7話 七
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義雄は千代子に引かれて、電車通りを、公園のふちに添つて歩いてゐたが、あの鶴子の爲めに遠のくやうになつた倶樂部の連中に、またこんなことがあつた爲め、又と再び會はせる顏がないかのやうな恥辱に滿ちて、一言も口を聽かなかつた。
かの女も亦胸が張り詰めてゐるのを、その息づかひに現はした。かの女が月が滿ちた時に、よく苦しさうな息づかひをしたが、そのやうに肩で息をしてゐるのが、義雄によく分つた。
公園を外れようとするところにある交番の前へ來ると、かの女はその方をじろ/\見ながら、獨り手に巡査の立つてる方へ義雄を引ツ張つてゐるのであつた。
義雄は踏みとまつた。それが渠の袂の長さ一杯にかの女をこちらへ引いたわけになつたので、その手ごたへでかの女は氣がついたやうだ。
「わたしはどうかしてゐるやうだ。」かう、かの女は獨り言を云つた。
「訴へてどうなるんだ」と、義雄は極さげすんだ意味を心ばかりで叫んだ。この氣違ひ女め! 何を仕出かすかも知れやアしない! が、撒いてしまふ折もうまく見つからない。人通りは少いが、少くとも、一人や二人は絶えなかつた。
橋を渡つて芝區へ這入ると、直ぐ友人なる辯護士の家があるので、そこへ立ち寄つて話をつけ、今夜はおだやかに別れようかとも考へた。が、大野に迷惑をかけたのを思ふと、重ねて友人を騷がせるでもなかつた。
成るべく人通りの少い横町などをえらんで引ツ張られて行つたが、
「きやツ」とか「恨めしや」とか、今にもこの女が變化になつてしまひはしないかと云ふ氣持ちが、渠のかの女を度々いぢめて來た記憶から、おそろしいほどに浮んで來た。不斷憎み飽きて、毆り飽きて、またと見たくはない顏を見て、一度でもいやな氣を重ねるでもないと、渠は出來るだけそツぱうを向いてゐた。
「年うへなばかりに増長して!」これは、もう、思ひ出したくもない。今の結婚法が改正せられ、男女どちらかの申し立てを裁判所で受理して、兎も角も訴訟を成立させることが、當分、望めるやうにならないとすれば、ただ/\この、自分には既に死骸の、女を早くどこかの闇へ方づけさせて呉れる願ひばかりだ。
愛宕下の通りを横切り、櫻川町の大きな溝わきを歩いてる時、物好きにその中の黒い水たまりを人の門燈の光にのぞいて見た。そして、ふと、死んだ實母があか金の足つきだらひに向ひ、おはぐろを付けてゐるのを、自分はそのわきで見てゐたことがあたまに浮んだ。きたないやうだが、身に滲み込むやうなにほひで、黒い物から出るのか、それとも、吐き出されたそれを受けるあか金から出るのか、分らなかつた。
ここのはただの溝のにほひに違ひないが、をどんですえ腐つた物の發散する分子がぷんと鼻さきへにほつて來ると、何だかかな臭い氣がして、母が新らしく生き返つて來さうに見える。
「All or nothing ――生でなけりやア、死だ!」
この間に讓歩はない! 妥協はない! 人間その物の破壞は本統の改造だ――改造はそして新建設だ。ぶツ倒されるか、ぶツ倒すか――そこに本統の新らしい自己が生れてゐる! 渠はかう答へながら、面倒な物を引きずつてゐるにやア及ばない――いツそのこと、握られた袂を、あの、柔術を習つたと云ふお鳥の手を試みて、わけもなくふり切り、千代子を轉がし込む氣になつてゐた。
溝の黒い水のおもてが暗くなつた。――そのまたうへが闇になつた。――自己の周圍がすべて眞ツ暗になつて――自己も、尖つた嗅覺のさきにをどみの垢がくツ付き、からだ中がひやりとしたと思つた。すると、反對に手ごたへがあつて、
「どうするつもりです、わたしを!」
「‥‥」渠の身の毛は全體によ立つてゐた。
「なアんだ、夫婦喧嘩かい!」かう云つて、黒い影が他方の路ばたを通り過ぎた。もう、十二時を越えたと思はれるのに、矢ツ張り、人通りが絶えない。
「‥‥」かの女は、さツさと、反對の側へ引ツ張つて道を進みながら、「人を水に投げ込まうたツて、そんな手は喰ひませんよ。」
「‥‥」
「それこそ馬鹿げ切つてる!」
「‥‥」渠が逃げようとして、ちよツと踏みとまると、かの女も直ぐ電氣に觸れたやうに手の握りを固めて、こちらをふり向いた。
「殺さうたツて、逃げようたツて、駄目ですよ、直ぐおほ聲をあげて、誰れにでも追ツかけて貰ひますから、ね」
渠は答へもしないで歩いた。
避けて來た交番だが、西の久保通りの、廣町角にあるのは、どうしてもその前を――而も挨拶して――通らなければならないのであつた。父の生きてた時、家へも來て、いつも顏を見おぼえてる巡査がゐる交番だ。
