人魚の祠

2話 人魚の祠(2)

4,731字 約9分 2000年12月13日 公開

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「それよりも、見事(みごと)なのは、釣竿(つりざを)上下(あげおろし)に、(もつ)るゝ(たもと)(ひるがへ)(そで)で、翡翠(かはせみ)(むつ)つ、十二の(つばさ)(ひるがへ)すやうなんです。

 ()()(しろ)()()える、莞爾(につこり)(わら)面影(おもかげ)さへ、俯向(うつむ)くのも、(あふ)ぐのも、()()(かさ)ねるのも()微笑(ほゝゑ)(とき)一人(ひとり)(かた)をたゝくのも……(つぼみ)がひら/\(ひら)くやうに()えながら、(あつ)硝子窓(がらすまど)(へだ)てたやうに、まるつ(きり)(こゑ)が……(いや)四邊(あたり)寂然(ひつそり)して、ものの(おと)(きこ)えない。

 (むか)つて(ひだり)(はし)()た、(なか)でも小柄(こがら)なのが(おろ)して()る、(さを)滿月(まんげつ)(ごと)くに(しな)つた、と(おも)ふと、(うへ)(しぼ)つた(いと)眞直(まつすぐ)()びて、するりと(みづ)(そら)(かゝ)つた(こひ)が――」

 ――理學士(りがくし)言掛(いひか)けて、(わたし)(かほ)()て、()して四邊(あたり)()た。()うした(みせ)端近(はしぢか)は、(おく)より、二階(にかい)より、(かへ)つて椅子(いす)(しづか)であつた――

(こひ)は、(それ)(こひ)でせう。が、(たま)のやうな眞白(まつしろ)な、あの(もり)背景(はいけい)にして、(ちう)()いたのが、すつと(あは)せた白脛(しろはぎ)(なが)す……(およ)人形(にんぎやう)ぐらゐな白身(はくしん)女子(ぢよし)姿(すがた)です。()られたのぢやありません。釣針(つりばり)をね、()う、兩手(りやうて)()いた(かたち)

 御覽(ごらん)なさい。釣濟(つりす)ました(たう)美人(びじん)が、釣棹(つりざを)突離(つきはな)して、(やなぎ)()(もや)(まくら)横倒(よこだふ)しに()つたが(はや)いか、(おき)るが(いな)や、三(にん)ともに手鞠(てまり)のやうに()()げた。が、()げるのが、()(もや)()むのです。(どん)な、はずみの()い、(くづ)れる綿(わた)踏越(ふみこ)踏越(ふみこ)しするやうに、(つま)(もつ)れる、(もすそ)(みだ)れる……(それ)が、やゝ少時(しばらく)(あひだ)()えました。

 ()(あと)から、茶店(ちやみせ)(ばあ)さんが()(およ)がせて、(これ)(はし)る……

 一體(いつたい)あの(へん)には、自動車(じどうしや)(なに)かで、美人(びじん)一日(いちにち)がけと()遊山宿(ゆさんやど)乃至(ないし)温泉(をんせん)のやうなものでも()るのか、()うか、()()まだ(たづ)ねて()ません。(それ)()ればですが、それにした(ところ)で、近所(きんじよ)遊山宿(ゆさんやど)()()たのが、()(ぬま)()(つり)をしたのか、それとも、(なん)(くに)(なん)(さと)(なん)(いけ)()つたのが、一種(いつしゆ)蜃氣樓(しんきろう)(ごと)作用(さよう)此處(こゝ)(うつ)つたのかも(わか)りません。(あま)(しづか)な、もの(おと)のしない樣子(やうす)が、(ゆめ)()ふよりか()海市(かいし)()()ました。

 (ぬま)(いろ)は、やゝ蒼味(あをみ)()びた。

 けれども、()茶店(ちやみせ)(ばあ)さんは(しやう)のものです。(げん)に、(わたし)(とほ)(がか)りに(ぬま)(みぎは)(ほこら)をさして、(あれは何樣(なにさま)(やしろ)でせう。)と(たづ)ねた(とき)に、((さい)神樣(かみさま)だ。)と()つて(をし)へたものです。(いま)()(ほこら)(ぬま)(むか)つて(くさ)(いこ)つた背後(うしろ)に、なぞへに道芝(みちしば)小高(こだか)()つた(ちひ)さな(もり)(まへ)にある。鳥居(とりゐ)一基(いつき)()(そば)(おほき)棕櫚(しゆろ)()が、五(かぶ)まで、一(れつ)(なら)んで、蓬々(おどろ/\)とした(かたち)()る。……さあ、(これ)(やしき)あとと(おも)はれる一條(ひとつ)で、()小高(こだか)いのは、(おほ)きな築山(つきやま)だつたかも()れません。

