3話 三
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「熱の方は大分えいやうになつた。依つて、あすからでも、また牛込の病院へゆこか?」
「無理をしても惡いが、なア――おれも然し痔の方は少し辛抱出來るやうになつたから、また耳の療治にせツせとかよはうかと思つてるのだ。」
「こんな二人までも苦しい目に會ふのはをかしい――あたいの寫眞が一つ我善坊に置いてあるから、自分の寫眞と一つにして、あいつがそれを五寸釘でも打つてやせんだろか?」
「まさか、ねえ」と、こちらは何げなく見せて、
「よしんば、そんなことをしたところで、お前とあいつとの間に無線電信でもかかつてゐなけりやア、通じる筈がない、さ。」
「でも、さうして人を呪ひ殺した奴が田邊に一人あつた。」
「そりやア、自分を呪つてると云ふことを傳へぎきでもしたから、神經に負けて、われとわが身を殺したの、さ。」
「でも、自分はあいつに靈感が出て來たと云うたぢやないか?」
「それはちよツとさう思つただけで――きツとそれだとは思つてゐない。」
「でも、若し感づいて、ここへやつて來たらどうする?」
「今まで來なけりやア、もう、大丈夫分りツこはないの、さ。」
かう云ふ話があつた時は、義雄とお鳥とが大工の家を體よく斷られて、假りにその隣りの辯護士のおやぢとその妾とがその間に出來た一人の子と共にゐる家の二階へ移つてゐた。同じ間取りの、同じ裏二階の三疊敷だ。
そこの細君が矢ツ張り女房のある人と一緒になつてゐると云ふ事實は、同じやうな事情にあるお鳥をして少しその神經を休めさせた。
「隣りの人が云うてたが、もとはあのおやぢさんの息子の家で下女をしてをつて、おやぢさんの子を孕んだのださうや――見ツともない女だらうが?」
「見ツともないとしても、からだは無病息災だ。」斯う義雄が答へたのには自分の持ち物の方には面倒くさい病氣がとツ付いてゐると云ふ不平も含めた。
「自分が惡いのぢやないか?」とお鳥はこちらを睨み付けた。
そこのおやぢと云ふのは、自分の息子が辯護士の若手として羽振りがいいのを自慢した後、義雄と同國だと分つた嬉しさに、「わたしも、同じやうな事情で、息子と同居してをる婆アさんがやかましいのに困つてをりますので、あなたのことも豫て人ごとには思うてをりませんでした」と云つた。
「なアに、あり勝ちのことですから」と、こちらは笑つて輕く受けたが、こんな死にぞくなひのおやぢなんかの同情は少しもありがたくないと思つた。
義雄の耳は一向にはか/″\しくないのもまどろツこしくて溜らないのだが、痔の方がよくなつて來たので、學校の冬期試驗をやりにも行くし、段々氣力も恢復した。
すると、自分の身に纏ひ付いたすべての面倒を早く振り切つて、早く樺太の事業に對する計畫に直進したくなつた。
自分の耳も面倒だ。いとこの重吉が北の方からこちらの電報に對してまだ便りのないのも面倒だ。病人のお鳥も面倒だ。然し最も面倒なのは、夫婦に關する法律の規定と父の遺言とを楯に取り、我善坊の家にがん張つてゐるヒステリ女である。
「人を呪へば穴二つだ――早くあの千代子がくたばつて來れりやア」と云ふ願ひが、義雄の胸を絶えず往來してゐた。ところが、意外にも、死んで呉れたのは千代子でなく、かの女が里にやつてあつたのを取り返した赤ん坊だ。
