春昼

6話

1,236字 約2分 2006年8月26日 公開

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随分(ずいぶん)御参詣はありますか。」

 先ず差当(さしあた)り言うことはこれであった。

 出家は(うなず)くようにして、机の前に座を斜めに整然(きちん)と坐り、

「さようでございます。御繁昌(ごはんじょう)と申したいでありますが、当節は余りござりません。以前は、荘厳美麗(そうごんびれい)結構なものでありましたそうで。

 貴下(あなた)、今お通りになりましてございましょう。此処(ここ)からも見えます。この山の(すそ)へかけまして、ずッとあの菜種畠(なたねばたけ)(あたり)七堂伽藍(しちどうがらん)建連(たてつら)なっておりましたそうで。書物(かきもの)にも見えますが、三浦郡(みうらごおり)久能谷(くのや)では、この岩殿寺(いわとでら)が、土地の草分(くさわけ)と申しまする。

 坂東(ばんどう)第二番の巡拝所(じゅんぱいじょ)、名高い霊場(れいじょう)でございますが、唯今(ただいま)ではとんとその旧跡(きゅうせき)とでも申すようになりました。

 (みょう)なもので、かえって遠国(えんごく)(しゅう)の、参詣が多うございます。近くは上総(かずさ)下総(しもうさ)、遠い処は九州西国(さいこく)あたりから、聞伝(ききつた)えて巡礼なさるのがあります(ところ)、この(かた)たちが、当地へござって、この近辺で聞かれますると、つい知らぬものが多くて、大きに迷うなぞと言う、お話しを聞くでございますよ。」

「そうしたもんです。」

「ははは、如何(いか)にも、」

 と言ってちょっと言葉が途切(とぎ)れる。

 出家の(ことば)は、(いささ)か寄附金の勧化(かんげ)のように聞えたので、少し気になったが、煙草(たばこ)の灰を落そうとして目に()まった火入(ひいれ)の、いぶりくすぶった色あい、マッチの(もえ)さしの突込(つッこ)加減(かげん)巣鴨辺(すがもへん)弥勒(みろく)の出世を待っている、真宗大学(しんしゅうだいがく)の寄宿舎に似て、余り世帯気(しょたいげ)がありそうもない(ところ)は、(おおい)胸襟(きょうきん)を開いてしかるべく、勝手に見て取った。

 そこでまた清々(すがすが)しく一吸(ひとすい)して、山の()の煙を吐くこと、遠見(とおみ)鉄拐(てっかい)の如く、

「夏はさぞ(すずし)いでしょう。」

「とんと暑さ知らずでござる。御堂(おどう)は申すまでもありません、下の仮庵室(かりあんじつ)なども至極(しごく)その(すずし)いので、ほんの草葺(くさぶき)でありますが、()と御帰りがけにお立寄(たちよ)り、御休息なさいまし。木葉(きのは)(くす)べて渋茶(しぶちゃ)でも献じましょう。

 荒れたものでありますが、いや、茶釜(ちゃがま)から尻尾(しっぽ)でも出ましょうなら、また一興(いっきょう)でござる。はははは、」

「お(うらやまし)御境涯(ごきょうがい)ですな。」

 と客は言った。

「どうして、貴下(あなた)、さように悟りの開けました智識(ちしき)ではございません。一軒屋の一人住居(ひとりずまい)心寂しゅうござってな。唯今(ただいま)も御参詣のお姿を、あれからお見受け申して、あとを慕って来ましたほどで。

 時に、どちらに御逗留(ごとうりゅう)?」

(わたし)? 私は()きその停車場(ステイション)最寄(もより)(ところ)に、」

「しばらく、」

先々月(せんせんげつ)あたりから、」

「いずれ、御旅館で、」

(いいえ)一室(ひとま)借りまして自炊(じすい)です。」

「は、は、さようで。いや、不躾(ぶしつけ)でありまするが、思召(おぼしめ)しがござったら、仮庵室(かりあんじつ)御用にお立て申しまする。

 (はなは)唐突(とうとつ)でありまするが、昨年夏も、お一人な、やはりかような事から、貴下(あなた)がたのような御仁(ごじん)御宿(おやど)をいたしたことがありまする。

 御夫婦でも(よろ)しい。お二人ぐらいは楽でありますから、」

「はい、ありがとう。」

 と莞爾(にっこり)して、

「ちょっと、通りがかりでは、こういう(ところ)が、こちらにあろうとは思われませんね。真個(ほんとう)()い御堂ですね、」

「折々御遊歩(ごゆうほ)においで下さい。」

勿体(もったい)ない、おまいりに来ましょう。」

 何心(なにごころ)なく言った顔を、(いぶか)しそうに打視(うちなが)めた。

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