6話 「一銭蒸汽」
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僕等はそこから引き返して川蒸汽の客になる為に横網の浮き桟橋へおりて行つた。昔はこの川蒸汽も一銭蒸汽と呼んだものである。今はもう賃銭も一銭ではない。しかし五銭出しさへすれば、何区でも勝手に行かれるのである。けれども屋根のある浮き桟橋は――震災は勿論この浮き桟橋も炎にして空へ立ち昇らせたのであらう。が、一見した所は明治時代に変つてゐない。僕等はベンチに腰をおろし、一本の巻煙草に火をつけながら、川蒸汽の来るのを待つことにした。「石垣にはもう苔が生えてゐますね。もつとも震災以来四五年になるが、……」
僕はふとこんなことを言ひ、O君の為に笑はれたりした。
「苔の生えるのは当り前であります。」
大川は前にも書いたやうに一面に泥濁りに濁つてゐる。それから大きい浚渫船が一艘起重機を擡げた向う河岸も勿論「首尾の松」や土蔵の多い昔の「一番堀」や「二番堀」ではない。最後に川の上を通る船も今では小蒸汽や達磨船である。五大力、高瀬船、伝馬、荷足、田船などといふ大小の和船も何時の間にか流転の力に押し流されたのであらう。僕はO君と話しながら、「湘日夜東に流れて去る」といふ支那人の詩を思ひ出した。かういふ大都会の中の川は湘のやうに悠々と時代を超越してゐることは出来ない。現世は実に大川さへ刻々に工業化してゐるのである。
しかしこの浮き桟橋の上に川蒸汽を待つてゐる人々は大抵大川よりも保守的である。僕は巻煙草をふかしながら、唐桟柄の着物を着た男や銀杏返しに結つた女を眺め、何か矛盾に近いものを感じない訣には行かなかつた。同時に又明治時代にめぐり合つた或懐しみに近いものを感じない訣には行かなかつた。そこへ下流から漕いで来たのは久振りに見る五大力である。艫の高い五大力の上には鉢巻をした船頭が一人一丈余りの櫓を押してゐた。それからお上さんらしい女が一人御亭主に負けずに竿を差してゐた。かういふ水上生活者の夫婦位妙に僕等にも抒情詩めいた心もちを起させるものは少ないかも知れない。僕はこの五大力を見送りながら、――その又五大力の上にゐる四五歳の男の子を見送りながら、幾分か彼等の幸福を羨みたい気さへ起してゐた。
両国橋をくぐつて来た川蒸汽はやつと浮き桟橋へ横着けになつた。「隅田丸三十号」(?)――僕は或はこの小蒸汽に何度も前に乗つてゐるのであらう。兎に角これも明治時代に変つてゐないことは確かである。川蒸汽の中は満員だつた上、立つてゐる客も少くない。僕等はやむを得ず舟ばたに立ち、薄日の光に照らされた両岸の景色を見て行くことにした。尤も船ばたに立つてゐたのは僕等二人に限つた訣ではない。僕等の前には夏外套を着た、顋髯の長い老人さへやはり船ばたに立つてゐたのである。
川蒸汽は静かに動き出した。すると大勢の客の中に忽ち「毎度御やかましうございますが」と甲高い声を出しはじめたのは絵葉書や雑誌を売る商人である。これも亦昔に変つてゐない。若し少しでも変つてゐるとすれば、「何ごとも活動ばやりの世の中でございますから」などと云ふ言葉を挾んでゐることであらう。僕はまだ小学時代からかう云ふ商人の売つてゐるものを一度も買つた覚えはない。が、天窓越しに彼の姿を見おろし、ふと僕の小学時代に伯母と一しよに川蒸汽へ乗つた時のことを思ひ出した。