高野聖

17話 十七

1,224字 約2分 1999年1月30日 公開

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「優しいなかに強みのある、気軽に見えてもどこにか落着のある、馴々(なれなれ)しくて犯し(やす)からぬ品のいい、いかなることにもいざとなれば驚くに足らぬという身に(こたえ)のあるといったような風の婦人(おんな)、かく嬌瞋(きょうしん)を発してはきっといいことはあるまい、今この婦人(おんな)邪慳(じゃけん)にされては木から落ちた猿同然じゃと、おっかなびっくりで、おずおず控えていたが、いや案ずるより(うむ)が安い。

貴僧(あなた)、さぞおかしかったでござんしょうね、)と自分でも思い出したように快く微笑(ほほえ)みながら、

(しようがないのでございますよ。)

 以前と変らず心安くなった、帯も早やしめたので、

(それでは(うち)へ帰りましょう。)と米磨桶(こめとぎおけ)小腋(こわき)にして、草履(ぞうり)(ひっ)かけてつと(がけ)(のぼ)った。

(お(あぶの)うござんすから。)

(いえ、もうだいぶ勝手が分っております。)

 ずッと心得(こころえ)(つもり)じゃったが、さて(あが)る時見ると思いの(ほか)上までは大層高い。

 やがてまた例の木の丸太を渡るのじゃが、さっきもいった通り草のなかに横倒れになっている木地がこうちょうど(うろこ)のようで、(たとえ)にもよくいうが松の木は(うわばみ)に似ているで。

 (こと)に崖を、上の方へ、いい塩梅(あんばい)(うね)った様子が、とんだものに持って来いなり、およそこのくらいな胴中(どうなか)の長虫がと思うと、頭と尾を草に隠して、月あかりに歴然(ありあり)とそれ。

 山路の時を思い出すと我ながら足が(すく)む。

 婦人(おんな)は深切に(うしろ)気遣(きづこ)うては気を付けてくれる。

(それをお渡りなさいます時、下を見てはなりません。ちょうどちゅうとでよッぽど谷が深いのでございますから、目が()うと悪うござんす。)

(はい。)

 愚図愚図(ぐずぐず)してはいられぬから、我身(わがみ)を笑いつけて、まず乗った。(ひっ)かかるよう、(きざ)が入れてあるのじゃから、気さえ(たしか)なら足駄(あしだ)でも歩行(ある)かれる。

 それがさ、一件じゃから(たま)らぬて、乗るとこうぐらぐらして柔かにずるずると()いそうじゃから、わっというと引跨(ひんまた)いで腰をどさり。

(ああ、意気地(いくじ)はございませんねえ。足駄では無理でございましょう、これとお穿()()えなさいまし、あれさ、ちゃんということを()くんですよ。)

 (わし)はそのさっきから()んとなくこの婦人(おんな)畏敬(いけい)の念が生じて善か悪か、どの道命令されるように心得たから、いわるるままに草履を穿いた。

 するとお聞きなさい、婦人(おんな)は足駄を穿きながら手を取ってくれます。

 たちまち身が軽くなったように覚えて、(わけ)なく(うしろ)に従って、ひょいとあの孤家(ひとつや)背戸(せど)(はた)へ出た。

 出会頭(であいがしら)に声を()けたものがある。

(やあ、大分手間が取れると思ったに、ご坊様(ぼうさま)(もと)の体で帰らっしゃったの。)

(何をいうんだね、小父様(おじさん)(うち)の番はどうおしだ。)

(もういい時分じゃ、また(わし)(あんま)(おそ)うなっては道が困るで、そろそろ青を引出して支度(したく)しておこうと思うてよ。)

(それはお待遠(まちどお)でござんした。)

(何さ、行ってみさっしゃいご亭主(ていしゅ)は無事じゃ、いやなかなか(わし)が手には口説(くどき)落されなんだ、ははははは。)と意味もないことを大笑(おおわらい)して、親仁(おやじ)(うまや)の方へてくてくと行った。

 白痴(ばか)はおなじ処になお形を存している、海月(くらげ)も日にあたらねば解けぬとみえる。」

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