10話 十
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毎日のやうにやつて來る加集だが、その引き受けた要件を一向はか取らせて呉れないので、義雄も亦棄て身になつて、よく方々の玉突屋へ通つた。
耶蘇教あがりの高利貸しとも勝負した。友人の辯護士や會社員やアメリカ歸りの無職者とも勝負した。さう親しくもない官吏や年若い銀行員等とも勝つたり、負けたりした。
多少でも名の知れてゐる文學者と云ふので、知らない人々までが面白半分に、渠の周圍にはいつも集まつて來た。
「田村さん、蟹の鑵詰とかはうまく儲かりますか」などと云はれて、義雄は一生懸命にやつてゐる勝負の腰を折られたこともあるが、
「まだその時節にはならないのです」と答へながら、遠く離れたキン玉を力一杯出して取らうとしたが、一方のに當つて一たびコシンに這入り、それから自分の玉は縱に二たび往來してなほその餘力がフロクになつた。
「あは、は、は!」見てゐるものは一切に笑つた。
「でも」と、義雄も微笑しながら、「當つたのは當つたのだらう。」
「さうきつく突いちやア、象牙の玉でもこはれますよ」と、女ボーイも口を出した。
「こはれたら、辨償するだけのこと、さ。」
「然し當ることは善く當る!」かう感心したやうにささやくものもあつた。
こんな時には、義雄も額を油ぎらせるほど調子づいてゐるのである。そして夢中になつた時突きかたが普通の正しい姿勢と違ふので、それがおのづから渠の一特色となつて他人への愛嬌の種となつた。渠はこれを別に頓着しなかつた。
或をんな友人が西洋料理を計畫しかけた時、
「田村さんなら、實費で通すから常連をつれて來て下さい、ね」と云つた。
「そりやアよからう――あなたの爲めなら、廣告屋の代りにもならう」と、渠は冗談半分に答へた。この計畫は立ち消えとなつた。
ところが、今囘加集が一人の、玉突屋を開業したいと云ふ人――これが金を貸さうと云ふのだ――に紹介して置くと云つて、義雄を京橋へつれて行つた。
「おれに定連を頼むは、眞ツ平だぜ。」
「ええぢやないか、二百圓が出さへすりや?」
この人は義雄も知つてる或文學者の弟で、新らしく手を出した出版業をこの頃大抵に見限り築地橋のそばの或家の二階を借りて、年うへの、何だか分らない女と同棲してゐるのであつた。よくよくおなじやうな人間にぶつかるものだと、義雄は考へた。
「僕も大切な金で」と、主人がおも/\しい氣分になつたのを義雄は見とめて、おのれもその氣分を解したと思つたが、「加集君の紹介でもあるし」が、渠に聽かされては、力のぬけた言葉ではあつた。「また、これから君にも交際して貰ひたいので、加集君にも話した通り、現金が近々歸つて來さへすれば、君の爲めになるのなら、融通してあげてもよいのです。」
「無論、僕の事業費に追加が必要なのですから。」
「それは加集君からよくうかがつてゐますし、君の事業の有望なのも分つてますが――この急場さへ切りぬけたら、あとはどうでもええと云ふやうな――」
「そんな無責任はしません!」
「無論、君のことだから――然し信用貸しですから、念の爲めに申して置くのです。」
義雄はあツちの季候では、この頃やうやく蟹が取れ出すので、六七月となつて收穫の絶頂に達し、八月の半頃までで一先づおしまひになるのだから、先づ九月一杯に返却する約束なら、決して苦しいことではないことなどを説明した。
「然し僕は君の兄さんの文學には反對で、よく攻撃の矢も向けたが――それに關係を及ぼして貰つちやア困りますが、ね――」
「第一、兄とは別に關係のない金ですから――」
「さうなら實に結構です。」
三人はそれから近所の玉突屋へ行つたが、義雄は他の二人の教へ手であつた。
渠は玉を突きに出さへすれば、どうしても夜の十一時か十二時でなければ歸らなかつた。
お鳥はこれを怒つて、いつもさきに褥へ這入つてゐた。
「おい、お孃さん、どうしたい」などと、一杯機嫌でそのそばへ坐ると、向うを向いてるまま、そら寢をしてゐることもある。そして突然こちらを向いて、
「あたいを大事にしないからぢやないか?」
渠は、ランプの光が直接にかの女の顏に當らないやうに、その方へ、原稿紙の半切れを笠に張つて目隱しをしたその蔭を向けるのであつた。
「閨中美人!」そして部落民ぢやアないかの疑ひは、もう、ほんの、形式的に、渠のあたまにくツ付いてゐた。
