5話 坑夫(5)
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人の談判は見る間に片づいてしまった。これは必ずしも長蔵さんがことほどさように上手だからと云う訳ではない。赤毛布の方がことほどさように馬鹿だったからである。自分はこの男を一概に馬鹿と云うが、あながち、自分に比較して軽蔑する気じゃけっしてない。自分の当時は、長蔵さんの話をはいはい聞く点において、すぐ坑夫になろうと承知する点において、その他いろいろの点において、全くこの若い男と同等すなわち馬鹿であったのである。もし強いて違うところを詮議したら赤毛布を被ってるのと絣を着ているとの差違くらいなものだろう。だから馬鹿と云うのは、自分と同じく気の毒な人と云う意味で、馬鹿のうちに少しぐらいは同情の意を寓したつもりである。
で、馬鹿が二人長蔵さんに尾いていっしょに銅山まで引っ張られる事になった。しかるに自分が赤毛布と肩を並べて歩き出した時、ふと気がついて見ると、さっきのつまらない心持ちがもう消えていた。どうも人間の了見ほど出たり引っ込んだりするものはない。有るんだなと安心していると、すでにない。ないから大丈夫と思ってると、いや有る。有るようで、ないようでその正体はどこまで行っても捕まらない。その後さる温泉場で退屈だから、宿の本を借りて読んで見たらいろいろ下らない御経の文句が並べてあったなかに、心は三世にわたって不可得なりとあった。三世にわたるなんてえのは、大袈裟な法螺だろうが、不可得と云うのは、こんな事を云うんじゃなかろうかと思う。もっともある人が自分の話を聞いて、いやそれは念と云うもので心じゃないと反対した事がある。自分はいずれでも御随意だから黙っていた。こんな議論は全く余計な事だが、なぜ云いたくなるかというと、世間には大変利口な人物でありながら、全く人間の心を解していないものがだいぶんある。心は固形体だから、去年も今年も虫さえ食わなければ大抵同じもんだろうくらいに考えているには弱らせられる。そうして、そう云う呑気な料簡で、人を自由に取り扱うの、教育するの、思うようにして見せるのと騒いでいるから驚いちまう。水だって流れりゃ返って来やしない。ぐずぐずしていりゃ蒸発しちまう。
とにかくこの際は、赤毛布と並んで歩き出した時、もう先刻のつまらない考えが蒸発していたと云う事だけを記憶して置いて貰えばいい。――そうして吾ながら驚いたのは、どうも赤毛布と並んで歩くのが愉快になって来た。もっともこの男は茨城か何かの田舎もので、鼻から逃げる妙な発音をする。芋の事を芋と訓じたのはこれからさきの逸話に属するが、歩き出したてから、あんまりありがたい音声ではなかった。その上顔が人並にできていなかった。この男に比べると角張った顎の、厚唇の長蔵さんなどは威風堂々たるものである。のみならず茨城の田舎を突っ走ったのみで、いまだかつて東京の地を踏んだことがない。そうして、赤い毛布が妙に臭い。それにもかかわらず自分はこの山里で、銅山行きの味方を得たような心持ちがして嬉しかった。自分はどうせ捨てる身だけれども、一人で捨てるより道伴があって欲い。一人で零落れるのは二人で零落れるのよりも淋しいもんだ。そう明らさまに申しては失礼に当るが、自分はこの男について何一つ好いてるところはなかったけれども、ただいっしょに零落れてくれると云う点だけがありがたいのでそれがため大いに愉快を感じた。それで歩き出すや否や、少し話もし掛けて見たくらいに、近しい仲となってしまった。これから推して考えると、川で死ぬ時は、きっと船頭の一人や二人を引き擦り込みたくなるに相違ない。もし死んでから地獄へでも行くような事があったなら、人のいない地獄よりも、必ず鬼のいる地獄を択ぶだろう。
