春昼

5話

1,170字 約2分 2006年8月26日 公開

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 一座の霊地(れいち)は、(かれ)らのためには平等利益(びょうどうりやく)(たのし)く美しい、花園である。一度(もう)でたらんほどのものは、五十里、百里、三百里、筑紫(つくし)の海の(はて)からでも、思いさえ浮んだら、(つか)()此処(ここ)に来て、虚空(こくう)花降(はなふ)る景色を見よう。月に白衣(びゃくえ)の姿も拝もう。熱あるものは、楊柳(ようりゅう)の露の(したたり)を吸うであろう。恋するものは、優柔(しなやか)御手(みて)(すが)りもしよう。御胸(おんむね)にも(いだ)かれよう。はた迷える人は、緑の(いらか)(あけ)玉垣(たまがき)、金銀の柱、朱欄干(しゅらんかん)瑪瑙(めのう)(きざはし)花唐戸(はなからど)玉楼金殿(ぎょくろうきんでん)を空想して、鳳凰(ほうおう)の舞う(たつ)宮居(みやい)に、牡丹(ぼたん)に遊ぶ麒麟(きりん)を見ながら、獅子王(ししおう)の座に朝日影さす、桜の花を(ふすま)として、明月(めいげつ)の如き真珠を枕に、勿体(もったい)なや、御添臥(おんそいぶし)を夢見るかも知れぬ。よしそれとても、大慈大悲(だいじだいひ)観世音(かんぜおん)(とが)(たま)わぬ。

 さればこれなる彫金(ほりきん)魚政(うおまさ)はじめ、此処(ここ)に霊魂の(かよ)う証拠には、いずれも巡拝(じゅんぱい)(ふだ)を見ただけで、どれもこれも、女名前(おんななまえ)のも、ほぼその容貌と、風采(ふうさい)と、従ってその挙動までが、朦朧(もうろう)として影の如く目に浮ぶではないか。

 かの新聞で披露(ひろう)する、諸種の義捐金(ぎえんきん)や、建札(たてふだ)(ひょう)に掲示する寄附金の署名が写実である時に、これは理想であるといっても()かろう。

 微笑(ほほえ)みながら、一枚ずつ。

 扉の方へうしろ向けに、(おおき)賽銭箱(さいせんばこ)のこなた、薬研(やげん)のような破目(われめ)の入った丸柱(まるばしら)(なが)めた時、一枚懐紙(かいし)切端(きれはし)に、すらすらとした女文字(おんなもじ)

うたゝ()に恋しき人を見てしより

夢てふものは頼みそめてき

――玉脇(たまわき)みを――

 と(やさ)しく(うつくし)く書いたのがあった。

「これは御参詣で。もし、もし、」

 はッと心付くと、(あさ)法衣(ころも)(そで)をかさねて、出家(しゅっけ)が一人、裾短(すそみじか)藁草履(わらぞうり)穿()きしめて間近(まぢか)に来ていた。

 振向(ふりむ)いたのを、莞爾(にこ)やかに()み迎えて、

(ちっ)とこちらへ。」

 賽銭箱(さいせんばこ)(わき)を通って、格子戸に及腰(およびごし)

南無(なむ)」とあとは口の(うち)で念じながら、左右へかたかたと(しずか)に開けた。

 出家は、真直(まっす)ぐに御廚子(みずし)の前、かさかさと袈裟(けさ)をずらして、(たもと)からマッチを出すと、伸上(のびあが)って御蝋(おろう)を点じ、(ひたい)(たなそこ)を合わせたが、引返(ひきかえ)してもう一枚、(たたず)んだ人の前の戸を開けた。

 虫ばんだが一段高く、かつ幅の広い、部厚(ぶあつ)敷居(しきい)の内に、縦に四畳(よじょう)ばかり敷かれる。壁の透間(すきま)樹蔭(こかげ)はさすが、(へり)なしの(たたみ)青々(あおあお)と新しかった。

 出家は、上に(なん)にもない、小机(こづくえ)の前に坐って、火入(ひいれ)ばかり、煙草(たばこ)なしに、灰のくすぼったのを押出(おしだ)して、自分も一膝(ひとひざ)、こなたへ進め、

(ちっ)とお休み下さい。」

 また、かさかさと(たもと)を探って、

「やあ、マッチは此処(ここ)にもござった、ははは、」

 と、も(ひと)ツ机の下から。

「それではお邪魔を、ちょっと、拝借。」

 とこなたは敷居越(しきいごし)に腰をかけて、此処(ここ)からも空に連なる、海の色より、より(こまやか)(かすみ)を吸った。

真個(ほんと)に、結構な御堂(おどう)ですな、()い景色じゃありませんか。」

「や、もう大破(たいは)でござって。おもりをいたす仏様に、こう申し上げては済まんでありますがな。ははは、私力(わたくしちから)にもおいそれとは参りませんので、行届(ゆきとど)かんがちでございますよ。」

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