龍土會の忘年會が、義雄と長谷天香といふ批評家との幹事で、午後五時から烏森の湖月であると云ふ日の晝過ぎであつた。渠が本郷の耳科醫院へ行つた歸りに、中の町の中通りを耳ばかり氣にして通り過ぎてしまひ、裏通りの隅にある例の辨當屋と反對になつたかどから出ると、今その辨當屋から出た千代子の姿が目に這入つた。
目は落ち込んで、頬はずツとこけて、顏全體に血の色とては少しも見えず、五六間を隔てて見たところでは、全く憂ひと呪ひのおも影であつた。
たツた僅かのあひだ見ないうちに、身體までが實際あんなに影の薄い怨靈になつてしまつたのかと思はれた。
羽織りや着物は不斷着のままで、こちらには氣が付かず、下向き勝ちに歩いて、そのかどをお鳥のゐる方へ曲つた。
「たうとう嗅ぎ付きやアがつた」と思ひながら、直ぐ義雄はインバネスの袖で頬をこするふりをして、向うの横町へ逃げ込んだ。
義雄は千代子を避けたのを誰れにも知られたくなかつた。その足で辻ぐるまに乘り、龍土軒の玉突場へ行つた。
が、氣になつて、玉が當らないので、二階へ移つて洋食を二皿ばかりやりながら、曾てここへお鳥を連れて來たことを思ひ出した。
「洋食などいやぢや。」かう云つて、お鳥がわざとらしく兩手を袖の中へしまつてゐるのを見てこちらは喰ひ方を知らないのだと推察した。そして、そばに來てゐたおかみさんの手前もあることだから、こんな田舍者をいい氣に可愛がつてゐると思はれないやうに、
「まア、いやでも喰べさせてやるぞ」と、向うの皿の肉を自分のナイフで切つてやりながら、「こいつは好き嫌ひが多くツて困るんですよ」と云つた。
何ぼくど/\しい千代子でも、もう、歸つてしまつただらうと思はれる頃、義雄はそこを出て、中の町へ向つた。然しまだ闇に野犬のしツぽを踏みはしないかと云ふやうな氣持ちで、おそるおそる假寓のどぶをまたいだ。
すると、直ぐ下の女が出て來て、鬼の首を取つた手がらばなしをでもして聽かせるやうな待ち受けた樣子で、
「今しがた、奧さんが見えましたよ。」
「さうですか」と、わざと平氣ではしご段をあがらうとした。
「何だか、お子さんがヂフテリアで危篤だから――」
「えツ!」渠ははしごの第一段にかた足をかけたまま踏みとまつた。
下の女は言葉を續けて、
「芝の慈惠病院の隣りの東京病院へ直ぐ來て下さいとおツしやつて、お歸りになりました。」
「さうですか、ありがたう」と答へて、渠はお鳥の藥臭い寢どこへ行つた。
「來たよ」と、かの女は半身を枕からもたげて、こちらを恨めしさうに見た。
「何が?」
「あいつが、さ。」
「さうか?」枕もとに坐つて、そ知らぬ風はして見たが、心のうちはかき亂されてゐた。第一、どうしてここを嗅ぎ付けただらう? 靈感などと云つても當てになつたものぢやアない。さきに、森のある近所などととぼけたのも、誰れかに聽いて知つてゐたのかも知れない。或は、また、先月の龍土會の歸りに麹町の詩人がそばまで來たから、あの男から大體の見當を聽いて來たのだらう。また、あんなに影が薄かつたのは病兒の看護に疲れたのに相違ない。それにしても、自分自身で出て來たのを見ると、子供はたとひ危篤だとしても、こちらが全く可愛がつてもゐないので、向うも燒けを起して來たのだらう。
かう考へると、千代子の身の周圍を可なり興味づよく纏ひ付いてゐたこちらの不思議な幻影や、可なりおそろしく想像してゐた呪ひの魔力や、罵倒しながらもかの女の子煩惱を取り柄として子供のことは委せ切りにしてあつた安心、などは全く消えてしまつた。が、きツと、かの女とお鳥とはまた云ひ合つてゐたのだと思つたので――それでわざと三時間ほどもよそへまはつてゐたのだが――その面倒くさい報告を聽かせられるのがいやであつた。
