なくなっちまった。自分が直接に長蔵さんと応対している間は、人格も何も忘れているんだが、自分が赤毛布になって、君儲(もう)かるんだぜと説得されている体裁(ていさい)を、自分が傍(わき)へ立って見た日には方(かた)なしである。自分ははたしてこんなものかと、少しく興を醒(さ)まして赤毛布を、つらつら観察していた。

 ところが不思議にもこの赤毛布がまた自分と同じような返事をする。被(かぶ)ってる赤毛布ばかりじゃない、心底(しんそこ)から、この若い男は自分と同じ人間だった。そこで自分はつくづくつまらないなと感じた。その上もう一つつまらない事が重なったのは、長蔵さんが、にくにくしいほど公平で、自分の方が赤毛布(あかげっと)よりも坑夫に適していると云うところを少しも見せない。全く器械的にやっている。先口(せんくち)だから、もう少しこっちを贔屓(ひいき)にしたら好かろうと思うくらいであった。――これで見ると人間の虚栄心はどこまでも抜けないものだ。窮して坑夫になるとか、ならないとか云う切歯(せっぱ)詰った時でさえ自分はこれほどの虚栄心を有(も)っていた。泥棒に義理があったり、乞食に礼式があるのも全くこの格なんだろう。――しかしこの虚栄心の方は、自分すなわち赤毛布であると云うことを自覚して、大(おおい)につまらなくなったよりも、よほどつまらなさ加減が少かった。

 自分が大につまらなくなって、ぼんやり立っていると、二

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