小坂部姫

11話 木枯の夜 二

3,393字 約7分 2012年1月28日 公開

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 どの人の胸にも幾分の不満と不安とが潜んでいながらも、主人の愛娘といい、もう一つにはかれに備わっているおのずからの強い力に()し伏せられて、素直にかれらの捕虜(とりこ)をゆるすことになった。掴まれていた両腕をゆるめられて、はじめて自由の身になった眇目の男は格別にそれを嬉しいとも思っていないらしかった。彼はむしろ獣のように手足をくくられて檻の中に投げ込まれても、自分の尊崇する小坂部の館にいつまでもみがれていることを望んでいるらしかった。それでも彼は立ちぎわに一言の礼を言った。

「ありがとうござります。」

 四人の侍が油断のない眼を働かせて、姫の前を厳重に立ち塞いでいるので、彼は先刻のように小坂部の足もとに近づいてひざまずくことを許されなかった。彼はいたずらにその輝く眼の光りを姫のおもてに投げ付けたばかりで、からだの泥をも払わないでふらふらと立ち去ってしまった。

「不思議な奴じゃ。」と、そのうしろ姿を見送って、四人は一度につぶやいた。

 彼はどこへ行くのであろう。小坂部はどこまでも彼のあとを追って行きたいような心持にもなって、暫くはうっとりと見送っていると、式台は俄かにざわめいて、義兄(あに)の三河守師冬が出て来た。師冬の顔の色は先刻よりも更に著しく緊張していた。彼のあとには三人の家来が付いていた。

「お帰りでござりまするか。」と、権右衛門らは門前に列んで頭を下げた。

 師冬はやはりなんにも言わなかった。彼は妹と采女との顔を等分に見くらべたままで、つかつかと表へ出て行った。そのあとを二、三間追って、権右衛門は小声で訊いた。

「火急の陣触れ、何事でござりました。」

「まだ判らぬ。」と、師冬は不興らしく言った。「それにつけても父上の御病気が案じらるる。其方共も心して御介抱申せ。またそのほかにも眼に立つことがあらば、即刻にわが(もと)まで注進を怠るな。よいか。」

 相手の顔色が常よりもむずかしいので、権右衛門もその上に押して訊く訳にもゆかなかった。彼が委細かしこまって師冬に別れて、もとのところに引き返して来た時には、姫も侍共ももう奥へ入ってしまって、門前の柳の葉が音もなしにはらはらと散っていた。

 師冬が今日たずねて来たのは、いろいろの用向きをかかえているのであった。第一には父の病気見舞、第二には山名の縁談、この二つを兼ねて館を出ようとするところへ、あたかも父の方から迎いが来て、何か火急の陣触れでもあるらしいので、彼は取りあえず出て来ると、父の容態はやはりいつもと同じようであった。そうして、あたりの者を遠ざけて、彼は父の口から意外の大事を聞かされた。

 その大事は塩冶判官高貞の謀叛であった。塩冶はその初め、官方にしたがって鎌倉の足利兄弟を征伐に下って来たもので、新田義貞が箱根を攻め、弟の義助が竹の下を攻めた時に、塩冶は義助の手に付いていた。その合戦の最中に、二条中将為冬卿が武士を軽蔑したとかいうのが不平の基で、西国の小弐、大友や中国の佐々木、塩冶の一族は、にわかに味方にうしろ矢を射かけて足利方に裏返ってしまった。その以来塩冶は引きつづいて足利に付いて、いまも都に押しのぼっているのであるが、そういう裏切りの歴史をもっているだけに、足利方でもかれらに対しては多少の懸念がないでもなく、尊氏は執事の師直にむかって、ひそかにその行動を監視せよという内意を下したこともあった。その塩冶高貞が謀叛を企てたというのであるから、師冬も一旦はおどろかされた。しかも師直の説明によると、塩冶は西国の菊池、四国の土居得能、北国の新田と内密に(しめ)し合わせて一度に都へ攻めのぼらせる。それと同時に、彼は都のまん中に旗を押し立てて、足利の将軍兄弟を不意討ちにするというのであった。

