8話 第八場 その四
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阿難 ――師よ、なつかしき師よ。わたくしは何という不甲斐ない性分なので御座いましょう。またしても女人の煩悩の網に掛りました。その上このような浅ましい姿で尊いおん眼に触れました。自殺ということがもし出家に許されるのであったなら、ああ……わたくしは、只今すぐにこの恥辱より逃れることが出来ましょうに……恐れ多い申し分では御座いますが、わたくしは世尊が、人間に自殺をお禁じになった事をお恨みに存じます。
釈尊 ――(少し眼を瞬きながら)阿難よ。お前は恥辱の観念が、人間に取って、死よりも苦しみなのを知ったか。恥に攻められる人間は、冷たい死を寝床のようにも慕うものであることを知ったか。しばらくその儘辛抱するが宜い。その苦しみを奥歯でじっと噛み絞めるが宜い。そして、今お前が虐まれて居るその恥辱に、まともに向い合って呉れ。眼を外らすでは無いぞ。憐れみを乞うでは無いぞ。
阿難 ――師よ。何という情ない命令をお下しになられます。それはわたくしの心力ではとても及ばぬ所業なので御座います。熱湯は咽喉の熱さを我慢すればどうやら嚥み下す事が出来ます。然しこの恥ばかりは、焔の舌先に一々意地悪い曲りくねった鉤が付いて居て、もしこれに触れるものなら、心の皮膚は紫に爛れ込んで仕舞います。顔を振向けようも御座いません。お慈悲で御座います。御情で御座います。たった一言宥すと仰しゃって下さいまし。師よ、わたくしは悔に虐まれて、息が詰りそうなので御座います。
釈尊 ――阿難よ。仏は人々の持つ心力の程度を実の如く知ろしめし給う。今、お前に命ずる処のものは、お前に取って堪え得られる分際のものでしか無い。阿難よ。勇気を出すが宜い。心弱くては生命に到り難いぞ。
阿難 ――師よ、懺悔いたします。どうぞお宥し下さい。お宥し下さい。どうぞ、どうぞ、わたくしの罪を……。
娘 ――尊き世尊よ。阿難さまは息も絶え絶えとなって居られます。どう致しましょうか。どう致したら宜しゅう御座いましょうか。
釈尊 ――娘よ、騒ぐには及ばぬ。阿難は今、罪より生命を産む陣痛に在るのだ。産に必要なのは、時間とそして共に苦しむ人である。阿難の為に必要な時間は、これを日天に任せる。阿難と共に苦しむ人は、すなわち茲に在る。娘よ、落付いてわしの身体を見るが宜い。
娘 ――おお! 金色の御肌より血の汗が! 血の汗が!
釈尊 ――阿難よ。お前は先ず、地水火風の仮合から出来た肉の耳を捨てるが宜い。小ざかしき智慧才覚で、好しの悪のと聴き分くる心の耳を捨てるが宜い。聞く事を更に聞き知り、響きの響きを悟らせる、その源の耳に還ってわしのいう事を今よく聴け。阿難よ。お前は今悔て居る。息の根も絶え絶えに悔て居る。然しその悔は何処から来たのか。どうして来たのか。
阿難よ。悔は罪より来た。罪はそれをそうさせる理由のものがある。理由とは縁と因とである。阿難よ。可哀相にお前は宿世によって情にもろい性質に生れついて来た。薄紙の風に慄え易いように、お前の性質は人の情に感じ易くて堅固でない。従ってまた用心を欠く。それが求道の中途にあって肉親の温かい記憶を呼んだり、ある時は迂闊に道の辺の女人に水を求めて、はしなく恋情を醸さしめたりする。水の沁み易い土地はみずから招かざるも水より来って自ら沁む。これが因であるのだ。その性質へさらに女の深い情が縁として加わった。お前が罪を作ったのは結果だ。そしてその罪が悔を生んだ。
阿難よ。もしお前に求道の念さえ無かったなら、お前のしたことは、罪とも悔ともならなかったに違いないものを。お前に求道の念があるだけにそれに照し合せてお前は自分の醜さを見出した。そしてお前はそのように苦しんで居る。息も絶え絶えに苦しんで居る。
(阿難はとうとう気絶してしまう。娘はおろおろとして阿難を抱きかかえてみたり、また釈尊の前へ駈け寄ったり、正体もなく嘆く。)
娘 ――おお、阿難さまがお死になされます。お死になされます。
釈尊 ――娘よ、騒ぐな。阿難はしばらく凡身の機関を休めた迄なのだ。死んだのでは無い……。この念慮を絶し、思詮を越えたる一実平等の世界の風光は、仏と仏とのみよく究尽し給うところのものである。凡夫の出る息入る息に係わりは無い。