或夜、風の氣味だからいつもより早く、九時頃に義雄が歸つて來たら、女はちよツと出て來るからと云つただけで、明るいうちに外出したままださうだ。
「どこへいらしツたんでせう、ね?」
「さア――」
「もう、お歸りなさいませんでは、ねえ――」
「さア――」
「女おひとりぢやア、この頃ア物騷ですから。」
「なアに、あいつのことだから、また引ツかきむしるなんかして――」
「うふ」と、婆アさんは笑つた。きのふ、女房にしろ、しないと云ふ喧嘩をして、義雄が首ツ玉のところをかきむしられたのを、かの女は思ひ出したらしい。「あのお方も氣のきついお方です、ね――今どきの若い方ですから――でも、まだあなたの奧さんのはうが餘ツぽどいいぢやア御座いませんか?」
「さうですか、ね?」いい加減にあしらつてから、長火鉢のそばを離れ、二階にあがるが早いか、あかりを付けて戸棚をあけて見た。渠が心配したやうなことではなく、女の荷物はそのまま殘つてゐる。
その代り、またそれ以上の心配がわれ知らず浮んだ。
「まさか――」と、打ち消しながらも、あの時を――あの、千代子がここへ躍り込んで來た時を――思ひ出さずにはゐられなかつた。千代子が歸つてから、女はまたあいつを早く追ひ出せとせがんだ。義雄はさう容易に法律が許さないと云つて聽かせた。――お鳥は、すると、負けてゐるからぢやないかと突ツかかつた。いや、さうぢやないと押さへ付けた。――そのあげく、女はむツとしてしまつて、何も云はないで出て行つた。義雄はせい/\したつもりで、散歩に出た。長くも留守にしてゐられない用があつたので、何げなく、烏山へ登つて見ようと云ふ氣を起した。毎日、毎日、障子をあけさへすればさし向ひになる山だが、これまで登つたこともなかつたのだ。
すると、この山の、あツち側の急傾斜に瀕したところで、女がこツちの來たのも知らず、松の枝に自分の細帶を結びつけ、その出來た輪につかまつて、今にも首をかけようとしてゐた。
渠はそのそばへ驅けて行つて、憎々しいほどに怒罵の聲をかけた。
「何をする!」
「死ぬ! 死!」女は渠の手をふり切らうとした。そして泣き聲になつて、「どうせ――みなに――こんなに恥ぢをかかされて――お母さんにも、兄さんにも濟まん!」
「何も死ぬにやア及ぶまい――」どうせ、こツちに對しちやア、もう、半ば死んでゐるのだから、ね、とまでも云ひたかつた。また一方には、申しわけに死ぬのは、申しわけをしなかつたと同樣ではないか? 生にばかり執着する渠には、これほど無責任なことはなかつた。さう云ふ心のうちで、「馬鹿だ、なア!」
「實際、死ぬ氣であつたのか」と、義雄はあとになつて尋ねて見た。
「さう、さ!」
「ぢやア、なぜ兄から盜んで來てゐると云ふそのアヒサンで死なない――もう、棄てたのか?」
「あれはもツと大事な場合でなけりやア――」
「二度も三度も死ねる氣かい――うそを云つてらア。」
かう云ふ對話もあつたのを思ふと、然し、また、今夜は、うちにゐないだけ、何も事件がありさうでない――まさか外で毒藥を服用しようとは!
渠は風邪の熱を出さうとして、水を大きなコツプに三四杯飮み、獨りで寢どこを敷いて、そこへもぐり込んだ。
寢苦しいので、右を向いたり、左を向いたり、うつ伏しになつたりしながら、渠は女の歸りを待つた。――
お鳥は、おれに身をまかせる前に、ちよツと朝鮮人へ目見えに行つたことがあるぞ! 然しあれは仲働きの候補で、いやだから一日でよしたと云つた。
質屋の隱居のめかけでいいなら、十圓の口があると、桂庵から聽いて來たこともあるさうだ。
おれのところへ來てから、病院通ひの外は、さう獨りで出歩いたことはない。
「どうせ、あたいは日かげの身だ――恥かしうて、うか/\外へも出られん」と云つてゐた。――
渠は苦しいので左を向いた。
「けれども、どうせこんな身分でゐるときまつたら、お前のやうな貧乏人は相手にしやせん。」――ひよツとすると、ああ云ふつもりで、何かの野心を起したのぢやアなからうか?
あの氷川の森かげの下女細君、あれがそんな風な口をかけてゐるのぢやアないか知らん? 一度手紙が來てから、よくあすこへ行き/\する。――
渠は右を向いた。
今夜も亦あすこなら、高が知れてゐる――が、あいつは、二三軒の口入れ屋を歩いた經驗がある。いざとならば、今度は大膽に暖簾をくぐれよう――?