 (ところ)で、一(せん)たりとも茶代(ちやだい)()いてなんぞ、(やす)餘裕(よゆう)()かつた(わたし)ですが、……()うやつて賣藥(ばいやく)行商(ぎやうしやう)歩行(ある)きます時分(じぶん)は、()()兩親(りやうしん)へせめてもの供養(くやう)のため、と(おも)つて、殊勝(しゆしよう)らしく(きこ)えて如何(いかゞ)ですけれども、道中(だうちう)(みや)(やしろ)(ほこら)のある(ところ)へは、(きつ)持合(もちあは)せた(くすり)(なか)の、何種(なにしゆ)のか、一包(ひとつゝみ)づゝを(そな)へました。――(まう)づる(ひと)があつて神佛(しんぶつ)から(さづ)かつたものと(おも)へば、(きつ)病氣(びやうき)(なほ)りませう。(わたし)幸福(かうふく)なんです。

 丁度(ちやうど)(わたし)()(みぎは)に、朽木(くちき)のやうに()つて、(ぬま)(しづ)んで、裂目(さけめ)燕子花(かきつばた)(かげ)()し、(やぶ)れた(そこ)中空(なかぞら)(くも)往來(ゆきき)する小舟(こぶね)(かたち)()えました。

 (それ)見棄(みす)てて、御堂(おだう)(むか)つて()ちました。

 談話(はなし)要領(えうりやう)をお(いそ)ぎでせう。

 (はや)(まを)しませう。……()狐格子(きつねがうし)()けますとね、()うです……

(まあ、(これ)(めづら)しい。)

 几帳(きちやう)とも、垂幕(さげまく)とも()ひたいのに、()うではない、萌黄(もえぎ)(あを)段染(だんだら)()つた綸子(りんず)(なん)ぞ、唐繪(からゑ)浮模樣(うきもやう)織込(おりこ)んだのが窓帷(カアテン)()つた工合(ぐあひ)に、格天井(がうてんじやう)から(ゆか)()いて(おほ)うてある。(これ)(おほ)はれて、()(なか)()えません。

 (これ)が、もつと(おく)()めて()つてあれば、絹一重(きぬひとへ)(うち)は、すぐに、御廚子(みづし)神棚(かみだな)()ふのでせうから、(ちか)つて、(わたし)は、(のぞ)くのではなかつたのです。が、(だう)(うち)の、(むし)格子(かうし)()つた(はう)(かゝ)つて()ました。

 何心(なにごころ)なく、(はし)を、キリ/\と、手許(てもと)へ、(しぼ)ると、蜘蛛(くも)()のかはりに(まぼろし)(あや)()つて、脈々(みやく/\)として、(かほ)()でたのは、薔薇(ばら)(すみれ)かと(おも)ふ、いや、それよりも、唯今(たゞいま)(おも)へば、先刻(さつき)(はな)(にほひ)です、(なん)とも()へない、(あま)い、(なまめ)いた(かをり)が、(ぷん)(かを)つた。」

 ――學士(がくし)手巾(ハンケチ)で、(くち)(おほ)うて、一寸(ちよつと)(ひたひ)(おさ)へた――

「――其處(そこ)(ねや)で、洋式(やうしき)寢臺(ねだい)があります。二人寢(ふたりね)(ゆつた)りとした立派(りつぱ)なもので、一面(いちめん)に、(ひかり)()つた、(なめ)らかに艶々(つや/\)した、(ぬめ)か、羽二重(はぶたへ)か、と(おも)(あは)朱鷺色(ときいろ)なのを敷詰(しきつ)めた、(いさゝ)(ふる)びては()えました。が、それは(そら)(くも)つて()所爲(せゐ)でせう。(おな)(いろ)薄掻卷(うすかいまき)()けたのが、すんなりとした寢姿(ねすがた)の、(すこ)肉附(にくづき)()くして()せるくらゐ。(はだ)(おほ)うたとも()えないで、(うつくし)(をんな)(かほ)がはらはらと黒髮(くろかみ)を、矢張(やつぱ)り、(おな)(きぬ)(まくら)にひつたりと()けて、此方(こちら)むきに(すこ)仰向(あをむ)けに()つて()()ます。のですが、(それ)が、黒目勝(くろめがち)(さう)(ひとみ)をぱつちりと()けて()る……()()に、此處(こゝ)(ころ)されるのだらう、と(あま)りの(こと)()(おも)ひましたから、此方(こつち)(じつ)凝視(みつめ)ました。

