高野聖

14話 十四

1,259字 約3分 1999年1月30日 公開

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「(いい塩梅(あんばい)に今日は水がふえておりますから、中へ入りませんでもこの上でようございます。)と甲を(ひた)して爪先(つまさき)(かが)めながら、雪のような素足で石の(ばん)の上に立っていた。

 自分達が立った(かわ)は、かえってこっちの山の裾が水に迫って、ちょうど切穴の形になって、そこへこの石を()めたような(あつらえ)。川上も下流も見えぬが、向うのあの岩山、九十九折(つづらおり)のような形、流は五尺、三尺、一間ばかりずつ上流の方がだんだん遠く、飛々(とびとび)に岩をかがったように隠見(いんけん)して、いずれも月光を浴びた、銀の(よろい)の姿、()のあたり近いのはゆるぎ糸を(さば)くがごとく真白に(ひるがえ)って。

(結構な流れでございますな。)

(はい、この水は源が(たき)でございます、この山を旅するお方は()な大風のような音をどこかで聞きます。貴僧(あなた)はこちらへいらっしゃる道でお心着きはなさいませんかい。)

 さればこそ山蛭(やまびる)大藪(おおやぶ)へ入ろうという少し前からその音を。

(あれは林へ風の当るのではございませんので?)

(いえ、(たれ)でもそう申します、あの森から三里ばかり傍道(わきみち)へ入りました処に大滝があるのでございます、それはそれは日本一だそうですが、(みち)(けわ)しゅうござんすので、十人に一人参ったものはございません。その滝が()れましたと申しまして、ちょうど今から十三年前、(おそろ)しい洪水(おおみず)がございました、こんな高い処まで川の底になりましてね、(ふもと)の村も山も家も残らず流れてしまいました。この(かみ)(ほら)も、はじめは二十軒ばかりあったのでござんす、この流れもその時から出来ました、ご覧なさいましな、この通り皆な石が流れたのでございますよ。)

 婦人(おんな)はいつかもう米を(しら)げ果てて、衣紋(えもん)の乱れた、乳の(はし)もほの見ゆる、(ふく)らかな胸を(そら)して立った、鼻高く口を結んで目を恍惚(うっとり)と上を向いて頂を仰いだが、月はなお半腹のその累々(るいるい)たる(いわお)を照すばかり。

(今でもこうやって見ますと(こわ)いようでございます。)と屈んで()(うで)の処を洗っていると。

(あれ、貴僧(あなた)、そんな行儀(ぎょうぎ)のいいことをしていらしってはお(めし)()れます、気味が悪うございますよ、すっぱり裸体(はだか)になってお洗いなさいまし、私が流して上げましょう。)

(いえ、)

(いえじゃあござんせぬ、それ、それ、お法衣(ころも)(そで)(ひた)るではありませんか、)というと突然(いきなり)背後(うしろ)から帯に手をかけて、身悶(みもだえ)をして縮むのを、邪慳(じゃけん)らしくすっぱり()いで取った。

 (わし)師匠(ししょう)(きび)しかったし、経を読む身体(からだ)じゃ、(はだ)さえ脱いだことはついぞ覚えぬ。しかも婦人(おんな)の前、蝸牛(まいまいつぶろ)が城を明け渡したようで、口を()くさえ、まして手足のあがきも出来ず、背中を円くして、(ひざ)を合せて、縮かまると、婦人(おんな)は脱がした法衣(ころも)(かたわ)らの枝へふわりとかけた。

(お召はこうやっておきましょう、さあお(せな)を、あれさ、じっとして。お嬢様とおっしゃって下さいましたお礼に、叔母さんが世話を焼くのでござんす、お人の悪い。)といって片袖を前歯で引上げ、玉のような二の腕をあからさまに背中に乗せたが、じっと見て、

(まあ、)

(どうかいたしておりますか。)

(あざ)のようになって、一面に。)

(ええ、それでございます、(ひど)い目に()いました。)

 思い出してもぞッとするて。」

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