千代子がここで本統に出來心でも起したら大變なので、その交番の手前で義雄はおのれの袂をふり切つた。
「おまはりさん!」かの女は實際に甲高い聲を出した。
義雄は自分が水をあびせかけられたと思つて、つツ立つた。幸ひに人力車の響きが通つた爲め、向うへは聽えなかつたやうだが、渠は再び袂を握られてゐた。
何げないふりをして通る二人を、顏を知らない巡査がゐて、怪しさうに見詰めてゐた。
若し今の聲が聽えてゐても、こちらが發したのだと思はせない爲めにと、義雄は、ふと、その向う側のそば屋へ這入る氣になつた。千代子もあとからはしご段をあがつて來た。
「こんなところで喰べるくらゐなら、いツそ今一つ向うの、いつもうちで取るとこへ行けばいいのに。」
もう、自分の物だと思つたのか、かの女の聲は以前よりも落ち付いてゐた。が、義雄は一層いや氣がさして、無言でぐん/\まづい酒をあふつた。
二三杯ででも赤くなると云はれる酒が、例外に飮んだ今夜に限り、大して顏に出たとは思はれなかつた。
家に歸ると、直ぐ、千代子の母――もう、褥に這入つてゐた――を書齋に呼びつけ、
「不都合極まる女だから、千代子をけふ限り引き取つて行くやうにして下さい!」
「義雄さんはいつもさう云ふことをおツしやいます、が、ね、子供があるのにそんなことは出來ますまい?」
「子供などアどうでもいいんです――そんな呑氣なことぢやアありません!」
「またどう云ふことがあつたのか、聽かないぢやア分りませんが、ね――」
「みんなあなたのことから起つたのぢやアありませんか?」千代子も傍へ來て、いやな眼をぎろつかせる。
「貴さまなどの出しや張る幕ぢやアない!」今まで默つて押さへてゐた心中のもや/\が一時に、ここだと云はないばかりに迸つて來た儘に、渠はおのれの妻が裏店のかかアか何かのやうに、燒けぼツ杙じみた行爲に出た不埒を述べた。苟も表面だけはまだ亭主たる者を――そしておだやかに離婚しようと云つても、分らないで、承知しない癖に――その亭主を多くの公衆の前で侮辱したのだ! 分つた母なら、この申しわけに、直ぐ娘をつれて出て行くべきである! 精神的には、もう、どツちからも、夫婦でないと云ふことを證據立つたことになつてゐる。
「さうおツしやると、あなたに濟まないやうですが、ね――この娘がこの頃何だかいら/\してゐるのは、云つて見れば、まア、病氣なんですから、ね。」
「そんな氣違ひ病人は、母として、直ぐ引き取つて行かなけりやアなりますまい!」
「そんなことも出來ません、わ。」
「出來ますとも! 巣鴨へでも、どこへでも、つれてゆきさへすりやアいいのです――あとの始末はゆツくりお母さんとわたしとで出來ることです。」
「困つたことになりました、ねえ」と、母は娘の方へふり向いて、「この娘もあんまりわさ/\して、落ち付かないからいけないのですが――」
「でも、ね」と、千代子は母に頓着せず、「あなたが好きで、わたしを一緒に車に乘せてここへつれて來たのぢやア御座いませんか?」
あれはまだ二人乘りの人力車が澤山あつた時代だ。そしてこの女も二十四五の若盛りであつた。或友人の紹介で尋ねて行つたのが縁となり、間もなく、たうとう約束までしてしまつたが、その友人があとで義雄に向つて、「結婚しろと云つて紹介したのではなかつた」と云つたのを思ひ出すと、丁度、義雄が大野の今の細君に向つて云つた同じやうな言葉と意味は違はなかつたのだ。
かの女は小石川の方で、人の二階を借り、自炊をしながら、晝は小學の教員を勤め、夜は或音樂講習所の生徒であつた。今の状態とは違つて、おも長の上品に艶々しい顏に、姉のやうな優しみを帶びて、その着物の着こなしさへ、他の田舍出の女學生などとは違ひ、如何にもしなやかな姿に義雄は引かれた。そして三つ下の義雄ではあるが、渠が當時他の一人の女を思ひ思つてはね付けられた失望を全く取り返すことが出來た。
渠は芝の我善坊から、毎夜のやうに、電車もなかつた丸の内の寂しい道をてく/\歩いて、江戸川のほとりまで通つた。そしてそこから、直ぐ、築地の或西洋人のところへ、日本語を教へに且讃美歌改正の補助に――それが渠の毎日の仕事であつた――出かけたこともある。
「深川の叔父さんが、あす、わたしを引き取つて行くさうですよ」と、女があわてて告げたその晩に、義雄は非常手段として女を車に乘せ、かの驚きながらも寛大であつた父の家へつれて來たのである。
「そんなことは十五年も二十年も昔のことだい」