阿難よ。お前は道に賢い方法を取った、お前は凡身の息を止めて仏性の息を呼吸し始めた。お前の本当の眼は開き出した。お前の本当の耳は聞え出した。お前は止息のままで諦かに聴くが宜い。わしは進んで深く語り継ぐであろう。
阿難よ。お前は今、わしが語ったところによって、この世にありとあらゆるもののどれ一つとして実体のあることなきを悟った事と思う。ありとあらゆるものみなが夢幻泡影である。因縁所生の果である。斯くの如くして阿難よ、お前の罪を遡って考えて見て、お前の罪を生んだと思うところの第一の原因であるお前の情にもろい性格さえも、それは実体の無い因と縁との掛け合せなのが判った事と思う。その因と縁のもつれを仮りに宿世と名づけられてある。それもまた砕けば因と縁の掛け合せなのが分った事と思う。更に遡って重々無尽である。浪は浪によって浪を起す。浪の由来も行衛も知れぬ。在るところのものは一実平等の海の水ばかりである。如々としてそれ自ら治めるところの生命ばかりである。
阿難よ。およそ人間が罪を犯し、その罪を拭い去るに三つの方法がある。一つはその罪に倍増した善業によってこれを償うことである。二つには生命の前に誠を披瀝して懺悔することである。三つには罪性の空なる道理を悟って、道理に悖る執着の己れを捨て放つことである。
然し人々には、各持って生れた機根の相違があるゆえ、人々は自分の機根に於てこのうちのどれか一つを選んで宜しい。阿難よ。お前は出家の身の上だ。道に対し「易き」を求め「難き」を避けてはならぬ。悔の牙に噛み攻められ、殆ど自己の信任を失して仕舞うほどの心を引立てて、面を焦さんばかりの罪にまともに向き合って、その中より生命の浄化の秘密を探り出す般若の行道、これこそもっともお前に相応したものである。尊き阿難よ。お前は今、それを成しつつある。
阿難よ、お前は幼い時出家して今日まで有漏のさわりを竹の節を抜ように順々に抜いて来た。そして僅に残って居る一節二節は、骨肉に対するやみ難き愛着の情であった。この執着は春の道の辺の陽炎のように、有りとして踏めば無くなる。無しとして顧みれば在る。随分始末に悪い煩悩なのだ。
愛は愛を呼ぶ。葛と藤とは違った性質の蔓ではあるが、触れればもつれ合うのが元来どちらの蔓の性でもある。お前の一念は、娘の一念にもつれ合う便りを与えた。かくてお前は娘に縋られたのだ。
しかし阿難よ、お前の上には黎明が来た。お前はもう醒めてもいい時刻だ。法浴の後の一物にも染まない浄身を率て、再び人間に生れ戻るが宜い。お前が今、再びこの世に眼を開く時、さし出ずる慧日は必ずやお前に新なるものを見せるであろう。
(暫らく天地に息を呑むような静粛が続く。その間に陽はずんずん昇り、周囲は明るくなる。やがて阿難の死んだような体から、かすかなうめき声が洩れ始め、その声は段々高くなって行く。最後にその声の頂点となった時、口から紅の毒華の様な色を吐く。脅えて阿難を見て居た娘は、その時急いで駈け寄り阿難の口に袂を覆う。阿難は娘の袂を退け、上体を引立て眼を明かに開く。この時阿難の口はもはやきれいになり居る。)
阿難 ――(釈尊には気づかざるものの如く)はははは……面白い煩悩よ、好もしい罪よ。わたしはもうお前等を恐れはしない。お前等を追い払う心は無くなった……それをまた何故にお前等はそのように肩をせばめて逃げて行くのだ。傍へ寄って来るが宜い。煩悩よ。煩悩よ。(手を差し出して)さあ来ないか。寄って来ないか。(手を引きこめて)お前達はまだわたしがお前達を仇のように憎んで居ると思って居るのか。それは大きな思違いだ。わたしの眼を開いて呉れたのは、難みよ、お前だ。わたしを難みに引き入れて呉れたのは、罪よ、お前の骨折のお蔭ではないか。結句お前達は、わたしの恩人だ。だからわたしは今はもう、お前達に感謝こそすれ、仇敵と思う心は毛頭もない筈ではないか。
(阿難、今度は娘の方を向く。)
阿難 ――おお、娘、あなたは、まだ其処に居たのですか。
娘 ――(一寸呆れたが、おずおず。)お気がつきましたか。御気分は如何で御座います。
阿難 ――そんな事はどうでも宜いのです。それよりか悦んで下さい。阿難はあなたのどんな心持ちでも享けることが出来るようになりました。
娘 ――まあ!
