高野聖

12話 十二

1,190字 約2分 1999年1月30日 公開

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「(さあ、私に()いてこちらへ、)と件の米磨桶(こめとぎおけ)引抱(ひっかか)えて手拭(てぬぐい)を細い帯に(はさ)んで立った。

 髪は(ふっさ)りとするのを(たば)ねてな、(くし)をはさんで(かんざし)()めている、その姿の()さというてはなかった。

 (わし)も手早く草鞋を()いたから、早速古下駄を頂戴(ちょうだい)して、縁から立つ時ちょいと見ると、それ例の白痴殿(ばかどの)じゃ。

 同じく(わし)(かた)をじろりと見たっけよ、舌不足(したたらず)饒舌(しゃべ)るような、()にもつかぬ声を出して、

(ねえ)や、こえ、こえ。)といいながら()だるそうに手を持上げてその蓬々(ぼうぼう)と生えた天窓(あたま)()でた。

(坊さま、坊さま?)

 すると婦人(おんな)が、(しも)ぶくれな顔にえくぼを刻んで、三ツばかりはきはきと続けて頷いた。

 少年はうむといったが、ぐたりとしてまた(へそ)をくりくりくり。

 (わし)は余り気の毒さに顔も上げられないでそっと盗むようにして見ると、婦人(おんな)は何事も別に気に()けてはおらぬ様子、そのまま後へ()いて出ようとする時、紫陽花(あじさい)の花の(かげ)からぬいと出た一名の親仁(おやじ)がある。

 背戸(せど)から廻って来たらしい、草鞋を穿()いたなりで、胴乱(どうらん)根付(ねつけ)紐長(ひもなが)にぶらりと()げ、銜煙管(くわえぎせる)をしながら並んで立停(たちどま)った。

和尚(おしょう)様おいでなさい。)

 婦人(おんな)はそなたを振向いて、

(おじ様どうでござんした。)

(さればさの、頓馬(とんま)で間の抜けたというのはあのことかい。根ッから早や(きつね)でなければ乗せ得そうにもない(やつ)じゃが、そこはおらが口じゃ、うまく仲人(なこうど)して、二月(ふたつき)三月(みつき)はお嬢様(じょうさま)がご不自由のねえように、翌日(あす)はものにしてうんとここへ(かつ)ぎ込みます。)

(お頼み申しますよ。)

(承知、承知、おお、嬢様どこさ行かっしゃる。)

(崖の水までちょいと。)

(若い坊様連れて川へ落っこちさっしゃるな、おらここに眼張(がんば)って待っとるに、)と横様(よこざま)に縁にのさり。

貴僧(あなた)、あんなことを申しますよ。)と顔を見て微笑(ほほえ)んだ。

(一人で参りましょう、)と(わき)退()くと、親仁(おやじ)はくっくっと笑って、

(はははは、さあ、早くいってござらっせえ。)

(おじ様、今日はお前、(めずら)しいお客がお二方ござんした、こういう時はあとからまた見えようも知れません、次郎さんばかりでは来た者が弱んなさろう、(わたし)が帰るまでそこに休んでいておくれでないか。)

(いいともの。)といいかけて、親仁(おやじ)は少年の(そば)へにじり寄って、鉄挺(かなてこ)を見たような(こぶし)で、背中をどんとくらわした、白痴(ばか)の腹はだぶりとして、べそをかくような口つきで、にやりと笑う。

 (わし)はぞっとして(おもて)を背けたが、婦人(おんな)何気(なにげ)ない(てい)であった。

 親仁(おやじ)は大口を開いて、

(留守におらがこの亭主を盗むぞよ。)

(はい、ならば手柄(てがら)でござんす、さあ、貴僧(あなた)参りましょうか。)

 背後(うしろ)から親仁が見るように思ったが、導かるるままに(かべ)について、かの紫陽花のある方ではない。

 やがて背戸と思う処で左に馬小屋を見た、ことことという音は羽目(はめ)()るのであろう、もうその辺から薄暗くなって来る。

貴僧(あなた)、ここから下りるのでございます、(すべ)りはいたしませぬが、道が(ひど)うございますからお(しずか)に、)という。」

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