そう云う訳で、たちまち赤毛布が好きになって、約一二町も歩いて来たら、また空腹を覚え出した。よく空腹を覚えるようだが、これは前段の続きでけっして新しい空腹ではない。順序を云うと、第一に精神が稀薄になって、もっとも刻下感に乏しい時に汽車を下りたんで、次に真直な往来を真直に突き当りの山まで見下したもんだからようやく正気づいたのは前申した通りである。それが機縁になって、今度は食気がついて、それから人格を認められていない事を認識して、はなはだつまらなくなって、つまらなくなったと思ったら坑夫の同類が出来て、少しく頽勢を挽回したと云うしだいになる。だに因ってまた空腹に立ち戻ったと説明したら善く呑み込めるだろう。さて空腹にはなったが、最後の一膳飯屋はもう通り越している。宿はすでに尽きかかった。行く手は暗い山道である。とうてい願は叶いそうもない。それに赤毛布は今食ったばかりの腹だから、勇ましくどんどん歩く。どうも、降参しちまった。そこで思い切って、最後の手段として長蔵さんに話しかけて見た。
「長蔵さん、これからあの山を越すんですか」
「あの取附の山かい。あれを越しちゃ大変だ。これから左へ切れるんさ」
と云ったなりまたすたすた歩いて行く。どうも是非に及ばない。
「まだよっぽどあるんですか、僕は少し腹が減ったんだが」
と、とうとう空腹の由を自白した。すると長蔵さんは
「そうかい。芋でも食うべい」
と、云いながら、すぐさま、左側の芋屋へ飛び込んだ。よく約束したように、そこん所に芋屋があったもんだ。これを大袈裟に云えば天佑である。今でもこの時の上出来に行った有様を回顧すると、おかしいばかりじゃない、嬉しい。もっとも東京の芋屋のように奇麗じゃなかった。ほとんど名状しがたいくらいに真黒になった芋屋で、芋屋と云えば芋屋だが、芋専門じゃない。と云って芋のほかに何を売ってるんだったか、今は忘れちまった。食う方に気を取られ過ぎたせいかとも思う。
やがて長蔵さんは両手に芋を載せて、真黒な家から、のそりと出て来た。入れ物がないもんだから、両手を前へ出して、
「さあ、食った」
と云う。自分は眼前に芋を突きつけられながら、ただ
「ありがとう」
と礼を述べて、芋を眺めていた。どの芋にしようかと考えた訳ではない。そんな選択を許すような芋ではなかった。赤くって、黒くって、瘠せていて、湿っぽそうで、それで所々皮が剥げて、剥げた中から緑青を吹いたような味が出ている。どれにぶつかったって大同小異である。そんなら一目惨澹たるこの芋の光景に辟易して、手を出さなかったかと云うと、そうでもない。自分の胃の状況から察すると、芋中のヽヽとも云わるべきこの御薩を快よく賞翫する食欲は十分有ったように思う。しかし「さあ、食った」と突きつけられた時は、何だかおびえたような気分で、おいきたと手を出し損なった。これはおおかた「さあ、食った」の云い方が悪かったんだろう。
自分が芋を取らないのを見て、長蔵さんは、少々もどかしいと云う眼つきで、再び
「さあ」
と、例の顎で芋を指しながら、前へ出した手頸を、食えと云う相図にちょっと動かした。よく考えて見ると、両手が芋で塞ってるんで、自分がどうかしてやらないと、長蔵さんは、いくら芋が食いたくても、口へ持って行く事ができないんであった。じれたのももっともである。そこで自分はようやく気がついて、二の腕で、変な曲線を描いて、右の手を芋まで持って行こうとすると、持って行く途中で、芋の方が一本ころころと往来の中へ落ちた。これはすぐさま赤毛布が拾った。拾ったと思ったら、
「この芋は好芋だ。おれが貰おう」
と云った。それでこの男は芋を芋と発音すると云う事が分った。
自分はこの時長蔵さんから、最初に三本、あとから一本締て五本、前後二回に受取ったと記憶している。そうしてそれを懐かしげに食いながら、いよいよ宿外れまで来るとまた一事件起った。
宿の外れには橋がある。橋の下は谷川で、青い水が流れている。自分はもう町が尽きるんだなとは思いながら、つい芋に心を奪われて、橋の上へ乗っかかるまでは川があるとも気がつかなかった。ところが急に水の音がするんで、おやと思うと橋へ出ている。川がある。水が流れている。――何だか馬鹿気た話だが、事実にもっとも近い叙述をやろうとすると、まあ、こう書くのが一番適切だろう、こう書いて置く。けっして小説家の弄ぶような法螺七分の形容ではない。これが形容でないとするとその時の自分がいかに芋を旨がったのかがおのずから分明になる。さて水音に驚いて、欄干から下を見ると、音のするのはもっともで、川の中に大きな石がだいぶんある。そうしてその形状がいかにも不作法にでき上って、あたかも水の通り道の邪魔になるように寝たり、突っ立ったりしている。