阿難 ――御覧なさい、わたしの眼を。今までわたしはあなたの眼をまともに見ることが出来なかった。なぜならばあなたの眼には罠が仕掛けてあったからです。それをまともに見たら、わたしの心は直ぐにその罠に引っ掛りそうだったからです。しかし今はそんなことはない。
(阿難、娘の眼の中へ自分の瞳を差し込むばかり強く視詰める。)
娘 ――(たじろいで)そんなに御覧遊ばしては眩しゅう御座います。
阿難 ――今更どうした事なのです。わたしの眼は、あなたの罠のなかへなりと、情の渦のなかへなりと、素直に捉えられると云って居るではないか……。わたしはあなたに捉えられてそこに安住するとき、却てあなたを罠ごとわたしの生命に浄化する便りになることがわかったのです。
娘 ――(阿難の傍を離れ舞台の隅に来て顔を掩いながら、独白)わたしは今でも阿難さまを愛して居る。それでいて、今は阿難さまを見詰められなくなった。どうした事なのだろう。
(阿難、娘の袂を執って)
阿難 ――愛し合ましょう。遠慮なさるな。そして若し、それが宿世の因縁であるとしたら、わたしはあなたと結婚でも何でもします。たとえその罪によって、一度は地獄畜生の界に堕ちるにしても、わたしはあなたの為に紅焔のなかの青蓮華となり、あなたを無事に包みましょう。
やがて時節到来して、どちらか一人が仏の位に昇れるお許しを得るとしても、あなたを先きへ栄光の位に即かせ、あなたの幸福な姿を見てわたしは悦んで満足しよう。
あなたは少しも心配せずとも、あなたの愛の儘で動いて下さい。分りましたか、分ったか、娘さん。
(阿難はしきりに娘の袂を揺る。娘の体は段々くずれ折れて行く。遂に阿難の膝下に身を投げる。手はいつしか合掌して居る。嗚咽の声で言葉が途切れ途切れに出る。)
娘 ――勿体のう御座います。阿難さま。わたくしはどうして宜いか判らなくなりました……。先程まではあなたさまが澄み切った顔をなされて、わたくしにつれなくなさる程、わたくしの恋慕の情が燃えました。あなたを捉えようと意地になったので御座います。
処が只今の打って変った御様子、すべてを与えて私を充たして下さろうとなさる御志し、その情のお言葉の端から、み仏の光がわたくしの心に射して、わたくしはもう、勿体ない気持ち許りなので御座います。
……わたくしはもう欲界の愛の心で、あなた様をお穢し申し度くありません。というて、このままお別れ致すのも心残りで御座います。そしてわたくしもまたあなた様の為め、何かして差し上げ度い、そしてわたくしのあなた様を思う心の遣り所を、何処かに見出し度う御座います……。おお尊きみ仏よ。この愚な女の取る術は、どうなので御座います。お教え下さいまし、お願いで御座います。
(阿難と娘の対話の間、暝目して定に入って居た釈尊は、娘の願いを聞いて静かに眼を開く。)
釈尊 ――娘よ。お前は阿難のいう通り、阿難と結婚したが宜かろう。
(阿難、釈尊の声を聞き、恐縮して娘の傍にうずくまる。)
娘 ――それは本当なので御座いますか。
釈尊 ――ただし、それには少し註文がある。お前はそれを聴き入れるか。
娘 ――お断りする力が御座いません。
釈尊 ――阿難との結婚の為にはお前は髪を切らねばならぬ。また白衣を身に着けねばならぬ。
娘 ――(やや驚きつつ)……何故に髪を切り、白衣を着ねばなりませぬか……。
釈尊 ――彼の世界では髪を切ることが髪を結ぶことであり、衣の色を除くことが衣の色を飾ることであるのだ。
娘 ――ではわたくしは、もしや尼僧に……?
釈尊 ――それが彼の世界で式を挙げる、聖なる結婚の花嫁姿だ。この世の飾りは邪魔になろうよ。
娘 ――(泣きつつ)……判りました。
釈尊 ――阿難よ。娘の髪を截ることをお前に命令けよう。随分いたわってやるが宜い。
阿難 ――畏まりました。
(釈尊座を立ち、後向になって涙を拭う。阿難と娘は手を執り合って泣く。)