春昼後刻

12話 三十五

3,558字 約7分 2006年8月26日 公開

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 さて半時ばかりの後、散策子の姿は、一人、彼処(かしこ)から鳩の舞うのを見た、浜辺の藍色(あいいろ)の西洋館の(かたわら)なる、砂山の上に(あらわ)れた。

 其処(そこ)へ来ると、浪打際(なみうちぎわ)までも()かないで、(いた)草臥(くたび)れた(さま)で、ぐッたりと先ず足を投げて腰を(おろ)す。どれ、貴女(あなた)のために(ことづけ)の行方(ゆくえ)を見届けましょう。連獅子(れんじし)のあとを追って、というのをしおに、まだ我儘(わがまま)が言い足りず、話相手の欲しかったらしい美女(びじょ)に辞して、(たもと)を分ったが、獅子の飛ぶのに足の続くわけはない。

 一先(ひとま)ず帰宅して寝転ぼうと思ったのであるが、久能谷(くのや)を離れて街道を見ると、人の瀬を造って、停車場(ステイション)押懸(おしか)ける(おびただ)しさ。中にはもう此処等(ここいら)から仮声(こわいろ)をつかって()壮佼(わかもの)がある、浅黄(あさぎ)襦袢(じゅばん)膚脱(はだぬい)()く女房がある、その演劇(しばい)の恐しさ。大江山(おおえやま)の段か何か知らず、とても町へは寄附(よりつ)かれたものではない。

 で、路と一緒に、人通(ひとどおり)の横を切って、田圃(たんぼ)を抜けて来たのである。

 正面にくぎり正しい、雪白(せっぱく)(かすみ)を召した山の女王(にょおう)のましますばかり。見渡す限り海の色。浜に引上げた船や、(びく)や、馬秣(まぐさ)のように(ちら)ばったかじめの如き、いずれも海に対して、(われ)(がお)をするのではないから、(もと)より馴れた目を(さえぎ)りはせぬ。

 かつ(ひと)一人(ひとり)いなければ、真昼の様な月夜とも想われよう。長閑(のどか)さはしかし野にも山にも(まさ)って、あらゆる白砂(はくさ)(おもかげ)は、(あたたか)い霧に似ている。

 鳩は蒼空(あおぞら)を舞うのである。ゆったりした(なみ)にも(さそ)われず、風にも乗らず、同一処(おなじところ)を――その友は(やかた)の中に、ことことと(ねぐら)を踏んで、くくと()く。

 人はこういう(ところ)に、こうしていても、胸の雲霧(くもきり)()れぬ事は、()られぬ(ふすま)相違(そうい)はない。

 (いたず)らに砂を握れば、くぼみもせず、高くもならず、他愛(たわい)なくほろほろと崩れると、また(かたわら)からもり添える。水を(つか)むようなもので、(さぐ)ればはらはらとただ貝が出る。

 (なぎさ)には敷満(しきみ)ちたが、何んにも見えない処でも、(わずか)に砂を分ければ貝がある。まだこの他に、何が住んでいようも知れぬ。手の届く近い処がそうである。

 水の底を捜したら、(かれ)がためにこがれ(じに)をしたと言う、久能谷(くのや)庵室(あんじつ)の客も、其処(そこ)に健在であろうも知れぬ。

 (いな)、健在ならばという心で、君とそのみるめおひせば四方(よも)の海の、水の底へも(くぐ)ろうと、(ことづけ)をしたのであろう。

 この歌は、平安朝に艶名(えんめい)一世(いっせ)(あっ)した、()かりける(わらべ)(あお)をかりて、あをかりしより思ひそめてき、とあこがれた(なさけ)に感じて、奥へと言ひて呼び入れけるとなむ……名媛(めいえん)の作と思う。

 言うまでもないが、手帳にこれをしるした人は、御堂(みどう)の柱に、うたた()の歌を楽書(らくがき)したとおなじ玉脇の妻、みを子である。

 深く考うるまでもなく、(いおり)の客と玉脇の妻との間には、不可思議の感応で、夢の(ちぎり)があったらしい。

 男は真先(まっさき)世間外(せけんがい)に、はた世間のあるのを知って、空想をして実現せしめんがために、身を()って(ただ)ちに幽冥(ゆうめい)(おもむ)いたもののようであるが、婦人(おんな)はまだ半信半疑でいるのは、それとなく胸中の鬱悶(うつもん)()らした、未来があるものと(さだま)り、霊魂の行末(ゆくすえ)(きま)ったら、直ぐにあとを追おうと言った、(ことば)(はし)にも(あらわ)れていた。