 (すこ)高過(たかす)ぎるくらゐに鼻筋(はなすぢ)がツンとして、彫刻(てうこく)か、(ねり)ものか、(まゆ)口許(くちもと)、はつきりした輪郭(りんくわく)()ひ、第一(だいいち)櫻色(さくらいろ)の、あの、色艶(いろつや)が、――(それ)が――(いま)の、あの電車(でんしや)婦人(ふじん)瓜二(うりふた)つと()つても()い。

 (とき)に、()一筋(ひとすぢ)でも(うご)いたら、()の、(まくら)蒲團(ふとん)掻卷(かいまき)朱鷺色(ときいろ)にも(まが)(つぼみ)とも()つた(かほ)(をんな)は、芳香(はうかう)(はな)つて、乳房(ちぶさ)から(しべ)()かせて、爛漫(らんまん)として()くだらうと(おも)はれた。」

        四

(わたし)()(くら)んだんでせうか、(をんな)(またゝき)をしません。五(ふん)一時(いつとき)と、此方(こつち)呼吸(いき)をも()めて()ます(あひだ)――で、(あま)調(そろ)つた顏容(かほだち)といひ、(はた)して(これ)白像彩塑(はくざうさいそ)で、()()(こと)か、仔細(しさい)あつて、()(べう)本尊(ほんぞん)なのであらう、と(おも)つたのです。

 (ゆか)(した)……板縁(いたえん)(うら)(ところ)で、がさ/\がさ/\と(おと)發出(しだ)した……彼方(あつち)へ、此方(こつち)へ、(ねずみ)が、ものでも引摺(ひきず)るやうで、(ゆか)(ひゞ)く、と()(おと)が、(へん)に、()(うへ)()つてる(わたし)(あし)(うら)(くすぐ)ると()つた(かたち)で、むづ(がゆ)くつて(たま)らないので、もさ/\身體(からだ)(ゆす)りました。――本尊(ほんぞん)は、まだ(またゝき)もしなかつた。――()(うち)に、(みぎ)(おと)が、(かべ)でも()ぢるか、這上(はひあが)つたらしく(おも)ふと、寢臺(ねだい)(あし)片隅(かたすみ)羽目(はめ)(やぶ)れた(ところ)がある。()透間(すきま)(いたち)がちよろりと(のぞ)くやうに、茶色(ちやいろ)偏平(ひらつた)(つら)()したと(うかゞ)はれるのが、もぞり、がさりと(すこ)しづゝ(はひ)つて、ばさ/\と()る、と(おほ)きさやがて三俵法師(さんだらぼふし)(かたち)()たもの、()だらけの凝團(かたまり)(あし)も、(かほ)()るのぢやない。成程(なるほど)(ねずみ)でも(なか)(もぐ)つて()るのでせう。

 其奴(そいつ)が、がさ/\と寢臺(ねだい)(した)(はひ)つて、(ゆか)(うへ)をずる/\と引摺(ひきず)つたと()ると、(をんな)掻卷(かいまき)から()(うで)(しろ)()いて、(わたし)()(はう)へぐたりと()げた。寢亂(ねみだ)れて(ちゝ)()える。(それ)片手(かたて)(かく)したけれども、(あし)のあたりを(ふる)はすと、あゝ、と()つて()()兩方(りやうはう)(くう)(つか)むと(すそ)()げて、弓形(ゆみなり)()()らして、掻卷(かいまき)()て、(ころ)がるやうに(ふすま)()けた。……

 (わたし)飛出(とびだ)した……

 (だん)()ちるやうに()りた(とき)(くろ)狐格子(きつねがうし)背後(うしろ)にして、(をんな)斜違(はすつかひ)其處(そこ)()つたが、()足許(あしもと)に、()やあの()むくぢやらの三俵法師(さんだらぼふし)だ。

 (しろ)(くびす)()げました、階段(かいだん)(すべ)()りる、と、(あと)から、ころ/\と(ころ)げて附着(くツつ)く。さあ、それからは、宛然(さながら)人魂(ひとだま)(つき)ものがしたやうに、()(かつ)(あか)()つて、(くさ)(なか)彼方(あつち)へ、此方(こつち)へ、たゞ、伊達卷(だてまき)()についたばかりのしどけない(なまめ)かしい寢着(ねまき)(をんな)(おひまは)す。(をんな)はあとびつしやりをする、脊筋(せすぢ)(よぢ)らす。三俵法師(さんだらぼふし)は、(もすそ)にまつはる、(かゝと)()める、刎上(はねあが)る、身震(みぶるひ)する。

