一寸法師

3話 死人の腕(2)

1,746字 約3分 2017年10月28日 公開

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 新聞では左程(さほど)重大に扱っている(わけ)でもなく、文句も極簡単なものであったが、紋三の眼にはその記事がメラメラと燃えている様に感じられた。彼は蒲団の上にムックリと起き上って、ほとんど無意識のうちに、同じ記事を五度も六度もくり返し読んでいた。

「多分偶然の一致なんだろう。それに昨夜のは己の幻覚かも知れないのだから」

 と()いて気を落ちつけ様としても、そのあとから()ぐに、あの奇怪な一寸法師の姿が――さびしい場末の溝川の(ふち)に立って、風呂敷包を投げ込もうとしている、彼奴(きゃつ)の物すごい形相(ぎょうそう)が、まざまざと眼の前に浮んで来た。

 彼はどうするという(あて)もなく、何かに追い立てられる様な気持で、寝床から起上ると大急ぎで着換えを始めた。

 どういう積りか、彼は洋服箱の中から仕立おろしの(あい)のサック・コートと、春外套を出して身につけた。学校を出てからまだ勤めを持たぬ彼には、これが一張羅(いっちょうら)外出着(よそゆき)で、可成(かなり)自慢の品でもあった。上下おそろいのしゃれた空色が、彼の容貌によく映った。

「マア、おめかしで、どちらへお出かけ?」

 下の茶の間を通ると、奥さんがうしろから声をかけた。

「イイエ、一寸」

 彼は変なあいさつをして、そそくさと編上(あみあげ)のひもを結んだ。

 併し、格子戸(こうしど)の外へ出ても、彼はどこへ行けばいいのか、一寸見当がつかなかった。一応警察へ届けようかとも思ったが、それ程の自信もなく、何だかまだあれを自分だけの秘密にして置きたい気持もあった。()(かく)昨夜の寺へ行って様子を探って見るのが一番よさそうだった。(もし)や昨夜の出来事は皆彼の幻覚に過ぎなかったのではないか。そんなことが(しきり)に考えられた。もう一度昼の光の下で(たしか)めて見ないでは安心が出来なかった。彼は思い切って本所(ほんじょ)まで出かけることにした。

 雷門(かみなりもん)で電車を降りると、吾妻橋を渡って、うろ覚えの裏通りへ入って行った。その辺一帯が夜中と昼とでは、まるで様子の違うのが、一寸(きつね)につままれた感じだった。同じ様な裏町を幾度も幾度も往復している内に、でも、やっと見覚えのある寺の門前に出た。その辺はごみごみした町に囲まれながら、無駄な空地などがあって、変にさびしいところだった。門前にポッツリと一軒切りの田舎めいた駄菓子店(だがしや)があって、お(ばあ)さんが店先でうつらうつらと日なたぼっこをしていたりした。

 紋三はさえた靴音を響かせながら、門の中へ入って行った。そして昨夜の庫裏の入口に立つと、思い切って障子(しょうじ)をあけた。ガラガラとひどい音がした。

「御免下さい」

「ハイ、どなたですな」

 十畳位のガランとした薄暗い部屋に、白い着物を着た四十恰好の坊さんが坐っていた。

「一寸(うかが)いますが、こちらに、あのう、身体の不自由な方が住まっていらっしゃるでしょうか」

「エ、何ですって、身体が不自由と申しますと?」

 坊さんは目をパチクリさせて問い返した。

()の低い人です。確か昨夜非常に遅く帰られたと思うのですが」

 紋三は変なことをいい出したなと意識すると、一層しどろもどろになった。来る道々、考えて置いた策略なんかどこかへ飛んで行ってしまった。

「それは、お(かど)違いじゃありませんかな。ここには人を置いたりしませんですよ。脊の低い身体の不自由な者なんて、一向心当りがございませんな」

(たしか)このお寺だと思うのですが、附近に(ほか)にお寺はありませんね」

 紋三は疑い深か相に、庫裏の中をじろじろ眺めまわしながらいった。

「近くにはありませんな。だが、おっしゃる様な人はここにはおりませんよ」

 坊さんは、変な(やつ)だといわぬばかりに、紋三をにらみつけて、無愛想に答えた。

 紋三はもう持ちこたえられなくなって、このまま帰ろうかと思ったが、やっと勇気を出して続けた。

「イヤ、実はね、昨夜ここの所で変なものを見たのですよ」彼はそういいながら、ズカズカと中へ入って(あが)(がまち)に腰をおろした。「よく見世物などに出る小人ですな、あれがある品物を持って、ここの庫裏へ入る所を見たのですよ。もっとも向うの杉垣の外からでしたがね。全く御存じないのですか」

 紋三はしゃべりながら益々(ますます)変てこになって行くのを感じた。

「ヘエー、そうですかねエ」坊さんはさもさも馬鹿にした調子で、「一向に存じませんよ。あなたは何か感違いをしていらっしゃるのだ。そんな馬鹿馬鹿しいことがあるもんですかね。ハハハハハハ」

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