それから、妻子をつれて田舍の中學教師にもなつた。文學專念の爲めに、東京の場末で貧乏な暮しをつづけたこともある。子供は六人も出來て、三人は死んだ。去年父が亡くなつたので父の實業を千代子に引きつがせたが、その年末にはいろんなことで非常な困窮をした。
「みんなあなたのせゐですよ、色氣違ひのあなたのせゐですよ」と疊みかけて、千代子はあまり喜びもせず、かの退職金――大晦日に都合して貰つた――三分の二を手にした。
義雄はその他の三分の一を以つて、お鳥と共に、氷川の森かげに於いて、新年を籠城したのであつた。けれども千代子はなほ自分へ義雄の愛が返ると思つてゐるのか、かう云つて叫んだ――
「昔のことだツて、今のことだツて、このわたしにやア、變りはないのです!」
「現に」と、渠は坐つた膝にまで力を入れて、「婆々アになつたぢやアないか?」
「そりやア五人も六人も子供を産んだのですもの!」
母は當り前のことを云つてると云ふやうな顏つきをしてゐた。
「何かと云やア子供、子供と云ふ! それよりも自分自身のことをもツと忠實に考へて見ろ! 今の女の心持ちも知りやアがらんで!」
「ぢやア、あんな清水鳥のやうなものが今樣美人ですか?」
「清水などア本統の問題ぢやアない! 人のことなどにやア口出ししないで、手前のざまを見ろ!」
「どうせ、あなたの云ふ若々しいものにやア、今更らなれません、さ。」
「手前は、お母さんと同樣、ずツと時代に後れたうじ蟲だから、さう思へ!」
「これでも、武士の――」
「またか、よせ!――武士の娘だらうが、なからうが、活き活きした女の精神が死んでゐらア!」
うじ蟲と云はれたのを母も怒つたのかして、
「わたしもあなたの御厄介にはなつてゐますが、ね、まさか、そんな物ぢやアないつもりですよ。」
「どうせ分らないのだ! 分らないものがゐるところにやア、おれの家もないのだ――勝手にしろ!」
われを忘れたやうに叫んでゐたので、俄かに醉ひが發して來た。義雄はそこへ倒れた。隣りの寺の庭にある池から、時々緋鯉のはねる水音がして、急に靜まつた深夜の靜けさを破るのが聞えた。そして渠は、子供の時、あの鯉を釣つて、寺の和尚と自分の父とにひどく叱られたことがあるのを思ひ出してゐた。
阿彌陀經を借りに行つたら、直ぐそれを坊さんになりたいのだと思つて、何なら増上寺の管長へも紹介しようと云つた、あの世間知らずの、然し柔和な和尚も死んだ。これと親友であつて、いろんな世間話を共にした父も、和尚年來の素志であつた本堂新築の工事の音を羨ましさうに聽きながら死んだ。自分の子供も、前後三人まで死んだ。女房も自分には死んで、もう、形骸ばかりだ。お鳥なるものも、その本體の半分か、四半分しきや自分に活きてゐない。
「自分を去るものはすべて形骸だ、否、死だ!」
そして自分自身も亦死ぬ時があらうと云ふ考へに及んだ。既に已に過ぎ去つた自分の半生が、その死と同樣に空であつた。――虚であつた。――無であつた。――理想とか、運命とか云ふ形式的概念、外存的思想などが出て來る餘地さへもない。今、この身に具體してゐる慾望ばかりが、闇夜に於ける燈臺の光のやうに僅かに唯一のいのちだ。
今や義雄には樺太の事業に全心全力を注ぐのがそのいのちである。早く、もツと金が欲しい! 同時に、また、よく自分を理解して呉れる女が欲しい!
ぞく/\と寒く、そして息詰るこの醉ひの苦しみはやがて又この現在の煩悶の苦しみであつた。
ばちり! ばちり!
水面に踊りあがる大きな緋鯉の姿が、締め切つた室に倒れた渠の肉眼に見えて來て、渠のつき詰めた思想に正しい合の手を添へて呉れるやうだ。
「おれは兎に角生きてゐる!」
「また、何か」と云はれたので、渠は千代子がまだそこにゐたのに氣付いた、「考へ込んでるんでせう――さツき逃げて行つた清水のことでも?」
「‥‥」無に歸したことを再び思ひ起させられるのがいやさに、起きあがつて、「下らないことは云ふな」と、眞面目に叱り付けたかつたが、からだが利かなかつた。
千代子の何かにのぼせて來たやうな息使ひが烈しくなつてゐる樣子が、ちらりと見えただけである。
「以後は、ね、義雄さん」と、母もまたゐたのであつた、「かう云ふことのないやうにわたしからも云つて聽かせますから、けふのところは、あなたも、どうか、勘辨してやつて下さいませ――久し振りのお歸りぢやア御座いませんか?」こんなことを云ひながら、母は、押し入れから、渠の何ヶ月か觸れたこともない蒲團を出して、洋書の背皮文字が金色や銀色に輝いてる二つの大きな書棚の前に擴げた。
然し、その夜も、それツ切りで、義雄は、暫く經つて障子をあけに來た千代子を、一歩も、この昔から書齋兼用の寢室であつたところへは入れなかつた。