それへ水がやけにぶつかる。しかもその水には勾配がついている。山から落ちた勢いをなし崩しに持ち越して、追っ懸けられるように跳って来る。だから川と云うようなものの、実は幅の広い瀑を月賦に引き延ばしたくらいなものである。したがって水の少ない割には大変烈しい。鼻っ端の強い江戸ッ子のようにむやみやたらに突っかかって来る。そうして白い泡を噴いたり、青い飴のようになったり、曲ったり、くねったりして下へ流れて行く。どうも非常にやかましい。時に日はだんだん暮れてくる。仰向いて見たが、日向はどこにも見えない。ただ日の落ちた方角がぽうっと明るくなって、その明かるい空を背負ってる山だけが目立って蒼黒くなって来た。時は五月だけれども寒いもんだ。この水音だけでも夏とは思われない。まして入日を背中から浴びて、正面は陰になった山の色と来たら、――ありゃ全体何と云う色だろう。ただ形容するだけなら紫でも黒でも蒼でも構わないんだが、あの色の気持を書こうとすると駄目だ。何でもあの山が、今に動き出して、自分の頭の上へ来て、どっと圧っ被さるんじゃあるまいかと感じた。それで寒いんだろう。実際今から一時間か二時間のうちには、自分の左右前後四方八方ことごとく、あの山のような気味のわるい色になって、自分も長蔵さんも茨城県も、全く世界一色の内に裹まれてしまうに違ないと云う事を、それとはなく意識して、一二時間後に起る全体の色を、一二時間前に、入日の方の局部の色として認めたから、局部から全体を唆かされて、今にあの山の色が広がるんだなと、どっかで虫が知らせたために、山の方が動き出して頭の上へ圧っ被さるんじゃあるまいかと云う気を起したんだなと――自分は今机の前で解剖して見た。閑があるととかく余計な事がしたくなって困る。その時はただ寒いばかりであった。傍にいる茨城県の毛布が羨ましくなって来たくらいであった。
すると橋の向うから――向たって突き当りが山で、左右が林だから、人家なんぞは一軒もありゃしない。――実際自分はこう突然人家が尽きてしまおうとは、自分が自分の足で橋板を踏むまでも思いも寄らなかったのである。――その淋しい山の方から、小僧が一人やって来た。年は十三四くらいで、冷飯草履を穿いている。顔は始めのうちはよく分らなかったが、何しろ薄暗い林の中を、少し明るく通り抜けてる石ころ路を、たった一人してこっちへひょこひょこ歩いて来る。どこから、どうして現れたんだか分らない。木下闇の一本路が一二丁先で、ぐるりと廻り込んで、先が見えないから、不意に姿を出したり、隠したりするような仕掛にできてるのかも知れないが、何しろ時が時、場所が場所だから、ちょっと驚いた。自分は四本目の芋を口へ宛がったなり、顎を動かす事を忘れて、この小僧をしばらくの間眺めていた。もっともしばらくと云ったって、わずか二十秒くらいなものである。芋はそれからすぐに食い始めたに違いない。
小僧の方では、自分らを見て、驚いたか驚かないか、その辺はしかと確められないが、何しろ遠慮なく近づいて来た。五六間のこっちから見ると頭の丸い、顔の丸い、鼻の丸い、いずれも丸く出来上った小僧である。品質から云うと赤毛布よりもずっと上製である。自分らが三人並んで橋向うの小路を塞いでいるのを、とんと苦にならない様子で通り抜けようとする。すこぶる平気な態度であった。すると長蔵さんが、また、
「おい、小僧さん」
と呼び留めた。小僧は臆した気色もなく
「なんだ」
と答えた。ぴたりと踏み留った。その度胸には自分も少々驚いた。さすがこの日暮に山から一人で降りて来るがものはある。自分などがこの小僧の年輩の頃は夜青山の墓地を抜けるのがいささか苦になったものだ。なかなかえらいと感心していると、長蔵さんは、
「芋を食わないかね」