「また喧嘩したのだらう?」
「喧嘩などしやせん。」
「ぢやア、あがらなかつたのか?」
「さう、さ。」
「‥‥」それぢやア、まだしもよかつたと、義雄は多少氣を落ち付けた。
「でも」と、かの女は言葉を續け、「隣り近所へ入らないことまでしやべつて行つた。見ツともなくて、もう、ここにもをられませんぢやないか?」
「どんなことを云つたのだ?」
「どんなことツて――」お鳥がふくれツつらをして語つたのに據ると、千代子は先づ辨當屋に當りを付けて這入り込み、そこでこちらのゐどころを確かめ、そこを出てからお鳥のもとゐた大工に行き、またその隣りの蒲團屋にまで行つて、お鳥に關することを洗ひざらひしやべり立てたのである。お鳥は、また、下の女から、それを聽かせられ、氣になつて溜らないので、寢床から飛び起きて、千代子のまはつたさきを自分も一々まはり歩いて、自分の辯護をすると同時に、向うの惡口も吹き立てて來たさうだ。
「どいつも、こいつも仕やうのない女どもだ、なア。」
「でも、皆がをかしな人だ、目ばかりきよと/\させて、聽きたくもないことをわざ/\しやべりに來て、と云うてゐた。」
「お前も云つたのぢやアないか?」
「あたいのはあとのことぢや――然し」と、お鳥は餘ほど讓歩してやると云ふ態度で、「子供が病氣なのは可哀さうだから、行つておやり。」
「そりやア、行くが、ね――」考へて見ると、第一子(女であつた)もヂフテリヤの苦しみに枕もとの小ランプを攫まうとしながら死んだ。第三子(男であつた)も同じ病氣であつたが、母に抱かれながら、なぜこんな苦しい目に會はせるのかと云ふやうな目附きを殘して死んだ。第一子の時は初めての子でもあるし、二年二ヶ月も生きた記念があるので、殘念に思つたが、第三子は自分からの子として二度目の死でもあるし、たツた九ヶ月をさう抱きもしなかつたから、惜しくはなかつた。今囘の赤ん坊に至つては、見たことさへ稀れな上に、どうせまた死ぬのだらうと思ふと、全く愛着が起らない。
それでも、子が死んだら、またその死骸の處分はしなければならないし、今夜は龍土會もあることだし、お鳥が成るべく早く歸つて來て呉れろと頼むにも拘らず、
「今夜はどうか分らない」と云つて、義雄は二階を下りた。そして下でそれとなく聽いて見ると、千代子は大變な權幕で、意張つて上り込まうとしたのだが、お鳥の病氣で寢てゐると云ふのをかこ付けに、下の人が氣を利かせてあがらせなかつたので、
「わたしも、そんな病人なんか相手にしても詰りませんから、では、歸ります」と、千代子は飽くまでも負け惜しみを云つたさうだ。
それに、入院したのは赤ん坊一人と思つてゐたら、さうでなく生き殘つてる四人の子供をたツた一人除いたあとのすべてがその病院の厄介になつてゐるのだと分つた。
車を驅けらした時は、もう、四時過ぎで、どこでもあかりをつけてゐた。
東京病院の受け附けに驅けつけて聽くと、赤ん坊は既に息を引取つたと告げられた。そして、次女の富美子は普通の病室に、三男の知春は隔離室に這入つてゐることが分つた。
義雄は、弟の馨に桐ヶ谷の火葬場へ行くつもりで、直ぐ支度をして來いと云ふ使ひを出してから、先づ知春の室に行つた。すると、千代子が一人附き添つてゐて、所天を責めるに最もいい口實を得たと云はぬばかりの權幕だ。かの女は自分の混亂した忿激と愁傷とをまぶたの落ち窪んだ目に漲らせ、而も自分は亡兒の魂に從つて既に地獄か墓の底までも檢閲して來たやうなつよい暗い光を顏ぢうに現はして、
