道中一枚絵 その二

1話 道中一枚絵 その二

4,141字 約8分 2024年11月4日 公開

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彌次郎兵衞(やじろべゑ))や(かへ)つて()た、べらぼうに(はや)いな、()うした。(喜多八(きたはち))えゝ、(くるま)()つて()たものですから。(彌次(やじ)(それ)にしても馬鹿(ばか)(はや)いわ、(おめえ)出掛(でか)けてから、()ねえ、()銚子(てうし)三本(さんぼん)とは(たふ)れねえ。第一(だいいち)此姉(このねえ)さんを口説(くど)いて、其返事(そのへんじ)をきかねえ(うち)だぜ。(女中(ぢよちう)(ぞん)じませんよ。(彌次(やじ))や、返事(へんじ)(それ)か、と(ひたひ)()でて、こりや(ふさ)がせる、(おほい)(ふさ)ぐね、(おれ)(ふさ)ぐが喜多八(きたはち)(おめえ)(おそろ)しく(ふさ)ぐぢやないか、(なに)か、(また)内證(ないしよう)で《あん》ころが()ひたさに、金子(かね)でも(かり)()つたのぢやないか、さもしい料簡(れうけん)()せ、京都(きやうと)三條通(さんでうどほり)一寸(ちよつと)(あが)邊栗屋與太九郎以來(へんぐりやよたくらういらい)道中(だうちう)(おご)らせようとすると()んだ()()ふ。

 喜多八(きたはち)(なん)となく(たのし)まず。(喜多(きた)(いえ)留守(るす)だつたんです。(彌次(やじ))フム、(喜多(きた)(じつ)()東京(とうきやう)()(とき)から()靜岡(しづをか)()いたら是非(ぜひ)(たづ)ねて()よう、久々(ひさ/″\)()つて(はな)したいと、(たのし)みにして()たんです。

彌次(やじ))はゝあ、大分(だいぶ)執心(しふしん)()える、別懇(べつこん)(ひと)か。

喜多(きた)別懇(べつこん)な……(なん)です、親友(しんいう)細君(さいくん)なんです。

彌次(やじ)(なん)細君(さいくん)細君(さいくん)なら(をんな)ぢやないか。

喜多(きた)(じつ)(をんな)なんですが。喜多八(きたはち)()(にく)さう。

彌次(やじ)()野郎(やらう)、と苦笑(にがわらひ)。(喜多(きた)(わか)同士(どうし)結婚(けつこん)をすると、()もなく(わたし)親友(しんいう)病氣(びやうき)()くなつたんです。()細君(さいくん)六十餘(ろくじふあまり)になる病身(びやうしん)父親(ちゝおや)とを(のこ)して()くなつたんです。勿論(もちろん)財産(ざいさん)といつてはない(ところ)へ、主人(あるじ)()なれちや(うご)きが()れません、細君(さいくん)實家(じつか)といふのは(べつ)物持(ものもち)といふほどではありませんが、引取(ひきと)つて再縁(さいえん)をさせるに、(べつ)差支(さしつかへ)はないのですから、年紀(とし)(わか)容色(きりやう)()し、一先(ひとま)離縁(りえん)をと、度々(たび/\)申込(まをしこ)んださうですけれど、(いま)()(めづら)しい。(彌次(やじ))はてな。(喜多(きた)一度(いちど)良人(をつと)()つた(うへ)は、何處(どこ)までも(みさを)(まも)(とほ)すと、これはまあ、(おも)()つた同志(どうし)(しか)(わか)(うち)當座(たうざ)()()ふのは(べつ)不思議(ふしぎ)なこともありませんが、()細君(さいくん)には()(ほか)に、自分(じぶん)()ては便(たより)のない(しうと)世話(せわ)(たれ)がしよう、()す/\翌日(よくじつ)からの(くらし)覺束(おぼつか)ないといふ條件(でうけん)があつたんです。(彌次(やじ))はてな、と(ひざ)(すゝ)めて(ほとん)無意識(むいしき)差出(さしだ)猪口(ちよこ)に、女中(ぢよちう)(だま)つて(しやく)をする。

