高野聖

6話

1,307字 約3分 1999年1月30日 公開

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「さて、聞かっしゃい、(わし)はそれから(ひのき)の裏を抜けた、岩の下から岩の上へ出た、()の中を(くぐ)って草深い(こみち)をどこまでも、どこまでも。

 するといつの間にか今上った山は過ぎてまた一ツ山が(ちかづ)いて来た、この(あたり)しばらくの間は野が広々として、さっき通った本街道よりもっと幅の広い、なだらかな一筋道。

 心持(こころもち)西と、東と、真中(まんなか)に山を一ツ置いて二条(ふたすじ)並んだ路のような、いかさまこれならば(やり)を立てても行列が通ったであろう。

 この(ひろ)()でも目の及ぶ限り芥子粒(けしつぶ)ほどの(おおき)さの売薬の姿も見ないで、時々焼けるような空を小さな虫が飛び歩行(ある)いた。

 歩行(ある)くにはこの方が心細い、あたりがぱッとしていると便(たより)がないよ。もちろん飛騨越(ひだごえ)(めい)を打った日には、七里に一軒十里に五軒という相場、そこで(あわ)の飯にありつけば都合も(じょう)の方ということになっております。それを覚悟(かくご)のことで、足は相応に達者、いや(くっ)せずに進んだ進んだ。すると、だんだんまた山が両方から(せま)って来て、肩に(つか)えそうな狭いとこになった、すぐに(のぼり)

 さあ、これからが名代(なだい)天生(あもう)峠と心得たから、こっちもその気になって、何しろ暑いので、(あえ)ぎながらまず草鞋(わらじ)(ひも)緊直(しめなお)した。

 ちょうどこの上口(のぼりぐち)の辺に美濃(みの)蓮大寺(れんだいじ)の本堂の床下(ゆかした)まで吹抜(ふきぬ)けの風穴(かざあな)があるということを年経(とした)ってから聞きましたが、なかなかそこどころの沙汰(さた)ではない、一生懸命(いっしょうけんめい)景色(けしき)奇跡(きせき)もあるものかい、お天気さえ晴れたか曇ったか訳が解らず、()じろぎもしないですたすたと()ねて(のぼ)る。

 とお前様お聞かせ申す話は、これからじゃが、最初に申す通り路がいかにも悪い、まるで人が通いそうでない上に、恐しいのは、(へび)で。両方の(くさむら)に尾と頭とを突込んで、のたりと橋を渡しているではあるまいか。

 (わし)真先(まっさき)出会(でっくわ)した時は(かさ)(かぶ)って竹杖(たけづえ)を突いたまま、はッと息を引いて(ひざ)を折って(すわ)ったて。

 いやもう生得(しょうとく)大嫌(だいきらい)(きらい)というより恐怖(こわ)いのでな。

 その時はまず人助けにずるずると尾を引いて、向うで鎌首(かまくび)を上げたと思うと草をさらさらと渡った。

 ようよう起上(おきあが)って道の五六町も行くと、またおなじように、胴中(どうなか)を乾かして尾も首も見えぬのが、ぬたり!

 あッというて飛退(とびの)いたが、それも隠れた。三度目に出会ったのが、いや急には動かず、しかも胴体の太さ、たとい這出(はいだ)したところでぬらぬらとやられてはおよそ五分間ぐらい尾を出すまでに()があろうと思う長虫と見えたので、やむことをえず(わし)(また)ぎ越した、とたんに下腹(したっぱら)突張(つッぱ)ってぞッと身の毛、毛穴が残らず(うろこ)に変って、顔の色もその蛇のようになったろうと目を(ふさ)いだくらい。

 (しぼ)るような冷汗(ひやあせ)になる気味の悪さ、足が(すく)んだというて立っていられる(すう)ではないからびくびくしながら路を急ぐとまたしても居たよ。

 しかも今度のは半分に引切(ひっき)ってある胴から尾ばかりの虫じゃ、切口が(あおみ)を帯びてそれでこう黄色な(しる)が流れてぴくぴくと動いたわ。

 我を忘れてばらばらとあとへ遁帰(にげかえ)ったが、気が付けば例のがまだ居るであろう、たとい殺されるまでも二度とはあれを(また)ぐ気はせぬ。ああさっきのお百姓がものの間違(まちがい)でも故道(ふるみち)には蛇がこうといってくれたら、地獄(じごく)へ落ちても来なかったにと照りつけられて、(なみだ)が流れた、南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)、今でもぞっとする。」と額に手を。

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