「あなたのおかげで、わたしも兒どもの死に目に逢へなかつたぢやアありませんか?」
「そりやア、知れ切つてらア、ね。」義雄はかの女に毒々しく見せたほどわる度胸をきめ込み、睨み付けながら、「おれの隣り近處へまでも、わざ/\入らざらんおしやべりをしてゐやアがつたからだ。」
「おしやべりをしないで、どうします? あんな女のことは、一切合切しやべり立てて、隣り近處へ顏向けの出來ないまでにしてやるんだ。」その聲で、眠つてゐた兒が目を覺した。そして、父が一方の枕もとにゐるのを見て、びツくりしたやうに身をのり出し、他の一方にゐる母の膝にしがみ付いた。
「それもよからう、さ――また引ツ越させるだけのことだ。」
「どこへ逃げたツて」と、かの女は兒にそのまま蒲團をかけてやりながら、「このわたしの前ぢやア隱れおほせませんよ。」
「現在、けふ、あの辨當屋から貴さまが出たのをおれは見たのだ。面倒だからはづしてしまつたのだ。」
「さう――」千代子は意外だと云つたやうにぽかんとした。が、負けてゐないで、また語を繼ぎ、「然し、清水の居どころは當つたぢやアありませんか?」
「原田かどこかで云つてもらやア、當るのは當り前だ。」
「いいえ、そんなことア――あすこへは云つてなかつたぢやアありませんか?」
「ぢやア、麹町で聽いたのだらうよ。」
「あの方だツて、知りやアしません。」
「貴樣が口どめされてるの、さ。」
「あんなこと! あなたは餘つぽど疑りツぽいの、ねえ。」
「そんなことアどうでもいい」と、義雄は千代子の強情を押し付けたつもりになつた。が、今の應對で以つて見ると、かの女は中の町であんなおしやべりをして歩いたやうに、どこへでもこちらの知り合ひでかの女も會つたことがある人のところへは、この狂態を以つて吹聽しに行くらしい。原田へ度々行くのは勿論のこと、もう、麹町の詩人へも行つた樣子だ。
思ひ出すと、かの麹町の詩人が我善坊の家へ遊びに來た時、千代子はこちらのゐる前でこちらの不行状を詩人に訴へた。然し、
「そりやア、然し、男子のことだから」と、かう麹町が答へたので、
「あなたまでがそんなことを」と叫んで、かの女は詩人をいきなり突き飛ばした。すると、同じやうに神經質の詩人は非常に氣を惡くして歸つた。
それを見ても、誰れも千代子をまじめには相手にしまいが、意地惡くでも出て、こんな狂人じみた女のおほ袈裟な言葉を釣り出し、それを根據にまたこちら自身の平生を人が世間に廣告しては甚だ以つておほ迷惑だ。
「實に困つた女だ――その歩いたあとをお鳥がまた云ひ消して廻つたのも尤もだ」と、渠は考へて見た。
「わたしは、どうしても」と、千代子はなほその言葉をさし控へようとはしない。「どうしても、この神さまの力で、あなたの不身持ちが直るまでは、あなたと清水とがどこへまた隱れたツて、その隱れ場所を探し出してゐないぢやア置きません。あなたがたに隱れおほせる氣があるなら、わたしにも探し出す力があります。」
「さうなら、さうとして置け――だが、今囘も葬式に宗教上の儀式は使はせないぞ。」
「そんなことア御勝手におしなさい――また、さう云ふだらうと思つてたんですから。」
義雄はもと耶蘇教信者であつた。そして、その教へを脱する頃になつて、千代子の方が信者になつた、が、かの女も今では變挺な陰陽學に凝つてしまつた。今年の父の葬式は父の信仰に從ひ佛式でやつたし、一昔以上前の第一子の時は、千代子の望みにまかせて耶蘇教式であつた。が、第三子の時は、滋賀縣の大津で無式で濟ませた。その次ぎが今囘のだが、渠としては死んだものは既に無も同然だから、ただそのまま土から土、闇から闇へ葬つてしまふつもりだ。