 喜多(きた)(ぜん)(まへ)(ちやん)(すわ)つて、卷莨(まきたばこ)(なゝ)めに眞鍮(しんちう)火鉢(ひばち)のふちで(かる)(たゝ)いて、細君(さいくん)教育(けういく)があつて、(こと)(うま)れつき針仕事(はりしごと)()()いたのを、東京(とうきやう)(また)其專門(そのせんもん)學校(がくかう)仕上(しあ)げた(ひと)なんですから、不幸(ふしあはせ)か、(しあはせ)か、()其術(そのわざ)(よう)()つて、人仕事(ひとしごと)をして(くらし)()てて()たさうですが、生前(せいぜん)にはいくら懇意(こんい)にしたつて、友人(いうじん)()(あと)へは、(わか)(もの)(これ)で、(なん)となく(あらた)まつて行惡(いきにく)いもんですから、つい(たづ)ねもしません。

 其内(そのうち)先方(せんぱう)でも(くら)しの都合(つがふ)で、彼方此方(あつちこつち)引越(ひつこし)たり(なに)かしたもんですから、居所(ゐどころ)()れなくなつたんです。其内(そのうち)江戸川端(えどがはばた)(せま)(きたな)路地(ろぢ)で、細君(さいくん)後齒(あとば)()つた下駄(げた)(ゆき)のやうな拇指(おやゆび)で、(まむし)(こしら)へて穿()いて、(しも)()りた(あさ)井戸繩(ゐどなは)(すが)つて(たば)(がみ)(やつ)れた姿(すがた)で、(みづ)()んで()たつて、()かけたものに()いたんです。彌次(やじ)(さかづき)()いて煙管(きせる)(くは)へ、ふむ、しかし(いや)にいふな。(喜多(きた))いゝえ(それ)がです。(のち)()靜岡(しづをか)()學校(がくかう)教師(けうし)をして鷹匠町(たかじやうまち)()るツて(こと)で、

女中(ぢよちう)感心(かんしん)(かた)でございますねえ、と(ひざ)(かま)へた銚子(てうし)()えたのも(わす)れて()る。

彌次(やじ)分別顏(ふんべつがほ)(かたむ)けながら、いや(はや)まつて感心(かんしん)をすると、あとで色男(いろをとこ)(こしら)へて()げたなどといふ(こと)になる、()てあるで、其處(そこ)()うした。

喜多(きた)同一(おんなじ)土地(とち)では()ほど懇意(こんい)でない(もの)(たび)一所(いつしよ)になれば三年(さんねん)五年(ごねん)知己(ちかづき)ぐらゐに(へだて)がなくなります。東京(とうきやう)ではたとひ(ひと)()らないでも、(なん)だか世間體(せけんてい)(きま)りが(わる)くつて、(こゝろ)ぢや(おも)つても(たづ)ねにくいのですが、旅先(たびさき)だといくらか、其心遣(そのこゝろづか)ひも()らないといつた(かたち)ですから、今度(こんど)(とも)をしたのを(さいはひ)是非(ぜひ)一度(いちど)()つて、其後(そのご)樣子(やうす)()きたし、それは(わたし)などが()はないでも、細君(さいくん)(ゆめ)にも()て、()んだ良人(をつと)から(れい)()はれて()ませうけれど、(わたし)(また)(わたし)で、親友(しんいう)のために(れい)()はう、()めもしよう、(なぐさ)めても()りたいと(おも)つたですから。(彌次(やじ))いやなか/\、眞面目(まじめ)だな、それから()うした。