と云いながら、食い残しを、気前よく、二本、小僧の鼻の前に出した。すると小僧はたちまち二本とも引ったくるように受け取って、ありがとうとも何とも云わず、すぐその一本を食い始めた。この手っ取り早い行動を熟視した自分は、なるほど山から一人で下りてくるだけあって自分とは少々訳が違うなと、また感心しちまった。それとも知らぬ小僧は無我無心に芋を食っている。しかも頬張った奴を、唾液も交ぜずに、むやみに呑み下すので、咽喉が、ぐいぐいと鳴るように思われた。もう少し落ちついて食う方が楽だろうと心配するにもかかわらず、当人は、傍で見るほど苦しくはないと云わんばかりにぐいぐい食う。芋だから無論堅いもんじゃない。いくら鵜呑にしたって咽喉に傷のできっこはあるまいが、その代り咽喉がいっぱいに塞がって、芋が食道を通り越すまでは呼息の詰る恐れがある。それを小僧はいっこう苦にしない。今咽喉がぐいと動いたかと思うと、またぐいと動く。後の芋が、前の芋を追っ懸けてぐいぐい胃の腑に落ち込んで行くようだ。二本の芋は、随分大きな奴だったが、これがためたちまち見る間に無くなってしまった。そうして、小僧はついに何らの異状もなかった。自分ら三人は何にも云わずに、三方から、この小僧の芋を食うところを見ていたが、三人共、食ってしまうまで、一句も言葉を交わさなかった。自分は腹の中で少しはおかしいと思った。しかし何となく憐れだった。これは単に同情の念ばかりではない。自分が空腹になって、長蔵さんに芋をねだったのは、つい、今しがたで、餓じい記憶は気の毒なほど近くにあるのに、この小僧の食い方は、自分より二三層倍餓じそうに見えたからである。そこへ持って来て、長蔵さんが、
「旨まかったか」
と聞いた。自分は芋へ手を出さない先からありがとうと礼を述べたくらいだから、食ったあとの小僧は無論何とか云うだろうと思っていたら、小僧はあやにく何とも云わない。黙って立っている。そうして暮れかかる山の方を見た。後から分ったがこの小僧は全く野生で、まるで礼を云う事を知らないんだった。それが分ってからはさほどにも思わなかったが、この時は何だ顔に似合わない無愛嬌な奴だなと思った。しかしその丸い顔を半分傾けて、高い山の黒ずんで行く天辺を妙に眺めた時は、また可愛想になった。それからまた少し物騒になった。なぜ物騒になったんだかはちょっと疑問である。小さい小僧と、高い山と、夕暮と山の宿とが、何か深い因縁で互に持ち合ってるのかも知れない。詩だの文章だのと云うものは、あんまり読んだ事がないが、おそらくこんな因縁に勿体をつけて書くもんじゃないかしら。そうすると妙な所で詩を拾ったり、文章にぶつかったりするもんだ。自分はこの永年方々を流浪してあるいて、折々こんな因縁に出っ食わして我ながら変に感じた事が時々ある。――しかしそれも落ちついて考えると、大概解けるに違ない。この小僧なんかやっぱり子供の時に聞いた、山から小僧が飛んで来たが化け損なったところくらいだろう。それ以上は余計な事だから考えずに置く。何しろ小僧は妙な顔をして、黒い山の天辺を眺めていた。
すると長蔵さんがまた聞き出した。
「御前、どこへ行くかね」
小僧はたちまち黒い山から眼を離して、
「どこへも行きゃあしねえ」
と答えた。顔に似合わずすこぶる無愛想である。長蔵さんは平気なもんで、
「じゃどこへ帰るかね」
と、聞き直した。小僧も平気なもんで、
「どこへも帰りゃしねえ」
と云ってる。自分はこの問答を聞きながら、ますます物騒な感じがした。この小僧は宿無に違ないんだが、こんなに小さい、こんなに淋しい、そうして、こんなに度胸の据った宿無を、今までかつて想像した事がないものだから、宿無とは知りながら、ただの宿無に附属する憐れとか気の毒とかの念慮よりも、物騒の方が自然勢力を得たしだいである。もっとも長蔵さんにはそんな感じは少しも起らなかったらしい。長蔵さんは、この小僧が宿無か宿無でないかを突き留めさえすれば、それでたくさんだったんだろう。どこへも行かない、またどこへも帰らない小僧に向って、
「じゃ、おいらといっしょにおいで。御金を儲けさしてやるから」
と云うと、小僧は考えもせず、すぐ、
「うん」
