戯作三昧

3話 戯作三昧(3)

4,025字 約8分 1999年1月16日 公開

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 崋山が帰つた後で、馬琴はまだ残つてゐる興奮を力に、八犬伝の稿をつぐべく、何時ものやうに机へ向つた。先を書きつづける前に、昨日書いた所を一通り読み返すのが、彼の昔からの習慣である。そこで彼は今日も、細い行の間へべた一面に朱を入れた、何枚かの原稿を、気をつけてゆつくり読み返した。

 すると、何故(なぜ)か書いてある事が、自分の心もちとぴつたり来ない。字と字との間に、不純な雑音が潜んでゐて、それが全体の調和を至る所で破つてゐる。彼は最初それを、彼の癇が(たか)ぶつてゐるからだと解釈した。

「今の己の心もちが悪いのだ。書いてある事は、どうにか書き切れる所まで、書き切つてゐる筈だから。」

 さう思つて、彼はもう一度読み返した。が、調子の狂つてゐる事は前と一向変りはない。彼は老人とは思はれない程、心の中で狼狽し出した。

「このもう一つ前はどうだらう。」

 彼はその前に書いた所へ眼を通した。すると、これも(また)(いたづ)らに粗雑な文句ばかりが、糅然(じうぜん)としてちらかつてゐる。彼は更にその前を読んだ。さうして又その前の前を読んだ。

 しかし読むに従つて拙劣な布置と乱脈な文章とは、次第に眼の前に展開して来る。そこには何等の映像をも与へない叙景があつた。何等の感激をも含まない詠歎があつた。さうして又、何等の理路を辿らない論弁があつた。彼が数日を費して書き上げた何回分かの原稿は、今の彼の眼から見ると、(ことごと)く無用の饒舌(ぜうぜつ)としか思はれない。彼は急に、心を刺されるやうな苦痛を感じた。

「これは始めから、書き直すより外はない。」

 彼は心の中でかう叫びながら、忌々(いまいま)しさうに原稿を向うへつきやると、片肘(かたひぢ)ついてごろりと横になつた。が、それでもまだ気になるのか、眼は机の上を離れない。彼はこの机の上で、弓張月(ゆみはりづき)を書き、南柯夢(なんかのゆめ)を書き、さうして今は八犬伝を書いた。この上にある端渓(たんけい)(すずり)(そんち)の文鎮、(ひき)の形をした銅の水差し、獅子と牡丹(ぼたん)とを浮かせた青磁(せいじ)硯屏(けんびやう)、それから蘭を刻んだ孟宗(もうそう)の根竹の筆立て――さう云ふ一切の文房具は、皆彼の創作の苦しみに、久しい以前から親んでゐる。それらの物を見るにつけても、彼は(おのづか)ら今の失敗が、彼の一生の労作に、暗い影を投げるやうな――彼自身の実力が根本的に怪しいやうな、(いま)はしい不安を禁じる事が出来ない。

「自分はさつきまで、本朝(ほんてう)に比倫を絶した大作を書くつもりでゐた。が、それもやはり事によると、人並に己惚(うぬぼ)れの一つだつたかも知れない。」

 かう云ふ不安は、彼の上に、何よりも堪へ難い、落莫たる孤独の情を(もたら)した。彼は彼の尊敬する和漢の天才の前には、常に謙遜(けんそん)である事を忘れるものではない。が、それ丈に又、同時代の屑々(せつせつ)たる作者輩に対しては、傲慢(がうまん)であると共に飽迄(あくまで)も不遜である。その彼が、結局自分も彼等と同じ能力の所有者だつたと云ふ事を、さうして更に(いと)ふ可き遼東(れうとう)()だつたと云ふ事は、どうして安々と認められよう。しかも彼の強大な「()」は「悟り」と「諦め」とに避難するには余りに情熱に溢れてゐる。