喜多(きた)鷹匠町(たかじやうまち)とばかりで、(くは)しく番地(ばんち)なども()らんので、()()れと()はうより、學校(がくかう)()いた(はう)早分(はやわか)りがすると(おも)つたものですから、車夫(しやふ)()ういつて、寄宿舍(きしゆくしや)(まへ)梶棒(かぢぼう)()めさしましたが、其處(そこ)()くまでにお濠端(ほりばた)(とほ)りますね。(彌次(やじ))お(しろ)(ほり)だ、うむ成程(なるほど)。(女中(ぢよちう)(ひろ)うござりませう。

 喜多(きた)一呼吸(ひといき)して一服(いつぷく)()つた。(およ)(たび)さきで、(かは)なり(いけ)なり(ひろ)(みづ)(いろ)()てると、(たか)(やま)(なが)めたより、一層(いつそう)故郷(こきやう)(とほ)いやうに(かん)ずるものです。(こと)(よる)、あの(にご)つた灰色(はひいろ)對岸(むかうぎし)(くら)くつて(わか)らない(きし)(とほ)ると、あゝ他國(たこく)だなと(おも)ひました。()ぐに(いま)(たづ)ねようとする(ひと)は、もツと()のさきに()んでるのだと(かんが)へて、(さぞ)心細(こゝろぼそ)(こと)だらうと。彌次(やじ)(また)苦笑(にがわらひ)して(彌次(やじ)(おつ)(あはれ)ツぽく持込(もちこ)むぜ。

喜多(きた)()()きますから、車夫(わかいしゆ)(たづ)ねさせると、ずツと(もん)(はひ)りましたツけ、(なに)(くわい)でもあつたと()えて玄關(げんくわん)に、……學校(がくかう)()いた高張(たかはり)()つて()ます。

 ばら/\と三人(さんにん)白襟(しろえり)蝦茶(えびちや)といふのが()て、入亂(いりみだ)れて、一人(いちにん)車夫(わかいしゆ)に、ものをいふ。(かみ)()(おほ)い、丸顏(まるがほ)なのは(かべ)()りかゝつて、此方(こつち)(すか)すと、一人(ひとり)面長(おもなが)年上(としうへ)女學生(ぢよがくせい)が、式臺(しきだい)()りて車夫(わかいしゆ)肩越(かたごし)に、先生(せんせい)のお(たく)は、……ト車夫(わかいしゆ)(をし)へて()たのが、ねえ、其方(そつち)()()いでせう、と丸顏(まるがほ)のに()ふと、()うですよ、車夫(くるまや)さん、何處(どこ)から()たのといふ(とき)(また)一人(ひとり)(しづか)()()た、着流(きなが)しのが()ました。

 車夫(わかいしゆ)引返(ひきかへ)して、へい。(わか)つたか。(よろ)しうございます、と(かぢ)()げました。()つて見送(みおく)つて()られるから、帽子(ばうし)()ぐと、()ぐにから/\と(まち)(さび)しい(はう)引出(ひきだ)しましたが、(なん)だか(あと)(さゝや)いて()たやうで、あゝ、(わる)かつた(きよ)夫人(ふじん)が、自分(じぶん)のために、生徒(せいと)たちに(なん)とか(あやし)まれやしないかと(おも)ふと、(へん)(くすぐつ)たいやうな()がします。(くるま)(はや)(まち)出放(ではな)れて小川(をがは)(はし)(わた)つたんです。さあ、(また)この(かは)心細(こゝろぼそ)さが()すと、それから左右(さいう)水田(みづた)になつて、(ひと)()一人(ひとり)(とほ)りやしません。

 けれども、(なん)だか(かほ)()られるやうで、靜岡(しづをか)といふ土地(とち)(せま)く、()(なか)(みち)(せま)く、肩身(かたみ)(せま)いやうだつたんです。