 万一それが事実であったら大事件である。きのうの味方がきょうの敵となるのは珍しくない世の中に、そんなことが決して無いとは受け合われない。しかし師冬は塩冶の人物をかなりによく承知していた。竹の下の変心は格別、その後の彼は足利方に対してふた心を懐いているらしい形跡はちっとも認められなかった。その塩冶が突然に謀叛を企てるというのは、何分にも腑に落ちない点もあるので、彼は父にむかってその証拠調べを始めると、師直もいろいろの証拠を列べ立てて説明した。しかも師冬の眼から観ると、そのいろいろの証拠の中には一つも有力と認められるものはなかった。その大部分は一種の想像説に過ぎないようなものであった。こんな薄弱な理由で、塩冶高貞ともあるべきものをみだりに謀叛人に(おと)すことは出来ないと彼は思った。

「なよ竹」や「小夜衣」や、そんな秘密をなんにも知らない彼は、かえって父の短慮を怪しんだ。こんな薄弱な証拠で味方の一人を攻めほろぼそうなどというのは、日ごろの父にも似合わしからぬ事だと思った。それも畢竟(ひっきょう)は病いのためで、病いが父の心を狂わせるのであろうとも考えたので、彼はまじめに父の相談相手になろうともしなかった。相手がまじめに取り合ってくれないので、師直は機嫌を損じた。将軍家のおん大事、惹いては我が家の大事を、おのれは何ゆえ疎略に存ずるかと、彼は眼の色を変えて我が子に食ってかかった。師冬も初めは好い加減になだめようとしていたが、父の権幕がだんだんに激しくなって、おのれも塩冶の贔屓をする以上、おそらく同腹の謀叛の党であろうなどと罵り(たけ)るので、師冬もしまいには堪忍がならなくなった。彼の癇癪もとうとう破裂して、ここに一場の親子喧嘩が始まった。しかし正当の理屈は師冬の方にあるので、ややもすれば言い負かされそうになる師直は、骨も魂も焼け(ただ)れるばかりの憤怒に眼が(くら)んで、しまいには我が子を勘当するとも言った。父の館へ出入りを差し止めるとも言った。

 師冬もいよいよ(たか)ぶって来る癇癪を抑えることが出来なかった。身もふるえ、唇もおののいて、もうなんにも言うことの出来なくなった彼は、無言で父の前をついと起ってしまった。この場合、山名の縁談などまるで問題にはならなかった。

 あらためて説明するまでもなく、師直はかの「小夜衣」の講釈を権右衛門から教えられたのであった。侍従をおどして白状させて、彼はあっぱれの忠義ぶりを主人に見せたのであるが、その結果はおそろしいものになって現われた。これまでにいろいろに手を換え、品を換え、ついには娘や兼好の知恵までも仮りて、執念ぶかく口説き落とそうとした塩冶の妻は、どうしても心を動かそうとはしなかった。小夜衣の返歌は彼に対する最後の一()で、しょせん自分の望みは遂げられないものと覚りながらも、彼の根強い執着心はまだこの恋を思い切ることが出来なかった。焦れて狂って悶えて、彼はもう理非を弁別する余裕をうしなって、かの兼好が言った通り、この世では身をやぶり家をほろぼし、来世は地獄に()ちるとも、彼は邪が非でもこの望みを押し通さなければならないといらだった末に、彼は塩冶を謀叛人に(おと)してその妻を奪い取ろうと(たく)らんだのであった。

 この非常手段は今までも時々に彼の頭の奥にひらめかないではなかったが、幾分か残っている理性の力でともかくも抑え付けていたのを、彼はいよいよ思い切って実行することになった。しかも自分がその直接の責任者となるのを避けて、わが子の師冬をそそかして彼からその口火を切らせようとしたのであるが、師冬はあたかもこちらのふところを見透しているかのように、かえって塩冶の肩を持って父に反抗するような態度を示したので、師直はまた失望した。恋には破れ、わが子には背かれ、やるかたもない悶々の情は、いよいよ彼を駆って半狂乱の人間にしてしまった。彼が持ち前の野性は遠慮なく発揮された。

「もうこの上は誰をもたのまぬ。おれのことはおれがする。師直の力を見ろ。」

 彼はその日の暮れるのを待って、将軍足利尊氏の館へ出仕した。不得要領の陣触れといい、先刻までも半病人の姿であった主人が俄かに出仕するといい、これは唯事でないと見た権右衛門は、すぐに師冬の館へ駈け付けて注進すると、師冬は蒼ざめた顔をいよいよ蒼くした。彼はさりげなく権右衛門を帰したあとで、(くう)を睨んで罵った。

「取り留めたる証拠もなしに味方を討つ。万一このままに塩冶をほろぼろしたら、味方はたがいに疑い危ぶんで、一身をなげうって将軍家に忠節を励むものもあるまい。父上は天魔に(みい)られたのじゃ。」

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