 彼は机の前に身を横へた儘、親船の沈むのを見る、難破した船長の眼で、失敗した原稿を眺めながら、静に絶望の威力と戦ひつづけた。もしこの時、彼の後の(ふすま)が、けたたましく開放(あけはな)されなかつたら、さうして「お祖父(ぢい)様唯今。」と云ふ声と共に、柔かい小さな手が、彼の(くび)へ抱きつかなかつたら、彼は恐らくこの憂欝(いううつ)な気分の中に、何時までも(とざ)されてゐた事であらう。が、孫の太郎は襖を開けるや否や、子供のみが持つてゐる大胆と率直とを以て、いきなり馬琴の膝の上へ勢よくとび上つた。

「お祖父様唯今。」

「おお、よく早く帰つて来たな。」

 この(ことば)と共に、八犬伝の著者の皺だらけな顔には、別人のやうな(よろこ)びが輝いた。

       十四

 茶の間の方では、癇高(かんだか)い妻のお(ひやく)の声や内気らしい嫁のお(みち)の声が(にぎやか)に聞えてゐる。時々太い男の声がまじるのは、折から(せがれ)宗伯(そうはく)も帰り合せたらしい。太郎は祖父の膝に跨がりながら、それを聞きすましでもするやうに、わざと真面目な顔をして天井を眺めた。外気にさらされた頬が赤くなつて、小さな鼻の穴のまはりが、息をする度に動いてゐる。

「あのね、お祖父様にね。」

 栗梅(くりうめ)の小さな紋附を着た太郎は、突然かう云ひ出した。考へようとする努力と、笑ひたいのを(こら)へようとする努力とで、(ゑくぼ)が何度も消えたり出来たりする。――それが馬琴には、(おのづか)ら微笑を誘ふやうな気がした。

「よく毎日(まいんち)。」

「うん、よく毎日?」

「御勉強なさい。」

 馬琴はとうとう噴き出した。が、笑の中ですぐ又(ことば)をつぎながら、

「それから?」

「それから――ええと――癇癪(かんしやく)を起しちやいけませんつて。」

「おやおや、それつきりかい。」

「まだあるの。」

 太郎はかう云つて、糸鬢奴(いとびんやつこ)の頭を仰向(あふむ)けながら自分も亦笑ひ出した。眼を細くして、白い歯を出して、小さな靨をよせて、笑つてゐるのを見ると、これが大きくなつて、世間の人間のやうな憐れむべき顔にならうとは、どうしても思はれない。馬琴は幸福の意識に溺れながら、こんな事を考へた。さうしてそれが、更に又彼の心を(くすぐ)つた。

「まだ何かあるかい?」

「まだね。いろんな事があるの。」

「どんな事が。」

「ええと――お祖父(ぢい)様はね。今にもつとえらくなりますからね。」

「えらくなりますから?」

「ですからね。よくね。辛抱おしなさいつて。」

「辛抱してゐるよ。」馬琴は思はず、真面目な声を出した。

「もつと、もつとようく辛抱なさいつて。」

「誰がそんな事を云つたのだい。」

「それはね。」

 太郎は悪戯(いたづら)さうに、ちよいと彼の顔を見た。さうして笑つた。

「だあれだ?」

「さうさな。今日は御仏参に行つたのだから、お寺の坊さんに聞いて来たのだらう。」

「違ふ。」

 断然として首を振つた太郎は、馬琴の膝から、半分腰を(もた)げながら、(あご)を少し前へ出すやうにして、

「あのね。」

「うん。」

「浅草の観音様がさう云つたの。」

 かう云ふと共に、この子供は、家内中に聞えさうな声で嬉しさうに笑ひながら、馬琴につかまるのを恐れるやうに、急いで彼の側から飛び退いた。さうしてうまく祖父をかついだ面白さに小さな手を叩きながら、ころげるやうにして茶の間の方へ逃げて行つた。

 馬琴の心に、厳粛な何物かが刹那(せつな)(ひらめ)いたのは、この時である。彼の唇には幸福な微笑が浮んだ。それと共に彼の眼には、何時か涙が一ぱいになつた。この冗談は太郎が考へ出したのか、或は又母が教へてやつたのか、それは彼の問ふ所ではない。この時、この孫の口から、かう云ふ(ことば)を聞いたのが、不思議なのである。