「死んだものなんか、掃き溜めへはふり投げて置いてもいい位のものだ。」
「どうせあなたが死ぬ、死ぬと云つてたから、あの子もその通り死んだのでせうし、うちには誰れも人情にあつい人がゐないのだから――あなたは色をんなのところばかりへ入り浸りになつてるし。馨さんは馨さんで、人の頼んだこともして呉れないで、勉強もしずに、どこかほつき歩いてばかりゐるし。おツ母さんはおツ母さんで、まだお父アさんの一周忌も來ないうちに、娘の方へ逃げて行つた癖に、よこした手紙には、五尺も雪が降るところで寒いから、また歸りたい! も、ないものだ。」
こんな繰り言を千代子が云ふのを、義雄は聽くやうな、聽かないやうな振りで、自分の心には、どうせ死ぬなら、何も分らない空體の時に死ぬ方がいい、人生の味ひが分つて、悲痛に悲痛を重ねて來ると、却つて未練が多くなるものだ、と云ふやうなことを考へてゐると、にこ/\した看護婦が病院の命令を受けてやつて來て、早く死體を引きとつて貰ひたいと云つた。
「今に人が來ますから、それまで待つて下さい」と、義雄は素直に答へた。が、さツきから病院の人々の死者並びにその家族に冷淡なのを怒つてゐたところだから、「どうせ傳染病は家へ引き取ることが出來ないのでせう」と、からかつて見た。そして、その看護婦に頼んで、會をやつてる湖月へ少し遲くなるからと云ふ理由の電話をかけて貰つた。
「まア、兎も角、死んだ兒の顏でも見納めに見ておいでなさいよ。」かう千代子が勸めたのにも意地を張つて、義雄は何か反抗の意味を云ひ返さないではゐられなかつた。
「血の氣のなくなつた顏などア、手めえのを見てゐりやア十分だ、――手めえマイナス氣ちがひイクオル死だ。子供は目をつぶつて、口に締りがなく、土色をして固くなつてるだらうが、そんなものも、もう、何度も見飽きてらア。」
千代子の妹がきのふまで來てゐたが、家の方の世話が忙しいので、代りに專門の看護婦を雇つて附き切らせてあると云ふ富美子の病室へは、義雄は行く必要がないと思つた。
富美子のはその祖父の死因と等しく腎臟が惡いのであつて、ヂフテリヤではなかつた。が、知春のはまだ小さいだけに死んだ子のが殆んど同時に移つたのである。義雄は、若し自分に梅毒氣味があるとすればその痔に於いて父のを遺傳したと思つてゐるし、富美子は又その祖父の腎臟を受けたし、知春は又その兄弟の病氣に傳染したのだ。然しこの知春のは手後れでなかつたから、注射が利いて、まだ熱は去らないが、――咽喉のひゆう/\云ふのは直つてゐた。
「もし生の悲痛に堪へるだけの活氣がないとすれば、こいつも今のうちに死んだ方がましだのに」と考へながら、義雄は知春の隔離されてるその室で、千代子から死んだおぢイさんからして後妻の姉に手を出しかけた程だから、その惡い報いが子や孫にまでも來たのだと云ふやうな繰り言を聽かせられながらも、それを聽き流してゐた。かの女は病兒の無理をなだめて眠らせるやうにしながら、切りもなくいろんな不平を漏らしてゐた。
やがて義雄の弟がやつて來たので、死骸に付き添つて桐ヶ谷へ行かせることにし、今夜はそこの火葬場の茶屋へとめて貰ひ、あすの朝、骨拾ひをして歸るやうに命じた。
「とめて呉れるか知らん」と、馨はいやさうな顏をした。
「おれが前に經驗があるから、云ふのだ。」
「では」と、しぶ/\承知したので、義雄は渠に火葬の手續き證の出來てゐたのなどを渡した。