 やがて、(ぬま)(ふち)追迫(おひせま)られる、と(あし)(かふ)這上(はひあが)三俵法師(さんだらぼふし)に、わな/\身悶(みもだえ)する(しろ)(あし)が、あの、釣竿(つりざを)()つた三(にん)()のやうに、ちら/\と(ちう)()いたが、するりと(おと)して、(おび)(すべ)ると、()ものが()げて(くさ)()ちた。

(しづ)んだ(ふね)――」と、(おも)はず(わたし)(こゑ)()けた。(ひま)()しに、陰氣(いんき)水音(みづおと)が、だぶん、と(ひゞ)いた……

 しかし、綺麗(きれい)(およ)いで()く。(うつくし)(にく)脊筋(せすぢ)()けて左右(さいう)(ひら)(みづ)姿(すがた)は、(かる)(うすもの)(さば)くやうです。()(はだ)(しろ)(こと)、あの合歡花(ねむのはな)をぼかした(いろ)なのは、(かね)()(とき)のために用意(ようい)されたのかと(おも)ふほどでした。

 動止(うごきや)んだ赤茶(あかちや)けた三俵法師(さんだらぼふし)が、(わたし)()(まへ)に、惰力(だりよく)で、毛筋(けすぢ)を、ざわ/\とざわつかせて、うツぷうツぷ(あへ)いで()る。

 ()ると(おどろ)いた。ものは棕櫚(しゆろ)()引束(ひツつか)ねたに相違(さうゐ)はありません。が、(ひと)()途端(とたん)に、ぱちぱち(まめ)()(おと)がして、ばら/\と飛着(とびつ)いた、棕櫚(しゆろ)(あか)いのは、幾千萬(いくせんまん)とも(かず)()れない(のみ)集團(かたまり)であつたのです。

 ()や、兩脚(りやうあし)が、むづ/\、脊筋(せすぢ)がぴち/\、頸首(えりくび)へぴちんと()る、(わたし)七顛八倒(しつてんはつたう)して身體(からだ)()つて振飛(ふりと)ばした。

 ()(なん)と、()棕櫚(しゆろ)()(のみ)()(ところ)に、一人(ひとり)()(ちひ)さい、(めじり)(ほゝ)垂下(たれさが)つた、青膨(あをぶく)れの、土袋(どぶつ)で、肥張(でつぷり)五十(ごじふ)恰好(かつかう)の、頤鬚(あごひげ)(はや)した、(をとこ)()つて()るぢやありませんか。(なに)ものとも()れない。越中褌(ゑつちうふんどし)()ふ……あいつ(ひと)つで、眞裸(まつぱだか)(きたな)(けつ)です。

 (をんな)(ぬま)()(およ)()いて、()(はな)(しげり)にかくれました。

 が、()姿(すがた)が、(みづ)(なが)れて、(やなぎ)(みどり)姿見(すがたみ)にして、ぽつと(うつ)つたやうに、(ひと)(かげ)らしいものが、(みづ)(むか)うに、(きし)()(やなぎ)()薄墨色(うすずみいろ)()つて()る……(あるひ)(また)……此處(こゝ)土袋(どぶつ)同一(おなじ)やうな(をとこ)が、其處(そこ)へも()()て、白身(はくしん)婦人(をんな)()()るのかも()れません。

 (わたし)()一人(ひとり)でせうね……

(や、()てい。)

 青膨(あをぶく)れが、(たん)(から)んだ、ぶやけた(こゑ)して、()行掛(ゆきかゝ)つた(わたし)()めた……

()(もれ)えたいものがあるで、()(ぢき)ぢやぞ。)と、(くび)をぐたりと()りながら、横柄(わうへい)()ふ。……(なん)と、()兩足(りやうあし)から、下腹(したばら)()けて、棕櫚(しゆろ)()(のみ)が、うよ/\ぞろ/\……赤蟻(あかあり)(れつ)(つく)つてる……(わたし)立窘(たちすく)みました。

 ひら/\、と夕空(ゆふぞら)(くも)(およ)ぐやうに(やなぎ)()から舞上(まひあが)つた、あゝ、(それ)五位鷺(ごゐさぎ)です。中島(なかじま)(うへ)舞上(まひあが)つた、と()ると()()けて(さつ)(おと)した。