「観音様がさう云つたか。勉強しろ。癇癪を起すな。さうしてもつとよく辛抱しろ。」

 六十何歳かの老芸術家は、涙の中に笑ひながら、子供のやうに(うなづ)いた。

       十五

 その夜の事である。

 馬琴は薄暗い円行燈(まるあんどう)の光の下で、八犬伝の稿をつぎ始めた。執筆中は家内のものも、この書斎へははいつて来ない。ひつそりした部屋の中では、燈心の油を吸ふ音が、蟋蟀(こほろぎ)の声と共に、空しく夜長の寂しさを語つてゐる。

 始め筆を(おろ)した時、彼の頭の中には、かすかな光のやうなものが動いてゐた。が、十行二十行と、筆が進むのに従つて、その光のやうなものは、次第に大きさを増して来る。経験上、その何であるかを知つてゐた馬琴は、注意に注意をして、筆を運んで行つた。神来の興は火と少しも変りがない。起す事を知らなければ、一度燃えても、すぐに又消えてしまふ。……

「あせるな。さうして出来る丈、深く考へろ。」

 馬琴はややもすれば走りさうな筆を(いまし)めながら、何度もかう自分に(ささや)いた。が、頭の中にはもうさつきの星を砕いたやうなものが、川よりも早く流れてゐる。さうしてそれが刻々に力を加へて来て、否応なしに彼を押しやつてしまふ。

 彼の耳には何時か、蟋蟀の声が聞えなくなつた。彼の眼にも、円行燈のかすかな光が、今は少しも苦にならない。筆は(おのづか)ら勢を生じて、一気に紙の上を(すべ)りはじめる。彼は神人(しんじん)相搏(あひう)つやうな態度で、殆ど必死に書きつづけた。

 頭の中の流は、丁度空を走る銀河のやうに、滾々(こんこん)として何処からか溢れて来る。彼はその(すさま)じい勢を恐れながら、自分の肉体の力が万一それに耐へられなくなる場合を気づかつた。さうして、(かた)く筆を握りながら、何度もかう自分に呼びかけた。

「根かぎり書きつづけろ。今(おれ)が書いてゐる事は、今でなければ書けない事かも知れないぞ。」

 しかし光の(もや)に似た流は、少しもその速力を(ゆる)めない。反つて目まぐるしい飛躍の中に、あらゆるものを溺らせながら、澎湃(はうはい)として彼を襲つて来る。彼は(つひ)に全くその(とりこ)になつた。さうして一切を忘れながら、その流の方向に、嵐のやうな勢で筆を()つた。

 この時彼の王者のやうな眼に映つてゐたものは、利害でもなければ、愛憎でもない。まして毀誉(きよ)に煩はされる心などは、とうに眼底を払つて消えてしまつた。あるのは、唯不可思議な悦びである。或は恍惚たる悲壮の感激である。この感激を知らないものに、どうして戯作三昧(げさくざんまい)の心境が味到されよう。どうして戯作者の(おごそ)かな魂が理解されよう。ここにこそ「人生」は、あらゆるその残滓(ざんし)を洗つて、まるで新しい鉱石のやうに、美しく作者の前に、輝いてゐるではないか。……

        *      *      *

 その間も茶の間の行燈のまはりでは、(しうと)のお百と、嫁のお路とが、向ひ合つて縫物を続けてゐる。太郎はもう寝かせたのであらう。少し離れた所には(わうじやく)らしい宗伯が、さつきから丸薬をまろめるのに忙しい。

「お父様(とつさん)はまだ寝ないかねえ。」

 やがてお百は、針へ髪の油をつけながら、不服らしく(つぶや)いた。

「きつと又お書きもので、夢中になつていらつしやるのでせう。」

 お路は眼を針から離さずに、返事をした。

「困り者だよ。(ろく)なお金にもならないのにさ。」

 お百はかう云つて、伜と嫁とを見た。宗伯は聞えないふりをして、答へない。お路も黙つて針を運びつづけた。蟋蟀はここでも、書斎でも、変りなく秋を鳴きつくしてゐる。

(大正六年十一月)

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