 (ただ)その有耶無耶(うやむや)であるために、男のあとを追いもならず、生長(いきなが)らえる(かい)もないので。

 そぞろに門附(かどづけ)を怪しんで、冥土(めいど)使(つかい)のように感じた如きは幾分か心が乱れている。意気張(いきばり)ずくで死んで見せように到っては、益々(ますます)悩乱(のうらん)のほどが思い()られる。

 また一面から見れば、門附(かどづけ)談話(はなし)の中に、神田辺(かんだへん)の店で、江戸紫(えどむらさき)の夜あけがた、小僧が(かど)()いている、納豆(なっとう)の声がした……のは、その人が生涯の東雲頃(しののめごろ)であったかも知れぬ。――やがて暴風雨(あらし)となったが――

 とにかく、(ことづけ)はどうなろう。玉脇の妻は、(もっ)て未来の有無を(うらな)おうとしたらしかったに――頭陀袋(ずだぶくろ)にも納めず、帯にもつけず、(たもと)にも入れず、角兵衛がその獅子頭(ししがしら)の中に、封じて去ったのも気懸(きがか)りになる。為替(かわせ)してきらめくものを(つか)ませて、のッつ()ッつの苦患(くげん)を見せない、上花主(じょうとくい)のために、商売冥利(みょうり)随一(ずいいち)大切な(ところ)へ、偶然受取(うけと)って行ったのであろうけれども。

 あれがもし、鳥にでも(さら)われたら、思う人は虚空(こくう)にあり、と信じて、夫人は羽化(うか)して飛ぶであろうか。いやいや羊が食うまでも、角兵衛は再び引返(ひきかえ)してその音信(おとずれ)は伝えまい。

 従って砂を崩せば、従って手にたまった、色々の貝殻にフト目を()めて、

君とまたみる()おひせば四方(よも)(うみ)の……

と我にもあらず口ずさんだ。

 更に答えぬ。

 もしまたうつせ(がい)が、大いなる水の心を語り得るなら、渚に敷いた、いささ(がい)の花吹雪は、いつも私語(ささやき)を絶えせぬだろうに。されば幼児(おさなご)が拾っても、われらが砂から掘り出しても、このものいわぬは同一(おなじ)である。

 小貝(こがい)をそこで捨てた。

 そうして横ざまに砂に倒れた。腰の下はすぐになだれたけれども、(すべ)り落ちても(うも)れはせぬ。

 しばらくして、その半眼(はんがん)に閉じた目は、斜めに鳴鶴(なきつる)(さき)まで線を引いて、その半ばと思う点へ、ひらひらと燃え立つような、不知火(しらぬい)にはっきり覚めた。

 とそれは獅子頭(ししがしら)()母衣(ほろ)であった。

 二人とも出て来た。浜は鳴鶴ヶ岬から、小坪(こつぼ)(がけ)まで、人影一ツ見えぬ(ところ)へ。

 停車場(ステイション)演劇(しばい)がある、町も村も引っぷるって(たれ)が角兵衛に取合(とりあ)おう。あわれ人の中のぼうふらのような(せわ)しい稼業の()たち、今日はおのずから(かん)なのである。

 二人は此処(ここ)でも(あと)になり先になり、脚絆(きゃはん)の足を入れ違いに、(かしら)を組んで白波(しらなみ)(かつ)ぐばかり浪打際(なみうちぎわ)歩行(ある)いたが、やがてその大きい方は、五、六尺(なぎさ)(はな)れて、日影の如く散乱(ちりみだ)れた、かじめの中へ、草鞋(わらじ)突出(つきだ)して休んだ。

 小獅子は一層活溌(かっぱつ)に、()と浪を追う、(さっ)と追われる。その光景、ひとえに人の()(たわむ)れるようには見えず、かつて孤児院の児が此処(ここ)に来て、一種の監督の下に、遊んだのを見たが、それとひとつで、浮世の浪に()み立てられるかといじらしい。(ただ)その(かしら)の獅子が怒り狂って、たけり戦う(いきおい)である。

 (かつ)では()い!