 車夫(わかいしゆ)まだ餘程(よほど)か、(なん)だか停車場前(ていしやばまへ)此家(このうち)からは()(みち)を、ものの一里(いちり)(ばか)りも()たやうに(おも)ふツて、()きました。電燈(でんとう)(みせ)あかりになつて、(それ)が、(まど)(あかり)になつて、(くら)くなつて、寄宿舍(きしゆくしや)で、高張(たかはり)()て、これから彼方(あつち)三軒(さんげん)此方(こつち)二軒(にけん)寢靜(ねしづま)つたやうな、場末(ばすゑ)()して、左右(さいう)(はて)もない水田(みづた)になつてたぢやありませんか。

 (むか)うに()えます眞直(まつすぐ)(すぎ)()(その)(やしき)ださうです、と()ひます。成程(なるほど)眞黒(まつくろ)なものの(なか)から、ぼんやり(くも)つた(そら)(かよ)つて、(ほそ)いものが一本(いつぽん)()えました。取着(とツつき)(やま)のやうで、()う、其處(そこ)か。婚禮(こんれい)のあとで(たづ)ねた(とき)は、(べつ)女中(ぢよちう)()かぬ(くらし)自分(じぶん)取次(とりつぎ)()たが、(をとこ)(こゑ)(かまち)障子(しやうじ)引手(ひきて)(やぶ)れへ、此方(こつち)()れぬつもりで、()(ひと)つあてて(のぞ)きなすつた()(ひん)()(くもり)のない、(うつく)しいのが、障子(しやうじ)(かみ)硝子(がらす)()つて()めたやうに()えたのを、(いま)(わす)れないが、矢張(やつぱり)今度(こんど)()うだらうか。(なん)だか(むね)(せま)つて俯向(うつむ)足許(あしもと)

 小川(をがは)(なか)から、びちや/\びちや/\びちやと、水田(みづた)(むか)うへ()くほど(どろ)(はな)れて、(たか)くなつたやうな(おと)で、(やみ)(なか)()んだものが(なに)かある。(うを)なら(こひ)ぐらゐの(おほき)さ。ですが其氣勢(そのけはひ)(かはうそ)歩行(ある)いたやうで、()(いま)()丑三(うしみつ)()ぎたかと(おも)寂寞(ひつそり)さ。見通(みとほ)一町(いつちやう)には()りない(みち)一時(ひととき)もかゝるやうに()()いたんです。

 (くるま)()くと、(なん)ですか(あらた)まつて、(きふ)には(もん)()けられません。垣根(かきね)(そで)()れ、井戸(ゐど)(はしら)()りかゝつて、(たゞ)()う、()ると、(すぎ)()(した)(ひく)格子戸(かうしど)から、()(あかり)工合(ぐあひ)が、(いや)(まづ)しい。(のぞ)くと(かまち)二枚(にまい)障子(しやうじ)(あな)だらけぢやありませんか。(彌次(やじ))はてな。(喜多(きた))いや、()ういふ(はず)ぢやなからうが、と(おも)ひながら()ると、戸外(おもて)戸袋(とぶくろ)(よこ)に、(ちひ)さな、しるしばかりの門松(かどまつ)(うち)つけてあります。(くぎ)がゆるんで、(さは)ると()れさう。()()けようとする、と()(あが)(ぐち)障子(しやうじ)(うち)で、ごほり老人(らうじん)(せき)をします。御免下(ごめんくだ)さい、と(おほ)きく二度(にど)ばかり()ぶと、徐々(そろ/\)障子(しやうじ)()けましたが、取着(とツつき)三疊(さんでふ)炬燵(こたつ)から(よこ)()つて、()(のば)したので。

 (うち)如何(いか)にも(わび)しい住居(すまひ)(さて)(のこ)つて()借金(しやくきん)此處(こゝ)()ても()られるか、細君(さいくん)義理堅(ぎりがた)(ひと)だけに、(すくな)月給(げつきふ)(うち)から仕拂(しはら)ふのに(ちが)ひない、と()()(どく)さが一杯(いつぱい)になつて、()()けて半身(はんしん)(はひ)るには(はひ)りましたが、近處(きんじよ)(もの)ではないと()昔氣質(むかしかたぎ)老人(らうじん)、すぐに炬燵(こたつ)から()て、(ちやん)()をついて、これは誰方樣(どなたさま)ぢや。