人夫の代りに呼んだ車夫も來たと云ふので、知春の室には看護婦を殘し、千代子もしを/\として、義雄等と共に出て來た。
死人の置き場が別に隔離室の建物のはづれに建つてゐて、田村の赤ん坊のほかに今一つの棺があつた。いづれにも、別々に蝋燭がともしてある。線香の立つてゐる粗雜な土皿もある。
二名の看護婦が何か艶ツぽい聲をあげてきやツ/\と笑つてゐたが、義雄等の這入つて來たのを見て、急にしをらしい態度に改まり、火をつけたまま手に持つてゐた線香を棺の前の香皿にさし、
「南無阿彌陀佛、南無阿彌陀佛」と不慣れらしい聲で合唱した。
「たうとう死んでしまつて」と、千代子は棺を見詰めながら、「あんなに親が骨を折つて介抱したのに――憎らしい!」
「そんなことを云つたツて、死人にやア聽えやアしない。」かう云つたこちらの顏を、二名の看護婦はおそろしさうにふり返つて見た。渠自身もまじめになつてる自分の顏にはあごひげが三分ばかり延びてるのが自分の手ざはりで分つてゐた。この數日を剃るひまさへなかつたのだ。
「くるま屋」と、渠は怒鳴り付けるやうな聲で、――「これを乘せるのだ。」
「へい。」車夫はおづ/\棺に手をかけたが、輕いので、造作もなくその肩で運んだ。
先づ馨が乘り、それから蹴込みへ白い布をかけた箱を乘せたのを見て、通りかかつた醫員が立ちどまり、
「何ですか、それは?」
「棺です」と、義雄はきつい、尖つた聲で答へた、分り切つてるぢやアないかと云はないばかりに。
「御注意までに申しますが、ね、知れると車は警察でやかましいのです。」
「ぢやア、これで包んでおやりなさい」と、千代子は自分の卷いてゐた絹の肩掛けをこちらへ渡した。醫員はそれを見て默つて本館の方へ行つてしまつた。
一番長く――と云つても、きのふの夕方から――看護した若い婦人が一人、義雄等と共に裏門まで車に附いて來た。
「殘念だ、ねえ、もう、これツ切りかと思ふと――」
「お氣の毒でした、わ、ね。」
「桐ヶ谷だよ。」義雄が念を押すと、
「へい」と、車は駈け出した。
歳の暮に近いさむ風がそのあとをひゆう/\云つてるのに義雄は氣が附いた。
千代子はすすり泣きをして、袖を目に當てた。こちらも胸が一杯になつたが顏を反むけて、愁ひの色を隱した。そして、氣を無理に持ち直して考へた、死に行くものは自分に關係がない――亡父でも、自分に殘して呉れたのは、ただ梅毒もしくは痔と僅かな財産だけだ――千代子も死ね、お鳥も死ね、入院してゐる二名の子も死ね、さうしたら、最も冷たい雪や氷の中へでも、自由自在に自分の事業をしに行けると。
「さうだ。どうしても、わが國の極北へ行かなければならない――でないと、あいつ、意志が弱いのだ、爲る/\と吹聽ばかりして、何も着手しない、と云ふ、友人間のそしりを脱する事が出來ない。」
千代子の言葉に據れば、一昨日、重吉も樺太から歸つて來て義雄に會ひたいと云つてるさうだ。
渠には、いよ/\この自分の事業により、やがて、自分のこれまでの失敗と不評判とを取り返して自分の同時にまた全人的發展なるところの社會的發展をも實現することが出來ると云ふ希望が輝いた。
「今晩は歸つて來なさるでせう、ね。」かう千代子が聽いたのを振り向きもせず、渠は自分が幹事の忘年會が湖月で多くの藝者などをまじへて賑やかに飮んでゐるありさまを想像しながら、「どうか分らない」と、乃ち、お鳥にも告げて來たのと同じ言葉を繰り返して、電車の乘り場へ急いだ。
渠はそれほど、萬事を投げ出してまでも、友人仲間に孤立してゐる自分の意氣込みを發表したかつたのである。