 ト草鞋(わらじ)を脱いで、跣足(はだし)になって横歩行(よこあるき)をしはじめた。あしを濡らして遊んでいる。

 大きい方は仰向(あおむ)けに母衣(ほろ)を敷いて、膝を小さな山形に寝た。

 (いそ)を横ッ(とび)の時は、その草鞋(わらじ)を脱いだばかりであったが、やがて脚絆(きゃはん)を取って、膝まで入って、静かに立っていたと思うと、引返(ひきかえ)して(はかま)を脱いで、今度は衣類(きもの)をまくって腰までつかって、二、三度(そっ)(しお)をはねたが、またちょこちょこと取って返して、(かしら)刎退(はねの)け、衣類(きもの)を脱いで、丸裸になって一文字に飛込(とびこ)んだ。陽気はそれでも()かったが、泳ぎは知らぬ()と見える。(ただ)(いきおい)よく、水を逆に()ね返した。手でなぐって、足で踏むを、海水は稲妻(いなずま)のように幼児(おさなご)を包んでその左右へ飛んだ。――(しずく)ばかりの音もせず――獅子はひとえに嬰児(みどりご)になった、白光(びゃくこう)(かしら)()で、緑波(りょくは)は胸を(いだ)いた。何らの寵児(ちょうじ)ぞ、天地(あめつち)の大きな(たらい)産湯(うぶゆ)を浴びるよ。

 散策子はむくと起きて、ひそかにその幸福を祝するのであった。

 あとで聞くと、小児心(こどもごころ)にもあまりの(うれ)しさに、この一幅(いっぷく)の春の海に対して、報恩(ほうおん)(こころざし)であったという。一旦(いったん)出て、浜へ上って、寝た獅子の肩の(ところ)へしゃがんでいたが、対手(あいて)起返(おきかえ)ると、濡れた身体(からだ)に、(かしら)だけ取って獅子を(かつ)いだ。

 それから更に水に入った。()出過(ですぎ)たと思うほど、分けられた波の(あし)は、二線(ふたすじ)長く広く尾を引いて、小獅子の姿は伊豆(いず)の岬に、ちょと小さな点になった。

 浜にいるのが胡坐(あぐら)かいたと思うと、テン、テン、テンテンツツテンテンテン波に(ちょう)打込(うちこ)む太鼓、油のような海面(うなづら)へ、(あや)を流して、響くと同時に、水の中に立ったのが、一曲、(かしら)(さかさま)に。

 これに(めくる)めいたものであろう、(あな)(いま)わし、よみじの(ことづけ)を()めたる獅子を、と見る内に、幼児(おさなご)は見えなくなった。

 まだ浮ばぬ。

 太鼓が()んで、浜なるは棒立ちになった。

 砂山を(あわただ)しく一文字に駈けて、こなたが(ちかづ)いた時、どうしたのか、脱ぎ捨てた(はかま)、着物、脚絆(きゃはん)、海草の(から)びた(さま)の、あらゆる記念(かたみ)と一緒に、太鼓も泥草鞋(どろわらじ)(ひと)まとめに(ひっ)かかえて、大きな(かれ)は、砂煙(すなけむり)を上げて町の(かた)一散(いっさん)()げたのである。

 (なみ)はのたりと打つ。

 ハヤ二、三人駈けて来たが、いずれも高声(たかごえ)の大笑い、

「馬鹿な奴だ。」

「馬鹿野郎。」

 ポクポクと来た巡査に、散策子が、(すが)りつくようにして、一言(ひとこと)いうと、

「角兵衛が、ははは、そうじゃそうで。」

 死骸(しがい)はその日終日(ひねもす)見当らなかったが、翌日しらしらあけの引潮(ひきしお)に、去年の夏、庵室(あんじつ)の客が溺れたとおなじ鳴鶴(なきつる)(さき)の岩に(あが)った時は二人であった。顔が(たま)のような乳房(ちぶさ)にくッついて、緋母衣(ひほろ)がびっしょり、その雪の(かいな)にからんで、一人は()にして(えん)であった。玉脇の妻は霊魂(れいこん)行方(ゆくえ)が分ったのであろう。

 さらば、といって、土手の下で、分れ(ぎわ)に、やや遠ざかって、見返った時――その紫の深張(ふかばり)を帯のあたりで横にして、少し打傾(うちかたむ)いて、黒髪(くろかみ)(かしら)おもげに見送っていた姿を忘れぬ。どんなに(うしお)に乱れたろう。(なぎさ)の砂は、崩しても、積る、くぼめば、たまる、音もせぬ。ただ美しい骨が出る。貝の色は、日の(くれない)、渚の雪、(なみ)の緑。

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