 親友(しんいう)()きて()(うち)も、病人(びやうにん)(あま)(きやく)(かほ)()せなかつた老人(らうじん)幼友達(をさなともだち)()ふのではありませんから、(かほ)見覺(みおぼ)えては()ないので(また)()(うと)いのでせう。

 (ひざ)突合(つきあは)しては(はなし)をしたことはありませんが、(わたし)見知越(みしりごし)。お(よし)さんは、と()をいつて(たづ)ねますと、(みゝ)()けて聞直(きゝなほ)して、(あれ)は、といふ(うち)ごほごほ()せた(かた)(たて)(ゆす)つて咳入(せきい)りながら、學校(がくかう)(よう)昨日(きのふ)東京(とうきやう)(まゐ)りましてな、(なに)かにつけて御苦勞(ごくらう)なことでござる、とつい(くち)()される心中(しんちう)(わたし)はハツと()つた(きり)

 いづれ(うかゞ)ひます、(また)と、土地(とち)(もの)のやうなことを(ども)りながら()つて、悄然(せうぜ)()ましたのを、薄暗(うすぐら)洋燈越(ランプごし)に、よろ/\と()つて障子(しやうじ)につかまつてお見送(みおく)りなすつた姿(すがた)此人(このひと)介抱(かいはう)してこんな(ところ)(たゞ)二人(ふたり)、と(かへ)りには(くるま)(うへ)で、(だま)つて腕組(うでぐみ)をして俯向(うつむ)いて、何處(どこ)(とほ)つたか、もう()たかと(おも)(うち)(かへ)つたんです、(はなし)はこれだけなんですが。

 ()いて()たものは二人(ふたり)とも(だま)つて、歎息(ためいき)をしたのである。それから天窓(あたま)から(わか)(もの)罵倒(ばたう)しながら猪口(ちよく)()める(くち)(てん)じて、貞女(ていぢよ)節婦(せつぷ)だ、得難(えがた)い、無類(むるゐ)、などいふ、未亡人(びばうじん)賞讚(しやうさん)(こゑ)()たずして、(さけ)()()ちた。

 (おほ)くは()まなかつたから、あくる()二人(ふたり)とも(つむり)(かろ)く、朝風(あさかぜ)(さつ)(くるま)二臺(にだい)停車場(ていしやぢやう)(ひだり)()れた久能(くのう)()街道(かいだう)で、府中通(ふちうどほり)栃面屋(とちめんや)此處(こゝ)景色(けしき)()ろと、(わざ)(なはて)下立(おりた)つて、(しろ)あとの(はう)(かへりみ)ると、冬田(ふゆた)(そら)富士(ふじ)高峰(たかね)(ゆき)(かすみ)(かつ)げる姿(すがた)(した)こんもりとした(むらさき)(くも)靉靆(たなび)いたやうな、(あさ)ぼらけの(もり)(なか)に、(たか)朱塗(しゆぬり)(だう)()えた。

喜多(きた)(あれ)は、(彌次(やじ))ありや昨夜(ゆうべ)(まへ)()つた鷹匠町(たかじやうまち)觀音堂(くわんのんだう)だ。(喜多(きた)彼處(あすこ)が、(彌次(やじ)彼邊(あのへん)(いへ)縁側(えんがは)にすわると、富士(ふじ)(すそ)()(とゞ)くやうだよ。

 ()ればこそ、(のき)富士(ふじ)(まど)御堂(みだう)芳子(よしこ)は、(それ)ばかりでも(とこしなへ)(みさを)(まも)るであらうと、喜多八(きたはち)(こゝろ)佛菩薩(ぶつぼさつ)慈悲(じひ)廣大(くわうだい)なることを、未亡人(びばうじん)のために、舊友(きういう)のために、(また)老人(らうじん)のために感拜(かんぱい)したのであつた。

明治三十八年七月

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