と承知した。赤毛布と云い、小僧と云い、実に面白いように早く話が纏まってしまうには驚いた。人間もこのくらい簡単にできていたら、御互に世話はなかろう。しかしそう云う自分がこの赤毛布にもこの小僧にも遜らないもっとも世話のかからない一人であったんだから妙なもんだ。自分はこの小僧の安受合を見て、少からず驚くと共に、天下には自分のように右へでも左へでも誘われしだい、好い加減に、ふわつきながら、流れて行くものがだいぶんあるんだと云う事に気がついた。東京にいるときは、目眩いほど人が動いていても、動きながら、みんな根が生えてるんで、たまたま根が抜けて動き出したのは、天下広しといえども、自分だけであろうくらいで、千住から尻を端折って歩き出した。だから心細さも人一倍であったが、この宿で、はからずも赤毛布を手に入れた。赤毛布を手に入れてから、二十分と立たないうちにまたこの小僧を手に入れた。そうして二人とも自分よりは遥に根が抜けている。こう続々同志が出来てくると、行く先は山だろうが、河だろうが、あまり苦にはならない。自分は幸か不幸か、中以上の家庭に生れて、昨日の午後九時までは申し分のない坊ちゃんとして生活していた。煩悶も坊ちゃんとしての煩悶であったのは勿論だが、煩悶の極試みたこの駆落も、やっぱり坊ちゃんとしての駆落であった。さればこそ、この駆落に対して、不相当にもったいぶった意味をつけて、ありがたがらないまでも、一生の大事件のように考えていた。生死の分れ路のように考えていた。と云うものは坊ちゃんの眼で見渡した世の中には、駆落をしたものは一人もない。――たまにあれば新聞にあるばかりである。ところが新聞では駆落が平面になって、一枚の紙に浮いて出るだけで、云わばあぶり出しの駆落だから、食べたって身にはならない。あたかも別世界から、電話がかかったようなもので、はあ、はあ、と聞いてる分の事である。だから本当の意味で切実な駆落をするのは自分だけだと云うありがたみがつけ加わってくる。もっとも自分はただ煩悶して、ただ駆落をしたまでで、詩とか美文とか云うものを、あんまり読んだ事がないから、自分の境遇の苦しさ悲しさを一部の小説と見立てて、それから自分でこの小説の中を縦横に飛び廻って、大いに苦しがったりまた大いに悲しがったりして、そうして同時に自分の惨状を局外から自分と観察して、どうも詩的だなどと感心するほどなませた考えは少しもなかった。自分が自分の駆落に不相当なありがたみをつけたと云うのは、自分の不経験からして、さほど大袈裟に考えないでも済む事を、さも仰山に買い被って、独りでどぎまぎしていた事実を指すのである。しかるにこのどぎまぎが赤毛布に逢い、小僧に逢って、両人の平然たる態度を見ると共に、いつの間にやら薄らいだのは、やっぱり経験の賜である。白状すると当時の赤毛布でも当時の小僧でも、当時の自分よりよっぽど偉かったようだ。
こう手もなく赤毛布がかかる。小僧がかかる。そう云う自分も、たわいもなく攻め落された事実を綜合して考えて見ると、なるほど長蔵さんの商売も、満更待ち草臥の骨折損になる訳でもなかった。坑夫になれますよ、はあ、なれますか、じゃなりましょうと二つ返事で承知する馬鹿は、天下広しといえども、尻端折で夜逃をした自分くらいと思っていた。したがって長蔵さんのような気楽な商売は日本にたった一人あればたくさんで、しかもその一人が、まぐれ当りに自分に廻り合せると云う運勢をもって生れて来なくっちゃ、とても商売にならないはずだ。だから大川端で眼の下三尺の鯉を釣るよりもよっぽどの根気仕事だと、始めから腰を据えてかかるのが当然なんだが、長蔵さんはとんとそんな自覚は無用だと云わぬばかりの顔をして、これが世間もっとも普通の商売であると社会から公認されたような態度で、わるびれずに往来の男を捉まえる。するとその捉まえられた男が、不思議な事に、一も二もなく、すぐにうんと云う。何となくこれが世間もっとも普通の商売じゃあるまいかと疑念を起すように成功する。これほど成功する商売なら、日本に一人じゃとても間に合わない、幾人あっても差支ないと云う気になる。――当人は無論そう思ってるんだろう。自分もそう思った。
この呑気な長蔵さんと、さらに呑気な小僧に赤毛布と、それから見様見真似で、大いに呑気になりかけた自分と、都合四人で橋向うの小路を左へ切れた。これから川に沿って登りになるんだから、気をつけるが好いと云う注意を受けた。自分は今芋を食ったばかりだから、もう空腹じゃない。足は昨夕から歩き続けで草臥れてはいるが、あるけばまだ歩ける。そこで注意の通り、なるべく気をつけて、長蔵さんと赤毛布の後を跟けて行った。路があまり広くないので四人は一行に並べない。だから後を跟ける事にした。小僧は小さいからこれも一足後れて、自分と摺々くらいになって食っついてくる。
自分は腹が重いのと、足が重