現に、この隣りの桂庵婆アさんも、こなひだ、變ななぞをかけたと云つた。あの婆アさんはおれのおやぢの生きてる代からおれのうちへ出入りしてゐたのが分つた。して見ると、今は逃げて去つた繼母がまだゐる時、繼母がお鳥を第一に紹介した口入れ屋はこの隣りであつたらう。
「下らないことを――」と自分で云つて、また寢返りした。
繼母を愛してゐた父は死んだ――その葬式はまだその時生きてゐた隣りの和尚さんに頼んだが、おれはどんな形式で以つてでも宗教家の手で葬られたくない。これはおれの主義だ――まさかの時の爲めに、おれは千代子にも、お鳥にも云つて聽かせた、おれがおれを去る時は、決しておれの主義を恥かしめるなと。
宗教――形骸ではないか? たとひ宗教心――はあるとしても、却つて宗教その物にはない。生その物に執着する努力を宗教心と云ふなら、刹那々々の實生活がそれだ。今のおれの苦悶が即ち宗教心だ。――
いつのまにか、渠は、仙臺の耶蘇教學校にある時、松島へ行つて度々獨禪をしたことや、中學教師をしてゐる時、毎土曜日から日曜日にかけて比叡山へ登り、いろんな經文を調べたことなどを思ひ出してゐた。すると、自分の義兄の幼時からの遊び仲間であつて、自分の尊敬してゐた比叡山の僧で、十五年も山中の行をしたものが、行を終へて下山すると直ぐ、村の女の爲めに墮落したと云ふ記憶が伴つた。
「然し實際は墮落ではない、人間として當り前になつたのだ!」――
渠はうつ伏しになつた。
何だか、かう――寂しいやうな――身輕になつたやうな――さツぱりしたやうな――足かけ二年を初めて獨り寢をしてゐるのであつた。
どこかの嚴肅な教會で讃美歌の聲とオルガンの音とがよく揃つて、その中へ惡念や惡物が何もかも消えて行くやうな――どこかの靜寂な本堂で蝋燭の光が眞ツ直ぐに燃えて永劫の聲が聽えるやうな――そんな氣分にもなつた。
今一度女や事業を遠ざけて、世外の人になつても見たい――が、――或山の荒廢した堂内で一夜を明かした時、おれは狸でも狐でも出て來て呉れた方がいいと思つた。周圍の山林を吹きまくる風が唯一の頼母しい物であつた。が――その――その風は何だ? 矢ツ張り、今感じた永劫の聲だ――讃美の歌だ!
「形を以つて形を追つてゐたのだ。」まだ/\そんな低級な自分ではない――自分には少くとも一種の哲想がある。否その哲想を自由に具體化した生活がある。これはいつかは小説にも表現して見なければならないと思ふと、直ぐ又ほんの筆さき專門の作家や世の雜輩連の雜評に對して、今から用意した侮蔑の念が浮んだ――渠等は哲想のテツの字も分らないのだ、まして哲想を自由に具體化した人物の描寫をやと。
渠は又あふ向けになつたが、左右に觸れるべきやはらか味の物はなかつた。そして自分のからだ中があせばんでゐるばかりが感じられた。然しこの病氣に苦しみ、女に苦しみ、事業に苦しみ、自分自身に苦しむ自分その物の熱とあせの臭みとが、この場合、一番懷かしかつた。
がら/\と車の音がした。
下の障子や格子戸があいて、婆アさんが外へ出た樣子だ。
義雄も知つてる通り、かの女は、亭主が十一時から十二時までに歸りさへすれば、縁日商人の職業上當り前なので、喜んで出迎へるのである。そして、丁度可なりの傾斜を登つて來なければならないので、坂の中途まで行き、一緒になつてその荷車を押すのだ。
「今夜はどうだ、ね?」
「あんまりいいこともねい――もう、締めても――」
「まだ清水さんが歸らないんだよ。」
「へい――珍らしいことだ、なア。」
燗酒のにほひが實際にして來た。
錢勘定の音がちやら/\するにつれて、婆アさんが一心に銀貨と銅貨と、二錢銅と一錢銅とをより分けてゐるのが見えるやうだ。
渠は熱苦しくなつたからだをまたうつ伏しにして、
「あれでも渠等は滿足して生活して行けるのだが――」と考へてゐた。
直ぐこの隣りが切り開かれて、電車道になるのだが、まだ手がつけられてゐないので、電車の響きは遠くにばかり聽えてゐる。が、下では、もう、あかりを吹き消すけはひがした。
神田から御成門までの切符代が無かつたのか、惜しまれたのかして、曾ては、その間を歩いて、夜中の一時半頃に我善坊へ歸つて來たこともある女だが、一緒になつてからは、こんなに遲くまで留守にしたことはない――と、かう思ひながら、渠は額を枕の切れに當てて、油あせを拭きつけた。
嫉妬のほむらがからだ中にみなぎつてゐたのであつて、闇の中にも、壁に垂れた鬱金木綿の三味線胴や、衣紋竹にお鳥のぬけ出した不斷着などが見えるのがいやさに、堅く目をつぶつてその目を枕に押し伏せた。
「けふも、おれの留守に來やアがつたと云ふ加集の奴、たうとう物にしたのぢやアないか?」
渠はもツと早くかの女を斷つ筈であつたのだと悔んだ。