(ひい。)と()(をんな)(こゑ)(さぎ)舞上(まひあが)りました。(つばさ)(かぜ)に、()(はな)のさら/\と(みだ)るゝのが、(をんな)手足(てあし)(うね)らして、()を《もが》くに宛然(さながら)である。

 (いま)(かんが)へると、それが矢張(やつぱ)り、あの先刻(さつき)()だつたかも()れません。(おな)(かをり)(かぜ)のやうに吹亂(ふきみだ)れた(はな)(なか)へ、(ゆき)姿(すがた)素直(まつすぐ)()つた。が、(なめら)かな(むね)()()(ちゝ)(した)に、(ほし)()なるが(ごと)一雫(ひとしづく)鮮紅(からくれなゐ)(いと)(みだ)して、()(はな)眞赤(まつか)()る、と()淡紅(うすべに)(なみ)(なか)へ、(しろ)眞倒(まつさかさま)()つて(ぬま)(しづ)んだ。(みぎは)(ひろ)くするらしい(しづ)かな(みづ)()()いて、血汐(ちしほ)綿(わた)がすら/\と(みどり)()いて(たゞよ)(なが)れる……

(あれを()い、()(かたち)()ぢやらうが、(なん)()むかい。)

 ――(わたし)(いき)()つて、(かぶり)()ると、

(わか)らんかい、白痴(たはけ)めが。)と、ドンと(むね)()いて、突倒(つきたふ)す。(おも)(ちから)は、磐石(ばんじやく)であつた。

(また)……遣直(やりなほ)しぢや。)と(つぶや)きながら、()(のみ)()をぶら()げると、(わたし)茫然(ばうぜん)とした(あひだ)に、のそのそ、と越中褌(ゑつちうふんどし)(きう)のあとの()(しり)()せて、そして、やがて、及腰(およびごし)(ほこら)狐格子(きつねがうし)(のぞ)くのが()えた。

(おく)さんや、(おく)さんや――(のみ)が、(のみ)が――)

 と(はら)をだぶ/\、身悶(みもだ)えをしつゝ、後退(あとじさ)りに()つた。()、どしん、と尻餅(しりもち)をついた。が、()(あたま)へ、棕櫚(しゆろ)()をずぼりと(かぶ)る、と(ふくろふ)()けたやうな(かたち)()つて、()のまゝ、べた/\と(くさ)()つて、(えん)(した)這込(はひこ)んだ。――

 蝙蝠傘(かうもりがさ)(つゑ)にして、(わたし)がひよろ/\として立去(たちさ)(とき)(ぬま)(くら)うございました。そして(なま)ぬるい(あめ)降出(ふりだ)した……

(おく)さんや、(おく)さんや。)

 と()つたが、()土袋(どぶつ)細君(さいくん)ださうです。土地(とち)豪農(がうのう)何某(なにがし)が、内證(ないしよう)逼迫(ひつぱく)した華族(くわぞく)令孃(れいぢやう)金子(かね)にかへて(めと)つたと()ひます。御殿(ごてん)づくりでかしづいた、が、()姫君(ひめぎみ)可恐(おそろし)(のみ)(ぎら)ひで、(たゞ)(ぴき)にも、(よる)(ひる)悲鳴(ひめい)()げる。()(かな)しさに、別室(べつしつ)(ねや)(つく)つて(ふせ)いだけれども、(ふせ)()れない。で、(はて)亭主(ていしゆ)が、(のみ)()けるための(のみ)()()つて、棕櫚(しゆろ)()全身(ぜんしん)(まと)つて、素裸(すつぱだか)で、寢室(しんしつ)(えん)(した)(もぐ)(もぐ)り、一夏(ひとなつ)のうちに狂死(くるひじに)をした。――

(まだ、(まよ)つて()さつしやるかなう、二人(ふたり)とも――(たび)(ひと)がの、あの(わす)(ぬま)では、(おな)(こと)度々(たび/\)()ます。)

 旅籠屋(はたごや)での談話(はなし)であつた。」

 工學士(こうがくし)()けたして、

「……(ほこら)()(えん)(した)()ましたがね、……御存(ごぞん)じですか……異類(いるゐ)異形(いぎやう)(いし)がね。」

 ()()工學士(こうがくし)から音信(おとづれ)して、あれは、乳香(にうかう)()であらうと()ふ。

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